押しかけ皇女に絆されて

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認めよ稀なる才能を!

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 確かに射精管理の後の解放は、実にスッキリした朝を迎えることができた。
 けれどあんなに辛い1週間を耐えなければならないなんて、二度とやるものかと思っていたはずなのに。

「……アイナ、その」

 1週間後の金曜日。
 講義を終え自宅に帰ってきた慧は、机の引き出しにしまっておいた銀色の枷をそっと取り出す。
 その顔には明らかに期待と興奮が滲み、はぁっとため息を吐きながら発せられた声には熱が籠もっていた

『もう二度と嫌だと言っておったではないか』
「ぐっ……辛いのは嫌だけどさ…………やっぱり駄目なんだ」

 結局、スッキリした状態で過ごせたのはほんの1-2日だった。
 結局日が経つにつれ、身体の奥にどんどん熱が溜まっていってしまう。
 もちろんアイナは毎日のように処理してくれる。けれども、今やその快楽は焼け石に水にすら思えるほどだ。

 ……しかも心なしか、貞操具を着ける前よりその熱は高まっているようにすら感じる。

 それに、ふとしたときに思い出すのだ。
 どんなに辛くても触れることすら許されなくて、けれどその先に待っていた解放はこれまでの人生で一番気持ちの良い射精だったことを。
 これまで散々アイナに振り回され、男なのに変なところで気持ちよくなることを教えられてきたけれど、やっぱりペニスを扱いて欲望を吐き出す快楽はそれらとは別物なのだ。

 もう一度、あの開放感を味わいたい。

 欲求は日に日に膨れ上がり、そうして慧は今貞操具を前に、アイナに頼んでいる。
 またこれを着けて、管理して欲しい、あの快楽を与えて欲しいと。

「だめかな」と銀色に光る貞操具を眺めながらおずおずと尋ねる慧に『駄目な訳がなかろう』とアイナは上機嫌だ。
 ああ、目論見通りだ。そのまま沼に深く沈んでくれば良いと心の中でほくそ笑みながら『先に準備を済ませるが良い、夜になれば着けてやるでの』と快諾したのだった。


 …………


 それから何度、施錠と解錠を繰り返しただろうか。

 回数を重ねるにつれて、慧も貞操具を着けた生活に……不意に射精欲に悩まされ、触手服とのコンボに悶えさせられるのは相変わらずだが……慣れていった。
 週末の特訓、と称した夜のお散歩中に腰砕けになる事も無くなったし、大学でも水曜日以外は『守る会』の護衛対象にならずに済んでいるあたり、そこまで酷い顔は晒していないのだろう。

「……凄いよな、こんな小さな金属一つでここまで気持ちよくなれるだなんて」

 トイレに腰掛け、露わになった股間を眺めながら慧はぽつりと呟く。
 解放は明後日だ。プレートの真ん中の穴からは明らかに水分では無いとろりとした透明な液体が伝っていて、まるで戒められたことを嘆く涙のようにすら見える。

 もう、頭の中で射精への渇望が鳴り響いているのが当たり前になってしまって、毎日のように処理して貰っていた少し前までの日常が思い出せない。
 それに、この渇望も辛いけど嫌じゃ無いのだ。だって、我慢した後には気持ちが良いご褒美が待っているのだから。

 ……少しだけ気になることはあるけれど、解放の日が楽しみで仕方が無い。

 つい明後日に与えられるであろう快楽を想像してしまい「っ、触りたい……」と無駄だと分かっていながら股間に手をやりつつ、慧はひとしきりトイレの個室で湧き上がる衝動に翻弄される。

『……良い顔じゃの』
「んふっ……アイナ……アイナっ…………」

 その姿はまるで、閉じ込められた辛さすら気持ちが良いと言わんばかりの蕩けっぷりであることに、慧は気付いていなかった。

 そうして迎えた木曜の夜。
 いつものようにアイナが支配する手が、慎重に装具を取り外し、洗い清め、スッカラカンになるまで責め立ててくれる。

「あぁぁ……出る……出てるぅ…………っ!!」
『んふぅっ、やはり一発目は格別じゃのう……このドロドロした体液が中を通る気持ちよさ、病みつきになりそうじゃ』

 慧は頭をのけぞらせて高い声で喘ぎ、アイナは手を動かしつつ頭の中で呻く。
 相変わらず慧と違ってアイナは余裕たっぷりに見えるが、射精の快楽は流石に経験が薄いだけあって、実は他の刺激ほど余裕は無いそうだ。
 そう言えば前立腺をあの芋虫君に嬲られたときも我を忘れて没頭していたな、と慧はぼんやりと思い出しつつ、しかし次の瞬間には屹立に与えられる巧みな愛撫に、全ての思考を持って行かれてしまっていた。

『……ふぅ、もう空っぽじゃのう…………』
「はぁぁぁ……気持ちよかったぁ……」

 片付けもそこそこに、パタンと床に大の字に寝転がる。
 全てを出し尽くせばその後に残るのは満足感と虚脱感だ。所謂賢者タイムである。

(……気持ちよかったんだけど、なぁ)

 あれほど狂おしかった渇望を満たし、ぼんやりと天井を見つめる慧の身体の奥には、けれども消せない熱が燻っている。
 アイナも最初に言っていた通り、射精管理はあくまでもこの熱を紛らわすだけで、根本的に解消できるわけでは無いらしい。

(それに……最近慣れてきたからかな……)

 初めて貞操具を付けた日から、そろそろ1ヶ月半は経っている。
 度重なる、しかも間を置かずに連続で1週間の射精管理を繰り返してきたせいなのか、最近ではご褒美の放逸も……いや、もちろん普通に処理するよりはずっと気持ちいいけれども、最初ほどの天地がひっくり返るような快楽では無くなっているのだ。

『まあそうじゃの、どうしたって慣れは生じてしまう』

 そんな慧の心の呟きを拾ったアイナは『よっこいしょ』と事後で重い身体を起こして後始末を始める。
「慣れないようにはできないのか?」と慧が尋ねるも『それは難しいじゃろな』とかぶりを振った。

『その辺はクロリクも人間も変わらぬのじゃろ。暫く間を開ければまた違うかも知れぬが、それにしても初めての快楽を再現するのは難しかろう』
「そっか……間を開けるは無しだよな、結局ずくずくしたやつに悩まされるだけだし……どうも落ち着かないんだよなぁ」
『そうかそうか、慧もすっかり貞操具の虜じゃの!』
「とっ、虜じゃないって!!」

 反論しつつも、慧の頭をとある考えがよぎる。
 ……同じ我慢だから、慣れる。なら、もっともっと我慢すれば……もっと、気持ちよくなれる……?

 その考えは、慧を更に沼の底へ沈める危険な誘い。
 けれど無自覚に射精管理の虜となってしまった慧にとっては、魅惑的な解決方法にしか見えない。

(そう、こうやって快楽を知れば自ら堕ちていくのじゃよ)

 後片付けを終えてアイナはごろんとベッドに寝転がる。
 解放の日はどうしても体力を使うせいだろう、いつもより早く眠気が襲ってくる。

「……なぁ、アイナ。射精管理って……もっと長い期間でもできるのか……?」

 慧も眠気を感じているのだろう、ぼんやりとした声でアイナに話しかける。

(ほら……ようやっと、ここまできたのう…………!)

『できなくは無いのう』とアイナは何気ない風に返す。
 けれどその心の奥は喜びに溢れていた。
 向こうにいたならば、歓声を上げながら草原を走り回っているに違いない。


 ――やっと、妾の願いのひとつが、叶う日が来た。


 逸る心を諫めつつ、アイナは長期装用について慧に説明する。
 この貞操具は、地球で作られた男性用の貞操帯や貞操具の中でも比較的連続装用に向いていて、情報に寄れば最長1ヶ月は安全に装着できるということ。
 それ以上の長期管理の場合は、一度装具を外してしっかり洗浄しチューブを交換後に再装着するのが穏当であること。
 また体調の面からも1ヶ月に1度は精液を出しておいた方が良いらしい。これはクロリクも同じのようで、あまり出さない期間が長くなると体調に影響が出るそうだ。

『それに、出せないことに慣れてしまってはどちらも楽しめなくなるからのう』という戯れ言は聞こえなかったことにする。

『……とは言え、最初から数ヶ月というのは管理の面でも大変じゃろうしな…………長くても1ヶ月、というのが順当ではないかのう』
「そっか。1ヶ月……流石に長すぎるかな……」
『どうじゃろうな。まぁ、そういう事なら最長で1ヶ月と決めてやってみるのはどうじゃ』
「最長で……それ、いいかもな…………でも、どうやって管理するんだよ、ロックボックスじゃ…………」

 慧の声が途絶える。
 どうやら眠気が勝ってしまったのだろう、すやすやと眠る慧に誘われるように、アイナも大きなあくびをする。

『案ずるな、慧。方法はあるのじゃ』

 お互いにとても辛くて……そして慧にとっては辛さが病みつきになるであろう事、間違い無しの方法が、な。

 アイナは寝ぼけながらも掌を上にかざす。
 いつもの魔法陣が描かれ、部屋が光で満ちた後、その掌に載るものを机の上にそっと置いて、今度こそアイナも眠りの世界へと旅立つのだった。

『……楽しみじゃな、慧。妾の願いも、お主の望みも、また一つ実現に近くなる』


 …………


「……なんだこれ、こんなのあったっけ」

 朝、目を覚ました慧がふと机の上を見ると、キーボードの隣に見慣れない小箱が置いてあった。
 半透明の磨りガラスのような箱は、しかし良く見るとガラスの中で白い煙のようなものがふわふわと漂っている不思議な材質だ。
 てっぺんに光るのはガーネットだろうか。アイナの瞳によく似た綺麗な深い紅色の石と、その周りにキラキラした小さな石があしらわれている。
 継ぎ目は目をこらしても分からないほど精密で、とても地球の製品とは思えない。

 手に取って眺めていれば、ようやくアイナも起きたのだろう『ああ、それは妾のじゃ』とあくびをかみ殺しながら声を上げた。

「ふぅん、サイファの世界を夢で見るための箱ともまた違うんだよな」
『うむ、これは本当にただの箱じゃよ。小さい頃に母様が他の共同体の男から耳飾りを贈られたことがあってな。その飾りが入ってた箱が大層美しくて妾も欲しいと彼におねだりしたのじゃよ』

 幼子のおねだりだろうが、彼らの世界に与えないという選択肢は無いらしい。
 数日後男は再びアイナの共同体を訪れ、アイナの瞳を模した光る石をあしらった手作りの小箱をプレゼントしてくれたのだそうだ。
 それ以来、アイナはこの箱を大切にし、その時々に宝物だと思ったものを箱に収めるのだという。

(……他の男から、貰ったもの)

 何故だろう、チクリと胸が痛んで……ちょっとだけイライラする。
 それで、どうしてこの箱を?と尋ねる慧の言葉には少しだけ棘があったが、アイナは気にもしていないようだ。

『ふふ、それは今夜のお楽しみじゃ。……やるのじゃろ?1ヶ月の射精管理』
「…………!!」

 ドクン、と心臓がひときわ大きく高鳴る。
 慧の頭は、感じていたイライラなんて吹っ飛んでしまうほどの期待感でいっぱいになってしまった。
 ……我ながら実に単純である。

(そうだった、昨日の晩そんな話をしたっけ……)

 気がつけば、股間がむずむずしている。
 見ればさっきトイレに行って大人しくしたばかりだというのに、全く素直な息子さんだ。いつでも暴れられます!と言わんばかりに天を突いている。

(最長、1ヶ月……)

 想像しただけで心が沸き立ってしまう。
 たった1週間の我慢であれだけ気持ちの良い射精ができたのだ。それが4倍の期間になれば……期待に妄想が止まらない。

 4倍に伸びる我慢は少しだけ心配だけど、その後に待つ快楽のためだと思えば、きっとそれも甘美な体験に置き換わるはず。
 1週間の管理を何度も繰り返した慧は、心のどこかで確信を持っていた。

 ……誰もが辛さを楽しめるわけでは無い、なんて事は知らない。
 だって慧の周りにはこんな珍妙な体験をした人間は一人もいないのだから。

『ほれ、早う朝食を摂るのじゃ、もうこんな時間じゃぞ』
「げ、やべっ!」

 慌ててポットでお湯を沸かし、トースターに食パンを放り込む。
 身支度を調える慧の頭の中は、今夜への期待で……新たな快楽を目指せる楽しみでいっぱいだった。


 …………


 あっという間に日は暮れる。
 慧の身体の支配権が移ったのを確認し、アイナはいつものように準備を始めた。

 貞操具を丹念に確認する。
 一度きっちり磨き上げてあるから金属部分はまず問題は無いが、新しいチューブの断端が尿道を傷つけないよう差し込み、何度も指で触れては段差をチェックしている。

 小鍋にお湯を沸かし、その中に放り込んで少し沸かして、消毒液の入った器に入れたらシャワーを浴びる。
 いくら装着状態でも洗浄できるとは言え、余計な感染症を招かないためにも事前の洗浄は念入りに行うのが通例だ。
 特に今回は、長ければ1ヶ月に及ぶ事が確定している。万全を期すに越したことは無い。

「あれ、今日は先に召喚しないのか?触手服」
『ん?ああ、今日はこの順序で無ければならないのじゃよ』
「?そっか」

 1週間の射精管理をすれば2-3日休んでまた装着を繰り返しているから、装着と触手服を着る曜日が重なることもある。
 そんな日はいつもアイナがあらかじめ触手服を召喚しておき、貞操具を装着すればすぐに触手服を着てそれからロックボックスに鍵を入れるのがお決まりだった。
 特に最近は寒くなってきたから、慧の身体のためにも少しでも裸で過ごす時間を少なくしたいと考えているようだ。

 ただ、最長1ヶ月の管理ともなると何か違うことがあるのかも知れない、と慧は深く考えずその疑問を流してしまう。

『暖房を強めにするぞ、なるべく早くやるがの』
「ああ」

 そこから先は、いつも通りだ。
 ちょっと痛い思いをしながら双球をリングに通して、痛みにしょんぼりした竿を一度身体の中に押し込み、リングをくぐらせる。
 たっぷり潤滑剤をまぶし、同じく潤滑剤でてらてらとしたチューブを装着したプレートを持って、ヒクヒクと震える鈴口から慎重に挿し込めば「んふぅ……」と悩ましい声が漏れるくらいには、慧の尿道はすっかり異物の刺激を快楽と覚えてしまっていた。

 カチャリ、という鍵の閉まる音も、最初ほどの衝撃はもたらさない。
 この後に待つロックボックスの施錠音すら、最近では……いや、やはり軽い目眩は覚えるものの絶望するほどでは無くて、むしろそこにちょっとした興奮が混じるようにすらなっていた。

