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29:悪妻、王子殿下に踵を落とす
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モヴィエンド侯爵家から大量の木材、そしてグリサンド伯爵家からは工事をしてくださる方々が遠い辺境の地に来て下さいました。
想像していた木材よりもかなり大きくて長さのある木が運ばれて参ります。
建物の外観図や、間取りを描いた設計図を手にしたアベラルドさんと並んでその様子を見ております。
「どうやって曲道を曲がったのかしら?」
「ギュギュギューっとサイドを挽いて後輪を滑らせたんですかね」
――間違いなくドリフトは荷馬車でしないと思うわ――
下手をするとジャックナイフ状態になって前にも後にも進めなくなってしまいそうですのに、運送をしてくださる方々はやはりプロなのですわね。
建物を建設する区画は表面のオイルスライムは優先的に剥がし、かなりの広さにオイルスライムの体液がしみ込んだ黒い土が見えております。
通常であればそこに建てれば終わりなのですが、今回はちょっと違います。
と、言いますのも表皮となった塊を剥がした黒く冷たくなった土を肥料として使うのです。
長方形に長く作られていく建物の足元となる基礎部分。
建物が乗っかるのは端っこの一部で御座います。
建物で囲われて「床」となる部分の土を培養発酵させていくのです。
囲われた部分の培養発酵が終われば、「曳き家」と呼ばれる方々にお越し頂き、囲いとなる建物だけ基礎の上を滑らせて横に移動。
フカフカになった土には畝を作り農作物を育てます。
そして囲われた部分はまた「床」となる土を培養発酵させていくのです。
レブハフト辺境伯様には1年と申しましたが、1年で曳き家をする回数は多くても3回が限度。ですが3回もやれば何時頃、どんな手順でやればいいか。指揮をしてくださる方も出てくるでしょう。
トントンと基礎を作る木枠を作っていく職人さん達を見ておりますと、アベラルドさんが怪訝な表情を浮かべておられます。何事かと視線の先を見てみますと…。
剥ぎ取った塊を手に取って放り投げ、また手に取って放り投げておられる男性が見えます。様子を伺っておりますと手ごろな大きさを見つけられたのか、腰に下げた袋に入れておられます。
――まさかこんな所にドロンボ―?――
「アベラルドさん、あの方は何をしていると思います?」
「えぇっと…窃盗と言いますか‥盗みと言いますか…コレ?」
人差し指の先だけをクイクイと曲げて、「パクリ」を示唆されておられます。
見解の一致を見ましたわ。わたくしも泥棒だと思います。
端切れになった角材を手にして、盗みを働く不届き者に近寄ります。
「何をしてるんだ!資源ごみは集積所から勝手に持っていくのは犯罪だぞ!」
――あら?アベラルドさん、常識ある事が言えるのね?――
っと、そうではありません。
ハッとアベラルドさんの方を向いた男性。わたくしは迷わず伝説の格闘家。A・河豚様のポスターを何度も仰ぎ見、綴込み付録のパラパラ挿絵で習得した踵落としをお見舞いしたのです。
「てやぁぁ!!てめえの血はなに色だぁッ!!」
ゴッ!!「フォグッ!」‥‥バタリ。
お召しになられている着衣はかなり上等のもの。白目を剥かれておりますので瞳の色は不明ですが、髪の毛は売れば新刊コミックよりも高値買取な金髪。眉毛も金色だとすれば体毛も金色。
――髪を売るのを躊躇うなら、他の毛を売ればいいのに――
部位によっては高く買い取ってくれるはずですわ。
但し、イケメンに限りますが。
「身なりはいいのに盗みをするなんて」
「あれぇ?悪妻様、僕、どっかでこの人見たことがあります」
「えっ?」
モルデント子爵様のご子息は面識が御座いますが、グリサンド伯爵家やモヴィエンド侯爵家のご子息とは面識が御座いません。まさか大事な金蔓、いえパトロン、いえ出資者のご家族に踵を落としてしまったの?
これが原因で融資をやめるとか減らすとか、木材も人も一旦引き上げますとか言われちゃったらどうしましょう!?
