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後編
未練は沢山あるでしょう?
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ローデリヒ様と同じ、月の光を集めたような色の髪。
背中しか見えないけれど、その容姿はローデリヒ様に非常に良く似た、でも少しだけ幼いのを私は知っている。
「アー、ベル……?」
私を庇うように男との間に入って、男の動きを止めていた。カレルヴォの表情が忌々しげに歪められる。それでも、2人に動きはない。一触即発の空気が漂っていた。
ポタ、と地面に雫が落ちる音がやけに大きく響く。
つられて下を向くと――、
鮮やかな赤色がポタポタと石の床に弾けて広がりかけていた。
「アーベルッ?!」
血相を変えて叫んだ私をきっかけに、カレルヴォが離れる形で2人は距離をとる。
「ッ」
小さく呻き声を上げたのは、アーベルではなかった。よくよく見ると、カレルヴォの手から銀の刃が生えている。
いや、生えているように見えるけど、手のひらを貫通しているのだ。黒い手袋をしているから怪我の状態が分からないけれど、指先から少なくない量の血が流れている。
アーベルが、人を刺し……?!?!
あまりの衝撃に開いた口が塞がらない私はよそに、2人は緊張を解かずにゆっくりと話し始める。
「――我がキルシュライト王国の王太子妃と王子にわざわざ手を出しているのです。それ相応の覚悟がおありで?」
「……死が怖くて、復讐出来るか」
「そうですか……」
大して抑揚もなく言い切ったアーベルは、短剣を構える。さっきまで持っていなかったのに、どこから出したそれ……。分からなかったよ……。
またカレルヴォの体がドロリと溶けた。熱された金属が溶けるように、人間が溶けていくのは少し不気味。
アーベルは小声で唱えた。
「《光雷撃》」
小さな稲妻がアーベルの胸元からカレルヴォに向かって飛んでいく。カレルヴォに直撃したかのように見えたけれど、泥を通り抜けるように手応えなくすり抜けて壁にぶつかった。
アーベルは眉をひそめて呟く。
「相性が、悪い……?」
確かに相性が悪そうだった。なんというか、攻撃自体が通じてない気がする。
――ガキの方は厄介だな、というカレルヴォの声が部屋のどこからか響いてきて。
「ちょちょ、ちょっと待って?!なんか人が生えて来てるんですけど?!」
狭い牢屋の床から人の頭が現れる。水から浮かび上がってくるように出現していく人達に、流石のアーベルも若干引いた表情になった。
そうだった。カレルヴォは影から影へ移動出来るんだった。たぶん私達も同じように移動してきたのだろう。
……いや、待って。
「人沢山こっちに運んでこれるって事?!」
それって、アーベルが不利になってしまわない?!
「……消耗戦、ですか」
引き攣った表情で、私を庇うようにアーベルは短剣を構える。全身が出てくるまで少しだけ時間を必要としているようで、その隙にアーベルがその人達の意識を刈り取っていく。でも、影があちらこちらにあるものだから、アーベルの庇いきれない方向からも人が生えてくる。
「《魔光球》!」
牢屋内が強い光で照らされる。それでも、駄目だった。
「アーベルっ!私達の影から……っ!」
光に照らされた私達の影から更に人間が出てくる。完全にいたちごっこだった。
――光がある所には、必ず影が出来る。
カレルヴォの思考は伝わってきている。この場には絶対にいるみたい。
「キリがない!」
苛立たしげなアーベルが、現れた人間ごと檻を魔法で吹き飛ばした。牢屋内に派手な音が響き渡る。倒れた人間の影から、また新しい人間が現れて。
アーベルの言う通り、消耗戦だった。
術者をどうにか出来ないか、とアーベルが考えているのが伝わってくる。私を走らせるという思考は無いようだった。私があまり激しく動けないから。
だから、無限に近いくらいに現れる敵の中で、私は集中するように瞳を閉じた。沢山の敵の中で、敵の目の前で、危険が迫っているのに目を閉じるのは怖い。
怖いけれど、きっと私にしか出来ない。
それにアーベルの足でまといにはなりたくなかったから。
――このガキ、普通に強いぞ?!
――新調した剣の切れ味が楽しみだ。
――うわあ、カビ臭……。
――影魔法って派手じゃねぇけど、使い勝手良さそう。
――相手は女とガキなのに何モタモタしてんだ?