 そう、本当に慧は射精管理に慣れていて。
 ……けれど、『本当の』射精管理は知らないまま、いつもの調子で鍵を閉じ込める時を待つ。

 だが、いつもなら机の上に置かれたロックボックスを手にするはずが、慧の手に握られていたのはあの不思議な素材で作られた小さな小箱だった。
 様子の違うアイナに戸惑いつつ尋ねるも、アイナは『これで良いのじゃ』と鍵をその小箱にしまい、蓋を閉める。
 閉めてしまえば蓋の継ぎ目がすぅっと消えて、まるでただのキューブのようにしか見えなくなってしまう。とは言え別に鍵がかかるわけでは無いそうだ。

「……鍵をかけなきゃ、意味が無いんじゃ」
『いいや、これに鍵は要らぬのじゃよ』

 コトン、とアイナは机の上に箱を置く。
 そして唐突に慧に尋ねた。

『慧よ、妾の召喚魔法の制限は覚えておるかの?』

「当たり前だろ」と言いかけて、けれど慧はその言葉に引っかかりを感じる。
 ……なんだろう。今までのアイナとは違う、どこか獰猛さがチラチラと見え隠れするような声。
 ただ、その牙が向く方向は……慧だけでは無く、むしろアイナ自身にも向いているようにすら感じられる。

「……キャスト数秒、リキャ24時間のレンタル召喚魔法な」
『うむ。もう謎呪文の意味も把握したぞ!つまり、すぐに召喚はできるが次の召喚までは24時間待つ必要がある。更にこの世界に同時に召喚できる物は一つだけ……じゃから、新しく何かを召喚すれば、先に召喚した物はサイファに……妾の世界に戻ってしまうのじゃ』
「それは知ってる。……前から思ってたけど、あれはサイファのどこから持ってきているんだ?」
『クーデターが起こる1時間前の、妾の研究室からじゃ。といってもこちらにあるような立派な石もどきの建物では無くて、洞窟を利用した簡素なものじゃがな。あそこなら人よけの魔法も張られているし、誰も近寄ることはないのじゃよ』
「マジで時空まで越えてたのか、何気に凄いな、この召喚魔法」

 それでじゃ、とアイナはいつになく真剣な声色で慧に問いかける。
 ……その声の中には、明らかに欲情と興奮が混じっている。

『今から妾は、触手服を召喚する』
「お、おう。そりゃいつも通りだろ」
『うむ、いつも通りじゃ。そこで慧よ……触手服を召喚すれば、お主のちんちんを戒めておるその貞操具の鍵が入った妾の小箱は、どうなるかのう?』
「え」



 ドクン



 瞬間、全身が心臓になったかのような衝撃が、慧を襲った。

(え……召喚すれば、先に召喚されてたものは元の世界に戻る……よな?)

 熱くて、冷たいものが囂々とうなりを上げて全身を流れていく。
 嫌な汗が首筋を伝い、身体がカタカタと震え始める。

 止まりかけた思考の中でようやくその意味を理解したとき、慧の口からは「ぁ…………」と乾いた小さな声が溢れた。
 否、それ以外の音が……言葉に、ならない。

 触手服を召喚した瞬間、鍵の入った小箱はサイファに……異世界に戻る。
 それは、慧の力では何があっても手に入れることができない状況に、鍵が置かれてしまうということ。
 ……そして、一度召喚魔法を使えば24時間は召喚ができない。最低でも24時間、慧は絶対にこの貞操具から逃れられないのだ。

(これまでだって、ロックボックスには入っていたから一緒)

 愕然とする心を、必死で理性が慰める。
 だがその言い訳が何の足しにもならないことを、慧は何となく理解している。

 だって、ロックボックスは何かがあれば最悪破壊することができる。
 けれど……異世界に保管された鍵なんて、箱すら見ることも触れることも許されない。
 その鍵は完全にアイナの手に委ねられ、そのアイナですら24時間は絶対に手にすることができないのだ。

『……のう、慧。本当の射精管理というのは、誰かにお主のちんちんに関する権利を委ね切るということじゃ』
「ぁ……ぁ…………」
『最悪自分の手で箱を壊して終わりにできる管理は、管理とは呼べぬ。……お主がこれまで体験してきた射精管理は、お試しじゃったのじゃよ』
「…………!!」

(お試し……そう、だった。アイナは最初に言ってたじゃないか、これはお試しだって!)

 ふわり、といつものように魔法陣がアイナの掌の上に光る。
 やめて、やめて…………必死で叫ぼうとしているのに、声が出ない。

『最長で1ヶ月。それは約束しよう。じゃが、いつ解除するかは保証せぬ』
「そん、な…………」
『このまま妾が小箱を召喚しなければ、二度とお主はその金属を外すことはできぬ。……全ては妾の気分次第じゃ。この召喚魔法は妾でなければ使えぬし、この箱を召喚するためだけに使う訳でも無い。分かっておろう?』
「っ……!!それ、じゃ……」

 目の前が涙で滲んで、上手く見えない。
 息が荒くなり、なのに頭は酸素が足りてないようなじわんとした痺れに襲われ、思考は散り散りに頭の中で渦を巻き、何も意味をなさない。

『……全てを妾に管理される快楽を、とくと味わうが良いぞ』
「や、待っ…………!!」

 待って。
 その言葉を言い終わらないうちに、部屋は光で満たされ。
 光が収束すれば、慧の手に握られているのは、いつも通り内側でうねうねと嬉しそうに蠢く触手服たち。

『ほれ、見よ』

(嫌だ、向かないで、見せないで……!!)

 慧の必死の抵抗も虚しく、アイナに操られた慧の目は机の上を捉える。
 そこにはキーボードと、マウスと、ゲームパッドと飲みかけのマグカップ……それだけ。

(無い)

 みるみるうちに、視界が歪んでいく。
 ぽたり、ぽたりと大粒の熱い涙が、床に染みを作る。

 震えが、止まらない。
 開いたままの口から、荒い息の音と、しゃくり上げる音だけが響いてくる。

(本当に、鍵が、この世界に無い)



「ゃ…………やぁ……嫌だああぁぁぁぁ…………っ!!」



 力の限り雄叫びを上げて、次の瞬間、目の前が真っ暗になって。
 慧は認めたくない現実から逃げるかのように意識を失ったのだった。

 ――丸いプレートの穴からたらりと白濁混じりの透明な蜜が滴った、その理由を理解もせずに。


 …………


「ひっく、ひっく……鬼っ、悪魔ぁ……アイナのバカ…………ひっく……」
『そう泣くでない。二度と外せぬ訳では無いのじゃし』
「だって、分からないじゃんか!今アイナに何かあったら……俺のチンコは、ずっとこのまんまなんだぞ……!!」

 目が覚めれば、既に日は高く昇っていた。
 どうやらあの後、慧はそのまま眠ってしまったらしい。
 良く見れば触手服もいつも通り着せられていたし、道具の後始末も完璧に終わらせてあるようだ。


 ただ、この世界に鍵が無いだけで。


「ううぅ……ひぐっ…………」

 泣きながらもいつもの癖でふっと括約筋の力を抜き、寝たまま触手服の中に放尿する。
 最近では恵んで貰った礼とでも言わんばかりに、排尿すれば更に全身がぎゅっと締まり、酸素が足りなくてほんのり苦しく、けれど気持ちいい中で、随分敏感になった胸をあやされることが多くなった。

 けれど、密かに楽しみにしているこの快楽も、慧の傷心を癒やすことはできない。
 グズグズと泣きじゃくりアイナに悪態をつく様に(ここまでショックを受けるとはのう)とアイナも少々閉口していた。

 もちろん、アイナは慧が絶望以外の物を心の奥底で感じていることをよく知っている。
 ただ、アイナが知っていたところで、慧が自覚しなければ何の意味もなさないのだ。

(心配せずとも、妾に何かがあればあの箱はこちらに転送されるのじゃがな)

 それに、うっかり気質なフリデールの血を引くアイナとは言え、流石に管理する側として最大限の注意は払っている。
 何せ向こうで男の娘を管理するのとは訳が違う。一人の男の娘を複数で管理するのが当たり前の環境では、誰かが誰かのうっかりを上手くカバーできるが、一対一では責任の重さが桁違いなのだから。

 アイナが万が一こちらで消滅することがあれば、あの箱は自動的に慧の元にやってくる。
 もし途中でアイナが向こうの世界に戻ってしまったなら、その時は自分で慧のところに箱を送ってやれば済む話だ。本来異世界への干渉は禁じられているとはいえ、やり残したことの処理まで規制はされまい。

 だが、それを話せば折角の射精管理に水を差してしまう。
 だって……根底にに絶対的な管理というルールを敷かなければ、慧がこの楽しみを最大限味わい尽くせないから。

(とはいえ、何とか気を紛らわしてやらねば)

 そう思って、気を揉み言葉を選んでいたというのに。
 あまりに繰り返される悪態に「この鬼婆……」と慧のうっかりが混じった瞬間、カチンときたアイナのこめかみには青筋が立ち……そのままにっこり笑って『……慧よ』と低い声で呼びかけた。
 途端に「ヒィッ!!」と悲鳴が上がる。

(全く、そんなに怯えるなら最初から言わねば良いのにのう)

『のう慧よ』
「はっ、はヒッ!!」
『そういう事を言っておると、二度と箱は召喚して貰えぬぞ?』
「ヒィッごめんなさいごめんなさい!!もう二度と言いませんから許してぇ!!」
『……ぬぅ、冗談じゃよ。流石に妾とてそこまで非情ではない。ちゃんと最長でも1ヶ月で解錠することだけは誓うぞ』
「っ、でも、それまでは……」
『まぁそうじゃな。良い子にしておればもしかしたら早めに開けるかもしれぬ。じゃが、あまり早く開けても解放の快楽は大きくならぬじゃろ?』
「あ…………」

 そうだった、鍵のことですっかり失念していたが、元々は内側に燻る熱を我慢した後の射精の快楽で紛らわせることが目的だったのだ。
 その目的から考えれば、1ヶ月きっちり我慢した方が効果的に決まっている。

 どろり、と快楽を思ったのだろう、慧の目が欲望に溶ける。
 ……本当にこの子はチョロい。散々振り回し目の前に快楽を差し出せば、ずるずると勝手に沼にハマっていきそうなほどに。
 あまりにも危うくて心配で……どうにも庇護欲が刺激されるのは、アイナも一応一児の母だからなのだろうか。

 ほれ、今のうちにゲームでもしておけばどうじゃ、とここぞとばかりにアイナは慧を促す。
 少しでもショックが紛れるなら、今は何だってやっておくべきだ。
 何せ先は長い。それに……いずれ、ゲームを堪能するどころでは無くなるだろうから。

「なーんか、いいように扱われてる気がするなぁ……」
『まぁまぁ気にするでない。イサキとも約束があるのじゃろう?確か昨日そんな話を』
「げ、忘れてた!そうだよ昼から固定活動するって言ってたんだ」
『それにのう』
「それに?」

 慌ててPCの電源を入れ、ゲームを起動する慧に、アイナはにっこり微笑んで予言するのだった。

『きっと1ヶ月後には、射精管理の本当の良さが分かるはずじゃ……お主ならな』


 …………


 そうして始まった、最長1ヶ月の射精管理生活。
 とは言え、最初のショックはともかくゲーム三昧の土日を過ごして落ち着きを取り戻した慧は、いつもと変わりない生活を送っていた。
 いや、送れると思っていた。

 確かに鍵こそ手元には無いが、元々1週間の管理を繰り返してきたのだ。
 日常生活で貞操具を着けていて困ることはまずないし、あくまでもこれまでの管理の延長、くらいにどこかで軽く考えていたのは否めない。

 装着した翌日の夜、駐車場で出会った紅葉には「どうした姫里、なんだかウキウキしているように見える」と指摘され、いきなり長期の射精管理チャレンジを始めたことを暴露する羽目になった。
 紅葉の観察眼には本当に恐れ入る。あと、流石にウキウキは無いと思う。

「姫里は結構攻めるな。今から1ヶ月だと終了はクリスマスか。……なるほどホワイトクリスマス……洒落が効いている」
「むしろ米重さんのセンスに俺は脱帽だよ……」
「私も、もう少し攻めてみても面白いかも知れない……そうだな、次の次くらいまでには準備しておく」
「いやいやそんなところを見習わないで、どこを目指してるんだよ米重さん……」
「?気持ちいいところだけど」
「そうでした」

 大学では、水曜にノートをコピーする以外はそれほど紅葉と喋る機会は無い。
 それでもあれ以来さりげなく気にはかけてくれているようで、ロビーで寛いでいればそっと寄ってきて「姫里、顔を洗ってきた方が良い」と囁いて去って行ったりする。
 そういうときは大抵近くに『見守る会』の皆様がスタンバイしている。どうやら身近にいる伊佐木が招集をかけているらしい、全くご苦労なことだ。

 何にしても、禁欲生活は慣れたもの。
 特に最初の1週間はたいしたことないと思っていたのに、まさか思わぬところに伏兵が隠れているだなんて。

「……っ、アイナ…………」
「ん?なんじゃ慧。ほれ、遠慮せずに横になるが良い。これが小さい耳の掃除道具であることはちゃんと調べておるからのう!」

 今回の管理が始まってから、アイナは今までにも増して頻繁に召喚魔法を行使するようになった。

 元々は金曜の夜に触手服を召喚して、それを脱がせるために日曜の夜に何かを召喚、火曜の夜にこれまた触手服を召喚して水曜の夜に別の物を召喚するくらいで、ほぼほぼ触手服のために使われているような状態だったのだ。
 なのに、今ではほぼ毎日のように何かを召喚する。それも決まって慧の情欲を煽るような物ばかりだ。
「何でわざわざハードモードにするんだよ!」と突っ込めば『辛ければ辛いほど善いものじゃろ?』と当然のように返されてしまう。

 アイナの理屈がさっぱり分からない。
 分からないが、初日のアイナの言葉がどうしても頭をよぎって、あまり強く責められない。
 表向きは今まで通りの家主(肉体の)と居候皇女様なのに、その本質は完全に管理者と被管理者に置き換わってしまっていて……何とも複雑な気分である。

 そんなわけで、今日の皇女様は何を思ってか耳かきを手にしていた。
「ほれ、早う」とせっつかれれば従わないわけにも行かず、その張りのある太ももに頭を埋める。

 …………あ、これはやばい。
 というか何で幻影なのに、女の子の良い匂いがするんだ。こんなの反則だろう。

「んぐ…………ふぅっ、ふぅーっ…………」
「んー?どうじゃ、このふわふわは地球人にはキモチが良いのじゃろ?」
「んひっ……ふぅぅ……っ……」

 想像して欲しい。
 綺麗なお姉さんに膝枕されて、女の子の太ももの感触と良い香りに包まれたまま、柔らかな耳かきの綿でこしょこしょと耳の中をくすぐられれば、健全な男子の相棒が奮い立たないわけが無い。

 確かに耳は気持ちいいが――まさか、耳まであのお手入れスライムによって開発されただなんて思いたくない――それ以上にアイナの破壊力がヤバすぎて情欲をかき立てられる。
 そのせいで無理矢理大きくなろうとする痛みに苛まれて、もはや痛いのだか気持ちがいいのだか頭がぐちゃぐちゃでよく分からない。

「ほれ、反対じゃ」と逆を向けば、今度は目の前にアイナの下腹部が開陳される。
 もちろんきっちり触手服で覆われてはいるけれど、その股間のきわどいカットがちらついて……自然と手が金属に覆われた股間を触ってしまう。

「ふふ、良さそうじゃの」
「どこがだよ……生殺しって言うんだよ、これ……」
「あ、ティッシュが飛んでしもうた」
「ちょっんぶっ!!」

 飛んでしまったティッシュを摂ろうと、アイナが身をかがめる。
 触手服の上からでも分かる、非常に豊かなふわふわの胸が顔に覆い被さって、良い匂い痛い気持ちいいふわふわうあああああ……!!

