聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

330 崩れ落ちる王女

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「えーっと……?」

 私はこめかみを揉み解しながら、懸命に目の前で起きた事態を把握しようと努めた。

 床にのびた状態で後ろ手に縛られようとしている、キリアン王子やバルキン公爵らの姿も、壊れたテーブルの向こうに見えている。

に貴族牢でドナート王子とドロテア王女の身代わりをさせていた…で、合ってますか?」

 私の問いかけに、エドヴァルドも「ああ」と答えた。

「詳しい話は後で改めてさせて欲しいが、あの二人は私が呼んだ訳ではない。目的があってサレステーデにいて、特使一行がアンジェスに転移して来るのに紛れ込んだらしいんだ。そこをファルコとベルセリウスが見つけて捕獲した。ちょうど王子と王女の替え玉を探していたところだったから、これ幸いと変装させた――と言うのが、経緯としては正しい」

「目的……」

「自分たちは自分たちで、正妃候補の情報収集がしたかった、と言う事らしい。からの指示で、謹慎中なら動きやすいだろうと命じられたそうだ」

 王宮内、それも公共の場でギーレンやエヴェリーナ妃と言う固有名詞を出せなかったんだろうけど、言いたい事は分かった。

 あぁ…と、私は思わず天井を仰いでいた。

「謹慎の意味って……」
「……何か言ったか、レイナ」
「……キノセイデス」

 あはは…と乾いた笑い声を発した私に、エドヴァルドは軽く睨んではきたものの、本気で怒っている訳ではなさそうだった。

「牢の王子の食事に薬が盛られたのと、王女の牢の鍵をわざと閉めずに、ユセフを探させようと目論んだ点に関しては、ある意味貴女の予想通りだった。私や陛下は、単に刺客が襲いに行くだろうと思っていたからな。ついでに自分たちも狙われたフリをして、アンジェスに全責任を被せようとするんじゃないか、と」

「確かに、それも有り得た話ですね。私はただ、私のところに薬が盛られた時点で、一緒に処分するつもりかも?と、とっさに思っただけなんですけど」

 ただ、私が…と言うかシャルリーヌの機転でスプーンに塗られた薬に気が付いた時点で、私を連れ出して牢に引きずっていく事も出来なくなった。

 その結果が、今しがたの「月神マーニの間」でのドタバタ劇だったのだ。

 ――うん、もう、これは穴だらけのドタバタ計画と言う事で良いだろう。

「結局、閣下が掘った落とし穴に自ら飛び込んじゃったんですね……」

「人聞きの悪い。あの浅はかさでは、アンジェスでなくとも、いずれどこかの国――バリエンダールあたりで早々にやらかしていた筈だ。こちらは単に、国内を引っ搔き回されかけたところを返り討ちにしただけだからな」

「まあ…あの第一王子が後を継いだら、1日で滅亡しそうだって、シャルリーヌ嬢とも話していたんですけどね……」

「相変わらず、貴女とボードリエ伯爵令嬢が一緒になると、物騒な話題も平然と会話にのぼるんだな……」

 いずれニホンゴとやらを学んでみたいかも知れない――なんて、ボソッと呟いたエドヴァルドの言葉は、全力スルーさせていただきます。

 コノヒトなら、教えたらあっと言う間にモノにしてしまうに決まっている。
 ダメダメ!日本語は乙女の嗜みなんですからね⁉

「……イデオン宰相」

 とりあえずは、陛下らが集まっている部屋に行かなくてはならないと、エドヴァルドがエスコートをしかけたところで、不意に声がかけられた。

 同じく別室に案内されようとしていたドナート王子が、私とエドヴァルドの姿を見て声をかけてきたのだ。
 王子の背に隠れるようにして、ドロテア王女もこちらの様子を無言で窺っている。

 さすがに一連のドタバタの後では、つっかかる気にもなれないのかも知れない。

「その……ビリエル・イェスタフ、あの我が国一番の手練れを捕らえて貰った事には、感謝している」

 レストラン〝チェカル〟での、人を小馬鹿にした言動は、この場が場だからか、今はすっかり鳴りを潜めていた。

「こちらは火の粉を振り払っただけの事だ。その礼は後で陛下にもう一度正式に告げて貰いたいものだな」
 
 敢えてそれを受け取らない素振りを見せるエドヴァルドにも、激高する事はしていない。

「分かっている。ただのこちらの矜持の問題だと思っていてくれれば良い」

 こちらが、彼の本当の姿と言う事なんだろうか。
 だとすれば、自国で相当追い詰められていたんだとは窺い知れる。

 と言っても、婚約云々の話は、そもそもとても首肯出来るものではなかったんだけど。

「あの場で夕食の席につけると言う事は、刺客としての腕の話は置いておいても、貴族籍を持っているのだろう。素性を含め、後でキッチリ説明して貰うぞ。そうでなければ、自治領の話を進めたとて、家自体が将来の反乱分子になりかねん」

「あの男はバルキン公爵がいつの間にか雇い入れて、断絶された家名を与えられているとだけ聞いている。実は我々でさえ、よくは知らない。もしかしたら、公爵自身も本来の素性を知らない可能性がある。その辺り、取り調べで聞きだして貰った方が、話は早いかも知れない」

「……なるほど。では担当者にそのように伝えておこう」

 淡々と頷くエドヴァルドに、やや気圧された感のあるドナート王子が、妹王女に一度視線を向けた後、再びやや言いにくそうに、エドヴァルドの方を向いた。

「その……貴殿と聖女の姉君との婚約が、あてつけではなく本気のものだと言うのは、否応なしに理解はした、けど……妹の方は、もう、少しの可能性もない、か……?」

 フォルシアン公爵令息は、世間一般からすれば、十二分に美形の部類に入る。
 あれだけの事をしておいて何を、とは思うけれど、未練はあるのだろう。

 エドヴァルドも、それこそ「何を言っているのか」と顔にしっかり書いてはいながらも、この際キチンと言っておくべきだと思ったようだった。

「本気で王女を縁づかせたかったのなら、公式の筋を通して、陛下経由でフォルシアン公爵に申し入れをすべきだったんだ。ユセフは筋金入りの女性嫌いだから、可能性があったかどうかは分からんが、それでも一度は、正面から向き合う事はしただろう。ベイエルス公爵家かクヴィスト公爵家に都合の良い話を吹き込まれたのか知らないが、初手を間違えたな。ここからの挽回は不可能だと思った方が良い。そもそも、憎まれてしかるべきな事をしたと自覚しろ」

「……っ」

 ドロテア王女は青ざめた顔色で、兄であるドナート王子の上着の袖をきつく掴んでいた。

「妹は……どうなるだろうか……?」

「事態の全容がハッキリして、バリエンダールと今後の相談をしない事には何も言えん。まあ、国や貴族間の立場を考慮して、最も出来るところに縁組させられるだろうとは思うが、気休めを言う義理もないからな」

 いくらドナート王子が心配しようと、王子本人ですら、己の先行きが見通せない状態だ。

 ドロテア王女が膝から崩れ落ちたとて、誰もそれ以上言葉をかける事が出来なかった。
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