「うーん。何処だったかなぁ…最近じゃないんだよなぁ」
――昨日の晩御飯も思い出せないのにそんな前の事を?――
アベラルドさんの記憶はアテにしていると日が暮れそうですわね。
仕方ありません。
「放っておきましょう」
「いいんですか?起きそうですけど」
――え?もう復活?復活の呪文、どこかにメモってたの?――
アベラルドさんといると、どうもゲエム脳になってしまっていけないわ。
ですが、確かに気絶していた男性は意識を回復しそうです。
「うぅ~…痛たたたた…アタタタタ」
――百裂拳?ケンシロウ様かしら?――
「ん?君が助けてくれたのか?」
――いえ、踵を落とした張本人です――
「すまない。後ろから落雷の直撃を受けてしまったようだ」
――だとしたら、もうコンガリッチだと思いますよ?――
「あ~!思い出した!リンフォルツアンド殿下ではありませんか!」
「君は確か…ファミル王国の元第二王子アベラルド殿か」
「ご存じでしたか?」
「ステファニア嬢は息災か」
「あぐっ!…ダメージが…ハァハァ‥黒歴史なので忘れてください」
アベラルドさんの黒歴史はどうでもいいとして、まさかわたくし王子殿下に踵を?!
どうしましょう。落とした時は首はどっち向きに刎ねられるのかしら?明後日の方向?
早めに謝っておいた方が罪が軽いかも知れないわ。
いえ、窃盗犯だと思ったんだもの。正当防衛が適用されるかも??
「申し訳ございません。王子殿下とは存じず踵を落としてしまいました」
「踵?そんなものが落とせるのか?」
「はい…先程、自分でもびっくりするくらい綺麗にキマりましたの」
「アッハッハ。そうなのか?てっきり落ちるのは父上の拳骨と、妃の雷の他には闇だけだと思っていたよ」
――闇落ちの経験がございますのっ?!――
もしかして、綺麗にキマり過ぎて壊れてしまわれたのかしら?
何事もなかったかのようにリンフォルツアンド殿下は「頼みたい事がある」とこの辺境の地に数人の騎士を連れてやって来られたのだとか。
「えぇっと、その騎士さんは今どちらに?」
全く護衛の役割を果たされていない護衛騎士。
王宮も人手不足なのかしら?
「騎士達にはレブハフトの夫人を探してもらっているんだよ。グリサンドの執務室を種で埋もれさせた女傑に会ってみたくてね。案内も彼女に頼んだ方が手っ取り早いだろう?何処にいるのか教えてくれないか」
――目の前です――
汚れても構わないお仕着せを着ているからか。
リンフォルツアンド殿下はわたくしに気が付いておられません。
「わたくしがファマリー・レブハフトですわ。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「君が?!なんだぁ!そうかぁ!君か~探す手間が省けたよ」
――探してたの、騎士さんですよね?――
声をあげて笑っておられたリンフォルツアンド殿下が真面目な顔になられます。
どうされたのかしら。
「頼む。君になら出来るとグリサンドに聞いて来たんだ。これを増やしてくれないか」
そっと差し出されたのは「ユーズの種」
オゥレンジのようにそのまま食すには適しませんが、果汁は和え物に入れても鍋のタレに加えてもいいし、冬の寒い日には湯船に浮かべて温まる「ユーズ」
ですが何故に種?