沢山の思考がノイズのように入り乱れる中、私は慎重にその人の声を手探りで探していく。
――なんだここ?廃墟かよ?
違う。
――女と赤ん坊って聞いてたが、男もいるのか。
これも違う。
――うわあ…、めっちゃやられてね?
これも、違う。
一つ一つの声を聞き分けていく。額に脂汗が浮かぶ。頭がパンクしそうだった。
そもそもカレルヴォが何も思っていないと、私に伝わっては来ない。
だから、なにも考えていないんじゃない?という考えに辿り着きそうになった時、聞こえてきた。
――結構、粘るなあのガキ。
僅かに苛立ちを含んだカレルヴォの声。ほぼ反射的に私は声を上げた。
「アーベル!!あそこ!!」
天井の隅を指さす。アーベルは私の言った通りの場所に短剣を投げつけた。その刃は真っ直ぐ狙った場所に飛んで行き、天井に突き刺さる。光の矢と一緒に。
「…………ん?光の矢……?」
ボトリ、と天井の影から人が落ちてくる。アーベルの放った短剣はそのまま天井に刺さっていたが、光の矢は正確に標的を射抜いたようだった。姿を見せたカレルヴォの右胸を貫通している。
「アリサッ!!アーベルッ!!」
「ローデリヒ様?!」
ローデリヒ様の声が牢屋内に響く。明かりに照らされて、弓を持ったままのローデリヒ様が、私達の方へと駆け寄ってきていた。廊下が長いのか少し距離は離れている。ローデリヒ様は険しい顔のまま、私達の方に向かって弓の弦に手をかけた。
走りながら。
「え、ちょ……」
光の矢が瞬時に生成される。
私は顔を青くした。モロ照準こちらなんですが……?!私の焦りなど知らないローデリヒ様は、思いっきり引き絞った弦から手を離した。
空を切る音が近くでする。それと同時に私達の周りで幾つかの呻き声と共に、人が倒れた。
「え……」
唖然としながら周囲を見渡すと、倒れた人達の体には何本もの光の矢が刺さっている。
1回しか弓の弦を引いていないのにこんなに本数が、とか。走りながら弓引いてたのに、ちゃんと私とアーベル避けてるの神業過ぎる、とか。
「……父様。どうして影を射抜けたのですか?」
「絶対貫通を付与しただけだ」
アーベルと近寄ってきたローデリヒ様の話が全く分からない、2人してチート過ぎるとかあるけれど。
「それより2人とも怪我は――アリサ?」
「母様?」
ローデリヒ様のシャツと、アーベルの真っ黒なローブをギュッと握り締める。最初は不思議そうな声をあげた2人が、頭上でギョッとしたのを感じた。
恨まれて当然の事をした。
殺されても仕方のない事をした。
だから、自分の罪を背負っていくという覚悟は、持っていたつもりだった。
目が一気に熱くなる。鼻がツンと、痛んだ。
「こ、こわ、かった……。怖かった、です……」
ボロボロと涙が溢れてきて、目の前がボヤける。ローデリヒ様が慌てて私を抱き寄せた。
アーベルが目の前で殺されるんじゃないかって。
ローデリヒ様にも、アーベルにも、お腹の子供にも、もう二度と会えないんじゃないかって。
とても恐ろしかった。
「ああ……。怖がらせてすまない……」
ローデリヒ様がオロオロしながら私を抱き締めて、髪を梳く。ローデリヒ様のシャツを掴んでいた手を、ゆっくりと彼の背中に回した。
落ち着かせるように、トントンとゆっくりとしたリズムで背中を叩いてくるローデリヒ様の温度を感じて、
私はゆっくりと肩から力を抜いた。
「母様、もう大丈夫ですよ」
私を安心させるように、アーベルは少し屈んでニコリと微笑む。私達の周りでは、騎士達が敵を縛り上げていた。カレルヴォも魔法を使えなくさせられて、連行されていく。
終わりかけの雰囲気に包まれている中、ローデリヒ様は相変わらずのマイペースだった。
「それはそうとアーベル。お前は後でお説教だ」
私は掴んだままのアーベルのローブを、更に握り締める。逃げないように。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、私はローデリヒ様の言葉に同意した。
「ええ。そうね」
「えっ?」
背中しか見えないけれど、その容姿はローデリヒ様に非常に良く似た、でも少しだけ幼いのを私は知っている。
「アー、ベル……?」
私を庇うように男との間に入って、男の動きを止めていた。カレルヴォの表情が忌々しげに歪められる。それでも、2人に動きはない。一触即発の空気が漂っていた。
ポタ、と地面に雫が落ちる音がやけに大きく響く。
つられて下を向くと――、
鮮やかな赤色がポタポタと石の床に弾けて広がりかけていた。
「アーベルッ?!」
血相を変えて叫んだ私をきっかけに、カレルヴォが離れる形で2人は距離をとる。
「ッ」
小さく呻き声を上げたのは、アーベルではなかった。よくよく見ると、カレルヴォの手から銀の刃が生えている。
いや、生えているように見えるけど、手のひらを貫通しているのだ。黒い手袋をしているから怪我の状態が分からないけれど、指先から少なくない量の血が流れている。
アーベルが、人を刺し……?!?!
