押しかけ皇女に絆されて

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交渉成立なのじゃ!

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 それは、世界のどこにもない風景だった。


(ああ、またこの夢だ)

 引っ越しを終えたばかりの1DKのアパートで、初めての一人暮らしに興奮してはしゃぎながらゲームに興じていたのに、どうやら自分はいつの間にか眠りについていたらしい。
 どこかあどけなさを残した青年……姫里慧(ひめさと けい)は目の前に広がる光景をぼんやりと眺めている。

 物心ついた頃から、何度も繰り返し見る夢。
 夢なのに恐ろしくリアルで、一方で全く現実感がない世界に、夢の中の慧はただ一人立ち尽くす。

 その世界にあるのは、藍と、緑。
 そして空に散りばめられた宝石のような星々だった。

 空はどこまでも暗い。
 吸い込まれそうなほど深い藍色の空は、この世界が夜だから……ではないようだ。その証拠に足元に目をやれば、柔らかな草で覆われた地面には自分の影がはっきりと見て取れる。
 太陽はなく、明らかに地球ではあり得ない数のきらめく星達がこの世界を照らしていて「成層圏に草原とか設定が無茶すぎるだろ……」と夢だと分かっていながら慧はついツッコミを入れてしまう。

 草原の向こうには、静かな青い海。
 空の色のせいだろうか、随分と暗い海は星々の明かりをキラキラと照らし返していて、見ているだけで心が穏やかになりそうだ。

 そよ風に身を任せながら、慧は次の場面を思い描く。
 もう10年以上繰り返している夢なのだ、目覚める瞬間までシナリオは完璧に記憶している。

(いつ見てもシンプルな家だよな……)

 集落と言うにはあまり密集していないが、草原の中に点在するのは素朴な石造りの家。
 ご飯時なのだろうか、煙突から上がる煙と子供達の笑い声。

 声の主の姿は、いつも見えない。
 けれど、この世界はどこまでも長閑で、温かで……知らないのに、何故か懐かしさで胸がいっぱいになるのだ。

(何もないのに、懐かしいだなんて)

 慧はいつも、心の中で独りごちる。


 そう、この夢には、物語がない。


 淡々と続く日常の音と風景。
 そこには慧の知る日常のような喧噪がない。ゲームの世界のような冒険も、闘いもない。
 懐かしく美しく、そして退屈な世界。

(こんな世界じゃ、異世界転生ネタも捗らなさそうだ……ああ、そろそろかな)

 そんなことを思いながらも、慧は目覚めに向けてやってくるものに身構える。
 それはこの世界で、退屈な夢の中で唯一のイベントであり、慧がこの繰り返される夢を密かに楽しみにしている最大の理由であった。


 ぞくり


(……きた)

 突如、ぶわっと尾骨の辺りから熱が灯る。
 全身を息がしづらいほどに締め付けられる感覚と、何かヌメヌメしたものが全身の皮膚を這いずり回る感触。
 不思議と嫌悪感はなく、ただ心地よさと、そしてじわじわと炙られるような快楽が胎に満ち、背中から螺旋のように駆け上がっていけば、思わず自分のものとは思えない高い声が上がった。

「っはぁ…………!」

 動けない。
 いや、動けるはずなのだ。身体はどこも縛られてはいない。
 けれども、太ももが、ふくらはぎが、ぎゅっと締め付けられたまま、足首はまるでピンヒールの靴でも履いているかのように伸ばされたまま。
 胸も、腕も、指の一つ一つまで……首から下が泥濘の強烈な締め付けに囚われたまま、熱に浮かされたように慧はぼんやりと草原を歩く。

「んはぁ……ぁぁ……」

 一歩、足を踏み出す度に、まるで呼応するかのように泥濘が焦れったい刺激を与えてくる。
 崩れ落ちそうなほどの快楽なのに、何故か足は立ち止まることを許さない。

(あぁ、気持ちいい……)

 こんな気持ちよさは、知らない。
 どんなオカズを使っても、こんな脳みそがグズグズに蕩けて形が無くなりそうな、頭の中で踊り続ける思考の模様が全てかき消されていくような快楽は得たことがない。

 歩く、歩く、歩く。
 ゆっくりと一歩ずつ歩みを進めて、その度に熱が高まり、身体が震えればそれすら泥濘に撫でられて快楽に変換されて。

「っいぐっ…………!!」

 弾ける。
 頭の中が、完全に白くなる。
 身体の形さえ、もはや分からない。

(きもち、いい)

 その5文字だけを残して全てが真っ白に染まって――


 …………


 ピピッ、ピピッ、ピピピッ……

 耳慣れない目覚まし時計の音に、慧は眠い目を擦りながら日常へと引き戻された。
 時刻は朝7時。入学式は明日なのだから、こんなに早く起きる必要なんて無かったよなと思いつつ、ぐっしょりと濡れそぼった下着をざっと洗って洗濯機に放り込む。

「ほんっと何なんだろうな、この夢……まさか欲求不満……?」

 いつ頃からだろうか、この夢が「気持ちいい」に変わったのは。
 小さい頃は最後のシーンも変な感じとしか思わなかったのに。
 これも思春期真っ盛りの6年間を男子校で過ごしてしまったせいじゃなかろうかと、慧は「はあぁぁぁ……」大きくため息をつく。

「いや、俺の青春はこれからだ!大学に入ったら彼女を作って、いちゃいちゃして……そしたらこんな夢は見なくなるかも……!」

 平凡な容姿に小さめの身体、どう見たってモテる要素は無いだろうという理性の冷静な突っ込みは無視することにする。
 いいじゃないか、少しくらいは夢を描いたって。

 慧の中学高校時代は、女性というものに何の縁もない生活だった。
 進学校で中高一貫の男子校、面白い仲間はたくさん出来たけれど、どうも浮いた話には一部の選ばれし者以外にとっては何の縁も無くて。
 更に頭が良い奴というのはどうにも好奇心の方向性がおかしいらしく、「男同士も結構いけるらしい」と無謀にも実践した結果大惨事になった、だなんてバカな話で盛り上がることもしばしばだった。
 なお慧の尻は無事である。167センチと小柄な体格と子供っぽい顔立ちのお陰で学内では密かに狙われていたそうなのだが、ひとつ上の気のいい先輩が睨みを聞かせてくれていたお陰で、何とか卒業まで貞操を守ることができた。
 卒業しても恐れられるほどの先輩に守られるだなんて、俺も運がいい。

「そういや、峰島先輩も同じ学部なんだよな……こっち来たら連絡くれって言ってたし、入学式が終わったら会いに行こうかな」
 先輩にメッセージを入れて、洗い物を終わらせる。
 朝食が終われば、暇そのものだ。
 明日は入学式だししばらくは忙しくなるだろうから、今日くらいはのんびりしていようと慧は入学祝いに親に買って貰ったゲーミングPCの電源を入れた。

 暫くゲームをして、攻略情報を調べて、先輩とメッセのやり取りをして……瞬く間に一日は過ぎていって。
 そうしていつの間にか、SNSで漫画を読み耽っていることに慧は気づく。
 せっかく自由を手に入れたというのに、これじゃいつもの週末と何も変わらない。
「むー、今日は街を散策しようとしてたのになあ……」

