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第7章 生者と死者を巡る受難と解放の物語

56: ブルーの欲望

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 ようやく悦豊武からコレクトコールの国際電話が、指尻ゑ梨花の元にかかって来た。
「普通のチスイヒルなんて珍しいものじゃないんだ。そんなのは、お隣の中国で馬鹿でかいのが山ほど手に入る。国境なんてジャングルで繋がってるだけだから、あってなようなもんだしな。でも寂寥がそんなありきたりなモノで満足するわけがない。で、女魃蛭ってわけだ。虫のくせに、一種の怪物だよ。あれを身体中に飼うと、人間は拷問みたいな身体改造に耐えられる。まあ実体としては、毎日、生きながら腐っていくようなもんだけどな。」
「人間から血を吸う見返りに、麻薬物質みたいなのが女魃蛭から出るのね、、。」
 香革の話から類推すると、女魃蛭は麻薬物質どころか、人間の新陳代謝機能や組織回復力を超絶的と言えるまでに増強するようだが、悦豊武は、まだそこまで情報を掴んでいないようだ。
 しかし量で劣っていても、悦豊武の情報には海馬美園国の「今」がある。

「身体の中に、銃や刃物を仕込んで平気でいる。そいう人間達を、寂寥は自分たちの鉄砲玉として使ってる。相手の陣営に送り込んで目標を殺させる。もちろん相手は、皆で寄ってたかって、そいつを返り討ちにしようとするが、女魃蛭でゾンビ化してる奴だから、なかなか死なない。それで、そんな怪物を送り込んでくる寂寥への恐怖心が、敵陣営内にますます高まるって寸法だ。ヤク漬けのスーパーマンという訳だな。、、女魃蛭が生み出すヤクの供給を絶たれたら想像を絶する苦痛が襲って来るらしい。それで自分の身体に手を入れられた奴らは、元の姿に戻りたくなっても、身体がいうことをきかないってわけだ。それに、この国の社会事情なら自分の身体を金で売る人間は大勢いる。」

 この話からゑ梨花は、香革という存在が、単なる女魃蛭戦士ではなく、言い方はまずいが、中国から貸し与えられているパンダの様な存在ではないのかという気がした。
 もちろん香革は希少ではあるが、可愛い所か恐ろしい存在であるが。
 美馬は、この香革を借り受ける見返りに、寂寥ファミリーに何を送っているのだろうか?
 香革が、単なる「黒い親善大使」とは、到底思えなかった。

「海馬美園国の裏側の顔は地獄だよ。合大地獄の八番目、、殺人・窃盗・獣姦の罪を背負った悪人どもが墜ちる場所だ。朱誅朱誅の悪虫が悪人どもに苦痛を与え続けるんだ、、、。」
「正法念處経ね。さすがに悦豊君は、ものを良く知っている。だからその悦豊君に提案。これからはネットを使ってくれない?いくら海馬美園国でもネット環境ぐらいあるでしょ。電話でのやりとりじゃ追いつかないような、もっと沢山の情報が欲しいの。悪いけど、今日の情報程度じゃ、お金は払えない。でも今回は、悦豊君がネット環境を整える為の先行投資として、お金を振り込んであげる。それを他の事に使っちゃ駄目だよ。だから次の連絡が、又、コレクトコールならそれまでだ、と思ってね。」
 指尻ゑ梨花はそう言って、深夜の電話をきった。



 突然、部屋のドアチャイムが鳴って俺は目覚めた。
 催眠状態から、いきなり現実に引き戻されたような感じがして、俺は頭を振った。
 時間の感覚を失いかけていたのだろう。
 俺はふらつく足取りで部屋のドアに行き、ドアを開けた。
 この時の自分が、奇妙なボディスーツ姿で、顔には門戸から四六時中着けておくようにと命令されたドールマスクを付けたままでいることにも気づいていなかった。
 それほど意識がフワフワとしていたのだ。

 また例のどでかいパッケージが、廊下に置いてあった。
 門戸は、忙しい男だ。
 たぶん、この差し入れをやり続けているのは別の人物だ。
 それに今、命令されている「ドール化馴致プレイ」とやらの雰囲気は、あの香革から聞き取った話と、雰囲気がよく似ている気がした。
 もしかすると、このパッケージを置いたのは、あの話の関係者なのかも知れない。

 門戸は、女装者のような異形の人間が好きだが、完全な「人形」には興味はない筈だった。
 ドール化馴致プレイを、俺に指示した時も、面白がってはいたが、何処か本気を感じなかった。
 誰かの為に、俺を遊び道具として貸し出したのか?
 第一、女装をした時の俺を側に置いて楽しむのを目的にしている門戸が、何故わざわざ、俺の顔に人形の顔をつけさせたり、ビニールのような光沢のボディスーツを身に付けさせるのか?
 それはあのゾンビ達のゲイビデオの趣味とも、又、指向が異なる筈だ。
 このパッケージの差出人は、門戸とはやはり趣味が違う人物のような気がした。
 
