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第一部 宰相家の居候

【ハルヴァラSide】ミカと家令の攻防(後)

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「イリナ様。それとご不在の間に、王都王宮から、隣国ギーレンの第二王子であるエドベリ殿下が、当国の〝扉の守護者ゲートキーパー〟が交代した事で、国家間を繋ぐ〝転移扉〟の再視察をされる為にお越しになるにあたっての、歓迎式典と夜会が開かれるそうで、伯爵家以上の五公17侯47伯、計69家に対しては出席義務を課すと言う――半ば強制と言って良い招待状が当家宛届いております」

 チャペックはそう言うと、執務机の引き出しから、丸めて紐で結ばれた羊皮紙を取り出して、母上に手渡した。

「とは言え、服喪中の場合など、どうしても出席困難な場合がある事も、王宮側とて承知しております。今回はハルヴァラ領も、言わば『王都を騒がせてしまった』側。無理に出席せずとも、咎められる事はないかと」

 わざわざもの凄く面倒くさい言い回しをする事で、むしろ行くなと、チャペックは言ってる気がする。

 せっかくハルヴァラ領に帰って来たのに、またすぐ王都に行くって言うのが、母上の身体に負担かも知れないって言うのもあるだろうけど、きっと母上が、事件の当事者として好奇の目にさらされる事を、チャペックは一番心配してる。

「そうね……でも、王宮からのこんな公式な書面に従わないって言うのは……」

 そうだ、いいこと思い付いた!

「ハイハイっ!じゃあ今回は、僕一人で行ってくるよ!」

「「は⁉」」

 勢いよく片手を上げた僕に、母上とチャペックの声が、キレイに重なっていた。

「何を言っているの、ミカ⁉」
「そうです、ミカ様!いくら何でも!」

「伯爵家以上の家には出席義務があるって、チャペック、今言ったよね?そうしたら、階下したにいるベルセリウス侯爵様も出席するよね?連れて行って貰えば良いんだよ!」

「資格があれば良いと言うものではありません、ミカ様!式典にしろ夜会にしろ、出席をされる場合には、各家には社交の義務と言うものが生じます。ベルセリウス侯爵様は侯爵様で、お家の為に動かねばならない事があるかも知れないのですよ?ずっとミカ様に付いていて下さるよう、お願いするなどと、もっての他です!」

 ダメな事はダメと、ちゃんと理由を言って叱ってくれるチャペックは凄く有難いんだけど、この時ばかりは、うーん?と、僕は小首を傾げた。

 僕はチャペックよりも長くベルセリウス将軍やウルリック副長と一緒にいるから…何となく、あっさりOKって言ってくれるような気がするんだけど。

「じゃあ、ちょうど良いから今から聞いてみようよ!」

 そう言って僕は、引きとめようとする母上とチャペックを振り切って、応接間に戻ったんだ。

 僕が、エドベリ殿下の歓迎式典と夜会があるって言ったら、将軍と副長は最初、怪訝そうに顔を見合わせていた。

「……恐らく、本部に戻ったところで、書類に招待状が埋もれているのではないかと」
「……だろうな」

 そっか、僕たちを送ってくれたりしてたから、まだ見てないんだ。

「ベルセリウス将軍は、参加するんでしょう?その時に、また僕も一緒に連れて行って欲しいんだけど、ダメ?」

「おお、が、こんなすぐのとんぼ返りで、夫人の体調は大丈夫なのか?ハルヴァラ領に関しては、欠席でも今回は誰もケチはつけんと思うがな」

 将軍も、チャペックと同じようなコトを後半言いかけてたけど、僕は都合よく前半を拾い上げることにした。

「ううん、母上には領地で休んでて貰うよ?王都に行くのは、僕だけ!」

「「は?」」

 今度は将軍と副長が、仲良く声を揃わせていた。

「伯爵家以上が一堂に会するんでしょう?僕が次期ハルヴァラ領の後継者だって言う事を皆に覚えて貰う良い機会だと思うんだ!母上が一緒だと、母上の父上のことで面白おかしく言う人がいるかも知れないけど、僕一人だと、そんなに酷い言葉をぶつける人もいないと思うんだ。きっと、ぶつける側が『幼い子供相手に…』って言われちゃうからね!」

 僕がそう言ったら、応接間の皆がそれぞれ驚いたような表情で、黙りこんじゃった。
 あれ、僕別におかしなこと言ってないよね?
 
 まあいいや。
 このまま将軍にたたみかけちゃえ!

領地ここは母上とチャペックがいれば大丈夫だし、僕が一人で王都で立派に『社交』出来れば、後継者として認められたってことにもなるだろうから、母上も周りの皆も安心だよね?もちろん、僕はまだ踊れないけど、将軍が誰かエスコートして踊るときには、会場の隅でおとなしく食事してるよ?」

 そりゃあレイナ様と踊りたいけど、僕の今の身長では、どうやったって無理だもの。残念だけど。

「踊る……」
「ミカ様、何てことを……」

 ウルリック副長が頭を抱えたのと、ベルセリウス将軍がすごくイイ笑顔になったのとが、ほぼ同時だった。

「うむ、いぞ!其方そなたの事は、私が式典でも夜会でも、責任をもって面倒をみよう!」
「「ベルセリウス侯爵様⁉」」

 悲鳴交じりの声をあげたのはチャペックと母上で、ウルリック副長は「ああ…コレまた、ルーカス様に怒られるパターンだ……」と、ブツブツ何か愚痴っていた。

 後で副長に聞いたら、ルーカス様って言うのは、本部に残って留守を任されている、ベルセリウス将軍の弟さんらしくて、カノジョさえ作らない将軍に、いつも雷を落としてるって話だった。

 ちなみにその弟さんは、もう結婚して、生まれたばかりの子供もいるとかで、それもあって余計に将軍が「仕事が恋人」状態で、自由奔放に過ごしているんだとも教えてくれたけど。

 そっか、王都滞在中は僕の面倒を見るって言うコトを楯に、面倒くさい「カノジョ作り」からは逃れようってコトなんだね!
 なんだ、じゃあ僕と将軍はお互いにイイコトがあるってコトだよね!

 僕はもちろんレイナ様にまた会いたいのが一番なんだけど、その次くらいには、母上とチャペックに、僕抜きで過ごす時間をあげたいとは思っているからね!

 僕は父上の息子だし、もう会えない父上の事が大好きだけど、母上とチャペックを見ていたら、きっと父上も、僕が背中を押すだろうなって、分かってくれると思うんだ。

 この先きっと母上には、チャペックがいた方がいいと思うから。

「うむ。将来のために他領の領主と顔合わせをと言う心意気も素晴らしい!任せておけ、少なくともイデオン公爵領内の領主たちとは夜会中にキチンと引き合わせてやろう!」

「ハイ、宜しくお願いします!」

 もちろん、ベルセリウス将軍にはは秘密。

 すっごい、疑り深い表情で僕を見ているウルリック副長にだけは、何か色々と僕の感情が漏れちゃってる気はするんだけど。

 敵に回しちゃいけない人って言うのを、これから見極めていかないとダメだよね。

 …でも今回は、チャペックより先回りが出来たかな?

 すぐに行くから待っててね、レイナ様!
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