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鎌鼬
颯太の過去
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「とにかく、気をつけてくれよ」
荷物を運び終えて戻ってきた颯太が、再びぶっきらぼうに言い放った。
「なんのことだよ」
「美琴のことだよ」
結局、颯太も引越しを手伝うことになり、男二人でひたすらダンボール箱を2階へ運んだ。最後の荷物を美琴の部屋に降ろし、いよいよ引越し作業が終了するところだ。
「ああ、わかってる」
「今回のストーカーってヤツは、あやかしの気配はしないけど……これからも変な奴が近寄ってくるかもしれない」
「そりゃまあ……美琴は芸能の仕事もしてるしなぁ。メディアに露出するってことはそういう危険も……」
「いや、違う」
ぴしゃりと言い放ち、颯太が続けた。
「美琴の声は、あやかしを呼ぶんだ」
「あやかしを呼ぶ?」
「そう。優しい声なんだ。あやかしには聞こえる。この人なら助けてくれるかもしれない。そう思って、頼るものが寄りつく」
「颯太もそうだったのか」
だからショッピングモールで美琴の歌を真剣に聴いていたのか、という意味だったが、颯太が語り始めたのは昨日のことではなかった。
「ずっと、昔のことだ」
颯太はぽつりぽつりと話しはじめた。
「兄ちゃんと姉ちゃんが死んで、俺は一人になった。人の町に迷い込んで、途方にくれてた。そしたら、歌が聞こえてきた」
悠弥は黙って颯太の言葉に耳を傾けた。
「怪我してたし、腹も減ってたし、限界だった。こっちにおいで、そう呼ばれているような気がした。声の聞こえる方へ行ったら、まだ小さかった美琴がいた。俺はそこで力尽きて。気づいたら、家の中だった。美琴たち家族が俺を助けてくれたんだ」
「颯太、お前まさか……」
「美琴は俺の恩人だ」
一昨日聞いた、美琴のフェレットの話。
美琴の帰りをいつも待っていた、イッチー。
「でも、美琴のフェレットは死んだって……」
「死んだよ。そういうことにした。その方がいいって、言われた。病院で会った白蔵主さまに」
当時、美琴が連れて行った動物病院の先生は、あの白蔵主が化けたものだったのだという。
「美琴の本当の親が死んで、その後だ。家に転がりこんで来た奴らが、美琴のことを、いじめはじめた。俺のことも。美琴も俺も、食事すらろくにできなかった。俺はあいつらに叩かれたり蹴られたり。美琴はいつも俺のこと庇って、泣いてた」
あいつら、というのは伯父家族のことだろう。
「この町に戻ってきて最初に見かけたときは、まさかと思った。でも、あの歌を聴いてはっきりわかったんだ。……元気そうでよかった」
でも……と、颯太は続けた。
「俺は……人間が嫌いだ。兄ちゃんと姉ちゃんを殺したヤツのことも、美琴の家のあいつらも。人間のこと、信じられない。好きに……なれない」
悠弥はバックドアが開いた車に腰を降ろす。両手を後ろについて、日が傾いて朱に染まった空を見上げた。
「俺はお前の仇とは違う。もちろん美琴も、遥さんもだ」
颯太も黙って、悠弥の見る空を見上げた。
「俺はお前をいじめたりしない。だから、ちゃんとこっち見ろ」
仰いだ空から、少し視線を落とす。
「俺たちのこと、ちゃんと見とけ」
はじめて。颯太と目があった。
黒い瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。
「ま、そんなすぐに割り切れるもんでもないだろうけど」
颯太のペースでいいから。
悠弥はそう言って微笑みを向けた。
颯太はかすかに笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「美琴には言わないのか。本当のこと」
「言わないよ。もう終わったことだ」
颯太は美琴の部屋の方を見上げ、再び視線を地面へ落とした。
「なんでだよ。喜ぶんじゃないか。イッチーが生きてるって知ったら」
「俺、美琴を置いて行ったんだ。死んだなんて嘘ついて、俺だけあの家から逃げたも同然だ。合わせる顔なんかない」
颯太はうつむき、唇をかみしめた。
あの晩の美琴もまた、大人になった今でも、イッチーのことを話す時は泣きそうな顔をしていた。
「悠弥、颯太ぁ! だいたい片付いたからもうオッケーだよぉ!」