 今度のパッケージは、今までのものより、随分大きかった。
 俺は、それを部屋の中に引きずり込み、急いでドアを閉めた。
 ここは門戸の別荘だ、部屋の外には危険はない筈、なのに何に怯えているのか自分でも判らない。
 箱を開けて見る。
 一番上の部分に一本のサウンドメモリープレイヤーがあり、添え紙には「まず最初にこれを聞いてください」と、たどたどしい筆跡の注意書きがあった。

 俺は部屋のディスクの上に転がっていた無線カナル式イヤホンを、マスクに造形された偽物の耳に入れた。
 だが聞くことができたのは、「サーーー…」という微かな雑音だけだった。
 俺はそのままの状態で、お構いなしに箱を調べ続けた。
 サウンドメモリープレイヤーが入っていた梱包材の下に長箱に入った衣服があった。
 引き出してみると、エメラルドグリーンのフェミニンなジャケットとスカートが出てきた。
 プリンセスラインの2ピースのスーツのようだ。

 俺はこの時、気づくべきだったのだ。
 なぜ箱の中に入っているのが、お遊び用のメイド服等ではなく本格的な純正婦人服なのかということを。
 女装者相手の普通のコスプレプレイなら、当然、コスプレ色まるだしのペラペラ素材のチープなメイド服等が妥当だろう。
 だがそれはしっかりした生地で縫製された高級感のあるフォーマルな女物のジャケットとスカートだったのだ。
 その婦人服が、いくら華奢とはいえ男性の俺にさえサイズもぴったりなことにさえ大した疑問も抱かず、俺は迂闊にも荷物の奥を調べ続けていたのだ。

 梱包材をかき分けると、なんと底の方からマネキン人形用のディスプレイスタンドのようなものが出て来た。
 高さは約25センチで、直径は70センチ近くあった。
 驚いたことに、黒い革製の足首までのブーツが、その土台に取り付けられてある。
 ヒールの高さは10センチ以上あった。
 そのブーツはサイドジップ式で、ジッパーの先に鎖でつながった頑丈な皮製の足枷がある。
 そして小さな南京錠もついていた。

 これは何だ?と、俺はさらに興奮しながら箱の奥を漁りはじめた。
 何組かのステンレス製のポールを探し当て、それらを組み立ててみた。
 ポールの一方の端は、土台の中央に開いた穴に収まった。
 もう一方の端が俺のくわえ込まされているお尻のディルドーの底に、ちょうど填ることは取扱説明書を読まなくても理解できた。
 俺はベッドルームに、荷の中身のすべてを移動させた。

 そして俺は全身を映すことができるベッドルームの鏡の前で、ディスプレイ台を組み立て始めたのだ。
 次に箱の中に入っていた服を着て、身支度を整えるつもりになっていた。
 俺は何故か、どうしてもそれを着けなければならないという強迫観念に縛られていたのだ。
 しかし心の奥底で、それを否定する気持ちがあるのは判っていた。
 ・・俺は何をする為に、ここにいるんだ?・・
 ・・再び美馬に近づく為に、その第一関門として門戸の懐に潜り込んだのではないのか?・・
 ・・それが今、何をしている?・・
 だがとにかく、その時、俺がやりたい唯一の事が、それだった。
 それに、俺がこのプレイをクリアし、門戸がそんな俺を楽しみ尽くすまで、俺の美馬への引き渡しはないだろう。
 それとも最初から俺は、門戸の元で飼い殺しと決まっているのか、、、。

 服以外の箱に入っていた様々な付属品の中に、女性用のコルセットがあった。
 俺はまず自分のウエストの上に、そのコルセットを当て、紐で縛ることから始めた。
 幸いにも、ハトメのレース部分はフロント側になっていたので作業は簡単だった。
 俺は紐をきつく絞めると、レース部に沿って小さな金属製の掛け金がついているのに気づいた。
 金属のフックを反対側の掛け金にすべり込ませるため、俺は紐をきつく締めた。
 掛け金がカチッと小さく音を立て、それをひとつづつ絞める度に、何故か俺の興奮は高まった。

 そして既に俺の全身を覆っている肉色のボディスーツと、尻にくわえ込んだディルドーが再び俺を刺激し始めるのを感じた。
 当然、俺の頭の中で「声」が鳴り響き始めた。
「コルセットのひもを結びなさい!」とそれは言っていた。
「固く、固く、締めなさい!」
 俺はそれに従うしかなかった。
 それにそれが、腰の細い女物のスカートを履く唯一の方法だったのだ。

 ついに最後の掛け金がチッと音を立てると、俺は改めて鏡で自分の姿を見た。
 今までより、いっそうウエストは細くなっていた。
 次に俺は白いブラウスを取り上げた。
 それは長い袖と衿にチュールレースをあしらった光るサテンのブラウスだった。
 そのなめらかな素材に腕を通し、なんとかボタンをかけた。
 次に俺は脚の上にストッキングを履いた。
 それはボディスーツのなめらかな表面をいとも簡単に滑っていった。
 俺はコルセットの上にガーターを装着した。