「ん?おーい、慧や、大丈夫か?何じゃいきなり奇声を上げて」
「無自覚かよ!!そのうち興奮しすぎて死にそうだよ俺は!!」

 ……こんな感じで、毎日毎日何かしらで興奮させるだけさせておいて『じゃあ寝るかの』とあっさり放り出されるのを繰り返されれば、そりゃ1週間目から地獄を見るのは当然だろう。
「あーもう、触りたい……めっちゃ扱いてもらって出したい……」

 気を抜けば、射精することばかり考えてしまう。
 これじゃまるで、初めて1週間の管理をしたときのようだとひとりごちながら、まだ3週間以上残る忍耐の日々に思いを馳せげんなりするのだった。

 けれど思い返せば、この頃はまだ余裕があったように思う。
 ――だって、先を思ってげんなりする事ができたのだから。


 …………


『さて、今日は何にしようかのう…………』

 10日を過ぎた辺りからだろうか。
 寝ても覚めても頭の中はバカの一つ覚えのように、チンコ扱きたい、射精したいと叫び続けている。

 普段ならつまらない講義でも、居眠り一つすることなく必死でノートをとり続ける。
 そうでもしないと、この飢えきった身体は集中力が切れた途端、狂おしいほどの渇望に飲み込まれて自省が聞かなくなってしまうから。
 うっかり気を抜けば、「射精したい!」と叫びたくなるのを我慢して慌ててトイレに駆け込み「出させて、射精、させて……!」と譫言のように懇願しながら、必死で股間を覆う金属をカンカン叩き、かきむしり、揺すり、何とかして刺激を伝えようと躍起になる。

 しかしきっちりと覆われた金属越しでは当然満足いく刺激など与えられるはずがなく、やがて泣き疲れ目を真っ赤に腫らして「出したい……」とがっくり肩を落とし個室を後にする、そんなことを日に何度繰り返しているだろうか。

(辛い……もうやだ、辛すぎる、出したい……何とかして、許して貰いたいっ……!)

「お願いします!もう無理です、チンコごしごしして!出させて下さいっ!!」

 あまりの辛さに我を忘れて、アイナになりふり構わず懇願することも増えた。
 家に帰れば誰もいない空間に向かって土下座し、幻影を召喚されれば涙ながらに哀願する。
 けれどもアイナは、時折辛そうな顔を見せつつも『まだ大して日にちも経っておらぬ、これでは解放の気持ちよさも半減するでのう』と慧の切なる願いを微笑みながらあっさりと却下してしまうのだ。

(お願い、鍵を、鍵の小箱を、召喚して……)

 そうして、今日もいつもの時間が訪れる。
 夜もとっぷり更けた頃、ふわん、と光る魔法陣が眼前に展開される。

 この瞬間はいつも、心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
 ……止せば良いのに、期待する。否、どんなに考えないでおこうとしても、頭が勝手に期待してしまう。

 だってアイナだって、同じ辛さをずっと味わっているのだ。懇願したときに浮かべる表情は、アイナもこの射精欲に振り回されていることの表れだろう。
 だから今日こそは、あの小箱を召喚してくれるかも知れない。そう胸を高鳴らせて、穴が開くほど淡い光を放つ魔法陣を見つめる。

 ……その結果は、火を見るまでもなく明らかなのに。

 当然ながら目的の物が召喚されることなどなく。
 腕に抱き締めた触手服の感触に、激しい落胆と怒りと悲しみがない交ぜになって。
 それでも慧は「うあぁぁぁ……!」と毎回涙目になって叫ぶ事しかできない。

 だって、下手にアイナ様の機嫌を損ねたら、鍵を出して貰えなくなる。

 追い詰められた思考は、全てを単純化してしまう。
 触れられないストレスは、出せない渇望は、じわりじわりと慧の頭を蝕み、通常ならあり得ない結論を導き出してしまう。



 アイナ様に、逆らっちゃ、だめ



「……あれ、姫里珍しい、今日はサラダ食べてら」
「え」
「ほんとだ、姫里君いつも生野菜は俺の敵とか何とか言って、全部伊佐木君にあげちゃうのに」
「どう言う心境の変化だよ。健康志向か?」
「……んーまぁ、そんなところかな」

(……何で俺、サラダなんか食べているんだ?)

 慧にとって、この世で生野菜ほど嫌いなものは無い。
 野菜自体がダメなわけでは無いから、適当な自炊をするときだって絶対に火を通して食べるものしか買わない。
 あの歯に響くシャキシャキした感触がどうしても苦手で、アイナが幸せそうに小松菜を食べるときはいつも半泣きになりながら我慢しているほどだ。

 今だって、口の中に残るキシキシした感じと青臭さに吐き気を覚えていて、涙目になっている。
 けれど……何故だろう、食べることを止められないのだ。

(何だろう、調子悪いのかな)

 その時は何となく流してしまった。
 けれど次の日の朝、無意識のうちに朝食にリンゴを半玉と生の小松菜を添えているのに気付いて……瞬間、さぁっと慧の顔が青くなる。

(これ、やっぱりおかしい!!絶対何かおかしい!!)

 慧は慌てて「アイナ!おい、起きろってアイナ!!」とまだ慧の身体の中で夢の中を漂っていたアイナを叩き起こした。

『んみゅ……なんじゃ?もう朝かの?』
「アイナ、お前俺に何をしたんだ!?」
『……どう言うことじゃ?』

 真っ青な顔でパニック寸前の慧に『とにかく落ち着くのじゃ』とアイナもただ事では無いと察する。
 ようやく少し落ち着いた慧から昨日のランチのこと、そして今朝の事を聞いたアイナは『……無自覚なのじゃな、まさかの』といささか驚いた様子だった。

「どういうことだよ、やっぱり何かアイナが」
『いいや、妾は何もしておらぬ。……正確にはしておるが、しておらぬと言うべきか』
「俺は真剣に聞いてるの、謎かけはいいから!」
『うむぅ、謎かけでは無いのじゃよ。原因はこれじゃ』

 そう言ってアイナが指さすのは、慧の股間。
 今日は触手服に包まれて表面上はつるりとした外観の下腹部は、内部では相変わらずせっかちな触手がこっそり金属の向こう側に侵入しては、やわやわと先端を、そして身体にめり込んでいる竿を舐め、慧の渇望を煽りまくっている。

「触手服?」
『いいや、貞操具じゃ』
「…………何で貞操具で野菜を食べるようになるんだ?」

 ポカンとする慧に『お主、無意識のうちに妾に媚びを売っておるのじゃよ』とアイナはあっさりと断言する。

 それは、これまでのロックボックスの射精管理では起こらなかった感情だ。
 立場上アイナが管理者になっているとは言え、ロックボックスに入っている鍵はアイナであっても決められた時間が経つまでは取り出すことができない。
 だからこの方法は、いくらアイナに懇願しようが一度施錠した鍵は絶対に取り出せないという確実性と、ある意味での平等性を担保している

 一方で今回の射精管理には、不確定要素が存在する。
 そう、自慰禁止期間である。
 最長一ヶ月という約束はしているものの、最短の期間は定められていない。

 そしてこの不確定要素の決定権は、アイナただ一人が握っている。
 すなわちアイナが解錠しても良いと判断し、アイナの力で向こうの世界から鍵の入った小箱を召喚しない限り、慧の股間は金属に覆われ、だらだらと未練がましく涎を垂らし続ける事しかできない。

 表向きの関係は、何も変わらない。
 少なくとも慧はそう思っているし、アイナも殊更慧に支配権をちらつかせたりはしない。
 毎日召喚を行って、ちょっとした絶望のスパイスを与えている程度だ。

 けれども、今の慧は射精のためなら何だってしてしまうくらい、放逸を希求している。
 それこそアイナがへそを曲げないように言葉に気を遣い、無駄だと分かっていてもアイナの主食である生野菜でご機嫌を取って、わずかな希望に縋りたくなるくらいには。

「……なんだよ、それ…………」
『慧?』
「っ…………ぁ……」
『……ちょっと強く名前を呼ばれただけでその反応、もうそれが全てじゃよ』

 不満げな慧に対してアイナが試しに語気を強めれば、途端に慧の顔には怯えが浮かぶ。
 頭の中にぶわっと広がる不安は、ありもしない妄想を作り出してしまう。

 だめだ、怒らせてはいけない。
 アイナ様を怒らせたら、下手したら二度とこの貞操具を外して貰えない……

『心配せずとも、妾はお主に横暴を働くつもりはない』とアイナは嘆息する。
 そして、けれどもな、と優しい声色で囁くのだ。

『お主はきっと、妾に媚びを売り続けるじゃろう』
「……何で……?」
『決まっておる。それが良いからじゃよ』
「…………」

(何が、良いって……?こんな風に全てを握られることが?無意識に媚びへつらうほど追い込まれることが??……分からない、そんなの、分からない……!)

 困惑から抜け出せない慧に、アイナは『ほれ、もう支度をせねばならぬぞ』と声をかける。
 その声にハッとした様子で慧は「あ、やばい……」と未だ戸惑いを隠しきれぬまま、緩くなったカフェオレで小松菜を流し込むのだった。


 …………


 12月に入れば流石に寒いし暫く休みにしようと思っていた夜の散歩も、こうも煮詰まっておかしくなりそうな熱を抱えた頭には、丁度良い気分転換かも知れない。

 管理開始から15日目、土曜日の夜。
 吐く息が白くなるほど冷えた駐車場で、慧はいつものように触手服に包まれてアスファルトの上を闊歩していた。
 流石にそのままでは寒いだろうからとコートを羽織ってはいるが、意外と触手服を着ていればそこまで寒くは無い。以前アイナも触手服は何も通さないほど丈夫だと言っていたし、そもそもこの服は魔法生物だしな、と今更ながらその高機能性に感嘆する。

 カツン、カツンと響くヒールの音。
 そしてそれに混じってはぁはぁと漏れる、吐息と言うには少々荒い、熱を帯びた音。
 目はずっと潤んでいて、口を閉じることも忘れて、ただ前へ、前へと時折涎を垂らしながら慧は一心不乱に足を運んでいた。

(……射精したい…………足りない…………もっと、強く絞めて……!)

 頭の中では、蠢く触手服にずっと懇願し続けている。
 いつもならちょっとは大人しくしろと悩ましい声を漏らしながらツッコミを入れているのに、今の慧には気持ちよくなること以外、何も考えられない。

 自分では触れられない場所に入り込む触手に、どうかゴシゴシと扱き倒してくれと願う。
 相変わらず嬉しそうに乳首にしゃぶりつく触手に、この射精欲を紛らわせるくらい激しく嬲ってくれと頼む。

 慧の願いは、触手服には届かない。
 けれどアイナがその辺は上手くやってくれているのだろう、慧が願えば……射精に繋がる動き以外はだが、触手たちは仰せのままにと全身をぎゅっと締め上げ、その触手に更にたっぷり粘液を纏わせ、様々な形に姿を変える。
 ぐちゅぐちゅと、ぬぷぬぷと、そしてずりずりと、音が漏れるのでは無いかと思うするほど激しく擦られ「あひぃ……!」とまた一つ、慧の口から蕩けきった悲鳴と涎が一筋こぼれ落ちた。

 それでも、足は止めない。
 だめなのだ、この足を止めてしまえば途端に自分は無様に腰を振り始めてしまう。
 少しでもペニスに刺激を与えたくて、勝手に身体が動いてしまうのだ。
 それもだめならせめて辛さを紛らわせたいと、手が胸に行ってしまうのだ。

 昨日だって、講義中に慧が涙目で無意識に乳首をカリカリしているのを見つけた伊佐木が「姫里、ほら、俺のノート使えよ」と慌てて目の前にラップトップを置いて隠してくれたり、「これ、新品だから。役に立つかも知れない」と紅葉がディルド付きの表向きはウレタンマスクに見える口枷を買ってきたりと、散々周りに気を遣わせてしまっている。
 ……紅葉の気遣いは間違いなく自分の経験からだ、ありがたいが出来れば使わずに乗り切りたい。

 だから、せめて大学でだけでも平静を装っていられるように。
 頭の中がお馬鹿になっているのも、ずっとアイナに「お願いします、射精させてください」と心の中で泣き叫び続けているのも、もう仕方が無いと諦めたから、大学にいる間だけは普通の人のように振る舞いたいと、慧は淡々と歩き続けるのだ。

(辛い)

 正直に言おう、1週間の射精管理はままごとだった。
 これはただ自慰を我慢して、解放の快楽を味わうためのものでは無い。
 本当の射精管理は、己の性器に対する権利を、言うなれば尊厳の一部を完全に管理され、嫌が応にも管理者の足元に跪き隷属せざるを得なくする、まさに躾であり調教なのだ。

(もうやだ、辛い……アイナ様、助けて下さい……)

『……口は閉じた方が良いのう。あと慧よ、前々から気になっておったのじゃが「アイナ様」はやめるのじゃ。妾は確かにお主の鍵の管理者ではあるが、お主の主人になるつもりは無いぞ』
「っ、はい……!」

 アイナの指摘に慌てて慧は口を閉じ、緩みきった表情筋に活を入れる。
 そうすれば『うむ、良い感じじゃ』と柔らかい声が響いてきて、それだけで……こんなに頭が狂ってしまいそうなほど辛いのに、ふわっと幸せが押し寄せてくる。

(アイナ様……じゃない、アイナの言うこと聞くの……気持ちいい…………)