 なるほど人間というのは環境が変わった位で変われるものじゃないらしいと苦笑しつつも、慧は画面に映ったお気に入りの漫画をじっくりと眺めていた。

「はぁ……やっぱ百合は至福……」

 高校時代に「一服の清涼剤だぞ」と先輩から勧められた日常系百合アニメに嵌まって以来、慧はすっかり百合ものを愛好していた。
 可愛い女の子がいちゃいちゃしている情景は、男の自分には絶対に味わえない世界だ。特に砂糖を煮詰めたような甘々な展開は、画面からいい匂いすらしてきそうである。

「ん?……ああ、これふたなりものなのか……」

 画面をスクロールしていた慧の手が止まる。
 そこには「男にだってその大きさはない」とツッコミを入れたくなるようなご立派なものが可愛らしい女の子の股間からこんにちはしているではないか。

「いや、まぁふたなりも悪くはない、悪くはないけど……やっぱり股間はつるっとしている方が俺はいいなぁ……」

 マシュマロのような胸とお尻、そこに似つかわしくない凶悪な屹立。
 男のブツなど見たくもないはずなのに、可愛い顔とのギャップのせいなのか何故か目を離せなくなる。

(だめだこれ、何か目覚めちゃいけない性癖に目覚めさせられそうな気がする)

 そう思いつつも、手は止められない。
 慧は画面に描かれたものに比べれば大したことの無い息子さんを取り出し「ま、ほら、元気になっちゃったものは仕方ない!若いし俺!!」と言い訳をしつつ、くちくちと雁首を擦り始めた。

 ――思えばこれも運命だったのか。
 せめてあと1時間、この漫画を見始める前に事が進んでいればこんな事にはならなかった気がすると、慧は後に語っている。

「んっ……はぁ……」

 荒い息づかいと、くちゅくちゅと湿った音が部屋に響く。
 何かがせり上がるような感覚に、ティッシュを構えたその瞬間

「へっ」

 パアアッ……!!と、突然部屋の床が輝き始めた。


 …………


「え、は?何っ!?」

 最初は何が起こったのか分からなかった。

「ええぇ……何これ床が光ってる……!?そんな仕様聞いてないぞ……?」

 突如光り始めた床を、慧は息子さんを握りしめたまま呆然と眺める。
 いくら工科大の学生向けのアパートだからって、ゲーミング床ですかと言わんばかりのギミックを仕込むようなキワモノの大家はいないだろう。

 もしかして前の借主が何か天井に仕掛けたのか?と見回すも、特に何も見当たらない。
 そうこうしているうちに光は徐々に形を持って、何やら円を描き始めた。

 それは、小説でも漫画でもアニメでも散々見た、魔方陣にしか見えない物体で。
「うっそだろ」と目を丸くしながら、けれど慧はズボンを元に戻すことすら忘れてすっかり興奮しきっていた。

 これはあれだ、異世界に飛ばされるパターンじゃないか、と。

(お、俺が異世界転生の主人公になる!?ちょ、めっちゃ楽しそうなんだけど!!)

 慧も男子の例に漏れず、中二病は経験済みだ。
 自分が特別な存在で、物語のように異世界に飛び込んで、チートな能力でちやほやされて……そんな妄想を抱いた頃が黒歴史になるには、18歳というのは少々年若すぎるだろう。

 それに、例えそんな妄想がなくたって、まさにおとぎ話が具現化したかのような展開を目の当たりにすれば、期待しない方が無理だというものだ。

(どんな世界に行くんだろう、やっぱ剣と魔法がある中世ファンタジー系がいいなぁ……ホラー系はちょっと勘弁して欲しいしな……)

 出来ればあの夢のような退屈な世界ではなく、新鮮な驚きと興奮をかき立てる冒険の世界へ旅立てますように。
 慧は、徐々に光が強まりやがて筒のように立ち上った真っ白な光の中で目を閉じながら、来る未来へと思いを馳せ意識を彼方に飛ばしたのだった。


 …………


 ……確かに意識は飛ばしていた。
 だが、まさか目覚めて最初に目にするのが、さっきまでオカズにしていた画面だとは聞いていない。

「…………いやいやいや!!あの展開から異世界転生無し!?そりゃないわー……」

 意識が戻った慧は、さっきまでと同様PCの前に座ったままだった。
 鏡を見たところで映っているのは、いつも通り童顔で冴えない青年の姿。
 現実を認識し、期待を裏切られたショックに慧はがっくりとその場に突っ伏していた。

 一瞬、さっきまでの話は夢だったのかと慧の頭を疑念がよぎったが、しかしそれはないと床を眺めて思い直す。
 確かに光はすっかり消え失せていたが、床に染みのように残るのは間違いなくさっきの魔法陣だ。
 これ、敷金から引かれるのかな……と現実的な思考に囚われつつ、慧は床にそっと触れる。

「……うーん、特に何か仕込みがあるわけでもないし……第一なんだこれ、傷でも染みでもないんじゃ……」

 良く見ればその魔法陣の残渣?は、床から1-2ミリ浮かんでいるようだ。
 残念ながら慧の新たな冒険は始まらなかったが、何かしら異世界らしきものと遭遇したのは間違いない。

「……まあいいや、晩飯にすっか」

 そんな都合のいい話なんて無いよなと冷め切った頭で振り向き外を見れば、いつの間にかすっかり陽が落ちてしまっている。
 今から自炊だなんて流石に面倒だし、コンビニで弁当でも買ってくるかと、慧はずり下げたままのズボンに手をかけた。

 その時

『上手くいったようじゃの』
「!!?」

 突然、部屋の中に女性の声が響いた。

「へ……?」

 最初は空耳かと思った。
 次に、ブラウザの別タブで開いていた動画が再生されたのかと勘ぐった。

 けれども音源は見つからず、なのに声は止まない。

『ふぅむ、にしても妾はどこに飛ばされたのじゃ?アルペルッティの奴、行き先は後でお教えしますとか言いながら結局教えてくれなんだではないか!』
(え、ちょ、何だよこれ!?どこから聞こえてるんだ!!?)
『それに随分と寒いのう……この世界の胎の中は……んん?随分大きな赤子ではないかこれは!?』
(あ、頭の中じゃないか、これ!!?)

 テンパりながらもしばし観察して至った結論。
 この声は外ではない。明らかに頭の中から聞こえてきているという事実に、慧の顔がさぁっと青ざめる。
 そんな、いくら何でもようやく自由と青春を謳歌しようとした矢先に、幻聴をが聞こえるようになりました!だなんて無慈悲にも程があるじゃないか……!

 そんな慧の嘆きなどどこ吹く風と言わんばかりに、頭の中の声は好き勝手に喋り続ける。

『肉の壁……ではないのう。あやつら本当に作った身体に転生させたのじゃろうな?どれ、動かしてみるか』
(!!)

 動かす。
 そう声の主が言った途端、何かが頭の中に浸食してくるような感覚を覚えた。
 それはまるで水が染みこむように慧の頭を見たし、塗り替えていくようで……どう考えてもホラーな展開なのに、何故か気持ちがいいと感じてしまう。

「あーあーあー……ふむ、声は出るな。しかしまた随分野太い声じゃのう……この世界の赤子は最初から低い声なんじゃな」
(え、待って)
「手足も動く。目も見えておる。……いや、これはおかしい……まるで胎の外ではないか』
(ちょっと待って、声が出ない、身体、動かない……!!)

