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第二部 宰相閣下の謹慎事情

497 その鳥にアレルギーはあるか(前)

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「チチチッ!」

 いつの間にか、頭の後ろにエドヴァルドの手が回っていて、整った顔が近付いて――と思ったところに、聞き慣れた鳴き声が耳に届いた。

 ぽすっ、と頭の上にナニカが落ちる感触も一緒に。

「「………」」

 私にしろエドヴァルドにしろ、この状況はどうしたら……と思ってしまった感が大だ。

「えーっと……リファちゃん」

 とは言えここは、私が話しかける方が良い気がした。

「ぴっ!」
「もしかして、ごはんの時間……とかかな?」
「ぴぴっ!」
「……そっか、ありがと」

 どうやら、昼食の用意が出来たと言う事を知らせに来てくれたらしい。

 完璧な、リファちゃんの無駄遣い。何してるの、トーカレヴァ。
 いや、カワイイから許すけど。 

 私にもエドヴァルドにも怯える事なく、また来てくれる様になったんだから、諸手を挙げて歓迎するけども。

 もしかしたら、ウルリック副長あたりの入れ知恵な気も、ちょっとするけど。

「……そう言う事みたいです」

 エドヴァルドが両手を私の肩に乗せて、気のせいかちょっと項垂うなだれていたので、リファちゃんにはとりあえず頭の上に乗っかって貰ったまま、リファちゃん来訪の意図を告げてみた。

「…………理解した」

 その答えが返るまでに、だいぶ間があったんじゃないだろうか。

 両肩からエドヴァルドの左右の手が滑り下りて、最後、私の両手をそっと持ち上げた。

「アンジェスに戻ったら、貴女の時間を少し私に貰っても良いだろうか」

「エドヴァルド様……?」

「求婚の話は横に置いてくれて良い。それは〝アンブローシュ〟で聞くと、当初からの約束だ。それとは別に〝アンブローシュ〟に行くまでの時間を、私に貰えないかと――そう言う話だ」

 どうも、言っておかないと貴女は次々と予定を詰め込みそうな気がする。

 苦笑交じりにそう言われてしまい、私は反論をしようとして……出来なかった。

「わ、分かりました。公務のお手伝いでも何でも、頑張りますから言って下さい」
「……レイナ。私は戻ったらする予定なんだが」
「……あ」

 もはや有名無実化してそうな気もするけれど、本人エドヴァルド的には断固として譲らないつもりらしい。

「いや、いい。貴女は……私とアンジェスに戻る事を当然と考えてくれているんだな」
「……えっと?」

 思いがけない事を言われてしまい、私は思わず目を丸くしてしまった。

「レイナ?」
「えーっと……どこから、そう言う話に。あ、商会関連の話があるからですか?」

 確かにバリエンダールやサレステーデでの販路の話は、まだ確立されたものじゃない。
 
 だけどそれなら、まずアンジェスの旧〝ツェツィ・オンペル〟の店舗を、ユングベリ商会本店として開業にこぎつける方が先決だ。

 ギーレンもバリエンダールもサレステーデも、あくまで本店で並べたい商品を取り扱う為の販路の一環なのだから。

 そんな風に私が話をすると、エドヴァルドは「……そうか」と、少し嬉しそうに口元を綻ばせた。

「では、館に戻ろうか」
「はい。……あ、もうリファちゃん、この際だからそこにいて良いよ」
「ぴ!」

 私の手を「恋人繋ぎ」に戻したエドヴァルドは、一瞬だけ何とも言えない眼差しをリファちゃんへと向けていた。

 後で聞いたら「自分の方が可愛がられている」くらいな、もの凄いドヤ顔に見えたらしい。

 いや、エドヴァルドは「ドヤ顔」とは言わず「頭の上でふんぞり返っている幻影が見えた」と言っていたんだけど。

 絶対オスだろう――とか言っていたけど、そう言えばトーカレヴァから、そこまで聞いた事がなかった。
 知ってるのかな?

 私はどっちでも良いんだけどね。
 リファちゃんだから、カワイイんだよ!

*        *         *

「まあまあ!確かケガをしていた鳥を保護されたんだとか?随分と懐かれていますわね!」

 頭上に白いふわもこ鳥を乗せたままダイニングに戻ったワケだから、それは部族の女性陣に生温かい視線を向けられた。

「北方遊牧民たちは、昼間は放牧の合間に簡単に済ませる事も多くて、あまり材料の在庫がありませんのよ。ご容赦頂けますかしら」

「あ、ええ!もちろん――」

 リファちゃんの話題ついでにうっかり答えかけてしまったけど、この場合答えるとすれば、エドヴァルドかテオドル大公であるべきだろう。

 私は言いかけた言葉を途中で呑みこんで、エドヴァルドを見上げた。

「構わない。元より我々の訪問自体が想定外だっただろうから、頂けるだけで有難いと思っている」

 そしてサンドイッチ肯定派、食べられればOKのエドヴァルドは、案の定、気にしていないみたいだった。

「それと、その鳥のゴハンだけど、辺り一帯凍っちゃって、虫が手に入らなかったの。カラハティ達がたまに食べる柔らかい食事があるんだけど、それで我慢して貰えるかしら」

「……はは」

 ランツァさんは別にあてこすったワケではなく、あくまでリファちゃんに申し訳ないと言う感じだったけど、頭上で「ぴぃ……」と答えるリファちゃんは、どうやらちょっと、しょげているっぽかった。

 うん、戻ったら虫いっぱい食べようね。

 そんなランツァさんは、リファちゃんの前には、リゾットの様なオートミールの様な柔らかいごはんを、私の前には豚の角煮丼の様な見た目の食事を、それぞれ置いてくれた。

「これは……?」

「南の地域や他国の方はあまり見た事はないかしら?グレーチカの実の上にお肉を敷き詰めて、バターなんかを乗せて、蒸してあるのよ。どちらかといえば、サレステーデ国の主食になっているのかしら?」

 話を振られたサラさんが「そうだね」と頷いていた。

「寒冷地での栽培に向いている実だからね。腐りにくいから保管もしやすい。土地によっては水じゃなく牛乳で煮たりもするんだけど、正直それは私も苦手なんだ。だからそう言った食べ方は家畜向けになる事も多いね」

「あ、だからコレ……」

 どうやらリファちゃんのごはんは、水と肉汁ではなく、牛乳でグツグツと煮込まれていたようです。

 それにしても、この、ちょっと黒い様な茶色い様な小さな実は、どうも見覚えが……?
 チアシードとも言い難いし……。

「レイナ?もしかして、この実の事、知ってたりする?」
「ああ、うん、味とか食感とかは初めてだと思う。ただ、この実がね……」
「後で調理前の実を見せようか?普通に旅の食料として持ち歩いているからね」

 あっさり、そう言うサラさんに、私が頷きかけたところで、ランツァさんの方が「あら、それなら後片付けの時に厨房に見に来れば良いじゃない」と、言ってくれた。

「あ、じゃあ、ぜひ」

「「「…………」」」

 その時点で、男性陣全員が表情を痙攣らせていた事に、私は気が付いていなかった。
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