 ああ、本当はもう、俺は狂っているのかも知れない。
 キリリと口を結び足を踏み出す慧の瞳から、また一筋涙がこぼれ落ちた。


 …………


「はっ、はあっ……んあおぉっ……おごぉぉ……っ、あぃおうぅぁ……?」
「い、いやそのっ、むしろ米重さんの方こそ大丈夫なの……?」

 やっと大きな衝動の波が過ぎ去り、少し理性を取り戻した慧は反対側の街灯へと向かう。
 そこでは、これまたいつものように紅葉がお楽しみ中だった。

 今日は立位らしい。がに股になった足はガクガクと震えている。
 上はジャケットに厚手のカットソー、更に登山用のあったか下着まで着込んでいて、股間が見えそうなほど短い丈のスカートを身につけ、足はこれまたあったかソックスの上からピンヒールのサイハイブーツを履いているから、寒さで震えているわけでは無い。
 なお、当然ながら服の下にはボディーハーネスを仕込んでいるらしい。

「……にしても、米重さんは本当にチャレンジャーだね……それ、痛くないの……?」
「いぁぃ……」
「だよなぁ」

 ご丁寧にも、カットソーと下着には縦に切れ込みが入っている。紅葉曰く「授乳服を参考にした」そうだ。
 丁度胸の膨らみの上を通る二つの切れ込みから垂れ下がるのは、二つの錘。その根本に何があるかなんてもう言うまでも無い。
 更に股間からも同じような錘が垂れ下がっていて、足が震えて錘が揺れる度「んあぁぁ……!!」と悲痛な叫び声が開きっぱなしの口から発せられる。
 今日はリングタイプの口枷らしい。犬のように舌をだらりと出した、その先は割り箸のようなクリップ?で口の中に引っ込められないように挟まれていて、その徹底っぷりに流石の慧も頭の中の渇望を一瞬吹っ飛ばしてしまう。

 足元にはいつものように置かれているロックボックス。どうやらあと10分で終了らしいが、わざわざ液晶画面を見えないように設置してある辺り、残り時間は知りたくないのだろう。

「……米重さん、俺もう一周行ってくる」
「おあぁ……いっれらっあぃ……」

 時折痛みからだろう、目を見開き呻きながらも相変わらず被虐の快楽にどっぷり浸る紅葉にちょっとだけ羨ましさを感じつつ、慧はまた足を踏み出すのだった。


「はぁっ……はぇ……まら、しゃえりにうい……」
「そりゃそうだって!しかも寒いしさ……温かいお茶買ってきたから顔暖めてみたら」
「ん……あいあと……」

 途中で「お願いしますっ射精させてください……っ!!」と思わず声に出してしまいながらも何とか戻ってくれば、ロックが解除されたのだろう、紅葉が錘を取り外しているところだった。
 今日の拘束の一体どこに鍵をかけていたのかと尋ねれば「ほら、ここ」と紅葉はぺろりと胸の切れ込みをはだける。
 ……初めて見る女性の乳首だというのに、慧の息子さんはピクリと反応しない。これは彼女を女性として意識していないせいでは無いと、目の前に差し出された光景に思わず慧の顔が歪む。

「……うわ、これ錘が無くても結構やばくね」
「流石にずっと着けるのは無理だな、乳首が取れてしまいそうだ」

 そこには、南京錠にぶっさりと貫かれた胸の飾りがあった。
 確かにとても小さな南京錠だが、つるの太さはどう見たって一般的なピアスの太さには見えない。聞いてみたら「8Gくらいかな」と言っていたから、一応ピアスとして存在する太さではあるのだろう。
 まさか下も?と恐る恐る尋ねれば「流石に下はただのリングだよ」と言われて安堵する。
 ……いや、クリトリスに穴が開いている段階で安堵はないか。

 器用に小さな南京錠を外して、更に後ろに手をやりアナルプラグと繋がっていた鎖を取り外す。
 今日は首輪を付けてないと思ったら、まさかのお尻で街灯に繋がっていたとは。この数ヶ月で彼女の成長はめざましいにも程がある。大分ぶっ飛んではいるが。

「にしても、随分思い切ったことをするよな……途中で痛みに耐えられなくなるとか考えなかったのか?」
「ああ、あらかじめ家で限界は測ってあるんだ。どうしてもクリトリスが30分までしか耐えられないから、今日は35分にした」
「そこで一段責めを強める辺りが米重さんだね……」
「試してみたかったんだよ。恥ずかしいとか気持ちいいとか、ギチギチとか以外で……辛くて堪らないのに気持ちいいってのをさ」

 辛いのにめちゃくちゃ気持ちよさそうだからな姫里は、と紅葉はティッシュで股間を拭い、脱ぎ捨ててあったパンツを履く。
 アナルプラグは家に帰ってから抜くそうだ。どうか事故らずに帰って欲しい。

「あー、ええと……なんかごめん、変な煽り方ばっかりしてるよな、俺」
「いつも思うけどさ、姫里は別に謝らなければならないことなんてしてないだろう?」

 私が羨ましくてやりたくなっただけなんだから、と素っ気なく語る紅葉の表情は相変わらず乏しい。
 さっきまでドロドロに溶けた瞳で虚空を見つめながら啼いていたのが嘘のようだ。

「で、ご感想は」
「家でやったときはそこまででも無かったけど、露出と組み合わせると痛いのも気持ちが良いな」
「流石でございます」
「……にしても、貞操具で楽しめるってのはいいよな」
「え」

 ぽつりと漏らす紅葉の言葉に、いやいや楽しんでは無い、特に今は、と心の中で全力でツッコミを入れる。
 けれどそれが言葉にならないのは、アイナに聞かれるのを恐れているのか、それとも……本当のところは違うからなのか。

「え、でも女性だって貞操帯はあるだろ?前に見せて……いや、見たことがあるんだ」
「あるけどさ、大学生じゃ気軽に手を出せないんだよ、女性用って。……ほら、これ」

 紅葉が見せてくれたのは、貞操帯のメーカーのサイトだ。
 いかにもと言った感じの金属のふんどしのような貞操帯が並んでいて、その画像の下に書かれている価格の通貨からするに海外のメーカーなのだろう。
 別のサイトでその価格を自国レートに換算した慧は思わず「うっそだろ!?」と声を上げてしまった。

「なっ、7万!?これで最安、てかセール品でこれ!!?俺の着けてる貞操具、調整用の道具諸々合わせて1万かかってないのに!」
「な、ちょっと手が届かないだろ?それに……プレイの意味が全然違う。男性には射精管理という確実に楽しめるジャンルがあるけど、女性はずっとムラムラしているわけでも無いし」
「そうなんだ、それは知らなかった……」

 もちろん、ずっと情欲を煽ったままにすれば同じようなことはできるかもしれない。
 けれど一人でそれを叶えるのは結構大変で、金銭的なことと合わせて一人でする禁欲プレイは労力に見合わないというのが紅葉の考えだった。
「誰かに管理して貰えるなら、また違うのかも知れないけどな」と言った彼女に、ふと慧は聞いてみたくなる。

 誰かに管理されることは、いいと思うのかと。

 さりげなさを装いつつ尋ねた慧に「……良いかどうかはやってないから分からないけど」と前置きをしつつ、でもそう言うのもありだとは思うと、紅葉は慧の聞きたかったことをズバリ答えてくれる。

「私はさ、今は一人で管理して、自分で自分を堕とすのが楽しいし気持ちいいと思ってる。妄想の中でも誰かに指示されてってのは無いし」
「そういうものなんだ……」
「でも、自分の尊厳を誰かに預けきって管理して貰えるってのは、きっとまた違った気持ち良さがあるだろうとは思うよ」
「……そっか」

 後になって思い返せば、恐らく紅葉は気付いていたのだろう。
 慧は自分のようにセルフ調教を堪能しているのでは無い、姿は見えないが彼を管理する誰かがいることに。

(……管理されて気持ちいいと思うのも、おかしくは無いんだ)

 どこかホッとしたような表情を浮かべる慧に「けど、大学では気をつけた方が良い」と紅葉は釘を刺すのも忘れない。

「あの日は伊佐木が庇ってくれたし、見守る会も人数が増えているから大丈夫だとは思うけどさ。責めて顔だけでも……冬だし、マスクを着けているだけでも少しは違うかもしれない」
「うん、気をつける。……待って、人数が増えてるって!?」
「最初に確認したときは8人だった。今は19人ってこの間峰島先輩から報告が」
「倍増以上じゃん!しかも米重さんに報告まであげて何してんのあの先輩!?」

 人数が増えると言うことは、それだけ慧の痴態に興味を持った人間がいたということだ。
 ……どうやら慧の尻の安寧は、今も峰島によって守られている事を痛感しつつ「今後を考えると、もっと日常を普通に過ごせるようにならないとまずいよなぁ……」と真剣に悩む慧だった。

 一方。

『……これほど辛い思いをしても、お主はこれきりにする気は無いんじゃな。……もう本心がダダ漏れでは無いか』

 その頭の中では、アイナがそっと独りごちる。

『のう、慧よ。もうお主はその希有な才能を自覚し、誇るべきだと妾は思うのじゃ』

 アイナがこの身体にやってきて8ヶ月、もう十分に待った。
 ここに来て思いがけない紅葉のアシストもあった。
 今の慧なら、己の中に眠る素質を――それは地球人にとって祝福されるものではないと今は知っているけれど――受け入れることだって、出来るはず。

『早う気付いて、妾に存分にお主を愛でさせておくれ』

 慧を見つめるアイナの眼差しは、どこまでも優しく、そしてどこまでも情欲に満ちていた。


 …………


 管理開始から20日目。
 講義を終えた慧はすぐに自宅に戻り、靴を脱ぐや否やバッグとマスクを放り投げ、何も無い空間に向かって土下座する。
 ここのところはいつもそうだ。寄り道どころか買い出しすらせずに真っ直ぐ帰ってきてしまう。日常の買い物なんて、アイナが覚えたてのネットスーパーで何とかしている始末である。
 正直、今の慧に取っては毎日大学にいる間だけ態度に出さないように(それでも休み時間になれば個室に籠もって股間をカリカリしているが)するので精一杯で、下手をすれば車のドアを閉めた途端に腰をもじもじしながら「出したい……出したい……」と譫言のように無意識に呟くほどだ。

 もはや、慧の精神は限界に達して、いや限界を超えてしまっていた。

「アイナ様、お願いします!ちょっとでいいから!俺のチンコを触ってくださいっ!!」
『慧よ、様は付けなくて良いと言ったじゃろう?なぁに、まだ大学にも行けておるのじゃから大丈夫じゃ』
「そんな……もう無理です、だってレポートだってまともに書けなくて……」
『それはセンパイ達が手伝ってくれて何とかなったではないか。第一明後日からは大学に行かなくて良いのじゃろ?なら、何の心配もあるまい?』
「はぁっはぁっ……お願いします、お願いします、射精させて……!」

 なりふり構わず床に頭を擦りつけ、渇望に逆らえず腰を床に押しつけて交尾の真似事をしながら慧はアイナに哀願を続ける。
 空いた手は乳首をひっかき、少しでもこの渇望を紛らわそうとしているようだが、きっとあの程度では逆効果にしかなるまい。

(……まぁ、気持ちは分からんでも無いがの……妾とて、気を抜けば叫んでしまいそうじゃ)

 心の中で悩ましいため息をつきつつ、けれどもアイナは『だめじゃ、あとたったの10日、頑張れるじゃろ?』と余裕のありそうな声を作って慧を諭すのだ。

『しかしまぁ辛いわのう、そんな触り方では中途半端に昂ぶるだけじゃろ。……あと3時間待っておれ、今日はたっぷり胸を可愛がってやろう』
「ヒッ……あぁ…………お、お願いします……乳首、いっぱいカリカリして……!」
『うむ、素直じゃの。妾は素直な子は大好きじゃ、慧』

 嫌だ、と力の限り叫びたい。
 もうこれ以上刺激しないで、何をしたって気を紛らわす事なんてできないのだから、と泣きわめきたい。

 けれど、股間の自由を握られた慧にとってアイナの善意を拒否する権利は無い。
 ……あったとしても、多分、拒否しない。

(嫌なのに……止めて欲しいのに……)

 陽が落ちてアイナが掌を上にかざせば、目をギラつかせながら召喚の過程を凝視する。
 一体いつからだろう、こうやって期待させられ、落胆させられることにゾクゾクする悦びをを自覚するようになったのは。

(……絶望させてって、思ってる)

 それは、慧の心の底からの囁き声。
 ほら、ガチガチに管理されて、辛くていっぱい泣いて、そうして頑張ったねって甘やかされるのはきっと気持ちが良いよと頭の中に響く、甘い、甘い誘惑。
 隙あらば繰り返し囁きかけ、日ごとに高まるその声に、もはや慧は意地だけで「そんなこと無い、俺は変態じゃ無い」とかぶりを振り続けていた。

 きっと、陥落するのは時間の問題だとは分かっていても、抗いたい。

『…………』
「……アイナ様?」
『ん?ああ、すまぬの。……じゃからアイナ様は止すのじゃ』
「うぅ……だって……」

 いつものように手をかざし召喚用の魔法陣を描きながら、しかしアイナは珍しくじっと魔法陣を眺めていた。
 怪訝そうに慧が尋ねれば『気にせずとも良い』と柔らかな声が返ってくる。

(日に日に……この時間が辛くなるのは、妾もじゃの……)

 そんな中、部屋の中を満たす光を浴びながら、アイナは珍しく眉間に皺を寄せそっと独りごちていた。
 魔法陣を展開する瞬間、ふっとよぎる誘惑に抗うのが日々大変になっているなと嘆息しつつ。
(確かにこれは、管理者が必要じゃ。一人で厳格な管理をするには限度がある)

 サイファにおける射精管理には、必ず管理者と被管理者が存在する。
 他国では1対1の関係を好む場合もあるようだが、フリデール皇国ではほとんどのものが自分の好みの男の娘達を複数人で管理するのが通常だ。

 一応知識として自己管理という手法があることは知っていたが、それはあくまでも遠い世界の話。
 大体、乞えば喜び勇んで管理してくれる仲間達に囲まれているのだ。こんな状況でわざわざ一人で管理をしようなどと考える奇特な者はおるまい。

 この1ヶ月の射精管理は、確かに慧にとっては本格的に他者によってペニスに関する権利を奪われ管理される行為である。
 その厳格さにどれだけ泣こうが、苦しもうが、懇願しようが、全ては管理者の胸三寸。
 被管理者である慧は、ただ振り回されるしか無い。

 言い換えれば、ただ振り回されて、悶え苦しんで、無様な姿を晒し続けていればそれでいいのだ。

 だが、同じ身体を共有するアイナにとっては、管理者でありながら被管理者でもあり続けなければならない、別の意味で残酷な行為となる。
 一方では慧を厳格に管理しながら、一方では自分を同様に管理する。

 それも、アイナの意思一つでいつでもリタイアできる状態で、だ
 すなわち全てを自分が握っている、ある意味ロックボックスを用いた自己管理よりも困難な状況である。
 地球の感覚なら、プラスチックのタグを用いた自己管理が比較的近いだろうか。