 気持ちよさに浸っていたら、突然慧が「しゃべり始めた」
 想定外の出来事に声を出そうとして、慧は気付く。

 思考はできる。
 けれどもまるで誰かに乗っ取られたかのように、声も出せなければ、指一本すら自分の意思で動かせない。
 声の主は勝手に部屋を歩き回り、あちこちを眺め『ふむぅ、間違いなく外じゃの……』と呟いている。

(まさか俺……乗っ取られた……!?何これまさか、ここ事故物件なんじゃ……!)

 憑依?乗っ取り?訳が分からない。
 分からないが、少なくとも今の慧は完全に自分の身体の支配権をこの謎の声に奪われている。
 自分のものなのに、何も出来ない。
 自分という存在が書き換えられていくような恐怖が、じわじわと慧の心を蝕んでいく。
 鼻がつんとして、目の前の景色がぼやけてきて。

(やめろ……助けて…………誰かお願い、助けて……!)

『よく分からんが、こりゃまたあやつらのうっかり魔法が発動したのじゃな。……はぁぁ、致し方ない。そうとなればまずはこの世界を探検しに』
(いやだあぁぁぁぁ助けてくれええぇぇぇっ!!)
『ぬぅ、さっきから何じゃ、助けてだの何だの喧しいのう!!』
(へっ)
『へっ』


 まるで慧の声が聞こえたかのようにいらだちを叫んだ(叫んだのは慧の口だったが)声の主は、次の瞬間ピタリと立ち止まる。

『…………』
(…………あれ、聞こえて、る……?)

 部屋の真ん中で棒立ちになったまま、沈黙が流れること、ゆうに5分。

『…………お主、誰じゃ?』
(それはこっちの台詞だよ!!!)

 訝しげに尋ねてくる声の主に、慧は盛大に心の中でツッコミを入れた。


 …………


『なるほどのう、大体事情は把握したぞ』
「今ので把握したんだ、って声が出てる……!」
『うむ、妾の支配を緩めたからのう。じゃが一人でブツブツ言ってるのは気味悪がられはせんのか?』
「乗っ取り犯(仮)に言われたくないし、どうせ一人暮らしなんだから問題ないよ」

 謎の声に尋ねられるがままに、慧が状況を説明すること30分。
 声の主は『全く、あやつらのやらかしは今に限ったことではないがのう……』とどこか呆れた様子だった。

『つまり、お主の名前は姫里慧、歳は18歳、この身体の持ち主じゃと言うのじゃな』
「そうだよ」
『で、突然床が光って魔法陣が現れたと』
「そういうこと、それで意識を失って目が覚めたら、お前の声がして身体が動かせなくなったんだって」
『なるほどのう……』

 そういうことじゃったか、と一人で納得する謎の声に「それでお前は何者で、一体何で俺の身体に入ってきたんだよ」と慧が尋ねれば『おお、説明がいるか?』とどこか嬉しそうな声色で尋ね返してくる。
 何でこの状況で説明が要らないと思ったのか全力でツッコミを入れたかったが、現時点では得体が知れなさすぎるので、慧はひとまず状況把握に専念することを決めた。

(幽霊なら寺にでも駆け込めばいいのか?幻聴ならどうすんだ、病院か!?)

 内心ドキドキしながら、慧は次の言葉を待つ。
『良いぞ、ならば教えてやろう』と謎の声の主は名乗りをあげた。

『妾はアイナ・フリデール。フリデール皇国の皇女じゃ』
「はい?」

 …………あ、これはダメなやつだ、と慧は即座に判断する。
 最初からぶっ飛びすぎていて、状況把握どころの騒ぎじゃなかった。
 フリデール皇国なんて聞いたことも無い、これじゃまるでこの声の主が異世界転生をしてきたとでも言わんばかりではないか。
 そうでなければ、本格的に慧の頭がおかしくなったか。

『ふむ、イセカイテンセイ……雑に言えばそういうことじゃの』
「って人の思考を勝手に読むなよ!」
『読むなよと言われてものう、これは妾の身体じゃし』
「しかも勝手に所有権を主張するなよ!!!」

 どうやらこの皇女様は、こちらの思考が読めるらしい。
 こっちは読めないのに不公平だと愚痴をこぼせば『妾の思考を読もうじゃなんて、お主なかなか度胸があるのう』と褒められてしまう。なんだこの嬉しくない感じは。

「で?異世界転生だとして、一体どうしてこうなったんだよ?」
『ぬぅ、お主まだ信じておらぬな……?』
「信じられるか、俺も散々異世界転生ものは読んできたけど、こんな展開は見たことがない!そもそも、いきなり人の中に入ってきて所有権を主張するとか、俺の頭がおかしくなったんじゃなきゃ、犯罪って言うんだぞそれ!」
『しかし事実じゃからのう。あとお主は至って正気じゃ』
「幻聴かもしれないやつに正気だって言われて信じられるか」
『ふむう……』

 まあいい、ちゃんとお主にも分かるように話してやろう。
 どうにも信じる気配のない慧を『お主、もうちょっと頭を柔らかくした方が良いぞ』と諌めつつ、アイナは事の顛末を(慧の頭の中で)話し始めた。


 …………


 アイナのいた世界は「サイファ」という名前だそうだ。
 聞く限り地球に比べれば随分小規模な世界で、5つの国とまだ領有権が確定していない地域が混在しているらしい。

 その5つの国の中で、最も南に位置する大陸を統べているのがフリデール皇国。
 国の規模は中程度だが、高度な魔法文明が発達したサイファにおいて特に召喚魔法の研究が盛んなことで有名で、異世界からいろんなものを召喚してはサイファの発展に役立てている。

「つまり異世界転生も起こしまくっていると」
『んなわけがなかろう。異世界から生物の召喚は禁じられておる。妾達は異世界の情報を主に召喚しておるのじゃ』
「情報?」
『うむ、まあそれはおいおいにな』

 争いらしい争いもなく、国内も国外も安定した情勢が続いて数千年。
 ……だったのだが、とあることがきっかけでフリデール皇国においてクーデターが発生。
 皇女であるアイナは宮廷魔法研究所により、クーデターを鎮圧するまでの間異世界へと転生することになったのだ。

 その展開といい、異世界転生の手法といい、まさにこれこそ俺が描いていたファンタジー世界だ!と話を聞いた慧がちょっとだけ興奮したのは内緒だ。と言ってもアイナにはバレバレだが。

 転生魔法は、器の生成と魂の転移という二段階に分かれているらしい。
 まずアイナを転生させるための器である肉体を異世界の母胎の中に作り、そこに魂を送り込む。
 アイナから見て異世界である地球の成分9割、サイファの成分1割で出来た身体は、異世界の魂であるアイナが一時的に避難するには丁度良い器となるのだそうだ。
 魔法師達は胎児が母胎ですくすく育ちこの異世界に産まれるまでの間、アイナをこちらの世界に避難させ、出産と同時に元の世界に呼び戻そうと考えたようだ。
 その頃には恐らくクーデターも鎮圧されている、そう判断したのだろう。

 なお、出産と同時に家主の居なくなった身体には、この世界……地球の魂が適当に入って成長していく。
 既にこの世界で生活をしている身体を作らなかったのは、途中で中身が入れ替わる違和感をこの世界の人に与えないため。
 何せ、異世界への干渉はやむを得ぬ場合以外は固く禁じられているのだから。