あまりの衝撃に開いた口が塞がらない私はよそに、2人は緊張を解かずにゆっくりと話し始める。
「――我がキルシュライト王国の王太子妃と王子にわざわざ手を出しているのです。それ相応の覚悟がおありで?」
「……死が怖くて、復讐出来るか」
「そうですか……」
大して抑揚もなく言い切ったアーベルは、短剣を構える。さっきまで持っていなかったのに、どこから出したそれ……。分からなかったよ……。
またカレルヴォの体がドロリと溶けた。熱された金属が溶けるように、人間が溶けていくのは少し不気味。
アーベルは小声で唱えた。
「《光雷撃》」
小さな稲妻がアーベルの胸元からカレルヴォに向かって飛んでいく。カレルヴォに直撃したかのように見えたけれど、泥を通り抜けるように手応えなくすり抜けて壁にぶつかった。
アーベルは眉をひそめて呟く。
「相性が、悪い……?」
確かに相性が悪そうだった。なんというか、攻撃自体が通じてない気がする。
――ガキの方は厄介だな、というカレルヴォの声が部屋のどこからか響いてきて。
「ちょちょ、ちょっと待って?!なんか人が生えて来てるんですけど?!」
狭い牢屋の床から人の頭が現れる。水から浮かび上がってくるように出現していく人達に、流石のアーベルも若干引いた表情になった。
そうだった。カレルヴォは影から影へ移動出来るんだった。たぶん私達も同じように移動してきたのだろう。
……いや、待って。
「人沢山こっちに運んでこれるって事?!」
それって、アーベルが不利になってしまわない?!
「……消耗戦、ですか」
引き攣った表情で、私を庇うようにアーベルは短剣を構える。全身が出てくるまで少しだけ時間を必要としているようで、その隙にアーベルがその人達の意識を刈り取っていく。でも、影があちらこちらにあるものだから、アーベルの庇いきれない方向からも人が生えてくる。
「《魔光球》!」
牢屋内が強い光で照らされる。それでも、駄目だった。
「アーベルっ!私達の影から……っ!」
光に照らされた私達の影から更に人間が出てくる。完全にいたちごっこだった。
――光がある所には、必ず影が出来る。
カレルヴォの思考は伝わってきている。この場には絶対にいるみたい。
「キリがない!」
苛立たしげなアーベルが、現れた人間ごと檻を魔法で吹き飛ばした。牢屋内に派手な音が響き渡る。倒れた人間の影から、また新しい人間が現れて。
アーベルの言う通り、消耗戦だった。
術者をどうにか出来ないか、とアーベルが考えているのが伝わってくる。私を走らせるという思考は無いようだった。私があまり激しく動けないから。
だから、無限に近いくらいに現れる敵の中で、私は集中するように瞳を閉じた。沢山の敵の中で、敵の目の前で、危険が迫っているのに目を閉じるのは怖い。
怖いけれど、きっと私にしか出来ない。
それにアーベルの足でまといにはなりたくなかったから。
――このガキ、普通に強いぞ?!
――新調した剣の切れ味が楽しみだ。
――うわあ、カビ臭……。
――影魔法って派手じゃねぇけど、使い勝手良さそう。
――相手は女とガキなのに何モタモタしてんだ?