外階段を駆け下りてくる音とともに、美琴の声が届く。
「今日はありがとね! ホント、助かった! これ、少ないけどお礼」
二人に小さな封筒を手渡す。
「気ぃつかうなよ……」
「いいの、こういうコトはちゃんとしないとね! それに、ほんと気持ちばかりですから」
言ってウインクしてみせる。
両手でしっかりとそれを持ち、中身をしげしげと見つめた颯太は感慨深げにいう。
「俺、お金もらうの初めてだ」
「ほんと? じゃあこれ、初めてのバイト代だね。なにか美味しいものでも食べに行きなよ。ちょっとした外食ができるくらいは入れてあるからさ!」
「がいしょく……?」
「あ、そっか。外食経験とかないかー。じゃ、近いうち一緒に行こう。みんなで! それと悠弥、さっき遥とも相談してたんだけどね」
すっかり仲がよくなったらしい女子二人は、もう名前で呼び合うようになっていた。
「今度ここでバーベキューしようよ。持ち寄りとかで色々用意してさ。景色は抜群にいいし」
「ああ、いいかもなぁ。親睦会兼ねて」
「でしょ! 颯太も、もちろん参加ね」
笑顔を向けられた颯太は、美琴に小さく微笑み返していた。
それを見た美琴は満足そうに頷くと、今度は悠弥に向けて手を出した。
「車の鍵、ちょうだい。レンタカー屋さんに返しに行かなきゃ! 追加料金とられちゃう」
すっかり日が傾き、空は朱から藍へと色を変えていた。レンタカーの返却予定時間はもうすぐだ。
悠弥は尻ポケットから鍵を出し、美琴に手渡す。
「俺も自分の車で一緒に行くよ。帰りのアシが必要だろ」
「ありがと。でも大丈夫。そのまま先輩の店に顔出すことになってるの。もうすぐオープンだからさ、打ち合わせ兼ねて食事の予定なんだ」
颯太が何か言いたげに悠弥を見ているが、美琴にそう言われると悠弥も引き下がる他にない。
「そっか。そろそろ日も暮れるし、気をつけてな。遅くならないうちに帰るんだぞ」
「夜は物騒だから、一人で歩いちゃダメだ」
颯太も少しためらいがちに、美琴に言葉をかけた。
「なぁに、二人とも。なんかお父さんみたいじゃん」
言って、嬉しそうに笑う。
「でも、心配してくれる人がいるって、なんかイイね! ありがと、帰りはちゃんと先輩が送ってくれるから心配ないよ」
颯太は眉根を寄せながら、美琴の車が見えなくなるまで見送っていた。
荷物を運び終えて戻ってきた颯太が、再びぶっきらぼうに言い放った。
「なんのことだよ」
「美琴のことだよ」
結局、颯太も引越しを手伝うことになり、男二人でひたすらダンボール箱を2階へ運んだ。最後の荷物を美琴の部屋に降ろし、いよいよ引越し作業が終了するところだ。
「ああ、わかってる」
「今回のストーカーってヤツは、あやかしの気配はしないけど……これからも変な奴が近寄ってくるかもしれない」
「そりゃまあ……美琴は芸能の仕事もしてるしなぁ。メディアに露出するってことはそういう危険も……」
「いや、違う」
ぴしゃりと言い放ち、颯太が続けた。
「美琴の声は、あやかしを呼ぶんだ」
「あやかしを呼ぶ?」
「そう。優しい声なんだ。あやかしには聞こえる。この人なら助けてくれるかもしれない。そう思って、頼るものが寄りつく」
「颯太もそうだったのか」
だからショッピングモールで美琴の歌を真剣に聴いていたのか、という意味だったが、颯太が語り始めたのは昨日のことではなかった。
「ずっと、昔のことだ」
颯太はぽつりぽつりと話しはじめた。
「兄ちゃんと姉ちゃんが死んで、俺は一人になった。人の町に迷い込んで、途方にくれてた。そしたら、歌が聞こえてきた」
悠弥は黙って颯太の言葉に耳を傾けた。
「怪我してたし、腹も減ってたし、限界だった。こっちにおいで、そう呼ばれているような気がした。声の聞こえる方へ行ったら、まだ小さかった美琴がいた。俺はそこで力尽きて。気づいたら、家の中だった。美琴たち家族が俺を助けてくれたんだ」
「颯太、お前まさか……」
「美琴は俺の恩人だ」
一昨日聞いた、美琴のフェレットの話。
美琴の帰りをいつも待っていた、イッチー。
「でも、美琴のフェレットは死んだって……」
「死んだよ。そういうことにした。その方がいいって、言われた。病院で会った白蔵主さまに」
当時、美琴が連れて行った動物病院の先生は、あの白蔵主が化けたものだったのだという。
「美琴の本当の親が死んで、その後だ。家に転がりこんで来た奴らが、美琴のことを、いじめはじめた。俺のことも。美琴も俺も、食事すらろくにできなかった。俺はあいつらに叩かれたり蹴られたり。美琴はいつも俺のこと庇って、泣いてた」