 ……だったはず、なのだが。

「あのさ、俺、胎児どころか既に18歳なんだけど」
『そこじゃよ。まさか転生してきたら先客がおるとはのう……』
「いや、そもそもその魔法、失敗してね?」
『失敗はしておらんぞ?現にちゃんと用意した器に入って居るではないか。なあに、うっかり者のアルペルッティのことじゃ、ほんの20年ほど時空を間違える程度のやらかしはいつもの事じゃよ』
「お前なぁ、仮にも皇女だろ?一国の要人がそんなうっかり者を雇うなよ!!第一、20年は誤差っていうな、人生の4分の1だぞ!!」
『むう、そんな20分の1程度の誤差で怒らずとも良いではないか……んん?待て、4分の1じゃと?』
「は?にじゅうぶんの、いち!?」

 ……そうだった、こいつは異世界人だった。

 異世界なら寿命が異なっていてもおかしくないはず、と改めて尋ねれば、彼らクロリク(という種族らしい)の寿命は400年前後だそうで。
 そりゃ20年は誤差だ、と慧も怒りの持って行き場がなくなってしまう。

「ん?てことはお前いくつなんだよ?声から察するに俺と同じくらいかと思ってたけど」
『ほんの120歳じゃぞ?まだまだ子も一人しか産んでおらぬ、うら若き乙女じゃ』
「いや既にオカンとかそれってつまりBBA……いててててごめんなさいごめんなさい!!」

 よーく分かった、異世界人の女も年齢というのは気になるものなのだと。
 咄嗟に身体の支配権を取られ『生意気な口じゃの!!』と思い切り両頬をつねられて、慧は涙目で必死に謝るのだった。

「てか、今俺の身体ってお前の身体でもあるんだろ?お前も痛いんじゃねえの?」
『妾はある程度自由に感覚を切り離せるからの、問題は無いぞ』
「ひでぇチートかよ」

 ……異世界転生はチートと隣り合わせなのは、どの世界も共通のようだ。
 こりゃこいつのいうことを信じるしかないかな、と慧は身体をいとも容易く乗っ取られる事実に慄きつつ、どうか大事になりませんようにと心の中で目一杯祈るのだった。


 …………


『まあそういうわけでじゃな』
「おう、事情はまあ大体分かった」
『取り敢えず1年ばかしこの身体から出ていってくれんか』
「出来るか、そんなこと!!」
『ちゃんと戻るときにはここに戻してやるから、問題なかろう?』
「大ありだっての!!第一どうすんだよ、俺明日から大学生なのにいぃぃぃ!!」

 そうしてさも当然と言わんばかりに家主を追い出そうとするアイナに、慧は(異世界人の常識は分かんねぇ!!)と必死で抵抗を試みていた。

「そりゃさ、クーデターが起きたのはその、気の毒だよなって思うぞ?でもだからって俺の身体を乗っ取られてたまるか!!」
『たった1年じゃぞ?その頃には皇帝が全てを片付けておるはずじゃ、どうしてもダメじゃというのか?』
「むしろそれで、はいそうですかって譲って貰えると思ったことが信じられねえよ!」

(まぁでも、本当に気の毒ではあるよな)

 しょんぼりした雰囲気になったアイナに、慧もちょっとだけ同情する。
 アイナからしてみれば、平和に暮らしていたところに突如起こったクーデターで故郷を追われ、見知らぬ異世界に転生して避難しようとしたら避難所の身体にはうっかり魔法師のせいで既に先客がいたわけだから。

『…………』

 頭の中に居るだけだ、姿が見えるわけではない。
 けれどその声で脳内補完により(年齢はさておき)うら若き女性に変換されたアイナの悲しそうな顔が浮かんでしまっては、そう強固に責めるのも胸が痛む。
 いや、もちろん出て行く気は無いが。せめて共存という道はないのか、無いんだろうな。

「……あの、さ」

 何か話していないととても居られなくて、慧は話題を変えることにする。
 もう少し、この異世界人の事を知ってから方法を考えるのも悪くはないかも知れない、そんな考えもちらりと頭をよぎる。

「クーデターって、何が起こったのか聞いてもいいか?あ、いや、辛いことなら無理にとは」
『構わんぞ。……きっかけは皇帝の発案した法律じゃよ』
「…………そんなに酷い法律だったのか?」
『分からぬ。妾にはあまり関係がなかったのでな。じゃが、反対派の怒りは猛烈じゃった……もともとユージン帝が帝位に就いてから、強引な政策で反対派の不満は高まる一方ではあったのじゃが……流石にあれは、やりすぎたのじゃろうな』

 沈痛な面持ちでアイナは語る。
 なるほど、良くある話だ。暴君を誰も諫めることが出来ず、民衆の不満が爆発してクーデターか。
 確かにアイナも一族に名を連ねているとはいえ、ただの後継者の一人でしかなく政治に発言権を持たない(後継者候補は皆発言権を持たないらしい)彼女に罪を問うのは酷というものだろう。

 にしても法律ひとつでクーデターとは、きっととんでもない悪法を敷いたに違いない。
 ……ちょっとした好奇心から口を滑らせたことを、慧はすぐに後悔することになる。
「一体……どんな法律を」
『うむ、それがじゃな』

 やはり色々思うところがあるのだろう、アイナはしばし逡巡したのち、覚悟を決めた様子で口を開いた。

『……男の娘は、魔法でCカップ以上のぷるぷるおっぱいにしなければならないというものじゃ』
「………………はい?」



 おとこのこを Cかっぷ いじょうに する?



 深刻な話の中で出てくる言葉とはとても思えない概念に固まっていれば、アイナは『ふむ、お主らの国とは成り立ちが違うのじゃな、そういう世界もあるのは妾も知っておるぞ!』とうんうん頷いている。

「あの、成り立ちって」
『うむ、妾たちクロリクはじゃの』

『性癖の似通った者達で、国を作るのじゃよ』
「はあああぁぁ!?」


 …………


 変なことを聞くんじゃ無かった。
 いや、変なことは聞いていないはずなのに、話の方向が一気にいかがわしくなってしまったのだから、俺は多分何も悪くない。

 慧は冷凍庫に残っていた肉まんを温めて頬張りつつ、アイナが蕩々と説明するクロリクの残念な性癖事情に文字通り頭を抱えていた。

「ええと、そのつまり、フリデール皇国は男の娘好きが集まった国だと……その、男も、女も?」
『まあそういうことじゃな。男の娘になりたいものと、男の娘を作りたいものと、男の娘といちゃつきたいものと、単に男の娘同士のいちゃいちゃを眺めたいもの……まぁ細かいところは人それぞれじゃよ』
「はあ……」
『妾としてはふたなりも好きなのじゃがな!まあその辺は好みが分かれるとこじゃのう』
「ちょ、年頃の女の子の声でとんでもない爆弾発言は心が死ぬ」

 なんてこったい。
 異世界人はまさかの変態の集まりだったとは。

 恐る恐る他国の事情を聞けば『サイファ最大の国であるエヴァンデル帝国は、拘束監禁好きの国じゃよ。毎年皇帝を拘束し放題の祭りが開かれるのじゃ』だの『ノルドヴァル諸島は魔導工学が盛んでの、人体改造と機械姦好きが日夜開発に明け暮れておるのう』だの、まぁ見事に碌でもない話しか出てこない。
 異世界に真っ当な中世ファンタジーを想像した俺の期待を返してくれ、いやある意味中性ファンタジーかも知れないけど!

