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第二部 宰相閣下の謹慎事情

443 英雄の人生相談

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『では、明日に備えて皆、今日はもう部屋に戻った方が良いだろう。ユングベリ嬢は、私がエスコートさせて貰うとしようか。最も、カドが立たないだろうしな』

 最後はちょっと、皆の緊張を解すかの様に、マトヴェイ外交部長が軽い言い方で、スッと肘を曲げてエスコートの姿勢を見せた。

 なるほど腕を絡めてしまうと、一定以上に親しく見えてしまう場合もあるけど、ただ手を添えるだけなら、誤解は招きにくいと言う事なのかも知れない。

 有難うございます、と私はそこに手を添えた。

『ユングベリ嬢』

 やがて、ベルセリウス将軍始め軍の人達がそれぞれの部屋に入ったところで、マトヴェイ外交部長が声や態度から軽さを抜いて、話しかけてきた。

『明日、無理する必要はないぞ』
『マトヴェイ部長……』
『いざとなれば、何とでもする。我々だけで行ったって構わない』

 どうやらマトヴェイ外交部長は、商会の仕事が絡むにせよ、現時点ではまだ一般人の私を巻き込もうとするバリエンダールの王宮に対して、思うところがあるようだった。

 私は「有難うございます」と、微笑わらった。
 きっと彼は、これを言おうとしてエスコート役を引き受けてくれたんだろう。

『私――多分欲張りで、意地っ張りなんですよ』

 だから私も本音で話す事が出来た。

『私には、ミルテ王女みたいな血筋も、ノヴェッラ女伯爵の様な『聖女』としての魔力も実績もない。そのままじゃとても、エドヴァルド様が差し伸べて下さる手なんて取れない。だけどようやく「ユングベリ商会」の中に光が見えた。商会が上手くいったなら、私が隣にいてもエドヴァルド様が悪く言われる機会は減るかも知れない。私も「聖女の姉」としてじゃなく、一個人として地に足がつけられる。嫌なんですよ。何もしなくて良いと言われるのも、ましてエドヴァルド様が私の所為せいで悪く言われるのも』

『多分には、そんな雑音をねじ伏せてしまえるだけの力も実績もおありだと思うが……』

『――それでも、です。ミルテ王女やノヴェッラ女伯爵の様な方が来られても、ビクともしないようにしたいんです』

『ユングベリ嬢……』

 多分、セラシフェラの咲き誇る庭で、私がエドヴァルドに即答出来なかったのは、きっと、覚悟も自信も足りなかったから。

 それは理由にならないと、エドヴァルド自身に釘は刺されているけれど。

『まあこれは、経験からくるちょっとした独り言だが……』

 歩きながら、マトヴェイ部長が突然を言い始めた。

『あまりあれこれ理由づけをしていると、そのうち自分の本心が自分でも分からなくなりかねない。たまには立ち止まって、単純に考えるのも一案だと思うがね」

『立ち止まって…単純に……』

『例えばさっき、フォサーティ宰相令息の手を振り解いた時があっただろう。あれ、だったら、同じ事をしたかい?』

『!それ…は……』

『確かに貴族社会においては血筋も実績も大事かも知れないが、政略婚ですら、触れられるか触れられたくもないかは重要だ。釣り合う釣り合わないと躍起になる前に、そこをまず考えないと、すれ違ったり拗れたりしかねない』

 ――聞けばマトヴェイ外交部長の奥様は、国境の小競り合いで敗れた、ギーレン側の小さな村の領主の娘さんらしい。

 確かに、それはそれで紆余曲折がありそうな話だった。

 すれ違って拗れたんですか?と聞けば、笑ってごまかされてしまったけど。

『機会があれば、マトヴェイ部長の奥様にお会いしてみたいです。何だか親近感を覚えますね』
『独り言だ。独り言に責任は持てんよ』
『じゃあ、大公殿下が無事にお戻りになったら、早めに思い出して下さい』
『検討しておこう』

 そうしている内に部屋の前についたので、私はマトヴェイ部長から離れて、頭を下げた。

『有難うございました。では、また明日』
『明日は予定通り――で、良いのか?』
『はい。申し訳ありませんが、護衛と調査を宜しくお願いします』

 マトヴェイ部長も、最初から無理強いをする気はなくて、最終確認をしたかっただけなのかも知れない。
 片手を上げて、自分の部屋へと戻って行った。

*        *         *

 部屋に入ると、バルトリと双子がそこに勢揃いしていて、私は素で驚いて、小さな悲鳴を上げそうになった。

『ちょっ……何して……っ』

『状況報告ですよ。ジーノにブローチは返してきました。あと、ギルド長への連絡と、生ものを王宮の厨房に買い取って貰う件に関しても了解は貰いましたから。決着したら、再注文と言う事で』

 そう言ってバルトリが、報告の順番とばかりに片手を上げた。

『もしこちらが動く前にイラクシ族が抗争を止めたとしても、取引の事もあるからそのまま部族の代表たちに紹介したい、とも言っていましたよ』

『そ、そう。ありがと』

『で、ジーノが連絡に書いた紙を、顔繋ぎも兼ねてリ――シグマでしたか。彼に持って行かせました。明日ギルド長がシレアン連れて来た後は、ギルド長に付いて王宮出させて、後はフリーで動かせようと思います』

『…うん、それで良いかな。もし王宮にが来ても、彼なら分かるだろうしね』

 まあな、とリック自体は至極あっさりとしている。
 だけどシーグに何をさせるんだ、と言ったところで、ちょっと顔が険しくなっていた。

 ただ、そこに答えたのは、何故かバルトリだった。

『イオタはお嬢さんに付かせる。ユレルミ族やジーノが余計な事を考えない様に、いっそあからさまにお嬢さんの周りを警戒させるつもりだ。イラクシ族や大公殿下の事は、将軍閣下やトーカレヴァ達に動いて貰えば充分ですよ』

『『な、なるほど』』

 バルトリの妙な迫力に、うっかりシーグとシンクロするかの様に頷いてしまった。

『――もちろん、俺もジーノの牽制に入りますので』

『……何か、バルトリの行く目的、違くない?』

 うっかり聞いてしまったものの、バルトリがそこで半目になった。

『お嬢さんは、商売以外の脇が甘いんです。お館様が来られた時の対策が、明日の私の役目だと思ってますよ』

『……ソウデスカ』

 ヨロシクオネガイシマス、と何故か迫力に負けて頭を下げてしまっていたけど。



※※※すみません、登録を間違えていたようで掲載しなおしました※※※
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