ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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三章 プリンセスロード編

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「これで美味しいものでも食べてきなさい」

 父からお金をもらった私は、アルとともに夜の街を歩いている。

「妹のセリーナはもう寝てしまった、よほど旅に疲れたのだろう」
「……そ、そうですか」

 私は、ちらっと彼を見つめる。
 風変わりな外国の冒険者。フィルワームに嫁ぐ妹を守りながら、はるばる旅をしてきたらしい。

 でも、武器を装備していない……なぜ? 

 その容姿は美しい妖精のよう。紫の髪がセクシー。体格は、すらっとして身長も高い。モテるだろうな。年齢はいくつだろう、20代後半くらいかな? それにしても、不思議な瞳をしている。ポーションの色と同じ綺麗なブルー。 

「ん? 俺の顔に何かついてる?」
「……い、いいえ」
「?」

 うわぁ、うまく話せない。
 思えば、ジャス以外の男性と並んで歩くことがなかった。ぐぬぬ、ここに来て私は、コミュ力の無さに絶望してしまうよ。だけど、なぜか楽しいな……。

「まぁ、今日はいろいろあったみたいだから、無理に話すことはない」
「……は、はい」
「それにしても今夜は満月か……照らされた鐘楼が美しいな」
「トルシェ名物の建物です」
「ほう、美しい」
「あの鐘を鳴らして、フィルワームに花嫁が来たことを告げる言い伝えがあります」
「なるほど……」
 
 アルの声って、とても優しい。
 爽やかな風に舞う花のような、そんな声音、あるいは美しい自然の風景画を見ているような、そんな音色。あぁ、恥ずかしくなって、顔が赤く染まってしまう。あんまりこっちを見つめないでっ!

「ルイーズ?」
「すみません……」
「いや、夕飯に付き合ってくれるだけありがたい。なにせ、初めての街だから、右も左もわからない」
「……あ、あっちです」

 私は指をさす。
 その方向には商店街があり、食事ができる店がある。私は、がらっとその扉を開けた。
 店内はお客さんでいっぱい。
 かなり混んでいるけど、若い女性店員に発見された私たちは席に案内される。私は常連の客だから、メニュー表を見なくても品がわかる。席に座りつつ、適当に料理を注文した。

「ここの焼き鳥は絶品です」
「それは楽しみだ」
「お酒は飲みますか?」
「うん」
「じゃあ店員さん、エールもひとつ追加で……私は水をください」

 はい、と店員は答え足早に去っていく。かなり忙しいみたい。
 きょろきょろ、と私は店内を見渡す。

「げっ!」

 知っている顔があった。ジャスだ。
 鋼鉄の鎧を装備している彼は、わぁわぁと騒ぎまくる客たちから、

「ジャス、頼んだぞー!」
「魔物を倒してくれー!」
「我が街の英雄ジャスー!」

 といった声援を受けている。
 すると彼は、とても偉そうな声で言い放った。

「まかせろ! 明日、魔物の巣に行って一掃してくる!」

 おおおお、と歓声がわいた。

「魔物の巣にいくつもりか……」

 私の隣にいるアルが、そうつぶやく。
 いつのまにか届いていたエールを飲みながら、ちらっとジャスを見ていた。
 アルは知っているのだろうか?
 いま、猛烈に目立っている人物こそ、私と婚約破棄した男性だということを。

「……」

 テーブルにある美味しそうな焼き鳥。
 そのジューシーな肉感を、じっと見つめながら思った。ジャスは民から期待されている英雄になった。しかし私はどうだ? 魔法が使えない、ただの道具屋の娘、それが私。
 彼と私の差はいつのまにか、天と地ほどあるような、そんな気がする。ああ、ここにあの女がいなくてよかった。
 
 聖女ケイト。

 もしも彼女がここいたら、私の存在はみじめすぎて、とてもじゃないが生きていられない。その代わりにジャスの隣にいるのは男性で、同じパーティーにいる戦士なのだろう。両手に女の子を抱いている。

「うぉぉぉ、モテモテだぁぁ! 今夜はみんなまとめて面倒見てあげるよぉぉ!」

 顔はかっこいいのに、やってることはクズだな。
 でも将来有望な冒険者なので、田舎街トルシェの娘たちは彼にメロメロ。いやぁーん、とか可愛い声を出して甘えている。まさか、この人の影響で、ジャスは浮気したんじゃ? そのような疑惑が、私から生まれていた。
 
「どうかした、ルイーズ?」

 ふと、アルに顔をのぞきこまれる。
 あわわわ、と慌てた私は急いでこんがり焼けた肉を取って食べた。塩気が効いて美味しい。

「もぐもぐもぐ……」
「?」

 アルは、不思議そうに私を見つめていた。
 そしてしばらくすると、異様な空気が流れ出す。

 ガララ。

 ゆっくりと店の扉が開かれ、入ってきた男性に客たちの視線が奪われる。
 ロイだった。
 なぜ、こんなところに?
 と、疑問がわくのと同時に、彼の顔が笑っていないことに気づいた。いや、それだけじゃなく、とてつもなく怒っているようにも見える。あぁ、寒い。おそらく氷の魔力によって、店内の温度が下がっているのだろう。

「ほほう、魔法使いか……」
 
 アルがそうつぶやいた瞬間、ロイは言葉を放った。

「ジャス!」

 氷のように凍てつく波動が店内に吹き流れ、客たちはみんな身震いする。

「外に出ろ……話がある」

 不動に立っているジャスは、眉を吊りあげ、

「いいだろう」

 と言ってから、自信満々に歩き始めた。
 その途中で私の存在に気づいたが、すぐに目を逸らせ、ロイとともに店の外に出ていく。

 喧嘩するつもりだろうか? 

 でも、なんで? よくわからないけど、とりあえず止めなきゃ!

「彼は妹の婚約者だ……怪我をされてはまずいな」

 そう言って、スッと立ち上がったアルは私を見つめた。え?

「危ないからルイーズは家に帰っていろ」

 ずっと昔からの友達みたいな声でアルは言って、やけに楽しげに、ふふふっと笑った。はあ? なんなの?
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