 そして次はスカートの番だった。 
 俺は足の上をスカートを引き上げていった。
 今までさらけ出していたビニール製の膨らみが見える股間部分が、スカートによって隠されたにもかかわらず、不思議な事に、今度は「スカート」を履いたという新たな羞恥が沸いてきた。
 女装など、仕事の一部に過ぎないと思っている筈の、この俺がである。
 俺はスカートサイドのジッパーを引き上げた。
 そしてそれはカチッと上部で音を立てて閉まった。
 これにはロック機構のようなものも付いていたのだ。
 スカートはコルセットの上からさらに俺のウエストを締め上げた。

 最後に上品なエメラルドグリーンのノーカラーのジャケットを羽織る番がきた。
 ウエストをシェイプさせた女らしいラインのスーツだった。
 ボタンをかけると、コルセットで限界まで締めたウエストの上にジャケットがぴったりとフィットした。
 俺は付属品のセミロングのウィッグを着け、鏡の前で自分の姿を見た。
 俺の顔はプラスチック人形のように見えたが、頬骨が出ていて女性らしく見える。
 門戸の命令で付けさせらているマスクだが、顔の部分もその位置によって微妙に生地の素材が違うという凝った作りだった。
 少しだけだが、マスクの下の顔の表情筋に追随する変化を見せる。
 無防備に開いた唇は不安だが、何となくエロチックだった。
 コルセットは俺に完璧な女の体格を与えていた。
 俺は自分の姿を一通り見終えると、今度はアクセサリーで最後の身支度を整えなければならない気持ちにかられた。
 パッケージの中には、他の付属品以外に、随分高級そうな箱が入っていて、それを開けると白い大粒のパールのネックレスと大ぶりの白いコサージュが入っていた。

 身支度を終えると、俺はリビングルームに戻って、まだ例の「液体」が残っている筈の瓶を探した。
 俺はベッドルームに戻って、サウンドメモリープレイヤーを聞きながらベッドに横たわった。
 俺はボトルに口をつけた。
 開きっぱなしの人形の口で、それを飲むのは苦労したが、なんとか液体を飲み干した。
 液体が体内に入ると、俺は体が暖かくなるのを感じた。
 その暖かさは腕と脚に広がった。
 そしてすぐに全身が非常に熱く、ヒリヒリしだした。

 俺は高揚感に包まれた。
 しかし俺はその感覚に身を任してはならず、自分はディスプレイ台に乗る必要があると思えた。
 それが今、俺が考えられる唯一のことだった。
 その声が俺の頭で反響していたのだ。
『スタンドに乗りなさい!スタンドに乗りなさい!足を靴に固定しなさい!ポーズをとりなさい!スタンドに乗りなさい!』
 俺はそういう天の声を聞いていた。
 確かに聞き、そう認識したのだ。
 俺は展示台に乗り人形になりたかったのだ。たぶん、、、。

 俺はベッドから降り、ディスプレイスタンドに歩いていった。
 ボディスーツは、まだ俺を包む生き物のように俺を刺激していた。
 いや理性的に考えれば、ボディスーツが変化を見せているのではなく、変化しているのは俺の身体の方なのだが、いずれにしても、それはだんだん強くなっているようだった。
 俺は台に乗らなければならなかった。
 立ち上がり、足を靴にすべり込ませた。
 俺はサイドのジッパーを締めて、ジッパーに繋がる鎖の先にある足枷のストラップを自分の足首に締めた。
 カチッと音がした。
 足枷の鎖は、土台から出る鎖と南京錠で繋がっていた。
 初めて履くヒールのあまりの高さに俺は不安を感じた。
 俺はスカートをたくし上げ、スタンドの上のポールの先端部にディルドーの底が合うよう位置を整えた。
 俺はポールの上にゆっくりと身を沈めた。

 ディルドーの底が、ポールの先端部にきちんとジョイントされると、それがカチッと音を立てるのを聞いた。
 この位置を合わせるために、俺は腰をかがめた状態だったので、俺の膝は少し曲がった状態だった。
 このままだと疲れてくるのが判っていたから、俺はゆっくりと足を伸ばした。
 同時にスタンド上の、俺が組み上げたステンレス製のポールも伸びた。
 足を伸ばすとポールが立っているスタンドの方から、カチッカチッと別の音が聞こえてきた。
 ポールが微妙に押し上がってきて、ディルドーは俺の肛門にさらに押し込まれてきた。
 さらにポールは5センチ近くせり上がってきて、俺は姿勢は直立状態になった。
 だがそのおかげで、この慣れない異様なヒールで立つ事が楽になった。
 そして俺は、何故か無意識のうちに、女らしいポーズをとっていたのだ。
 

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