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第12話   トラフ領に出発

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「あの…これ全部ですか?」

カムチャが驚いたのは自分とマリアナが乗る馬車の豪華さと広さ、大きさだけでなくその後ろにずらりと並んだ荷馬車の数だった。

――最後部が見えないんだけど――

トレンチ侯爵家では急いでトラフ伯爵家、トラフ領の事を調べ困窮している事を知り、日持ちのする食べ物や新品の布地、そのほか農機具に作付け用の種苗。当面の作業を監理、監督する技術者などを準備した。

「娘の荷物は馬車の上に括りつけてあるものだけです。荷馬車は結納金の一部としてお納めください」
「結納金っ!一部っ?!」

3日間の天国から滝地獄に叩き下ろされたカムチャはまたしても冷や汗が止まらない。

――どうしよう。旦那様が結婚する気はないとかいい出したら――

トラフ伯爵家が財政的に困窮している事はそれとなく伝えたが、婚約の申し込み、そして釣り書きは勝手にしたことですとはもう言い出せない。
トレンチ侯爵家の怒りを買ってカムチャの首一つで済む量ではなかった。

「では、お父様、お母様、お兄様、行って参ります」
「気を付けるんだよ。我儘やお転婆は封印だ」
「王都とは違うんだから失礼のないようにね」
「途中で食い過ぎて馬車酔いするなよ」


軽くハグを家族で行ない、マリアナは元気よく馬車に飛び乗った。

「で、では・・・お嬢様をお預かり致します」

震える声でカムチャが言えばトレンチ侯爵は力強く握手を求め、カムチャの背中をパンパン!と気合を入れるように叩いた。


正門から乗った馬車とはまた異なる馬車だが、馬車を引く馬も軍馬。
一般の馬よりも長い距離を走れるが、休憩なしという事は出来ない。それでも徒歩でも馬車でも1カ月かかる旅は3週間弱に短縮できるという。

「侯爵家は国防の要でもあるの。だから…この馬車は矢を受けても貫通しないの」
「そうなんですかっ!?」
「それから・・・馬車泊もあると思うのね、座面を上げてみると折りたたみになってるの。広げると寝台になるわ」

動く馬車での披露はしないが、馬車泊になれば寝台への設置を教えるというマリアナ。カムチャは「フカフカな座面は2重になってるからかな?」と暢気な事を考えてしまった。

「持参金の残りはしばらくしたらお父様が領地に出向くそうなのでその時になりますわ」
「荷馬車の荷だけで十分‥‥とはいかないんですよね」
「そうね…そこは申し訳ないのですがお父様の顔を立てて頂ければ」

――立てます。立てます。顔だけじゃなく全身も!――


王都の街を抜けるだけで3日はかかると思われたが、遠い領地にも度々出向く事のある馬車の隊列は夕方には王都の街を抜けて1つ目の宿場町まで到達した。

人間の数も多いが、どんなに小さな宿場町でもトレンチ侯爵家の交換用の馬が用意されている。国防も担う侯爵家なので有事の際は昼夜関係なく隊列を進めるためだと聞いてカムチャは「やっぱ、ちゃうわぁ」2度目の感嘆の声を出した。


幾つもの宿場町を通り過ぎ、トラフ伯爵領の領の端に到達したのは出発して18日目。
歩いても領の端から端まで半日で行く事の出来る小さな領は峠から見下ろすと小麦の作付けを行ったのか平野部が緑で覆われていた。

峠を下りながら見える風景をカムチャはマリアナに説明をする。

「あの所どころ土が見えるのはどうしてですの?」
「あ、あれですか?堆肥を作っているんです」
「堆肥を?買わずに?」
「え、えぇ…」

買う金がないのでと言いそうになってカムチャは言葉を飲み込んだ。
ただ、以前は買ってはいた。しかし肥料焼けを起こしてしまって野菜が育つ前に枯れてしまった。金がないこともあるが昔ながらの各家庭から出る残飯などを落ち葉や小麦を挽いた後の殻、木灰などと混ぜ込んで寝かせておくとカビが生えたようになるが発酵が始まり、フカフカの栄養満点の土になる。

自然の力で作った土でもあるので野菜も肥料焼けを起こす事もなくなった。


「そんな理由があるんですね。多分荷馬車には石灰も載せていると思うので使う時には注意をするように伝えておきますわね」
「何から何までありがとうございます…それで…あの…」
「なんでしょう」
「実はですね…」


言わなきゃ…言わなきゃ‥‥と思っている間にも馬車は進む。

忘れていた訳ではない。
意を決して「実はですね」と言ったところでマリアナとカムチャの乗る馬車は下り坂を終えて平坦な農道に入った。仰々しい馬車の列に領民たちが作業の手を止める。

子供達は物珍しさもあるのか走って来るのが見えた。

「お嬢様、馬車を停めます」

御者の声に馬車がカタンと車輪を止めた。

――まだ屋敷じゃないのに?――

窓の外を見たカムチャだったが、聞き覚えのある声が聞こえた。

「止まられよ!」

慌てて御者の背になる側の小窓を開けて前方を覗いてみると…。

――やっば!!旦那様じゃん!!――

勝手に婚約を申し入れた事を伝えねば!と馬車を降りるために扉をガチャガチャとするのだが、焦ってしまって解錠する事を忘れ扉が開かない。

「扉を開ける時はこうするのです」

マリアナが手を伸ばし、解錠するとドアノブを回してしまっていたため、扉が勢いよく開いた。

「うわっ!落ちる!!」
「なにやってんだ?カムチャ」

片手はドアノブ、もう片方の手は枠。体は上半身が飛び出たカムチャ。
その目の前にケルマデックが立っていた。

――僕、絶体絶命?!――
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