「それで、フリデール皇国は男の娘好きで出来上がった国と」
『うむ。元々は初代皇帝が異世界から召喚した情報なのじゃがな。瞬く間にサイファ中に概念が広がって、皇帝の元に民衆が集って国が出来たのじゃ』
「嫌な国の成り立ちだな、それ」
『しかしのう、クーデターを起こした連中は論外じゃが、ユージン帝も大概じゃよ。乳など脂肪の塊に過ぎぬのに、やれたわわなのが良いだ、掌に収まるちっぱいが良いだと些末時に囚われおって……その結果がこのざまじゃ、情けないのう』
「いや、それについてはクーデター派を断固支持する。ちっぱいは至高」
『何なのじゃ!?さっきまで人の性癖にドン引きしておいて、お主も大して変わらぬではないか!!』
「はっ、つい本音が」

 いかんいかん、うっかり異世界人の変態性癖に染められるところだった。
 ともかく!と慧は誤魔化しつつ、アイナに「俺は出て行かないぞ!」と改めて宣言する。

「お前が大変な目に遭ったのは分かった。分かったけどこの身体は俺のものなの!先に入ったのは俺なんだからな!!」
『うぬぅ、それを言われると反論の余地が無い……』
「だいたい男の娘だろうが何だろうが貧乳禁止だなんて、そんな国は滅んだほうがいいんじゃないかな!」
『お主、胸の話題が出た途端に途端に辛辣になったのう……さっきまでは妾に同情的じゃったというのに』

 異世界でも男というのは胸にロマンを詰め込みすぎじゃ、とアイナは嘆息する。
 そしてふと視線を動かし……あるものに目を向けた。

『お主……ええと、慧じゃったか。あれは何じゃ?』
「ん?本棚か?」
『ホンダナ……?』
「もしかしてお前、本を見たことがないのか?」
『お前ではない、そろそろアイナと呼ぶのじゃ。ほう、ホンというのかあれは!知っておるぞ、異世界から召喚した情報の中にはあのような形のものもあったしのう』
「あ、こら勝手に身体を使うなよ!」

 アイナはいそいそと本棚に近づき、適当に一冊の本を取り出した。
 それは慧の好きなライトノベル。まさに異世界転生の王道ストーリーの第1巻だ。

『そうそう、こういうものじゃった!実に多彩な情報が入っておっ……て……!?』
「……?どうした、アイナ」
『…………なんじゃこれは!情報が……この記号の意味が分かるじゃと!!?』
「へっ?いや、記号って文字が読めなきゃ情報なんてどうやって知るのさ!?」
『魔法を使えば情報媒体から直接情報は取れるのじゃ。しかし何とこれは……素晴らしい、このモジというものにも情報があるとは……!!』

 興奮気味に早口で語るアイナによれば、彼らクロリクに知識を本やデバイスの形で保存する文化はないらしい。それどころか文字すら存在しないという。
 アイナ曰く

『知識とはそうじゃな、世界のありとあらゆるところに満ちているものじゃよ。空気と言えば分かりやすいかの?妾たちはそこから、いつでもどこでも誰でも自由に知識を引き出せる。じゃからわざわざ保管などする必要はないのう』

 ……だそうだ。
 アイナの世界の文明が進んでいるのか遅れているのか、あまりにも世界の前提が違いすぎて、ただの大学生である慧の頭では推察すら不可能である。

 異世界から召喚した情報端末も、そこから魔法で情報を抽出すれば自動的に世界に知識として満ちる。
 そうしてフリデール皇国で抽出された情報は、瞬く間にサイファの世界中どこからでもアクセスできる知識となって全世界に共有されるのだ。

『じゃが、このモジが持っている情報は、ホンから抽出する情報よりもっともっと濃いのじゃよ!密度が高いと言えば通じるかの?』
「何か良く分からないけど、文字が読めると分かることが多いってことだな」
『その通りじゃ!慧の魂に溜まった知識が肉体を通して伝わってくるお陰で、妾は濃厚な情報を浴びることができる……はふぅ、しかしこれはこれは……なんとも快感じゃのぅ……』
「待って待ってその意味深な言い方やめて、変な気分になるから!」


(声だけなのに!しかも120歳なのに!!その悩ましい吐息と声は反則!!)


 唐突に投下された艶のある吐息混じりの声に、思わず元気になりかけた愚息を必死で宥めていれば、『そうじゃ!』とアイナがぽん、と手を打ったような気がした。

『慧よ、お主この身体に居て良いぞ!』
「いやいや前提がおかしいから!これ、俺の身体!!って居て良いとは」
『なぁに、お主の魂がおれば妾はより濃厚な情報を得られるのじゃ!これも何かの縁じゃしな、向こうに戻るまでに情報をたんまり溜め込んでおくのも良かろうて』

 うんうん、これは名案じゃ!とアイナは独り合点してにんまりしている。
『少々調整はいるが、問題は無かろう』と何かを考えている辺り、慧を追い出すことなくこの身体で共存できる道はあるようだ。

(良かった……!ひとまず追い出されることはなくなった、じゃなくて!!)

 肉体を追い出されて寂しい一人暮らしになる最悪な事態を避けられたことで、ちょっとばかり気が緩んでいたのかも知れない。
 うっかり納得して「それならまぁ」と言いかけた慧は、慌ててぶんぶんとかぶりを振った。
 いけない、ここはきちんと先住民としての権利を主張しておかねば。

「あのさ、アイナ」
『ん?』
「これは俺の身体。俺が先住民、分かってる?」
『妾の身体じゃが、まぁ慧が先住民なのはそうじゃな』
「そこは譲らないのな、まあいいや……今の案じゃ、俺に何のメリットもないじゃん」

 安心すれば欲が出るのが人間というものだ。
 何せ相手は異世界の皇女様。ここで恩を売っておけば、何かしらいい思いができるかも知れない。
 話を聞く限り魔法も使えるみたいだし、何か便利な魔法でも教えてくれるとか、それこそ異世界に旅立つとか……と妄想を膨らませかけて、慧ははたと現実に戻った。

 忘れてた。
 こいつのいた世界は性癖がぶっ壊れた変態種族の集まりだった。行くのだけは無しだ。

『……全く、失礼な奴じゃのう……』
「いや、誰が好き好んで変態の中に飛び込みたいと思うんだよ」
『性癖を持つことイコール変態とはまた狭量じゃな。そんなのでは女子にもモテぬじゃろ』
「ぐっ、痛いところを……」
『それに、お主だって性癖は持っておるではないか』
「へっ」

 ほれそこに、とアイナが慧の身体を使って指さしたその先には、開きっぱなしのデスクトップの画面。
 大画面に大写しになっているのは、清楚な女の子がこれまた可愛らしいふたなりの女の子と睦み合っている……慧の性癖ドストライクのオカズシーンで。

「…………」
『…………』
「……見なかったことに」
『せぬな』
「ひどい」

 くそう、せめてあと1時間早く事が起こっていれば、お楽しみの最中に乱入されずに済んだのに!とあらぬところに八つ当たりをしたところで、事態は好転しない。
「終わった……俺の人生終わった……異世界人にいきなり百合好きがバレるとか……」とがっくり膝を折る慧に『そう落ち込まずとも良いではないか』とアイナは飄々としたものだ。

