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第09話 執事カムチャ。路駐泊は危険がいっぱい
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トラフ伯爵家の執事カムチャは今年度の王都行きを任された執事である。
王都までは片道1か月。
基本は徒歩。それ以外は小走りと休憩。つまり人力以外の動力は使わない。
何故ならトラフ伯爵家は貧乏なので旅費と言うのは道中の食費と王都での書類提出の際に添付する印紙や証紙の代金が含まれる。
印紙などの費用は解っているのであらかじめ差し引いて、残りを往復2か月の食費に充てるのだが60日のうち25日は川で魚を釣ったり、山に分け入って食べられそうなものを取ってくる。
今回は領民からラビットマークのエッチィ本を頼まれたのでその代金も別にしてせっせと歩いて王都にやって来た。
「こんにちは。王都に滞在中は宜しくお願いします」
「あぁそんな時期になったかねぇ」
宿泊をするのは間違って応募をしてしまい採用になったプエール執事の実家。トリコ男爵家である。
カムチャにも実家は王都にある。ツカ男爵家だ。
ツカ男爵家はカムチャの兄が継いだのだが、兄も先代トラフ伯爵と同じく流行り病で亡くなり、今は兄嫁が再婚相手と住んでいるためとてもじゃないが宿泊しようとは思えない。
もうすぐ兄の忘れ形見である甥っ子も14歳になるので数年後にはツカ男爵家を継ぐだろう。
つまり…宿泊をするにも使用人の実家を頼らねばならないほど困窮しているのだ。
そんなカムチャは主であるケルマデックの奥さんになってもいいよと奇特な令嬢が申し込んでいないかヘロゥワークに行ってみたのだが、予想通り応募はゼロだった。
「やっぱりだめか。東通りの商店街にも貼り紙をさせてもらったから見に行ってみよう」
そう思い、ヘロゥワークを出ようとした時にカムチャの地獄耳がかすかな音を拾った。
『ホントかねぇ。そんな詐欺まがいな事して婚約破棄?上手く行かないと思うがね』
『だが、実際婚約破棄になっているし、慰謝料もガッポリ貰ったらしいぞ』
『へぇ。でもなぁ。だとしてもだよ?男の方は金払って好きな女と一緒になったんだろう?女の方はさ、金貰ったって若い時の時間が戻る訳じゃねぇし、やってられねぇと思うよ』
ぴくぴくとカムチャのアンテナ@耳の産毛が揺れ動く。
――婚約破棄?って事は旦那様でもイイ!って思ってくれるかも――
カムチャはどの家の令嬢なのか。聞き耳を立てた。
『最近じゃ茶会にも来ないらしいぜ。人に合わせる顔がねぇんだろ』
『いやいや、幾ら侯爵家のお嬢さんだって痛くもない腹を探られるような所に行きたくねぇだろ』
――ふむふむ。侯爵家…侯爵家…5つあるな。どの家だ?――
ケルマデックはトラフ伯爵家の当主。
爵位は1つしか違わないが、通常時であれば侯爵家と伯爵家は雲泥の差がある。王家が臣籍降嫁などする際に侯爵家の場合はすんなりと議会も認可をするが伯爵家は審議がある。
ぶっちゃけ伯爵家までの爵位は買おうと思えば金で買えるが、公爵家、侯爵家、辺境伯家はとてもできない。それだけ血の繋がりを重視する王家、そして取り巻く高位貴族は似て非なるものなのだ。
通常ならまず無理!と聞き流すのだが婚約破棄となれば話は違う。
どうしても女性側は瑕疵が無くても不利益を被るもの。大抵は修道院に入るか身綺麗な場合は有力な貴族の後妻枠があれば嫁いだりする。
――ワンチャンあるかも!!――
カムチャは更に聞き耳を立てた。
『でもよぅ。もし男の方が一方的に悪いならトレンチ侯爵も気の毒だねぇ』
『全くだ。オーストン子爵家も当主は良い人なんだよ。腰も低くてさ。どんなに良い人でも息子が放蕩者とか色ボケだと困るわな』
『そうだな。アハハ』
――なるほど!トレンチ侯爵家か!――
幸いにももし!ヘロゥワークに出した応募に希望者がいればと思って釣り書きも持参している。カムチャはトレンチ侯爵家に向かう途中にある教会2つと、道の隅っこに置かれている聖母像に立ち止まって祈りを捧げた。
トレンチ侯爵家ではよほど釣り書きが持ち込まれるのか、正門の入り口に「婚約の申し込みはこちら」と書かれた看板まであった。
「うわぁ…競争率激高?!旦那様くじ運ないんだよな」
ケルマデックは相当にくじ運がない。いや、勝負運というものが皆無なのだ。