 しかも、アイナがリタイアしたところで、ペナルティは無い。誰も責める者はいない。
 慧なんて、むしろ涙を流して喜び感謝するに違いない。

(……小箱を召喚すれば、楽になれる…………)

 だからアイナも、管理開始から10日を過ぎた頃から延々と苦しめられていた。
 ただし、それは射精欲だけではない。
 むしろ魔法陣を展開する度に囁きかける、誘惑の声に、だ。

 ほら、ちょっと小箱を想像して魔法を起動するだけで良い。
 そうすれば望みのものは瞬時に手の内に収まり、めくるめく快楽を伴う解放を味わうことが出来るのだ――

 正直、その誘惑にぐらりときたのも一度や二度では無い。
 それほどに射精欲というのは凄まじく強く、性欲とは全く別物で、なるほど彼らが時折発狂しそうな声で叫んでいたのも理解できるなと理解する。

 けれど。

(もっと、知りたい)

 アイナの飽くなき好奇心と知識欲が、誘惑を振り払う。
 慧を危険にはさらしたくないが、多少の無理を強いてでもこの射精管理というものをじっくり体感したいと思う気持ちが勝ってしまうあたりは、やはり知識と性を尊ぶクロリクならではなのかもしれない。

(それに、もうちょっとなのじゃ)

 徐々に収束する光を、無意識の期待を抱いて眺める慧を見つめつつ、アイナは思う。
 慧が己の才能を、この世界では性癖と呼ばれるそれを受け入れるまでは、絶対にリタイアなど出来ない、と。

「ぁ……ああ……っ…………」

 光が収束すれば、目の前が涙で滲んで、落胆の慟哭が慧の口から紡がれる。
 ……そしてアイナもまた、共に絶望を味わっているのだ。

(ああ……これでまた、24時間はこの辛さから逃れられぬ……)

 己の手で希望を断ち切った感触に、ふっと目の前が暗くなる。
 けれどもその一方で、確かに絶望の中に快楽を見出している慧の魂の輝きが、絶望をかき消しアイナを魅了するのだ。

(早う、受け入れるのじゃ。……さすればお主は、もっともっと幸せになれる。お主の望むカタチになれるのじゃぞ、慧よ)

 にしても、本当に男は良いのう。
 そうぽそりと頭の中で独りごちる声は、絶望の最中にいる慧には響かなかった。


 …………


「ほれ、んふっ……あぁ、いいのう……こうやってすりすり、するのと……」
「はあぁんっ……!」
「摘まんで、くりくりするのとっ……んぁっ、こっちの方が良いのう」
「だめ、アイナそれ、だめぇ……っ……」

 宣言通り、アイナは慧の胸を愛でてやることにしたようだ。
 慧はベッドの上に座った幻影の「アイナ」の脚の間に座り、背中をもたせた状態である。
 当然ながら、慧の意思でこの身体は指一本動かすことが出来ない。

 そうして背中に大きくて柔らかい丸みを感じながら、慧は後ろから伸びてきた指に翻弄されていた。

「んあっぁっあぁっ!!ぎもぢいぃっ!はぁっ、はぁっ、あっアイナ様あぁぁぎもぢぃでずぅぅっ!!」
「じゃから様は無しじゃと言うに……ふぅっ、しかし随分良い感じに育ったものじゃ。妾の感度と変わらないくらいではないか?」
「んあぁぁ……っ!!」

 最初はシャツの上からすりすりと。
 物足りなくなってきた頃を狙って、直接触って、摘まんで、転がして。
 ……転がせてしまうんだ、と慧は胸を反らした状態で固定され喘ぎながらぼんやり思う。

 週に3日、触手服の中で散々弄ばれてきた胸の飾りは、今や女性のものと遜色ない程の大きさに育っていた。
 今は冬だから厚着で誤魔化せるけれど、来年温かくなってくれば流石に絆創膏でも厳しくなりそうだ。以前紅葉が言っていたニプレスを試すときかも知れない。

「ぬ?考え事か?ふむ、もうちょっと気持ち良くしてやらねばならぬかのう」
「えっちょっうあぁぁっ!!何でええぇぇ!!?」

 どうやら慧が物足りなさを感じていると判断したのだろう。
 今日は射精欲を紛らわせられるくらい気持ちよくしてやると決めていたからと、アイナが何かをぺちょっと胸に貼り付けた。

 …………ぺちょっ……?

 なんだその擬音語は、しかも妙に生暖かいなと胸を確認しようとしたその瞬間、襲ってきたのはまるで細くて柔らかいブラシで乳首を隅から隅まで磨き倒そうと言わんばかりの動きで、慧は思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。

(気持ちいい!すごい、いい!!でも、これ知ってる、この動きは……!!)

 ガクガクと身体を震わせ喘ぎながら、チラリと目を動かせば、乳首を覆っているのはどう見ても触手服の欠片である。
 なんで、二つは召喚できないはずなのにと途切れながら必死で訴えれば「これも幻影じゃ」とアイナはにっこり微笑んだ。

「妾の……ああ、幻影のな、触手服を一部千切ってお主にひっつけておる。なに、心配せずとも幻影ゆえ触手服は痛くも痒くもないぞ?」
「そういう問題、っ、じゃ、ないいぃぃっ!!」

 その使い方は流石に想定外だ。てかなんだその幻影を千切るって、魔法だからって何でもありすぎやしないか。

「ほれ、胸で楽しんでおれ」とアイナが耳元で囁く。
 息が、声が、鼓膜に響いて、頭までぐわんと揺れるようだ。

「あひっ、はぁっ、ぁっ、んあぁ…………ひっ、アイナ様、そこっ……!!」
「ほれ、また様が付いておる」
「そんなこと言ったってやぁぁ…………っ!!だめぇ、触って、お願いします触ってくださいっ!!チンコ、チンコがいい!そこじゃないぃっ!!」
「ふふ、悦いのう、実に悦い!この焦燥感、まさに脳みそが蒸発してしまいそうじゃ!!」

 胸を触手に任せたアイナの手が、下に伸びる。
 ゆっくりと、触れるか触れないかくらいのソフトなタッチで指がなぞるのは、銀色の金具……の周辺だ。
 鼠径部をつぅ、と撫で、双球をなぞり、会陰を軽く押して後孔の周りをくるくると描く。
 そうしてまた前へ……後ろへ……何度も、何度も焦れったいほどのスピードで往復するのだ。
(なんでっ、そこ辛すぎる!!お願いします触ってくださいほんの少しで良いからチンコをゴシゴシしてえぇ……!!)

 あまりの辛さに、涙が止まらない。
 喘ぎ声としゃくり上げる声で、懇願すら言葉にならない。

(もう無理、もうだめ、しゃせーしたい、だしたい、びゅーびゅーしたい……)

 涎でぐちゃぐちゃなのに、閉じられない口が、喉が渇く。
 頭の中で快楽と切なさと焦燥感と辛苦が混じり合って、更に射精欲を煽り立てて

「うああああぁっ……!!」

 ぷちん、とどこかで音がした気がする。
 続けて何かがドサリと倒れる音。

 ああもう、何でもいい。とにかく射精だ。射精したい。
 腰を振りたくって、チンコいっぱい扱いて、どろりと濃い白濁を睾丸がスッカラカンになるまで射精して、射精して射精射精射精射精……



「……!…………ぃ!……慧っ!!しっかりせぬか!!」
「はぁっはぁっはぁっ……しゃせい、しゃせい……しゃせいぃ…………!」
「っ、やれやれ完全に飛んでしまっておるのう……!」

 それは一瞬の出来事だった。
 獣のような雄叫びを慧が上げたかと思った次の瞬間、アイナの身体はベッドに押しつけられていた。

 目を丸くして見上げれば、肩を押さえつけるのは慧の筋張った腕。
 焦点の合わない、けれどギラギラした獰猛な瞳が、アイナを射貫いている。
 はぁはぁと息を荒げ「射精、射精っ……」と意味も無く呟きながら必死でアイナの下腹部に腰を擦り付けているようだ。

(何と……あまりに強い衝動が、慧に支配権を取り戻させたじゃと……!?)

 窮鼠猫を噛むとはよく言ったものだ。
 とは言え、落ち着けば慧の身体の支配権を取り戻すことなどアイナには造作も無い。この幻影を解いてしまえば確実だし、このままでも少し集中すればすぐに腰を振ることすら出来なくなるだろう。

(…………まぁ、よいか)

 しかし、逡巡した後アイナは慧の好きにさせることにする。
 追い詰められた男の行動をじっくり観察できる良い機会でもあるし、そもそもこの身体は幻影だ。
 それも触手服を着た幻影……つまり、どれだけ慧が腰を打ち付けようが、アイナには何も感じない。

 何より、アイナだって限界なのだ。
 それこそアイナが慧の身体を動かしていても同じ事をしたくなるくらいには。

「射精、射精、射精っ…………ひぐっ……ひぐっ…………」

 慧は狂ったように腰を振り続ける。
 けれどもどれだけ腰を動かそうが、肝心な所にはどうやっても射精に至る刺激が届かないことに気付いたのだろう、やがて呟く声はしゃくり上げる声に……そして慟哭へと変わっていく。

「うああぁぁっ……つらいよう……っ!!ひぐっ、おねがいじまず……じゃぜぃざぜで……!!」
「……それは無理な相談じゃ、慧。2時間前に召喚魔法は使ったばかりじゃからな」
「ひぐっ、ひぐっ、もうやだあぁぁ……うわあぁぁぁんっ!!!」

 この20日間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたのだろう。
 慧は大粒の涙を零し、アイナの胸で「もうやだ!死んじゃう!!いやだあぁぁ!!」と泣き叫び続ける。

 そんな慧がちょっと気の毒で、けれどその奥にある仄暗い悦びが見えてしまうアイナからすればそんな醜態すら愛らしくて仕方が無い。

「ばかあぁぁぁっ!!アイナのばか!!鬼っ!人でなし!悪魔!!クソババア……は無しっ!!」
「お主、我を忘れていても禁句は覚えておるのじゃな、殊勝なことよ」
「んぐうぅぅっっっ!?」
「ぐ…………っ…………ほれ、ちゃんと……覚えておった褒美じゃ。ちょっと落ち着け」

 押さえつける手が緩んだところで、アイナはぐいっと身体を起こす。
 そうして慧の股間に手を伸ばし……躊躇すること無く、丸いふぐりをぎゅっと握りしめた。
 途端に声も出なくなる程の痛みが慧を、いや二人を襲う。

 そのまま丸まって蹲り、静かになってしまった慧の瞳には、ようやく光が戻ってきたようだ。
 呻きながらも「ごめん……なさい」と最初に謝る辺りが慧じゃな、と微笑ましく思いながらアイナも「気にせずとも良い」と返し、びっしょりと汗に濡れた頭に手を当てた。

「でもこれはひどいって……無茶するなよ、潰れたらどうするんだよ……」
「しかしああでもせぬと、正気には戻れなかったじゃろ?」
「そりゃそうだけどさ。もうちょっとやり方は無かったのかよ……」

 涙目で睨んでも、アイナは動じる様子が無い。
 自分はこんなにも……我を忘れてしまうほどアイナに振り回されているのに、アイナは相変わらず余裕たっぷりに笑みを浮かべながら慧を眺めている。
 それが……ちょっとだけ悔しい。

(なんか、ずるい)

 そう思ったら、口から勝手に言葉が溢れていた。

「アイナ様は……じゃない、アイナは、辛くないんですか……?」
「むぅ、敬語も止すのじゃ……どうしたんじゃ急に」
「だって……俺、こんなに辛くて、もう頭狂ってそうで、なのにアイナは……ずっと平気そうだから」
「…………平気なわけが無かろう」
「えっ」

 妾も同じものを感じておる、とアイナはぎゅっと慧を胸に抱き締める。
 柔らかい胸の膨らみに包まれて、ちょっと息苦しいし悲しいかな息子さんがまた痛みを訴えている。
 この幻影と言う奴はどこまで精巧なのか。温かくて、良い匂いがして、アイナのとくとくと少し早い鼓動まで聞こえてくるのだ。

「これほど射精管理が辛いものだとはのう……正直、想像以上だったわい」
「……なら、何で…………?」
「感覚を切らぬのかって?……味わってみたかったのじゃよ」
「味わって、みたかった……」

 どう言うこと?と混乱する慧を見つめながら、アイナはふと物思いに耽る。

(そう、これは妾の願いの一つ)

 ずっと、ずっと……きっかけを忘れるくらい昔から知りたかった。
 男の娘達があんなにも辛そうに震え、涙ながらに懇願しながらも、どこかうっとりと幸せそうな表情を浮かべる、その理由を。
 その全てを味わってみたかった。彼女たちの言葉ではなく、己の身体で体験したかったのだ。

 けれどもそれは無理だと早々に諦めていた。
 だって、アイナの世界ではどう逆立ちしても叶う望みでは無かったから。


 ――なのに、その望みは唐突に叶うこととなる。


 あの日、クーデターが起こらなければ。
 亡命先が地球で無ければ。
 宮廷魔法師がうっかりさんでなければ。
 そして、空の器に慧の魂が入っていなければ……

 どれか一つが欠けていても得られなかった幸運を、今アイナはその手にしている。
 それなのにどうしてこの程度の辛さで――実際、アイナも頭がおかしくなりそうでギリギリ踏みとどまっているのだけれど――感覚を遮断などできようか。

(慧のような素質は妾には無いが……うむ、妾「も」満足しておるのじゃぞ?)