「実は妃が自然派化粧品と言う事でユーズの種で化粧水を麦の蒸留酒で作っているんだが、その種を知らずに捨ててしまったんだ。残り分量が少ないから来月からまた作るというんだ。今はピスタティオで誤魔化しているが、何時かはバレる。妃に嫌われたくないんだ。どうかこのユーズの種を増やして欲しいんだ。礼金は弾む。頼む!」
種を増やすのは簡単で御座いますが、ピスタティオ。大きさが全然違いますし似ているの殻の色だけですわ。どうしてバレないと思っているのかが不思議でなりませんわ。
「お礼はお金ではなく落ち穂や穂を包んでいた殻などにして頂けません?」
「何故そんなものを?」
「冬場は寒いですので、畝に被せるのです。空気を含んでおりますし土には良い保護材となりますの」
「承知した。手配しよう。で?頼まれて…くれると?」
踵を落としたお詫びも御座います。
快く、土嚢袋6つの種に増やして差し上げますともろ手を挙げて大喜び。
40代でもイケメンはイケメン。
そんなオジサマが飛び跳ねて喜ぶ様は眼福ですわ。
後日、最初の建屋が落成したころ、リンフォルツアンド殿下から「お礼」と札を掲げる荷馬車が数十台辺境の地にやって参りました。
約束通り荷台には大量の落ち穂や、殻が満杯になった袋が積まれておりました。
想像していた木材よりもかなり大きくて長さのある木が運ばれて参ります。
建物の外観図や、間取りを描いた設計図を手にしたアベラルドさんと並んでその様子を見ております。
「どうやって曲道を曲がったのかしら?」
「ギュギュギューっとサイドを挽いて後輪を滑らせたんですかね」
――間違いなくドリフトは荷馬車でしないと思うわ――
下手をするとジャックナイフ状態になって前にも後にも進めなくなってしまいそうですのに、運送をしてくださる方々はやはりプロなのですわね。
建物を建設する区画は表面のオイルスライムは優先的に剥がし、かなりの広さにオイルスライムの体液がしみ込んだ黒い土が見えております。
通常であればそこに建てれば終わりなのですが、今回はちょっと違います。
と、言いますのも表皮となった塊を剥がした黒く冷たくなった土を肥料として使うのです。
長方形に長く作られていく建物の足元となる基礎部分。
建物が乗っかるのは端っこの一部で御座います。
建物で囲われて「床」となる部分の土を培養発酵させていくのです。
囲われた部分の培養発酵が終われば、「曳き家」と呼ばれる方々にお越し頂き、囲いとなる建物だけ基礎の上を滑らせて横に移動。
フカフカになった土には畝を作り農作物を育てます。
そして囲われた部分はまた「床」となる土を培養発酵させていくのです。
レブハフト辺境伯様には1年と申しましたが、1年で曳き家をする回数は多くても3回が限度。ですが3回もやれば何時頃、どんな手順でやればいいか。指揮をしてくださる方も出てくるでしょう。
トントンと基礎を作る木枠を作っていく職人さん達を見ておりますと、アベラルドさんが怪訝な表情を浮かべておられます。何事かと視線の先を見てみますと…。
剥ぎ取った塊を手に取って放り投げ、また手に取って放り投げておられる男性が見えます。様子を伺っておりますと手ごろな大きさを見つけられたのか、腰に下げた袋に入れておられます。
――まさかこんな所にドロンボ―?――
「アベラルドさん、あの方は何をしていると思います?」
「えぇっと…窃盗と言いますか‥盗みと言いますか…コレ?」
人差し指の先だけをクイクイと曲げて、「パクリ」を示唆されておられます。
見解の一致を見ましたわ。わたくしも泥棒だと思います。
端切れになった角材を手にして、盗みを働く不届き者に近寄ります。
「何をしてるんだ!資源ごみは集積所から勝手に持っていくのは犯罪だぞ!」
――あら?アベラルドさん、常識ある事が言えるのね?――
っと、そうではありません。
ハッとアベラルドさんの方を向いた男性。わたくしは迷わず伝説の格闘家。A・河豚様のポスターを何度も仰ぎ見、綴込み付録のパラパラ挿絵で習得した踵落としをお見舞いしたのです。
「てやぁぁ!!てめえの血はなに色だぁッ!!」
ゴッ!!「フォグッ!」‥‥バタリ。
お召しになられている着衣はかなり上等のもの。白目を剥かれておりますので瞳の色は不明ですが、髪の毛は売れば新刊コミックよりも高値買取な金髪。眉毛も金色だとすれば体毛も金色。
――髪を売るのを躊躇うなら、他の毛を売ればいいのに――
部位によっては高く買い取ってくれるはずですわ。
但し、イケメンに限りますが。
「身なりはいいのに盗みをするなんて」
「あれぇ?悪妻様、僕、どっかでこの人見たことがあります」
「えっ?」
モルデント子爵様のご子息は面識が御座いますが、グリサンド伯爵家やモヴィエンド侯爵家のご子息とは面識が御座いません。まさか大事な金蔓、いえパトロン、いえ出資者のご家族に踵を落としてしまったの?
これが原因で融資をやめるとか減らすとか、木材も人も一旦引き上げますとか言われちゃったらどうしましょう!?