当たりとハズレ。2択を15回連続で外す快挙を成し遂げたし、領民の子供がどうしても当たりを引いて欲しくて3本のうち2本、5本のうち4本、50本のうち49本の当たりを作ったが、見事…全てハズレを引いた男。
「今までのツキの無さ!この時の為に取って置いたんですよね!神様!」
カムチャは空を見上げて神に問うたが、当然返事は返ってこない。
しかし!「ん?」と立ち止まった時、目の前に鳩の糞が落ちて来た。
「ファァァーッ!!セーフッ!」
あと半歩でも体が前に動いて居たら髪の毛に嫌な感触を感じた事だろう。
そして考えた。
「あれ?頭に落ちた方がウンが付く??…いや、人的被害は例外だ」
そうして無事に釣り書きを受け取っては貰えたのだが…。
「ここに名前と家名、連絡先を書いておいてください」
「連絡先?!えぇっと結果発表~ゥ!ってのは何時頃?」
「早ければ当日の夕方だが、まぁ‥2、3日って所だな」
「2、3日か‥‥今晩は泊まらせてもらえるとして…あの、野宿の場合は?」
「野宿?!野宿と言ったか?!」
「あ、あの…王都に屋敷がないもので…宿屋もほら予約じゃないですか」
「仕方がない…早めの箱に入れて置く。朝一番ならここに問い合わせてくれてもいい。直接来て頂く事になるが」
「解りました。朝一番…皆さん結構早いんですね」
「そうか?どこも朝9時開始だろう」
「くっくくっく…いえ、解りました9時ですね」
カムチャはすっかり領地時間での朝一番だと思い込んでいた。
領地の朝一番は午前4時。夏場は少し空が白みかけているが冬場はまだ真っ暗だ。
そして翌朝、9時にはまだ回答は来ていなかった。
どうしようかな~。野宿は何処でしたらいいかな~。
少し遠い目をして涙が滲む。王都の路駐泊は危険と隣り合わせ。朝起きたら全裸で川に浮いている事もある。
もしもの為に自腹で小遣いも持ってきたが安宿に素泊まり1泊が限界。
「なんなら夕方にももう一度来てみると良い。夕方に旦那様が回答をくれる日もある」
僅かな期待を胸にしたが、直ぐに我に返った。
――夕方って事は結局…泊りじゃん――
頼まれたセクスィプレイメイ●が掲載された本を先に買っとこ。
カムチャは本屋に向かった。
夕方、主のケルマデックが超大当たり引き当てて貰っているとはこの時、考えもしなかった。
何故なら、持ち込まれた釣り書き。当日受付のカムチャの番号は33番、通し番号で549番だったからである。
王都までは片道1か月。
基本は徒歩。それ以外は小走りと休憩。つまり人力以外の動力は使わない。
何故ならトラフ伯爵家は貧乏なので旅費と言うのは道中の食費と王都での書類提出の際に添付する印紙や証紙の代金が含まれる。
印紙などの費用は解っているのであらかじめ差し引いて、残りを往復2か月の食費に充てるのだが60日のうち25日は川で魚を釣ったり、山に分け入って食べられそうなものを取ってくる。
今回は領民からラビットマークのエッチィ本を頼まれたのでその代金も別にしてせっせと歩いて王都にやって来た。
「こんにちは。王都に滞在中は宜しくお願いします」
「あぁそんな時期になったかねぇ」
宿泊をするのは間違って応募をしてしまい採用になったプエール執事の実家。トリコ男爵家である。
カムチャにも実家は王都にある。ツカ男爵家だ。
ツカ男爵家はカムチャの兄が継いだのだが、兄も先代トラフ伯爵と同じく流行り病で亡くなり、今は兄嫁が再婚相手と住んでいるためとてもじゃないが宿泊しようとは思えない。
もうすぐ兄の忘れ形見である甥っ子も14歳になるので数年後にはツカ男爵家を継ぐだろう。
つまり…宿泊をするにも使用人の実家を頼らねばならないほど困窮しているのだ。
そんなカムチャは主であるケルマデックの奥さんになってもいいよと奇特な令嬢が申し込んでいないかヘロゥワークに行ってみたのだが、予想通り応募はゼロだった。
「やっぱりだめか。東通りの商店街にも貼り紙をさせてもらったから見に行ってみよう」
そう思い、ヘロゥワークを出ようとした時にカムチャの地獄耳がかすかな音を拾った。
『ホントかねぇ。そんな詐欺まがいな事して婚約破棄?上手く行かないと思うがね』
『だが、実際婚約破棄になっているし、慰謝料もガッポリ貰ったらしいぞ』
『へぇ。でもなぁ。だとしてもだよ?男の方は金払って好きな女と一緒になったんだろう?女の方はさ、金貰ったって若い時の時間が戻る訳じゃねぇし、やってられねぇと思うよ』
ぴくぴくとカムチャのアンテナ@耳の産毛が揺れ動く。
――婚約破棄?って事は旦那様でもイイ!って思ってくれるかも――