 この機会を逃せば、二度と味わうことは出来ない。
 だから、何があろうとも、少々慧に無理を強いたとしても1ヶ月というゴールをずらすつもりは無い。

 慧には告げていないが、アイナはそもそも最初から1ヶ月間、射精管理を継続する心づもりだったのだ。
 何ならそれ以上でも良いとすら思っていた。
 とは言え、流石にあまり長期の管理をいきなり言い出せば確実に慧に拒絶されるから「最大1ヶ月」ということにしただけである。

 それに、アイナは知っている。
 この辛さすら楽しんでしまえる、悦びを覚えてしまえる慧に、本来無理などと言う言葉は存在しないことを。

「……アイナ…………?」
「…………うん?…………ふふ、また腰を擦り付けておるな……?」
「っ!!言うなよぉっ、そんな、言われたらまたっんあっ、触って、欲しいぃっ……!」

 優しい眼差しを向けたまま黙り込んでしまったアイナに、慧は怪訝そうに声をかける。
 その腰は相変わらず欲望に正直で、ゆっくりと、ここに挿れたいのだとばかりにアイナの下腹部にぐっ、ぐっと押しつける動きが止まらない。

(本当に……男はよいのう……)

 慧に語ることは無い。
 望みの全てを語ったところで、今の彼が理解するのは難しいから。

(可愛い子じゃ)

 再び泣きじゃくりながら腰を振る慧を宥めながら、アイナは不思議な愛おしさを感じていた。
 それは、アイナにとってはこれまで出会ってきたどの男達にも、男の娘達にも抱かなかった想い。
 そして成人を迎えたばかりのクロリク達の多数が夢中になる、どこか切なくて甘酸っぱい感情だ。

 ああ、本当にこの子は……可愛くて、愛しい。

(お主のその秘めたる素質も、願望も、全てを引き出してやることこそが妾にできる礼じゃからな……共に望みを叶えようぞ、慧よ)

 その日、アイナは慧が疲れ果てて寝てしまうその時まで、この惨めで愛らしい生き物を愛で続けていたのだった。


 …………


 暴発した日から10日間は、翌々日から冬休みだったのもあって、慧は完全に家に引きこもって過ごしていた。

 本当は少し外に出た方が気が紛れたのかも知れない。
 けれど、今の自分はいつ発作のような衝動に襲われて人目を憚らず腰を振り始めてしまうか分からなくて、とてもじゃないがコンビニに行くことすら怖かったのだ。

 伊佐木と約束していたゲームの固定活動も、クリスマス後に延期して貰った。
『なんだ、まさか性なる夜に誰かと直結』『あるわけないだろ』と伊佐木の邪推を全力で叩き潰した後は、何をするでも無くベッドに寝転がって、頭に入らないSNSや動画を何となく眺めて過ごしてる。
 時々衝動に襲われて股間をまさぐり、乳首をこねて甘い声を上げ、夜になればアイナに慰めて貰うのが日常と化していた。

(何もやる気が起きない……)

 空っぽな頭を満たすのは、射精したい、それだけ。
 全てのエネルギーが自慰と射精と……そしてアイナの機嫌を取ることに全振りされていて、それ以外のことに興味が持てないのだ。

(完全に支配されて、管理されている)

 決してアイナは高圧的な扱いはしない。
 1ヶ月の管理が始まる前と変わらず、慧の望むものは与えてくれるし、特に何かをしろとも言わない。
 アイナへの従属心が高まるにつれ変化する呼び方や口調もあまり好んではいないらしく、度々『様はやめるのじゃ』『敬語など要らぬ』と諫められている。

 そう、変わったのは慧の方だ。
 まさかたった1ヶ月で、これほどアイナへの従属心が強くなるとは正直思わなかった。

 今の慧は、アイナの一挙手一投足が気になって仕方が無い。
 流石の慧だってもう分かっている、アイナは何があっても1ヶ月が終わるまで鍵を開けてくれないと。
 ……分かっていても、射精欲に焼かれた頭は愚かにも期待して、その度絶望するのだ。

(……でも、俺…………『これ』が気持ちいいんだ)

 部屋に閉じこもり、ただひたすら己の欲望を煽られ、振り回され、向き合わされ続ける。
 その度に心の内から聞こえる囁きは大きくなり、いつしか慧の思考は同調して呟き始める。

 管理されるのが、気持ちいい。
 辛いのに、自分の意思で何もできず思いのままに優しく弄ばれるのがいいのだと。


 認めたくない、こんな変態みたいな――あれだ、ドMってやつだこれは――そんなものが自分の中にあっただなんて!


 紅葉がとんでもない被虐嗜好の持ち主だと知ったときは、驚きこそすれ嫌悪感のけの字も生じなかった。
 けれど今、同じようなものが(多分紅葉とは毛色が違うのだろうけど)あると気付いてしまった今、自分に対して沸いてくる感情は……明らかな嫌悪と、不甲斐なさ。
 まるで自分という存在が足元から崩れて、根底から覆されてしまいそうな不安感。

 ……それがあまりにも惨めに思えて。
 だからこそ、せめてアイナには否定して欲しかったのかも知れない。
 そう、変態で構成された世界の、変態が集まった国の皇女様からあっさりと一刀両断されたかったのだと思う。

「お主程度では、変態などとは言えぬ」と――

 だから。
 解放を明日に控えた日の夜、慧は意を決してアイナに胸に秘めた想いを投げかけたのだ。

「なあ、アイナ」
『なんじゃ』
「俺さ、ここのところずっとおかしいんだ。こんな、辛くてたまらないのに……おれのチンコ、アイナに全部管理されて、触れることすらできなくて……なのに、気持ちいいって、もうずっと管理してって思ってる」
『……慧』

 突然始まった慧の告解に、アイナは目を丸くしているようだ。
 もう話し始めてしまったら止められ無いとばかりに、慧はひたすら喋り続ける。
 まるで「否定して、安心させて」と祈るように。

「なぁ、これは射精管理のせいなんだろ?ほら、その、まぁちょっとは……変態、な感じはあるけど、別にそんな大したことは」
「うむ、大した問題では無いのう」
「!!そうだよな!!」

(ほら、やっぱり!アイナから見たら大したことはないんだ!)

 思い通りの答えが返ってきたと、慧は一瞬安堵を覚える。
 ……しかしその安寧は、本当に一瞬だけだった。

『そうじゃ、例えこの世界では歓迎されにくい変態であったとしても、妾からすれば素晴らしい才能でしかないぞ!』
「………………え?」


 サイノウ ダッテ?


 思いも寄らない発言に、慧が凍り付く。
 そんな慧にアイナは戸惑うこと無く、そして容赦なく『そう、まさに才能じゃよ、慧』と現実を叩き付けた。

 ――ようやくこの時が来たと、万感の思いを込めて。

『慧よ、それはお主の素質、稀なる才能じゃ。管理されることに快楽を感じてしまうというのは、それこそ妾たちクロリクとて誰でも持っている素質ではないのじゃよ』
「え…………」
『妾はこの射精管理というものを心ゆくまで堪能した。今までのところは十分に満足しておる。……けれどのう、管理される事への快楽というのは残念ながら感じられぬ。それこそお主の感情を共有して初めて分かるものじゃ』
「な……っ!」

(嘘だろ……!?)

 慧はアイナの言葉に酷く狼狽する。

(アイナは……アイナなのに、変態異世界の皇女様なのに、管理されて嬉しくなかった……!?)

 ずっと疑いもしなかったのだ、アイナも、この苦しさをまるごと共有してくれている彼女もまた、どうしようも無い辛さに悦楽を覚えているのだと。

「で、でもっ、そうだ男の娘達は!?フリデール皇国は男の娘がいっぱいいるんだろ?彼らは」
『まぁ、それぞれに素晴らしい才能を持っておるぞ、彼女たちは。しかし単なる管理だけで、それも鍵をかけられる音だけで子種をまき散らせるほどの興奮と快楽を生み出せるものは、なかなか見つからぬよ』
「そんな」

 必死に、何かに縋りたいと言わんばかりに投げかけられた問いは、あっさりと否定で返されてしまう。


『じゃから前に言ったじゃろ?慧は、妾が育てるに値する素質の持ち主じゃとな』


 素質。才能。稀なるもの。
 この性癖には似つかわしくない言葉が、慧の心にのしかかる。
 なんだそれは、それじゃまるで俺が地球基準どころかサイファの基準ですら変態だってことじゃないか……!

「そんなの、嘘だ……!!」

 思わず叫んだ慧の声は、これまでに無い程悲痛に溢れていた。

 嫌だ、認めたくない。
 分かっている、自分が認めようが認めなかろうが、事実は厳然として眼前にそびえ立っていると。
 それでも……ああ、こんな事実、出来れば生涯知りたくなかった!!

『ぬぅ、もうそうやって自分を責めるでない』と優しく窘めるアイナの言葉すら、今は耳に入れたくない。
「もう放っておいてくれよ」と吐き捨てるように言葉を放つ慧に、それでもアイナは気分を害する事無く、むしろどこか嬉しそうに胸を張るのだ。

 まるで、慧が……自分の器に入り込んだこの魂が誇らしいと言わんばかりに。

『もう素直になれ、慧よ。変態であることは恥じるものではないのじゃよ!』
「生まれたときから変態の皇女様が自信満々に言っても、何の説得力もねえよ!!」

 素直になんて、なりたくない。
 こんな時ですら股間を弄る手が止められないほど追い詰められていながら、そしてそれを内心楽しんでいながら、どうしても後一歩が踏み出せない。

 完全にふてくされてしまった慧をどうしたものかと、アイナは思案する。
 きっとこれは時間が解決する問題だ。既に(本人の自覚はともかく)すっかりメスの快楽に慣れた身体が、そして管理される麻薬のような快楽を知った頭が、このまま元の鞘に戻るわけが無いから。

 だが、その時間を待ってやれるほどアイナには時間が無い、余裕も無い。

『…………うむ、決めたぞ慧』
「何を?」

 何とも言えない雰囲気のまま風呂に入りつつ、少し身体が温まって緩んだところで「明日じゃ」とアイナは唐突に切り出した。

『明日、お主が否が応でもその性癖を認められるように、妾が直々に手伝ってやろう』
「…………はい?」
『なぁに礼は要らぬぞ?これも妾の務めじゃ、お主を立派な男の娘にするためのな!』
「っ、誰が、礼なんか言うかっ!!」

 顔を真っ赤に染めて怒鳴る慧の胸は、しかしずっと高鳴りっぱなしだ。
 だって、明日は待ちに待った解放の日。ようやく1ヶ月の射精管理を終え、この中に溜め込んだものを全部吐き出す日なのだ。

 その上にアイナが何かをしてくれる……きっと、それはまた慧の心を、身体を振り回すようなサプライズだ。
 それを思うだけで、ゾクゾクと背中に快感が駆け抜けていく。

(……嫌だ、絶対に認めるものか…………)

 俺は変態じゃ無い。
 もはやその言葉は虚しく響くだけだと分かっていても、今の慧には虚勢にしがみつく以外の選択肢を持てないのだった。


 …………


 街中はクリスマスに沸いているというのに、慧の頭は相変わらず射精欲という、どうしようも無い淫らな熱に浮かされたままだ。
 けれど、今日。
 そう、今日の夜にはこの熱からとうとう解き放たれる。

 ようやく、真っ当な人間に戻れるのだ――


 朝目を覚ますと、机の上には夢にまで見たあの白い小箱があって「嘘だろ、何で……?」と慧は驚きに目を丸くする。
 一瞬アイナからの粋なクリスマスプレゼントかと思ったけれど、よく考えたらアイナの世界にはそんなものは存在しなかった。

 にしても、解放は今日の夜だったはず。
 まさか昨日あまりにふてくされていた慧を見かねて、アイナが情けをかけて……くれるわけが無い。

 恐る恐る小箱を開けようとして、ふと横を見た慧の口から「だよなぁ」と乾いた笑いが漏れる。
 小箱の隣には透明なロックボックスが置いてあって、その中には見慣れた鍵が入っていたからだ。

 蓋の液晶に表示された時間は、15時間45分。つまり、今日の23時まで慧の股間は封じられたままだ。
 もう癖になってしまっているのだろう、無意識に股間に手をやれば、布越しに金属の感触が当たる。

 …………あれ、確か寝る前には触手服を着ていたはずなのに。

「え?どういう……まさか鍵のために?でも別にそれなら今晩で良かったんじゃ」
『うむ、事情があってのう』
「わっびっくりした、起きてたのかよ。って、事情?」
『それは夜のお楽しみじゃ。ほれ、さっさと朝食にせぬか?もうお腹がぺこぺこじゃ』
「はいはい、全く皇女様は我が儘なんだから……」

 ブツブツ言いながら用意する朝食には、みかんと小松菜が添えられている。
 これが無くてもアイナがへそを曲げることは無いと分かっていても、どうしても外すことが出来ないのだ。
 たった1ヶ月でどれだけ従順になってんだか、とため息をつきつつ、慧は渋々葉っぱを手に取った。

 そうして、いつものように時折衝動に襲われては悶えながら夜を待つ。
 とは言え今日は随分気が楽だ。きっと、間違いなく解放される事が分かっているからだろう。

「あと2時間……」
『もう良いか?妾はホンを読みたいのじゃが』
「だめ、ロックが解除されるまでここにいて」
『ぬぅ……お主も大概我が儘じゃと思うぞ……』

 血走った目で、刻々と減っていく数字を眺め続ける。
 あと少し、あと少しで気持ちよくなれる、もう頭の中は解放のことだけでいっぱいだ。

「あと、5秒……3、2、1、開いたあぁっっ!!」

 ロックが外れるや否や、慧は歓喜の叫びを上げる。
 と同時にガバッと蓋を外し鍵を引っ掴んだ……のはアイナだ。

(やっと、やっとじゃ!やっとこれを外せる……!!)

 ああ、どれだけこの瞬間を待ち望んだことか!
 一体幾度、欲望に負けて鍵を召喚しようかと苦悶したことか!!

『鍵じゃ、鍵っ……やっとじゃ……!!』
「…………アイナ」
『はぁっ、じゃから言ったじゃろう?妾だって、ずっと辛かったわい!』

 アイナが操る慧の手が、ブルブルと震えている。
 これは慧のせいじゃない、アイナが興奮に打ち震え、逸る心に振り回されているせいだ。

(……本当に、ずっと一緒に味わっていたんだな)

 すげぇな、と慧はぽつりとひとりごちる。
 今の瞬間まで考えもしなかったけれど、アイナもまた慧と同じ渇望をずっと感じながらこの一月を過ごしてきたのだ。しかも、それを慧に悟らせぬようにしながら。
 すぐ顔に出るわ、グズグズになるわの自分とは何もかもが違う。

「……これが経験の差……年の功か」
『お主、このまま2ヶ月目に突入したいのか?』
「すみませんでした」

 カチリ、と鍵を回し、細長い部品を引き抜く。
 途端に慧の欲望は待ってましたとばかりにその体積を一気に増そうとして、案の定痛みを覚える羽目になった。

『ぬぅ……もうちょっと我慢をせぬか』
「無茶言うなよう……」

 ずるり、と尿道に刺さっていたチューブが抜ける。
 1ヶ月も拡げっぱなしだった尿道はまだほんのり口を開けていて、これはちゃんと元に戻るよな……?とちょっとだけ心配になる。
 それに、抜いたチューブには何やら白い汚れが付いていて、もう今すぐにでも扱いて中身を出したいとはいえ、このままやるのは何かまずい気がする。

 それはアイナも感じたのだろう『これほどのことになってでも射精管理をしたい……わかる、分かるぞその気持ち……!』と一人で盛り上がっている。
 いや、そこは盛り上がるところじゃないし、お願いだから恥垢まみれのチューブをしげしげと見つめないでくれ。

「アイナ様、じゃない、アイナ、早くリングを外してお風呂に……もう出そう」
『まぁ待て。……確かに今の慧では、リングを外す作業ですら暴発しそうじゃな……どれ』
「えっ」

 アイナは片手でリングを支えたまま、すっと右掌を上に向ける。
 ふわん、と生じる魔法陣も見慣れたものだ。

「アイナ……?」

 戸惑う慧を気にもかけず、アイナは召喚魔法を起動する。
 光が収束したその掌に乗っている小さな物を見た瞬間、慧の顔色が真っ青になった。


 まさか、このために……解放に合わせてこんな凶悪なものを召喚するためだけに、わざわざ鍵を先に召喚したというのか!?