『性癖のひとつや二つや三つなど、誰でも持っておるものじゃよ?誰かを傷つけている訳でもないのじゃろう?なら、堂々と胸を張れい』
「残念ながらこの国で性癖に胸を張っていいのは、SNSの匿名アカウントくらいなんだってば……」
『ぬぅ、難儀な世界じゃのう……』
「俺にはアイナの世界の方が非常識で理解不能にしか思えないけどな!」

 いくら自分の身体の中に転生してきた異世界人だろうが、初対面の女性にえっちな性癖を知られて平気な男なんてそうそういないだろう。
 まして慧はまだまだ繊細で初心なお年頃なのだ、童貞だし、彼女なんてできたこともないし。

 この世の終わりとばかりに落ち込んでしまった慧を流石に不憫に思ったのだろう、アイナは『そう凹むでない、妾は慧がどんな性癖じゃろうが気にはせぬぞ?』と優しく慰めると、また身体を勝手に動かして頭を撫でようと……したのだと思う。

『……?』

 頭のてっぺんに手をやって、さわさわとして、ぴくりと止まって数十秒。

『………………!!?』

 今度は焦りを含んだ手つきで、またさわさわ、さわさわと撫でられて。
 その手つきがちょっとくすぐったくて「もういいって」と止めようとしたところで、アイナから声をかけられた。

『……慧』
「どうした?」

 心なしか震えているような声色で発せられた呼びかけに応えれば、アイナは愕然とした声で頭の中いっぱいに叫び声を響かせたのだった。

『慧、お主っ耳が無いではないかあぁぁっ!!!』
「ぐああぁぁぁっ!!」


 …………


「……あ、アイナ、もうちょっと声のボリュームを落として……頭が割れるかと思った……」
『これが!静かに居られるわけがないじゃろう!!お主、耳はどうしたのじゃ!どこかに落としたのか!?』
「はああ!?んなわけないだろ!大体俺の声も外の音も聞こえているだろうが、第一そんなところに耳があるか!!」

 必死で頭のてっぺんを擦りながら『耳が、耳がぁ!!』と涙声で叫ぶアイナを一喝し「俺に身体動かさせろよ」と呆れながら窘める。
 不安そうに『じゃ、じゃが……』と戸惑うアイナを宥めつつ、ようやく自由に動くようになった身体に安堵を覚えながら、慧は耳元まで手を下ろしていった。

(ある、よな?……ったく、変なことを言うからこっちまで不安になったじゃないか!!)

 触り慣れた形にホッとしながら「ほら、ちゃんとあるだろ?」とアイナに話しかけるも、どうも様子がおかしい。
 なんというか……未知との遭遇をしたような表情とでも言えばいいのだろうか、いや表情は頭の中で描いた慧の妄想に過ぎないが。

『……み、み……?これが……?』
「これが耳で無くて何だって言うんだよ」
『……何という短くて小さい…………しかもはげちょろぴんで、もふもふもしておらぬ……お主、こんな耳で本当に音が聞こえておるのか!?』
「ちょっと待った、なんだよそのもふもふでないってのhうひゃあぁぁっ!!?」

 もふもふの耳だなんて、まさかアイナ達の世界の住人は獣人なのか?と尋ねようとしたのに。
 するり、と指が――また勝手に人の身体を使ってやがる――耳の後ろの骨をいきなり撫で擦ったお陰で、素っ頓狂な声が慧の口から飛び出した。

(へっ、今の、何だ!?)

『なんと……この世界の者の耳は短い……こんな耳は初めてじゃ……』
「んっ、んふっ……」
『しかも随分入り組んでおるな……ぬぅ、かちこちに固まっておるし、ちょっとほぐさねばいかんじゃろうこれは』
「ふええぇっ!?」

 すりすり、くるり。
 耳の周囲をゆっくりと指でなぞられ、耳の外側を、内側の襞を丹念に触れられる。
 その度にぞわぞわとした感覚が耳から首に集まって、思わず吐息が漏れてしまう事に慧は内心パニックに陥っていた。

(うへぇ!?何、なんだよこれ!!?)

 知らない。
 こんな、ぞわぞわした感覚は知らない。

 知らないけど……でも知っている、気がする。
 これは……きっと「きもちいい」に繋がるものだと、頭のどこかが囁いている。

(何で!?これが、気持ちいい、嘘だろ……!?)

 慌てふためく慧の気持ちなどどこ吹く風と言わんばかりに、『なんじゃこれは……』と呟きつつもどんどん触れる指が大胆になってきたアイナは、とうとう両耳を一緒に摩り始めた。
 途端にぞわぞわが倍に、いや、3倍に膨れ上がる。

「はぁっ…………んっ、あぁ……」
『ううむ……しかしこれはなんとも硬い耳じゃ、こんな耳では音もうまく拾えまい』
「んひっ!」

 がさっ、と音がして耳が塞がれる。
 これはあれだ、自分の小指を突っ込んでさわさわと動かされているやつだ。

(そんなとこ、こゆび、つっこむなぁ……!)

 慧が声なき声で弱々しく叫ぶも、すっかり短い耳にご執心のアイナには届かない。

(だめだ、これなんか、おかしくなる……)

 頭が、じわんと痺れてくる。
 いけない、このままではいけないと理性が警鐘を鳴らすのに、心のどこかでは「その先」を……どこかで味わった「きもちいい」を求めている、気がする。

 がさがさ、するり、こしょこしょ。
 耳はまるで別の生き物になったかのように、知らない感覚を延々と脳に送り込んでくる。
 もはやその刺激に、身体はビクビクと大げさに跳ね、なんとか紡げる言葉はおしなべて悩ましい艶を帯びていた。

「あひぃ……アイナ、ちょ、もう……っ」
『ん?ああ、すまぬな』

(ああもうやっと気付いた……もうやめて、頼むから……)

 ようやく届いた懇願に、慧はぼんやりした頭でホッと胸をなで下ろす。
 ……そこにほんの少しの未練を滲ませていることは気付けないまま。

 けれど、まるでその無意識の想いをすくい取ったかのようにアイナは続けるのだ。

『こんな小さくて硬くて動かぬ耳ではさぞ生きづらかったじゃろう?』
「へっ」
『そうじゃ、お主さっきメリットがどうとか言っておったな?これも何かの縁じゃ、このなんとも頼りない耳を良くしてやろう!』
「ほええぇ!?」

『たしかこの身体でも制限はあるが……』とブツブツ言いながら、アイナは右の掌を上に向ける。
 と、ふわんとその上に小さな魔法陣が光ったかと思ったら。

「……なんじゃこれ」
『耳のお手入れ用品じゃ』
「アイナの世界のお手入れ用品は生きてるのか?てかこの世界でも魔法が使えるのかよ!」
『これは妾に合わせて作った身体じゃぞ?流石にこの世界では制限はあるが、このくらいなら問題なかろうよ』

 掌の上には、どう見てもスライムにしか見えない薄水色のぷにぷにした物体が二つ、ぷるぷると震えていた。

 魔法生物じゃよ、と説明しつつ、アイナはそのスライムをヘッドホンでも被せるかのように両耳にぷにゅんとひっつけた。
 思ったよりずっと温かく、ヌメヌメと言うよりは固めのゼリーのような感触で、ぷるぷる震える度にさっき指で触れてぞわぞわした場所を、まるで舐めるように的確に刺激してくる。

「ひぃ……のうみそ、とけりゅぅ……」
『ん?まだ着けただけじゃぞ?お主随分と耳が敏感なのじゃな、妾には少々くすぐったい程度じゃが』
「うっそだろ……やべぇ何だよこれ、変な気持ちになる……っ……」

 耳が温かくて、ぞわぞわして、気持ちがいい。
 じわじわと遠慮がちに、しかし容赦なく耳の奥に入り込んでいくその感覚すら、塞がれて満たされる不思議な幸せで脳を蕩けさせてくる。
 まるで温かい水の中にいるように、音が遠くて、心臓の鼓動が近くなって、安らぎと心地よさと……思わず喘ぎ声が漏れる気持ちよさに翻弄されて。

(……あれ、これ、どこかで……?)

