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しおりを挟むしかし、予想外にクロノは分化しなかった。それより先に剣の一族、フェラスト族が本島にやって来た。いつもはすぐに私と交渉してきたが、今回はフェラスト族とセクンダス族の交流を求めてきた。こちらの一族も外に散らばらなければ婚姻を含めた交流もやぶさかではない。フェラスト属も一族内で剣を受け継ぐ掟は絶対で、フェラストの血が外に広がる事も無く、私の再生先も限られる。
私の干ばつの予言や敵襲の予言に頼ってきたセクンダス族と比べると、交配を繰り返してきたフェラスト族は様々な知識が豊富だった。
このまま大きなコロニーになり、我らが居なくとも安定した発展が遂げられるなら天に帰っても構わない、と剣から連絡が来たのは、それから長く経って後であった。
長く長くしまってあった婚礼衣装を準備しながら、自分が分化できてない事に若干焦る。
剣は自分の所に来て一緒に過ごせばそのうち分化するだろうから構わないと言い、とりあえず私は婚約を済ませて、女装して婚礼の儀に臨む事になった。
終わりはあっけな無いと思う。予兆はあったのに。セクンダス族とフェラスト族の子の多くはフェラスト族で、フェラスト族にとっての私の重要性も儀式的なものに限られるようにはなっていた。
神の山で婚礼の儀の練習をする。側仕えはもちろんクロノだった。
クロノの笛の音に合わせて、ハチロノ達が踊ってきた舞を舞う。不思議な事にこの舞はフェラスト族でも同じように舞われていて、そして誰が作ったのかは記録になかった。
練習の最中、笛が止まった。
「クロノ?」
クロノは体を縮めて倒れ込んでいた。
「クロノ!」
駆け寄ると体が熱を持っている。息が上がり、苦しそうでありながら、どこか恍惚とした表情……そして、クロノは男性に分化した。クロノが誰かに恋をしかけているとは思っていたが、それがまさか無性の自分だったとは。
「すみ、ません」
分化の前後は心身の消耗が激しいと聞いている。目の前で見たのは流石に初めてだったので、幼い時に初めて彼が風邪をひいた時のように、膝枕をして池の水で冷やしたタオルで顔を拭いてあげた。
「おめでとう。大人になったんだね」
「めでたくは、無い、です」
うっかり恋しく思った相手は育ての親で、しかも無性。更に婚約者ありなんだから、クロノとしてはめでたくは無いかも知れない。
「大事な時期に、申し訳ありません」
「真面目なんだから。クロノは綺麗だから、分化したの多分隠せると思う。今から稚児を選ぶの大変だし、このままクロノに稚児を務めてもらいたい。……私が結婚するまで」
「……はい」
我ながら酷いと思う。でも、私はクロノに死出の旅を整えて欲しかったし、実利としても新たなる稚児に任せられるものでも無かった。
ゆっくりとセクンダスはフェラストに取り込まれていて、セクンダスの純粋な稚児の候補はその時丁度いなかった。
本島に人はほぼ居なくなり、皆フェラスト属の島に移り済んだ後だった。
神の山の門も閉じ、海域一帯に目隠しを仕掛け、神の山から天に通じるゲートを開けた。剣と自分以外が誤って入り込み、ゲートから死の世界に入らないよう整えて、もちろんクロノにも言い含めた。
後は剣を待つのみ、となった時、何故だか私は剣を『見た』。そして、これが罠だと知った。
フェラスト族は番の仕組みやグールの魅了、が特定の香りでコントロールできる事を見つけ出していた。
それに関する事は千里眼の私から隠すため、全て暗号化された書面でのみやりとりされていたのだ。
クロノへエネルギーを何度も送り、私とクロノの同調率はそれこそ番になり得るほど一致していた。
そして、クロノは天賦の才と努力により、解読の能力を得ていた。
キスでクロノからの能力のカケラが私に逆流しており、それを私は無意識で使えるようになっていたようだった。
剣は諦めていなかった。私を手に入れて、香水を使い分化させ、そのまま無理やり同調率を上げて番になるつもり。
それから、神の力を自分のものにする計画だった。
「と、言うわけで、クロノには悪いんだけど、本当の死出の旅の介添えをやって欲しいの。剣と鞘、それから記録が無いと神力は使いこなせない。こちらには鞘と記録のほとんどがあるから、記憶ごと記録ひっぺがしてクロノに預ける。肉体が滅ぶとセクンダスの誰かの子供として鞘は再生するけど、記憶が無ければ神力は使えないから」
「……記憶を取り出して、貴女は死ぬと仰るのですか?」
クロノは色を失った。この役を頼むための稚児なのに、一番信頼できるクロノが最適なのに、クロノにはさせたくなかった仕事だった。
「うん、まず主権を手放してみようと思うの。上手くいけばセクンダス族以外で鞘が生まれるかもだし。それから、記憶の糸から天の羽衣を創る。天の羽衣はジロノの本で読んだ事あるよね?最低限の無色彩の記憶は残すから、ちゃんと自殺までは問題ない。だから、死体を剣の所に持って行って欲しい。羽衣は隠してから。……それで諦めてくれる可能性はかなり低いけどね」
クロノが右手の肘を左手で強く握った。私の感情を抑える時にしてしまう癖はクロノにも移っていたが、それでも、感情を抑える事が出来ずクロノは声を荒らげた。
「何故逃げると仰らない?!貴女が望むなら、私はどこまでも御守りします!どこまでも逃がします!剣様を葬ることだって厭わない!何故いっそ、代わりに私に死ねと命じてくださらない!」
言えるわけない。可愛いクロノに剣と相討ちになれなんて。グールの血を持つクロノに私がエネルギーを与えれば、剣を討てなくは無い。でも、それではクロノは死んでしまう。
「逃げたら地の果てまで探されるよ、きっと。逃げられるものなら、クロノと二人で逃げたい。でも、逃げっぱなしって辛いよ?そもそも、私は神の雛なんだから、逃げる事は許されない。この世界の悲しみの結構な割合が私の初めのミスのせいなんだしね。それに、剣が死んでも次代は育っている」
恐らく、次の剣はグールとの混血の子だ。
立ち尽くして声も上げず泣くクロノを私は抱きしめた。
「ごめんね。愛してる。クロノ。大丈夫。また会えるから」
クロノにキスをしてから、クロノの体の自由を奪う術をかけた。解縛はきっと数秒で行われてしまう。
天に主権を返す事を宣言し、胸から記録類を一気に引き出す。同時に出てきた糸を布に変えた。きっとクロノから見れば私の心から布が出てきたように見えるだろうと思った。
曖昧な記憶の中、ただこれを飲まなくてはという記憶だけある。懐にしまった黒い粒が10個。何かは覚えてないけれど、とりあえず口に含む。苦味に耐えて無理やり飲み下して眼前、悲痛な顔で声にならない声で泣き叫んでいる男の人がいた。
蒼みがかった髪は緩く編みこまれ、落ちた前髪が流れるように目にかかっている。瞳の翠は海の色かもしれない。視線に貫かれて、私はそこに縫い止められた。心臓の音が漏れそうなほど自分の中で鼓動が響く。なぜか分からない感情が沸き立った。
それも一瞬で私の意識は閉じた。
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