『のう、慧。昨日妾は言うたじゃろ?お主がその素晴らしい性癖を認められるよう、手伝ってやると』
「……ぁ……」
『射精管理とは、何もただペニスを戒め、自慰を禁じるだけでは無い。限界まで煽って、嬲って、しかし射精は許さない、寸止めと言ってな……そういう楽しみ方もあるのじゃ』

 説明をしながら、アイナは召喚したものを……あの透明でキラキラした、芋虫状の前立腺チップ型魔法生物を、鈴口に近づける。
 そして暫く何やら分からない言葉で暫く呟いていたが「大丈夫じゃな」とにっこりしながら頷いた。

『尿道の中の汚れはこの子が尿と一緒に食べてくれるそうじゃ。これなら汚れを奥に押し込む心配も無い、安心せよ』
「いやそう言う問題じゃ無いだろ!って、ちょっと待って、まさか、本気でこれを今から挿れる……!?」
『ふふ……これの良さは慧もよーく知っておるじゃろ?なに、妾が許可するまでは何があっても射精は止めてくれるから、安心して啼くがよい』
「ひっ」

 やめて、と言う暇すら与えず、アイナは魔法生物の先端を尿道に突っ込む。
 ちゅるん!!と音がしそうな程の勢いで潜り込んだ芋虫は、あの時と同じようにしっかり粘液を纏っていたお陰だろうか、それとも十分に広がっていたせいだろうか、さしたる痛みも無くペニスの中へと消えていった。


(……そんな、まだ、出せない?)


 呆然としている間に、アイナは手際よくリングを外してしまう。
 確か外すときだって多少は痛みがあるはずなのに、それすら感じることが出来ないほど、慧は突如叩き落とされた絶望の中に立ち尽くしていた。


(やっと、やっと解放されると思ったのに……まだこれから、焦らされる……!!)


 嫌だ、考えるな。感じるな。
「嬉しい」だなんて、もっと焦らして欲しいだなんて……望むな……!

 じわりと滲む涙は、絶望故か、それとも歓喜故か。
 そんな慧の葛藤を微笑ましく眺めつつ、アイナはバスルームへと向かうのだった。


 …………


「んああっでるでるでるうぅっ…………いやあぁぁ出ないっ、出させて、出させてえぇぇ!!」
『ふうぅ……これは、きっついのう……!腰が勝手に跳ねてしまうっ!!んああぁ……っ!!』

 久しぶりの、しかも1ヶ月の禁欲の末に投入された触手生物は、想像を遙かに超える凶悪さだった。

 あのアイナが、快楽と焦らしに耐えきれず腰を振り、ベッドの上でのたうち回っている。
 我を忘れたかのように先端を抉り、雁首を、裏筋をちゅこちゅこと一心不乱に扱き続ける
 。
 勿論、慧には何も出来ない。そもそもこの時間の慧に、身体を動かす権利は存在しない。
 慧に赦されているのは、ただアイナが与える快楽に悶え、けれども射精に至れないもどかしさに泣き叫び、ただ放逸の時をアイナに阿って願うことだけだ。

 けれどどんなにアイナが容赦なく刺激を与えても、射精に至ることは無い。
 一体どう言う仕組みなのかはさっぱり分からないが、きゅっと双球が上がってそろそろ、と期待させたところから、どうしても解放に至れないのだ。
 ちなみに、先端からは我慢汁すら出てこない。これは間違いなく中で美味しく頂かれている。

「もうやだっ、お願いしますっ出させてぇぇ!アイナ様っ、チンコっ射精させてくださいっ!!」
『はぁっはぁっくぅぅっ……出ないっ……んあぁぁっ!?そっちもやるわのうああぁぁっ!!』
「あひぃぃっやめてぇ!!だめ、だめっ前立腺、中からゴリゴリしないでえぇ!!」

 どうやら今日の魔法生物は随分食いしん坊らしい。
 アイナが扱く竿の刺激だけでは足りぬと判断したのだろう、もっと体液を寄越せと言わんばかりに、尿道の奥、前立腺のある辺りで様々な形に変形しては中から押し、押した状態で擦り、回転し、目の前に火花が散るほどの強烈な快楽を頭に叩き付けてくる。

『っいぐっ、いぐっうぅっ!!……もっと、くぅっ射精しないと全然満足出来ぬ……もっとじゃ、もっとぉ……!!』
「あがっ…………ぎもぢぃぃけど出せない……出させて……おねがいじまず、だざぜでぇ……」

 ガクガクと身体を痙攣させ、アイナが絶頂を繰り返している。
 けれども竿からは一滴たりとも白濁は流れてこない。
 そもそも、射精に至った感覚は全くない。ただただ、苦痛と紙一重の快楽を流し込まれるだけだ。

(……なんで、アイナは逝ってるのに……俺も、俺も出したい、気持ちよくなって、スッキリしたいっ!!)

 お願いします、出させてください。
 もう一体何十回、いや何百回懇願を繰り返しただろう。
 けれども慧の望みは聞き入れられること無く――正確にはアイナが完全に快楽でぶっ飛んでしまっていたせいなのだが――喉はとうの昔に枯れて、もはやまともな声も出ない。

 それでも、叫ばずにはいられない。叫んでいないと、頭が狂ってしまいそうだ。
 ずびっと鼻を鳴らし、涙をはらはらと流し続けて、慧はただただアイナに希い続ける。



 あいなさま なんでもするから ださせて



『…………何でもすると、言うたか』
「!!」

 その時、待ちに待ったアイナの声が、頭の中で響いた。

「アイナ様……っ!!」
『じゃから様というのは……まぁよい。ふむ、何でもすると言う言葉に偽りは無いか?』
「っ!!無いっ、無いからっ!お願いします射精させてぇぇ!!」
『うむ、よう言うた、ならば』

 ここぞとばかりに涙声で嘆願する慧に、にこりとアイナが笑みを浮かべる。
 だが慧の脳裏に浮かぶ笑顔は、いつものアイナの優しい笑顔では無い。

(…………違う)

 そう、それはまるで罠にかかった獲物を見つめるような、獰猛な笑み。

(……これは、いつもと違う……)


『慧よ』
「……っ!!」

 瞬間、慧はアイナの意図を察する。
 そう言えば彼女は解放の前に、何と言っていた……?


(待って、やめて、こんな方法で)


 思い至った結論に、ヒュッと喉が鳴る。
 恐怖に身体がカタカタと震え……震えているのに、何で、今俺はこんなにも期待している?

『ならばちゃんと口に出して、宣言するのじゃ』


(いやだ、いやだ、でも射精したい、射精、したいっ……!!)


『姫里慧は、女の子にちんちんを管理されて喜ぶ、変態です、とな』


(ああ、やっぱり……!!)


 案の定、アイナが求めてきたものは、己の性癖を受け入れることだった。
 それだけは、と抗う心は、しかしここに来て更に焦らされ高められた渇望の前では、もはや風前の灯火である。

「……ゃ…………」とようやく何とか拒絶の意思を伝えた慧に、しかしアイナは更に命令を畳みかける。

『ああそうじゃ、何でもすると言ったならこの際じゃ。男の娘になりたいです、男の娘にしてくださいとおねだりもして貰おうかのう』
「っそん、な……そんなこと、俺、思ってない…………!」
『出来ぬなら、このままじゃ。なぁに、妾も辛いがお主のためならいくらでも待てるぞ?伊達に120年も生きてはおらぬ、この程度の焦らしなら2-3週間続こうが屁でも無いわ』
「ヒィッ…………!!」

 アイナから発せられる初めての「命令」が、慧に牙を剥く。
 言わなければこのまま。アイナのことだ、その言葉に偽りは無い。
 つまり慧が観念しなければいつまでも……それこそ年越しすらこの状態で迎える羽目になりかねない。

(でも、朝まで耐えれば……うああぁっ、ひぃっダメだ、こいつがいるからどれだけ扱いたって出せない……!)

 陽が昇れば何とかなる、そんな甘い考えが頭をよぎる。
 けれど前立腺の側に棲み着いた魔法生物がぐりっと良いところを押し込む刺激に、何ともならないじゃ無いかと現実を突きつけられる。

 まさに、万事休す。どこにも逃げ場は無い、絶体絶命という奴だ。


(……そんな、俺が壊れてしまう…………!!)


 けれども…………ああ、壊れてしまうと言いながら。
 今、俺は前立腺の芋虫君が中で押さえてなければ、間違いなく歓喜と共に白濁を噴き出していた。

 ぐいっとアイナが汗を拭い、冷蔵庫から水を取りだして一気に喉に流し込む。
 その様子は、本当に同じものを感じていることが信じられないくらい余裕を感じさせる。

 そうして『生き返ったわい……』と口を拭いつつ、ぎしりと音を立ててベッドの上に戻れば、また……地獄の時間が、やってくる。

『さて、では根比べといくかのう、慧よ』

 ――嬉しそうに笑い、再び右手を竿に沿える皇女様が、初めて悪魔に見えた。


 …………


「たすけて……ごめんなさい……もう、ゆるして……」
『ほんっとうに、お主はっ、強情じゃのうっっ!!』
「いやぁぁぁっ!もうやだっおねがいしますごめんなさい!!」

 一体何に赦しを乞うているのかすら、もう、分からない。

 あれから何時間経ったのだろう。
 扱きすぎた竿は痛みすら訴えているのに、アイナの手は止まらない。否、アイナを持ってしても煮詰められた射精欲は如何ともし難いのだろう。。
 腹の奥では相変わらずでこぼこした凶悪な形状に変形した魔法生物が、これでもかと言わんばかりに前立腺を虐め倒している。

 それでも決して認めようとしない慧にアイナが業を煮やしたのは、確か4時頃だったような気がする。

「んおぉぉっ!!出したいっ!!…………あっあっあっでるでるっ、いやだぁぁ出させてぇ!!」
『慧よ、認めてしまえばすぐにでも出させてやれるのじゃが、なっ』
「ひぐっ……やだぁ……おれ、へんたいじゃ、ない……っ!」

 これは思った以上に頑固じゃったなと、アイナは大きなため息をつく。

 1時間もすれば音を上げると思っていたのに、存外慧は粘っている。
 それだけ彼にとって、この性癖は受け入れがたいものなのだろう。

(ただでさえ女の子代わりにお尻を狙われるのに……この上変態とか、ありえない……!)

 認めてしまえば、男としての何かを失ってしまう。
 だから、負け戦と分かっていても退けない、退きたくない。
 そんな気持ちが痛いほどアイナに伝わってくる。

 自分を形作る基盤が壊れる恐怖は、分からなくも無い。
 けれども、アイナだって退けないのだ。
 ……一度ぶち壊してでも認めさせなければ、この先彼はきっと矛盾に苦しめられるから。
 そして……その時自分はきっと、彼の側にいない。

 仕方が無いのう、とアイナは嘆息しつつ独りごちた。
 本当はこの手段は使いたくなかったのだ。アイナだって、いたずらに慧を危険に晒したい訳では無いから。
 出来れば安全に……慧の精神に危険が及ばない範囲で折れて欲しかったと、ちょっとだけ悲しさを抱えつつ、しかしアイナは非情に新たな指示を魔法生物に出すのだ。

「…………うぇっ!?あっ!ひぃっ、でてるっ!!?」

 アイナが何かを語り終えた次の瞬間。
 一体どこにそんな力が残っていたのかと思うほど大きな叫び声が上がった。

「うああぁぁぁっっ!!出てる、しゃせー、してるうぅぅっ!!!…………え、何で!?出てない、出てないのにずっと出てる、何でえぇぇっ!!?」

 突如、ドロドロした精液が尿道の中を駆け上がる感覚に襲われる。
 射精の瞬間の、一番気持ちの良い瞬間が延々と続いて……なのに、その先端からは滴一つ溢れていないのだ。

(何これ!?射精してる、気持ちいいのに全然…………全然出てない!!熱が、収まらないいぃぃ!!)

 目を白黒させながら射精のような快楽に絶叫する慧に、アイナはそっと『ほら、お主が欲しかった射精の快楽じゃ』と耳打ちする。
 そうして慧にとっては待望の、しかし残酷な刺激の種明かしをするのだ。

『前に話したじゃろう?このチップ状の魔法生物は、どんな形にもなれるし、雷の……お主達が電気と呼ぶ刺激を与えることも可能だと』
「うああぁっ、出てる、止まらないぃ!!」
『今、お主の尿道は魔法生物で埋め尽くされておる。そこに雷で刺激を与えているのじゃ。あたかもドロドロした液体が永遠に猛スピードで流れ続けているかのような刺激を、な』

 どこか苦しそうな声で、アイナは説明を続ける。
 無理も無い、彼女が共有している身体はとっくに限界を迎えているのだ。そこに本来あり得ない刺激で快楽を生み出されれば、アイナとて腰砕けになってしまう。

『ま、偽の射精感覚じゃ。ずーっと射精しているようで……気持ちがいいじゃろ?じゃが、どこもスッキリしない。当然じゃ、お主のここには』
「んあぁっ!」
『たんと子種が詰まったままじゃからのう』
「そっ……そんなっ……いやぁぁ出てるのにぃ、気持ちいいのに、気持ちよくないっ……!」

 擬似的な射精の感覚を与えたところで、脳内物質は変化しない。
 当たり前である、体内の状況は何も変わっていないのだから、身体はひたすらに射精しろと強烈なシグナルを送り続けるだけだ。

 だから、気持ちいいはずなのに、気持ちよくない。
 欲しかった満足感は、絶対に与えられない。
 そう、自分が欲しかったのは絶頂の快楽だけでは無い、満足感もなのだと暗に教えられる。

 二つが揃わなければ、本当の解放は、許されない。

『……ちなみにこんなことも、んうぅっ、出来るのじゃ』
「ひっ!?やめてっ、戻さないで!!もうだめこれ以上詰め込まないでえぇっ!!

 アイナが何かを唱えれば、途端に刺激が変化する。
 今までずっと尿道から何かが放たれていたのに、今度は先端から延々と何かを注ぎ込まれる感覚が慧を襲う。

 これはただの感覚だ。そう分かっているのに、あたかも更なる渇望を送り込まれるように感じて、あまりの辛さに全力で暴れたい衝動に駆られる。
 なのに未だこの身体は、慧の言うことを1ミリたりとも聞いてくれない。

『頭という奴は賢いのかお馬鹿なのか、分からぬものでな』
「んあっあっあっ……出てる、出てるのに中も押さないで、いやあぁぁ許して、チンコ扱かないでぇぇ!!」
『こうやって偽の射精感覚を覚え込ませるとじゃな、射精の快楽ではこの身体は満足できないと、覚えてしまうのじゃよ』
「ひぃっ!?それ、どういうっやだぁ戻すなあぁ!!」
『つまりじゃ。どれだけ射精しても生涯満足できなくなるということじゃな。永遠に射精欲が消えなくなってしまう……オナニー依存とでも言えば良いのかのう、まさにサルのように扱き続けるしか無くなるかもしれぬ』
「!!」

 これから迎えるかも知れない解放も、普段の射精の快楽も……そこから満足感だけを抜き取られてもなお「快楽」とお主は呼べるかのう?

