《完結済》優しい悪魔の作り方 R18

吉瀬

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50-1 滝壺

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 皆で揃って食事をとってから、島には慎重に近づいた。私の記憶を無くした力は、私やエウディさんの視力も奪いつつあった。海の底だけでなく、水上も目の視力と同程度まで落ちてしまった。

 島の周りは海流が複雑だったが、私の記憶は正しくてぐるっと回るとゆっくりと近づける事が出来た。入江に入るとそこは穏やかで美しい浅瀬になっていた。その先には暖かそうな砂浜に続く。

 私とアルバートさん、リードさんは泳いで、エウディさんは鳥のように飛んで進んだ。エウディさんが飛ぶ姿は滑らかで、アルバートやリードさんも始めて目の当たりにしたそうだ。

「ねぇさん、天使?」
「そうよ?美しいでしょう?」

 エウディさんに先に確認してもらいながら、浜に上がると景色は一変する。

「あっ!」
「すごいわね、ここ」
「え?何がですか?」

 視界が開けた。千里眼がどこまでも飛ばせる感覚。今まで覆われていた目隠しが取れたように、世界の果てまで見えそうだった。

「南の海域に入ってからずっと阻まれてきた視界が、一気に拓けました」
「えー、じゃあ、準神族の人がここを見せないように隠してたのかな?」
「かも知れへんな」

 ここを隠していた。という事はやはりここには何かある?

「サヤ、船が向かってるわね」

 エウディさんに促されてその方向を見ると、帝国の船……私が昨晩までいた船がこちらに向かっているのが見えた。船の中は……、見えない。

「船の中は、クロノが遮ってんのよ、あれ」
「どうしましょうか?」
「え、何?クロノさん達来てるの?」

 何故かリードさんの目は輝いた。

「どうするの?エラスノのボスは?」
「俺は代理やけどな。二手に分けよか。サヤは記憶を探しに行く。一人は護衛つけて、残りはここで陛下のお出迎えや」
「僕!僕、クロノさんのお出迎え側!」

 手をあげてるリードさんは……楽しそう?

「エウディ、こいつ頼めるか?」
「バカ言わないの。私でもリンリンの暴走止められるわ。あんたはあんたのお姫様の側に居なさいよ」
「すまんな」

 暴走って?と聞く間も無く、私はアルバートさんに抱えられて山の中に連れ去られた。

「アルバートさん、リードさんの暴走って?」
「あいつの訓示は『仲間を守る』ゆうんが、ボスとやりあうより上や。クロノと本気の力試しの機会にハメ外すかもしれへん。あいつ個人の趣味で言えば殺戮はゲームみたいに楽しいもんやって、そう育てられとるからな」
「そんな」
「……せやから、急ぐで。俺の視力と自分の視力は種類が違う。島全体見渡せ」

 エウディさんと私じゃ、同じ系統の視力だ。防がれてたら見つけづらい。それならアルバートさんと二人の方が確かに効率がいいはずだ。
 気持ちを切り替えて、島を見通す。違和感のある場所は、どこ?

 進む道はかろうじてむかし歩道があった痕跡がある程度獣道だった。しかも、獣自体も大型は通ってなさそうな。

 何度見回しても、見えない場所もそれらしい場所も見つからない。気持ちが焦ってくる。

「落ち着き。船はまだ遠かった。大丈夫や」

 島の中央には大きな山があって、その周りを回りながらもう一度見渡した。

「あ、」
「あったか?」
「いえ、無いん、です。あの滝の景色が!」

 風景画集の滝の場所が見つからない。

「この場所じゃ、無い?」
「いや、行ってみよ」

 アルバートさんが入江と山の位置から、絵の場所を見た。

「俺にはこの滝の下があの絵の場所のように見える」

 抱えられたまま、私達は滝に向かって飛んだ。

 着水と同時にアルバートさんが元の姿に戻り、私は首にしがみつく。落ちた滝壺は深く、その底近くの山肌にアーチ状の入口があった。

「見つけた!」

 水面に上がって、一旦川岸に上がるとそこは紛う事なくあの場所だった。

「アルバートさん、この滝壺の下に、入口が、ありました!……?」

 アルバートさんは人型に戻って、その場に座り込んでいた。

「アルバートさん?!お怪我を?」
「いや、ちゃうねん。ここ、ここっちゅうか、あの滝壺の中、すごい勢いでエネルギーが削がれてくわ」
「……!」
「命のエネルギーだけやのうて、体力もやられた。サヤは?」
「私はなんともありません……」
「行けるか?」
「え?」
「俺の回復待っとったら、間に合わへん。サヤは一人で行け。追っ手くらいは追い払ったる。……これはサヤ以外はお呼びでないっちゅう事やろな」
「……はい。大丈夫です」

 アルバートさんは悔しそうに「すまん」と言った。

 滝を見る。不思議と恐怖はなく、むしろ懐かしい気持ちさえする。視界を開いてもあちら側は見えなくて、でも私はこの先がどうなっているか知っている気がする。

 私はアルバートさんに抱きついた。

「大丈夫です。すぐ戻ります。絶対にアルバートさんの所に帰ってきます」
「……ああ、待っとる」

 そして、一気に滝壺に飛び込んだ。

 体力が削がれる感覚はもちろんなく、むしろ、海よりも馴染む。入口を入って道なりに進み、空気だめで酸素を補給した。真っ暗な分かれ道も感覚で私は進む方が分かった。

 そして、神殿の泉に出る。ここは、御神体を祀る場所だ。御神体は……剣の鞘。
 巨大な社《やしろ》の扉を内側から開くと、唯一外界と触れ合える場とされていた祭事場に繋がる。
 そして、その横の通路を行くと……、彼がいるはずだ。

 彼って誰?ほら、あの子だよ。私が育てた小さな可愛い私の……

「クロ、ノ……さん?」

 稚児の待機所にはクロノのさんがいた。

「お待ちしておりました」

 クロノさんは小さな葛籠を持っていた。

「何故、ここに?船は、だってもっと後方にあって!」
「神の山に直接足を踏み入れるような事は致しません。私はあの日からあちらに参る事は許可されていませんから」
「あの日?」

 クロノさんは少し苦しげにそう言った。

「ただ、ひとつだけお願いがあります。もし可能なら、全てを捨てて、この記憶さえ捨ててしまって、私と二人でどこかへ行きませんか?」
「どこかって……」
「どこかは決めていません。ただ、今なら貴女は逃げ出せる」
「逃げ、ません。逃げたくありません」

 過去に逃げた私。エウディさんから逃げた私。アルバートさんから逃げた私。逃げて良い時もあると思う。だけど、

「ずっと逃げっぱなしって辛いですよ」
「そう、ですね。そうおっしゃると思っておりました」

 表情ば穏やかないつもの微笑みになったが、彼は右手の膝を左手で強く押さえていた。

「レックスは?」
「貴女が煩わされる必要は、もうありません」

 なんとなく、レックスはここにはいない気がしていた。島全体からレックスの気配はしない。
 どういう事か?と問おうとして、視界が開いた。クロノさんが巻き戻しのように動いていく?違う。過去が見えているんだ。それは映像の束になっていて、私はそこから該当の束を取り出した。
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