カムチャはどの家の令嬢なのか。聞き耳を立てた。
『最近じゃ茶会にも来ないらしいぜ。人に合わせる顔がねぇんだろ』
『いやいや、幾ら侯爵家のお嬢さんだって痛くもない腹を探られるような所に行きたくねぇだろ』
――ふむふむ。侯爵家…侯爵家…5つあるな。どの家だ?――
ケルマデックはトラフ伯爵家の当主。
爵位は1つしか違わないが、通常時であれば侯爵家と伯爵家は雲泥の差がある。王家が臣籍降嫁などする際に侯爵家の場合はすんなりと議会も認可をするが伯爵家は審議がある。
ぶっちゃけ伯爵家までの爵位は買おうと思えば金で買えるが、公爵家、侯爵家、辺境伯家はとてもできない。それだけ血の繋がりを重視する王家、そして取り巻く高位貴族は似て非なるものなのだ。
通常ならまず無理!と聞き流すのだが婚約破棄となれば話は違う。
どうしても女性側は瑕疵が無くても不利益を被るもの。大抵は修道院に入るか身綺麗な場合は有力な貴族の後妻枠があれば嫁いだりする。
――ワンチャンあるかも!!――
カムチャは更に聞き耳を立てた。
『でもよぅ。もし男の方が一方的に悪いならトレンチ侯爵も気の毒だねぇ』
『全くだ。オーストン子爵家も当主は良い人なんだよ。腰も低くてさ。どんなに良い人でも息子が放蕩者とか色ボケだと困るわな』
『そうだな。アハハ』
――なるほど!トレンチ侯爵家か!――
幸いにももし!ヘロゥワークに出した応募に希望者がいればと思って釣り書きも持参している。カムチャはトレンチ侯爵家に向かう途中にある教会2つと、道の隅っこに置かれている聖母像に立ち止まって祈りを捧げた。
トレンチ侯爵家ではよほど釣り書きが持ち込まれるのか、正門の入り口に「婚約の申し込みはこちら」と書かれた看板まであった。
「うわぁ…競争率激高?!旦那様くじ運ないんだよな」
ケルマデックは相当にくじ運がない。いや、勝負運というものが皆無なのだ。
当たりとハズレ。2択を15回連続で外す快挙を成し遂げたし、領民の子供がどうしても当たりを引いて欲しくて3本のうち2本、5本のうち4本、50本のうち49本の当たりを作ったが、見事…全てハズレを引いた男。
「今までのツキの無さ!この時の為に取って置いたんですよね!神様!」
カムチャは空を見上げて神に問うたが、当然返事は返ってこない。
しかし!「ん?」と立ち止まった時、目の前に鳩の糞が落ちて来た。
「ファァァーッ!!セーフッ!」
あと半歩でも体が前に動いて居たら髪の毛に嫌な感触を感じた事だろう。
そして考えた。
「あれ?頭に落ちた方がウンが付く??…いや、人的被害は例外だ」
そうして無事に釣り書きを受け取っては貰えたのだが…。
「ここに名前と家名、連絡先を書いておいてください」
「連絡先?!えぇっと結果発表~ゥ!ってのは何時頃?」
「早ければ当日の夕方だが、まぁ‥2、3日って所だな」
「2、3日か‥‥今晩は泊まらせてもらえるとして…あの、野宿の場合は?」
「野宿?!野宿と言ったか?!」
「あ、あの…王都に屋敷がないもので…宿屋もほら予約じゃないですか」
「仕方がない…早めの箱に入れて置く。朝一番ならここに問い合わせてくれてもいい。直接来て頂く事になるが」
「解りました。朝一番…皆さん結構早いんですね」
「そうか?どこも朝9時開始だろう」
「くっくくっく…いえ、解りました9時ですね」
カムチャはすっかり領地時間での朝一番だと思い込んでいた。
領地の朝一番は午前4時。夏場は少し空が白みかけているが冬場はまだ真っ暗だ。
そして翌朝、9時にはまだ回答は来ていなかった。
どうしようかな~。野宿は何処でしたらいいかな~。
少し遠い目をして涙が滲む。王都の路駐泊は危険と隣り合わせ。朝起きたら全裸で川に浮いている事もある。
もしもの為に自腹で小遣いも持ってきたが安宿に素泊まり1泊が限界。
「なんなら夕方にももう一度来てみると良い。夕方に旦那様が回答をくれる日もある」
僅かな期待を胸にしたが、直ぐに我に返った。
――夕方って事は結局…泊りじゃん――
頼まれたセクスィプレイメイ●が掲載された本を先に買っとこ。
カムチャは本屋に向かった。
夕方、主のケルマデックが超大当たり引き当てて貰っているとはこの時、考えもしなかった。
何故なら、持ち込まれた釣り書き。当日受付のカムチャの番号は33番、通し番号で549番だったからである。
応援ありがとうございます!
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