 ちらりと思考がどこかで発露するも、直ぐに穏やかな波がさらっていくから、何もまとまらない。

 まぁいいや。
 今はこの穏やかな快楽の海を存分に堪能しよう。

 いつの間にか、慧の全身の力は抜けきり、くたりとベッドに沈み込んでいた。
 もどかしく、けれど頭がじぃんと痺れる心地よさで、もはや思考など用を為さない。

 と『馴染んできたのう……』と頭の中にアイナの声が響いた。
 気のせいか、その声もどこかうっとりと心地よさそうだ。

『こうやってじゃの、耳を包んで温めながら柔らかーくほぐしてくれるんじゃよ』
「これ……きもちいい……」
『よいじゃろ?これからもっと気持ちよくなるぞ?』
「え」

 これ以上、なんて。
 もう気持ちよさに溺れて、戻ってこれなくなっちゃうんじゃ。

 そう思った瞬間、突如脳に与えられた新たな刺激に「んあぁぁぁっ!!!」と慧は聞いたことも無いような甲高い声を上げた。

 さっきまで塞がれ音を遮断されていた脳に、いや今だって遮断されたままなのに、まるで耳の奥から直接脳に触手を伸ばしたかのように音を叩き付けられたのだ。
 それも、ごそごそという耳をまさぐる音では無い。

 かりかりかりかり……かりかり……

「うぇっ!?ひっ、あひっ!!あっ、んあっ、あ、ぁ、ぁっ……!!」

(何だこれ!?脳みそを、カリカリされてるっ……!!)

 突如始まった、直接脳に快楽を届ける演奏会。
 かりかり、ごそごそ、ざりざり、くちゅくちゅ……あらゆる音質がランダムに奏でられ、それと共に異なる快感を慧の脳に刻み込んでいく。

 ずずっ……

(ひぃっ、脳みそ吸わないでえぇぇ!!)

 ごりごりごりごり……

(あっあっあっ、あたま、そんな強く掻かれたら狂う、狂っちゃう……!!)

 いつの間にか涙を流しながら初めての快楽に翻弄される慧とは裏腹に、アイナは『堪らんじゃろ?』と気持ちよさそうな声を上げつつもどこか余裕そうだ。

『利用者の耳と脳を効果的にほぐしてくれるお手入れ道具じゃ。これも異世界の情報から得た概念でな、特定の音を流し込めば気持ちよくなったり眠くなったりするんじゃと』
「ぁ……ぁ…………」
『この魔法生物は優秀でのう、利用者が最も気持ちよくなる温度、感触、振動、そして音を解析して与えてくれるのじゃ。んっ……あぁ、この身体は脳をカリカリされるのが随分お気に入りなのじゃな?ぞわぞわして気持ちが良いのう……んふぅ……」
「はぁっ、はぁっ、だめ、っこれもうだめ……おがじぐなる、ごわれじゃうぅ……」
『ん?そうか、慧は初めてじゃしな。なぁに死ぬことは無いから安心するのじゃ。小一時間もすれば勝手に離れるし、いーい感じに全身の力が抜けて耳もふわふわになるでの!」
「ひっ」


 こいちじ、かん。
 今、この変態皇女様、これが1時間続くって言わなかったか!?


(そんなの、気持ちよすぎて死んでしまう……!!)

 嫌だ、まだ死にたくない。
 折角これから青春を謳歌するというのに、こんなところで死んでたまるか。
 ……そう心は恐怖し、何とかこの状況から逃れようとしている筈なのに。

(こわい、こわい……きもちいいぃ……あぁ、ぬりつぶされる……)

 あちらで恐怖が生じれば、脳をまさぐる音が快楽で塗りつぶす。
 こちらで不安が生じれば、いつの間にか首筋まで伸びたスライムの刺激にあられも無い声を上げつつ散らされてしまう。

 やめて、と懇願する声は弱々しく、身体は跳ねるけれど耳元のスライムを剥がす力すら入らない。
 入ったところでアイナが制御していれば、慧にはピクリとも動かせないままだ。



 ……いったいそのまま、どれだけの時間が経ったのだろう。

 かりかり、かりかり…………

「ぁぁっ……はぁぁんっ…………はっ……んくぅぅ……っ……」

 唇は、意味の無い言葉だけを紡ぎ続ける。

 何一つ、思うがままにできず。
 さっきから硬く張り詰め、むずむずして仕方が無い下半身を慰めることすら許されず。
 全てをアイナとこのスライムに預けたまま、ただ与えられる快楽だけを享受し、身体を痙攣させ喘ぎ声を唄うだけの塊にされて。

 かりかり、かりかりかり……

(……きもち、いい)

 ぐるん、と目が上転し、身体の感覚が、意識が消え失せる。


 ――なにもできなくて、あたえられるのは、きもちいい。


 許容量を超えた快楽に脳が白くなりシャットダウンする寸前、慧の頭の中を占拠した5文字は、新たな扉の解放音だったのかも知れない。


 …………


 ふわふわ、ふわふわ。
 身体が溶けて、力が入らない。

「ん……あれ、俺……」
『おお、目が覚めたか』
「!!」

 ぼんやりと薄甘い心地よさに浸っていた慧の脳を臨戦態勢に戻したのは、随分古くさいしゃべり方をする女性の声だった。

 次に気付いたのは、下半身の気持ち悪さ。
 べったりと冷たい感触には何度も覚えがあって、途端に蘇る数々の痴態に慧は「うわあぁぁぁ!!」と叫びつつ下着を処理しようと……したのに、相変わらず指一本動かせない事実を突きつけられる。

「ちょ、俺の身体!!いい加減動かせてくれよ!」
『まぁまぁそう焦るでない。それにそもそもこの身体、碌に鍛錬もしておらぬな?あちこち悲鳴を上げておるぞ、全く男の身体だというのに勿体ない……明日は筋肉痛で動けないじゃろうて』
「誰のせいでそうなったと思ってるんだよ!!」
『妾じゃな!』
「胸を張るな!!」

 じゃが、耳は柔らかくなったぞ?とアイナが腕をすっと動かす。
 確かに耳だけで無く、ゲーム三昧でガチガチになっていた首や肩の筋肉もすっかり柔らかくなっていて、なるほどお手入れ……とまだ余韻でぞくりとした感触を覚えながらも慧はその効果に脱帽していた。