沢山の思考がノイズのように入り乱れる中、私は慎重にその人の声を手探りで探していく。
――なんだここ?廃墟かよ?
違う。
――女と赤ん坊って聞いてたが、男もいるのか。
これも違う。
――うわあ…、めっちゃやられてね?
これも、違う。
一つ一つの声を聞き分けていく。額に脂汗が浮かぶ。頭がパンクしそうだった。
そもそもカレルヴォが何も思っていないと、私に伝わっては来ない。
だから、なにも考えていないんじゃない?という考えに辿り着きそうになった時、聞こえてきた。
――結構、粘るなあのガキ。
僅かに苛立ちを含んだカレルヴォの声。ほぼ反射的に私は声を上げた。
「アーベル!!あそこ!!」
天井の隅を指さす。アーベルは私の言った通りの場所に短剣を投げつけた。その刃は真っ直ぐ狙った場所に飛んで行き、天井に突き刺さる。光の矢と一緒に。
「…………ん?光の矢……?」
ボトリ、と天井の影から人が落ちてくる。アーベルの放った短剣はそのまま天井に刺さっていたが、光の矢は正確に標的を射抜いたようだった。姿を見せたカレルヴォの右胸を貫通している。
「アリサッ!!アーベルッ!!」
「ローデリヒ様?!」
ローデリヒ様の声が牢屋内に響く。明かりに照らされて、弓を持ったままのローデリヒ様が、私達の方へと駆け寄ってきていた。廊下が長いのか少し距離は離れている。ローデリヒ様は険しい顔のまま、私達の方に向かって弓の弦に手をかけた。
走りながら。
「え、ちょ……」
光の矢が瞬時に生成される。
私は顔を青くした。モロ照準こちらなんですが……?!私の焦りなど知らないローデリヒ様は、思いっきり引き絞った弦から手を離した。
空を切る音が近くでする。それと同時に私達の周りで幾つかの呻き声と共に、人が倒れた。
「え……」
唖然としながら周囲を見渡すと、倒れた人達の体には何本もの光の矢が刺さっている。
1回しか弓の弦を引いていないのにこんなに本数が、とか。走りながら弓引いてたのに、ちゃんと私とアーベル避けてるの神業過ぎる、とか。
「……父様。どうして影を射抜けたのですか?」
「絶対貫通を付与しただけだ」
アーベルと近寄ってきたローデリヒ様の話が全く分からない、2人してチート過ぎるとかあるけれど。
「それより2人とも怪我は――アリサ?」
「母様?」
ローデリヒ様のシャツと、アーベルの真っ黒なローブをギュッと握り締める。最初は不思議そうな声をあげた2人が、頭上でギョッとしたのを感じた。
恨まれて当然の事をした。
殺されても仕方のない事をした。
だから、自分の罪を背負っていくという覚悟は、持っていたつもりだった。
目が一気に熱くなる。鼻がツンと、痛んだ。
「こ、こわ、かった……。怖かった、です……」
ボロボロと涙が溢れてきて、目の前がボヤける。ローデリヒ様が慌てて私を抱き寄せた。
アーベルが目の前で殺されるんじゃないかって。
ローデリヒ様にも、アーベルにも、お腹の子供にも、もう二度と会えないんじゃないかって。
とても恐ろしかった。
「ああ……。怖がらせてすまない……」
ローデリヒ様がオロオロしながら私を抱き締めて、髪を梳く。ローデリヒ様のシャツを掴んでいた手を、ゆっくりと彼の背中に回した。
落ち着かせるように、トントンとゆっくりとしたリズムで背中を叩いてくるローデリヒ様の温度を感じて、
私はゆっくりと肩から力を抜いた。
「母様、もう大丈夫ですよ」
私を安心させるように、アーベルは少し屈んでニコリと微笑む。私達の周りでは、騎士達が敵を縛り上げていた。カレルヴォも魔法を使えなくさせられて、連行されていく。
終わりかけの雰囲気に包まれている中、ローデリヒ様は相変わらずのマイペースだった。
「それはそうとアーベル。お前は後でお説教だ」
私は掴んだままのアーベルのローブを、更に握り締める。逃げないように。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、私はローデリヒ様の言葉に同意した。
「ええ。そうね」
「えっ?」
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