 そう微笑みながら、アイナはまた何かを呟く。
 途端に偽物の流れが切り替わり、また高い声が部屋に響き渡る。

『まぁ、全てはお主次第じゃ。……壊れたくなければ、早めに受け入れるがよいぞ』
「そんな……ひどい…………っ!」

 辛苦と、悲嘆と、憤怒と。
 そして言葉にならない数多の感情が慧の頭を満たす。
 ぐちゃぐちゃに混ざり合って、狂ってしまいそうなのに、こんな状況でも射精欲だけははっきりと感じ取れてしまって。

 ひどい、ひどいと泣きながら喘ぐ慧を、アイナは静かに眺めていた。
 ……いや、その内心は正直なところ平穏では無い。
 それこそ壁に頭を打ち付けたいほどの狂おしい衝動を、必死で押さえているだけだ。

(…………気付いておらぬのか)

 そんな中でも、アイナは慧を観察し続ける。
 そうしてその表情に感嘆を覚えるのだ。

 ああ、やはりこの子の素質は素晴らしい。
 自分の精神が壊されそうになってすら、その苦痛すらも快楽と捉えてしまえるのかと。

『全く……お主は大したものじゃ』

 そう呟くアイナに「なにがだよぉっ!!」と途切れ途切れの涙声で慧が問いかける。
 気付いておらぬなら気付かせてやろうぞ、とアイナが机から取りだしたのは……手鏡だ。
 こんなものを持っていた記憶は無いから、きっとアイナがこっそり買っていたと見た。

『ほれ。見てみよ』
「え」
『これほど追い詰められてすらお主は、ずっと気持ちよさそうに……幸せそうに笑っておるではないか』
「…………!?」

(笑って、いる…………?)

 その一言が、そして差し出された鏡に映る己の顔が、心の中の最後まで残った壁を突き崩す。
 だって、鏡の中の慧は涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになりながら、目をどろりと欲情に潤ませ、ずっとヘラヘラと笑っていたのだから。

 その瞬間、慧ははっきりと悟る。



(もう、だめだ)



 こんなことをされて、到底人間の身体じゃあり得ない快楽を流し込まれて、それでも射精を禁じられて苦しいのに、笑っていられるだなんて。


 アイナ様の言うとおり、俺は、変態なんだ……


 そう思った途端、口からするりと言葉が紡ぎ出された。

「…………です……」
『ん?』
「ひっ……姫里慧はっ…………チンコを管理されて喜ぶ、変態ですっ…………!」
『うむ、声が小さいのう?』
「っ、俺はっ、女の子にチンコを管理されて、いっぱい辛いのに、気持ちよくなってしまう変態ですうぅっ!!」
『ふむ、もう一度』

 一度越えてしまったラインは、もう二度と戻れない。
 一度飛び込んでしまった沼は、底に着くまで堕ち続けるだけだ。

 アイナは何度も、何度も慧に宣言を繰り返させる。
 まるで二度と戻ることのないように、逃げることのないように……その魂の奥の奥まで、刻み込ませるために。
 今の慧にそれを拒む力は残っておらず、ただ促されるままに掠れた声で叫び続ける。

 ……それに、不思議なのだ。
 あれほど何が何でも認めたくなかったのに、口になどしたくなかったはずなのに、繰り返す度に水が染みこむように、自分は変態なのだと心が素直になって……幸せが溢れ出てくる。

(なんで……あんなに、頑なに拒否していたんだろう)


 …………ああ、度しがたい性癖だって、認めてしまえばこんなにも気持ちがいい。


『もう一度』
「はひぃ……はぁっ、俺はぁっ、アイナ様にチンコの権利を握られてっ、射精を取り上げられて、シコシコされても寸止めばっかりで辛いのに、全部、全部気持ちいぃ……俺、変態だから、管理されるの気持ちいいですぅ……!」
『……うむ、すっかり慣れてきたようじゃの』

 良い子じゃ、と呟く声色が本当に嬉しそうだから、釣られて慧まで嬉しくなってしまう。
 だから『のう、慧よ、今なら言えるじゃろ?』と唆された心にも無いおねだりだって、呆けた頭で涎を垂らしながら、口に出来てしまうのだ。

「アイナ様ぁ……俺を、男の娘にしてくだしゃい……」
『うむ、慧は男の娘になりたいんじゃな?』
「はいぃ、俺は男の娘になりたいですぅ……だから、お願いしますアイナ様、俺男の娘になります、だからしゃせい、させてぇ……」
『良い子じゃ』

 そうじゃな、約束は守らなければならぬ。

 その言葉に(やった……!!)と慧は歓喜よりも安堵感を覚えていた。
 ようやくこの地獄のような苦しみから解き放たれるのだ。
 いくら慧が管理されるのが好きだと言っても、解放に勝る悦びは無いに決まっている。

 それに……こんなに我慢した後の射精は、一体どれだけ気持ちが良いのだろう。

 射精させて貰える、その言葉だけで頭がふわふわしている。
 だから慧は、気付けなかった。

 アイナの笑みに、その言葉に込められた裏の意味を。


 …………


「はっ、早くぅ……お願いしますっアイナ様!俺のチンコシコシコして、いっぱい出させてぇ……!!」
『そう焦るでない。にしてもちと虐め過ぎたのう……ちんちんが痛いじゃろう』
「いいっ!もう、痛くてもいいからっ、射精できたらそれでいいですぅっ!」

 潤んだ瞳で見上げながら必死におねだりする姿は、何とも愛らしいものがある。
 アイナは『ちょっと滑りを良くするぞ』といつの間にか冷蔵庫で冷やしてあったローションを真っ赤に腫れた亀頭に垂らしながら、窓の外を見る。

(夜明けが、近いのう)

 ほんのりと空の色が薄くなり始めている。
 慧に言わせればまだ真っ暗なのだそうだが、暗い藍色の空を見慣れたアイナにとっては、やはり空が明るくなると言うのはどうにも落ち着かないものらしい。

 この身体の支配権が変わる前に、終わらさねば。
 そう独りごちながら、アイナはそっと屹立を手で包み込む。
 そうして魔法生物に指示を与え、ふぅ、と一つため息をついた。

(……せめて一緒に味わってやるでの。これもお主を立派な男の娘にするためじゃ、許しておくれ)

 解放の時を今か今かと待つ、アイナを疑いもしないこの素直で愛らしくて、なんともチョロい青年に……絶望混じりの解放を。
 ちゅこちゅこと緩慢に、時折カリ下をくすぐりながら動き出した手に、慧の口からは期待の籠もった喘ぎ声が漏れる。

「あひっ、きもちいいっ、もう、すぐ出るっ、お願いします出させて!」
『大丈夫じゃ、既に精液は出る状態にしてある。……ほれ、存分に』
「あ、あ、あっ」
『啼くがよい……!』
「うああぁっ、出る、出るうぅぅっ!!」

 ぐっと、全身に力が入る。
 身体の奥の方から、ドロドロとした液体が放たれる。

「あひっ、いぐうぅぅ……っ!!」

 ようやく、待ち望んだ解放の瞬間が訪れる。
 慧は歓喜と共にめくるめく快感を受け止めようと期待して……しかし、思いがけない光景に目を見張った。

「え……あれ、出てる、出てるぅ……!?」

 どろり、と明らかにいつもより粘度の高い白濁が、ようやく吐き出される。
 否、それはむしろ「垂れ流される」と言った表現の方が正しいだろうか。

 本来なら勢いよく何度も射出されるはずの欲望は、だらだらとただ尿道を伝って床に染みを作るだけだ。
 腰はさっきからガクガクと震えて、思い切り粘液を噴きだしている筈なのに、まるで涙を零すかのようにたらりと床まで白い直線を描くだけ。

「……なんで…………なんで、うそ、気持ちよくない……!?」

 それに、気持ちよくないのだ。
 正確には、何も感じないのだ。
 確かに身体の奥の方で、何かが動いたような感覚はあった。けれど、それだけ。
 尿道を通る快楽が、いや、そもそも感覚自体が無くなってしまったかのような放逸が続いている。

 やがて、床に白い水たまりを作ってその開放の時間は終わりを告げる。
 そうして残ったのは……期待した絶頂が得られなかった絶望感と、これほど大量の白濁を出したにも関わらず全く収まらない渇望。
 ほんの少しの虚脱感に、白い水たまりに感じる、まるで自分が男としての何かを失ったような惨めさだけ。

 声も無く愕然とする慧の頭に『……これは、きついのう…………』とアイナの声が響く。
『あまり多用しては気の毒なやつじゃったな……向こうに帰ったら男の娘達に謝らねば』とも。

「…………アイナ、様?」
『ん?……そうじゃな、説明がいるのう。これはの、快楽無く射精を終わらせるやり方なのじゃ』
「え…………」

 快楽の無い、射精。
 その言葉の意味が理解できない。いや、理解したくない。

 混乱する慧に、アイナは丁寧に説明を始める。
 射精の瞬間、前立腺の中に潜んでいた魔法生物が射精に関わる筋肉を緩めて勢いよく射精が出来ないように操作していること。
 そして、魔法生物の形態自体も変化していることを。

『初めてこの魔法生物を使ったときのことを、覚えておるかのう?』
「ええと……ああ、確かアイナ様が尿道に棒を突っ込んだまま寝落ちしたやつ」
『そうじゃ、あれは本当に痛かった、二度とごめんじゃ。それで、あの時どうやってこやつを使った?』
「どうやって、って……チンコの先から挿れて、前立腺の辺りまで入り込んで、そこから尿道を覆っておしっこが染みない……よう、に…………」
『…………気付いたようじゃの』

 この前立腺用の魔法生物は、質量保存の法則なるものに縛られず、多様な形態を取ることが出来る。
 それこそ尿道の内側全体を覆い、いかなる刺激からも傷ついた尿道を守れることは既に経験済みだ。
 だが、あの時アイナは言っていた。これは副効用、本来の使い方ではないと。

 排尿する激痛すら完璧に遮断してしまえる魔法生物の織りなす被膜が、射精の繊細な刺激だけを通してくれるはずは、無い。

(そんな……それじゃ、俺はどうやっても……射精する気持ちよさを、味わえない……!)

 うそだ、そんなの、と力なく呟く慧に『妾は嘘などつかぬ』とアイナは外を見やる。
『……時間じゃ、慧。お主の手で納得できるまで確かめてみるが良い。……いくら出してもスッキリ出来ない辛さを、な』
「っ……!!」

 視線の先、窓の外は白んでいて、交代の時間を二人に告げるのだった。


 …………


「っ、出るっ……出てる、出てるのに……!!」

 はぁはぁと言う荒い息と、くちゅくちゅという粘ついた音。
 そして慧の悲嘆に暮れた叫び声だけが、暖房の効いた部屋に響いている。

 流石にやりたい盛りの男が1ヶ月溜め込めば、普通だって2-3回じゃ終われない。
 まして、どれだけ『射精』しようとも絶頂感覚を得られないとなればなおさらだ。

 結果として、慧は何も出なくなってしまってさえ諦めきれずに、狂ったように力を失いかけた欲望を扱き続けていた。

『……慧よ、その位にしておけ。あまりやっては身体に触る』
「いやだ……いやだっ……だって、あんなに我慢したのに!!頑張ったのに!なんで、気持ちよくなっちゃダメなんだよおぉっ!!」

 射精して良いって言ったじゃ無いか!と食ってかかっても『妾は普通に射精の絶頂を味わって良いとは一言も言ってないぞ』とさらりと躱され、悔しさに新たな涙が滲んでくる。
 そんな慧をアイナは『本当に……お主はなんとも素直でちょろすぎる子じゃ……愛いのう……』と愛おしそうに笑うのだ。

「ううぅ……バカにするなぁ……」
『馬鹿になどしておらぬ。ただ、お主がなんとも……うむ、可愛くて、妾の男の娘となるにふさわしいと惚気ているだけじゃ』
「嬉しくない……っ……」
『本当かのう?』
「…………っ」


(だから、悔しいんだ)


 またひとつ、涙がぽたりとこぼれ落ちる。
『男の娘になりたいのじゃろう?ならば、お主のここは女子のクリトリスと同じじゃ、子種を噴いて気持ちよくなる必要は無いからのう』と宣告されて、これから先アイナは完全に自分のペニスを管理してしまうつもりなのだと理解する。

 ああ、深い深い沼の底に、沈められていく。
 自分というものが、自分だと思っていたものが、音を立てて崩れていく音が聞こえる。



 もう、元には戻れない。



 だって

『まぁ、お主が心身共に立派な男の娘になったら、その時はたまには射精も赦してやろう。もちろん、ちゃんと精液を気持ちよーく噴き出せるやつをじゃ』


 完全にメス堕ちするまで、あの快楽を取り上げられるのに


『……その時にお主が、射精の快楽を望むかどうかは置いといてな』


 雄の快楽を望まなくなるまで変えてしまうと、宣告されているのに


「ひぐっ…………ありがとうございます、アイナ様ぁ……」
『様はやめい、敬語もいらぬ。……じゃが、良い顔じゃ』


 今、慧は明らかに惨めな自分に、管理され堕とされる絶望に、確かな快楽と幸福を感じて笑っているから。


『愛しい子よ、今夜は妾の姿でたんと抱き締めてやろう。ああ、それとも薬がよいか?このままでは辛かろう、あれなら少々激烈だがすぐに治る……それとも触手服を堪能するのがよいかのう、触手たちが痛んだ身体も優しく労ってくれるはずじゃ』
「……アイナが、いいのが、いい……」

 俺を振り回して、管理して、堕として、けれども決して嘲ることはない。
 ただただ愛おしいと笑う君の笑顔が俺の幸せで、快楽だから。

『ううむ、折角じゃしお主がたんと喜ぶものがよいのう……』と思案するアイナに、ああ、次はどんなことで気持ちよくしてくれるのだろうと、期待に胸が高鳴る。
 変態だっていいじゃないか、辛いのが気持ちよくたっていいじゃないか、だってアイナが喜んでくれるのだから……

 素直になった心はあれほど忌避していた性癖をあっさりと受け入れていた。

 ――そう。
 この日慧は、心の奥底に知らず抱えた願望を叶えるための一歩をようやく踏み出したのだ。
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