あいつら、というのは伯父家族のことだろう。
「この町に戻ってきて最初に見かけたときは、まさかと思った。でも、あの歌を聴いてはっきりわかったんだ。……元気そうでよかった」
でも……と、颯太は続けた。
「俺は……人間が嫌いだ。兄ちゃんと姉ちゃんを殺したヤツのことも、美琴の家のあいつらも。人間のこと、信じられない。好きに……なれない」
悠弥はバックドアが開いた車に腰を降ろす。両手を後ろについて、日が傾いて朱に染まった空を見上げた。
「俺はお前の仇とは違う。もちろん美琴も、遥さんもだ」
颯太も黙って、悠弥の見る空を見上げた。
「俺はお前をいじめたりしない。だから、ちゃんとこっち見ろ」
仰いだ空から、少し視線を落とす。
「俺たちのこと、ちゃんと見とけ」
はじめて。颯太と目があった。
黒い瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。
「ま、そんなすぐに割り切れるもんでもないだろうけど」
颯太のペースでいいから。
悠弥はそう言って微笑みを向けた。
颯太はかすかに笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「美琴には言わないのか。本当のこと」
「言わないよ。もう終わったことだ」
颯太は美琴の部屋の方を見上げ、再び視線を地面へ落とした。
「なんでだよ。喜ぶんじゃないか。イッチーが生きてるって知ったら」
「俺、美琴を置いて行ったんだ。死んだなんて嘘ついて、俺だけあの家から逃げたも同然だ。合わせる顔なんかない」
颯太はうつむき、唇をかみしめた。
あの晩の美琴もまた、大人になった今でも、イッチーのことを話す時は泣きそうな顔をしていた。
「悠弥、颯太ぁ! だいたい片付いたからもうオッケーだよぉ!」
外階段を駆け下りてくる音とともに、美琴の声が届く。
「今日はありがとね! ホント、助かった! これ、少ないけどお礼」
二人に小さな封筒を手渡す。
「気ぃつかうなよ……」
「いいの、こういうコトはちゃんとしないとね! それに、ほんと気持ちばかりですから」
言ってウインクしてみせる。
両手でしっかりとそれを持ち、中身をしげしげと見つめた颯太は感慨深げにいう。
「俺、お金もらうの初めてだ」
「ほんと? じゃあこれ、初めてのバイト代だね。なにか美味しいものでも食べに行きなよ。ちょっとした外食ができるくらいは入れてあるからさ!」
「がいしょく……?」
「あ、そっか。外食経験とかないかー。じゃ、近いうち一緒に行こう。みんなで! それと悠弥、さっき遥とも相談してたんだけどね」
すっかり仲がよくなったらしい女子二人は、もう名前で呼び合うようになっていた。
「今度ここでバーベキューしようよ。持ち寄りとかで色々用意してさ。景色は抜群にいいし」
「ああ、いいかもなぁ。親睦会兼ねて」
「でしょ! 颯太も、もちろん参加ね」
笑顔を向けられた颯太は、美琴に小さく微笑み返していた。
それを見た美琴は満足そうに頷くと、今度は悠弥に向けて手を出した。
「車の鍵、ちょうだい。レンタカー屋さんに返しに行かなきゃ! 追加料金とられちゃう」
すっかり日が傾き、空は朱から藍へと色を変えていた。レンタカーの返却予定時間はもうすぐだ。
悠弥は尻ポケットから鍵を出し、美琴に手渡す。
「俺も自分の車で一緒に行くよ。帰りのアシが必要だろ」
「ありがと。でも大丈夫。そのまま先輩の店に顔出すことになってるの。もうすぐオープンだからさ、打ち合わせ兼ねて食事の予定なんだ」
颯太が何か言いたげに悠弥を見ているが、美琴にそう言われると悠弥も引き下がる他にない。
「そっか。そろそろ日も暮れるし、気をつけてな。遅くならないうちに帰るんだぞ」
「夜は物騒だから、一人で歩いちゃダメだ」
颯太も少しためらいがちに、美琴に言葉をかけた。
「なぁに、二人とも。なんかお父さんみたいじゃん」
言って、嬉しそうに笑う。
「でも、心配してくれる人がいるって、なんかイイね! ありがと、帰りはちゃんと先輩が送ってくれるから心配ないよ」
颯太は眉根を寄せながら、美琴の車が見えなくなるまで見送っていた。
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