 というか、耳って柔らかくなるのか。初めて知ったぞこんなこと。

『それでの、お主が寝てる間に考えたんじゃが』
「何をだよ」
『ほれ、先住民であるお主への対価じゃ』
「あ、ちゃんと覚えていたんだな」
『当然じゃ、妾は皇女ぞ!……確かに先に入っておったお主の権利は認めねばならぬ。ならばしばしこの身体を使わせて貰う分の対価はちゃんと渡さねばのう』
「もうこの身体を使う気満々だけどさ、俺の生活は絶っっ対に邪魔すんなよ!」
『むぅ、冷たい奴じゃのう……』

 不満げながらもアイナはしぶしぶ慧の条件を呑む。
 曰く、明るいうちはアイナはこの身体を操作しない。話しかけるのも最低限にする。
 ただし暗くなれば、自由に使わせて貰うと。

 とはいえ、流石にこの身体で突拍子もない行動などされては堪らない。
 郊外にある大学の周辺なんて、どこに行っても学生と教職員だらけなのだ。先ほどの書籍への異常な執着を見るに、本屋なんて足を踏み入れたが最後二度と出てこなくなりそうだ……と思いを巡らせれば、その思考を呼んだのだろう『なんじゃと!!?ホンがたんまりある場所があるのじゃな!!』と早速浮き足立っている。

「お前な、勝手に人の思考を読むなよ!あと本屋は行かない!!」
『けちじゃのう!ちょっとだけでいいんじゃ、先っちょだけ入らせてくれれば情報は取れるから!』
「言い方がおかしいわ!!」

 ……結局慧は根負けして、昼間に図書館や本屋に寄ることを条件に夜は外出しないという約束を取り付けられてしまう。
 ちなみに思考は『読むも何も、同じ身体にいれば勝手に流れてくるものじゃろう』だそうだ。こっちが読めないのは実に癪だが、こればっかりはどうしようもないらしい。

 まあ、それはいい。
 折角皇女様がわざわざこの身体のレンタル料を支払ってくれるというのだ。
 制限があるとは言っていたが、魔法も使えるのであれば何か小遣いを稼げる手段でも授けて欲しいものだ。

「で?対価をくれるってのは?」
『おお、そうじゃな。お主の望みを叶えてやろうと思ったのじゃ』
「へぇ、また殊勝なことを」
『幸いにも妾の国はそう言ったことには長けておるしのう。流石に耳掃除如きで子種をまき散らして気絶するとは想定外じゃったが、なあに感度の良い男は妾も好きじゃ』
「え」
『成人して100年ばかり、良い男はたくさんおったが、妾の素材たり得るものに出会ったのは初めてじゃしな!ああ心配は要らぬ、母上や男衆からやり方はよーく教えて貰っているでの』
「えと、あの、何を」

 望みを叶えると言いながら、アイナは頭の中でキラキラと目を輝かせているようにしか思えない。
 大体俺はまだ望みなんて一言も言ってないってのにと心の中で独りごちれば『何を言うておる、あれじゃろう?』と指さしたのは、スリープモードにしてないことが徒となった、甘々百合えっちの画面。

(……いや、あれは百合。俺は男。全く関係無い)

 無い、はずだ。
 なのに何故か嫌な予感しかしない。

 案の定、アイナは自信たっぷりに胸を張って高らかに宣言したのだった。


『慧よ、フリデール皇国第一皇女、アイナ・フリデールの名にかけて、お主を妾好みの立派な男の娘に仕立ててやろうではないか!』
「どうしてそうなったんだよ!!」


 間髪入れず突っ込めば『お主はああいうのが好きなのじゃろ?』とアイナはきょとんとした様子で尋ね返してくる。
 いや俺が好きなのはその、百合で……ともごもごと反論するも『こやつは生えておるではないか』と画面のナニをつんつんしている。
 お願いだから俺の身体で、画像とは言え男のブツをつつかないで欲しい。何かが壊れていきそうだ。

「いや、あのな?アイナ、これはふたなりという百合とはまた別のジャンルで」
『ふむ、ジャンル混合は基本じゃろう?』
 ……誰かこの変態皇女様を止めてくれ。だんだん自分の方がおかしいんじゃないかと思い始めてきた。

『流石にお主に女子のものは着けてやれぬが、可愛い男の娘になって可愛い女の子といちゃこら糖分たっぷりの睦み合いをすれば、お主の望みは大体叶うでは無いか』
「大体って、アバウト過ぎるだろ!」
『じゃがお主も嫌いでは無いじゃろう?こういうのは。抜いておったくらいじゃし』
「ぐぅ、反論ができない……」
『それに男の娘の快楽はもっともっとよいものじゃと、妾の国の国民達も良く言うておった。女子の快楽も貪れるなど、何と男というのは恵まれておるのかとちょっと悔しかった位じゃ』
「……まじ、で?」

 気持ちいい。
 それは確かに聞いたことがある。

 男子校など、頭の中は溢れんばかりの性欲で直ぐに暴走気味な男達の集まりである。
 やはり中には後ろに手を出してしまったものも居て「あれはヤバい、もう俺戻れない気がする」とほんのり後悔を滲ませながらも、全く戻る気のない勇者達の体験談を聞かされたことだってある。
 
(そうか、本当に気持ちいいんだ)

 興味が無いと言えば嘘になる。
 しかし一度道を踏み外せば、もう戻れない気がして、自分には関係が無い世界だとその興味に見て見ぬ振りをしていた、筈だった。

(きっと、バレてる)

 それはたわいの無い好奇心で。
 決して本気で足を踏み出すほどの勇気は無くて。

 だから……強固に反対すれば良かったのに、口は自由に喋れるのについぞ「嫌だ」の一言が出ることは無く。
 この段階で、慧の隠された本音は、そしてそれを現実にする未来はもう決まっていたのだろう。

『これで交渉成立じゃな!』とアイナは嬉しそうに笑う。
 ……頭の中だから表情も何もないのに、なぜかその笑顔が脳裏に描かれて、不覚にもときめいてしまうだなんて。
 全く焼きが回ったな、と慧はしかしどこか嬉しそうに独りごちる。

『妾も男の快楽には興味があったのじゃ。女子でありながら、男子の快楽を知り、さらに男の娘に堕ちる様も堪能できるとはなんたる僥倖ぞ……慧よ、妾に全てを委ね安心してメス堕ちするが良いぞ!』
「……お前それ俺の望み以前に自分の願望をぶち込んだだけじゃないか!?」
『細かいことは気にしてはならぬ、耳が禿げるぞ?』
「もうツルツルだってぇの!!」
『むう、ああ言えばこう言う……ほれ、身体がぬるついておるしいい加減湯浴みをするぞ!浴場へ案内せいっ』
「へっ!?ちょっと待ってお前俺の裸を見る気満々じゃ、うああああこんなところで全部脱ぐなこのすけべ変態皇女おぉぉぉ!!!」

 しまった、と思っても時既に遅し。

(夜はアイナに主導権、って俺これから毎日裸を見られて触られるの確定じゃんか!くそっ、せめて風呂は俺の意思で入るって言うんだった……)

 姫里慧、18歳。明日から大学一年生。
 入学式前夜、突如異世界から押しかけてきた皇女様との半ば強引な同棲生活(ただし体内)が始まってしまった彼の「もうやだあぁぁちんこくらい自分で洗わせてくれよおぉ!!」という叫び声は、階下までばっちり響いていたのだった。
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