「うーん。何処だったかなぁ…最近じゃないんだよなぁ」
――昨日の晩御飯も思い出せないのにそんな前の事を?――
アベラルドさんの記憶はアテにしていると日が暮れそうですわね。
仕方ありません。
「放っておきましょう」
「いいんですか?起きそうですけど」
――え?もう復活?復活の呪文、どこかにメモってたの?――
アベラルドさんといると、どうもゲエム脳になってしまっていけないわ。
ですが、確かに気絶していた男性は意識を回復しそうです。
「うぅ~…痛たたたた…アタタタタ」
――百裂拳?ケンシロウ様かしら?――
「ん?君が助けてくれたのか?」
――いえ、踵を落とした張本人です――
「すまない。後ろから落雷の直撃を受けてしまったようだ」
――だとしたら、もうコンガリッチだと思いますよ?――
「あ~!思い出した!リンフォルツアンド殿下ではありませんか!」
「君は確か…ファミル王国の元第二王子アベラルド殿か」
「ご存じでしたか?」
「ステファニア嬢は息災か」
「あぐっ!…ダメージが…ハァハァ‥黒歴史なので忘れてください」
アベラルドさんの黒歴史はどうでもいいとして、まさかわたくし王子殿下に踵を?!
どうしましょう。落とした時は首はどっち向きに刎ねられるのかしら?明後日の方向?
早めに謝っておいた方が罪が軽いかも知れないわ。
いえ、窃盗犯だと思ったんだもの。正当防衛が適用されるかも??
「申し訳ございません。王子殿下とは存じず踵を落としてしまいました」
「踵?そんなものが落とせるのか?」
「はい…先程、自分でもびっくりするくらい綺麗にキマりましたの」
「アッハッハ。そうなのか?てっきり落ちるのは父上の拳骨と、妃の雷の他には闇だけだと思っていたよ」
――闇落ちの経験がございますのっ?!――
もしかして、綺麗にキマり過ぎて壊れてしまわれたのかしら?
何事もなかったかのようにリンフォルツアンド殿下は「頼みたい事がある」とこの辺境の地に数人の騎士を連れてやって来られたのだとか。
「えぇっと、その騎士さんは今どちらに?」
全く護衛の役割を果たされていない護衛騎士。
王宮も人手不足なのかしら?
「騎士達にはレブハフトの夫人を探してもらっているんだよ。グリサンドの執務室を種で埋もれさせた女傑に会ってみたくてね。案内も彼女に頼んだ方が手っ取り早いだろう?何処にいるのか教えてくれないか」
――目の前です――
汚れても構わないお仕着せを着ているからか。
リンフォルツアンド殿下はわたくしに気が付いておられません。
「わたくしがファマリー・レブハフトですわ。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「君が?!なんだぁ!そうかぁ!君か~探す手間が省けたよ」
――探してたの、騎士さんですよね?――
声をあげて笑っておられたリンフォルツアンド殿下が真面目な顔になられます。
どうされたのかしら。
「頼む。君になら出来るとグリサンドに聞いて来たんだ。これを増やしてくれないか」
そっと差し出されたのは「ユーズの種」
オゥレンジのようにそのまま食すには適しませんが、果汁は和え物に入れても鍋のタレに加えてもいいし、冬の寒い日には湯船に浮かべて温まる「ユーズ」
ですが何故に種?
「実は妃が自然派化粧品と言う事でユーズの種で化粧水を麦の蒸留酒で作っているんだが、その種を知らずに捨ててしまったんだ。残り分量が少ないから来月からまた作るというんだ。今はピスタティオで誤魔化しているが、何時かはバレる。妃に嫌われたくないんだ。どうかこのユーズの種を増やして欲しいんだ。礼金は弾む。頼む!」
種を増やすのは簡単で御座いますが、ピスタティオ。大きさが全然違いますし似ているの殻の色だけですわ。どうしてバレないと思っているのかが不思議でなりませんわ。
「お礼はお金ではなく落ち穂や穂を包んでいた殻などにして頂けません?」
「何故そんなものを?」
「冬場は寒いですので、畝に被せるのです。空気を含んでおりますし土には良い保護材となりますの」
「承知した。手配しよう。で?頼まれて…くれると?」
踵を落としたお詫びも御座います。
快く、土嚢袋6つの種に増やして差し上げますともろ手を挙げて大喜び。
40代でもイケメンはイケメン。
そんなオジサマが飛び跳ねて喜ぶ様は眼福ですわ。
後日、最初の建屋が落成したころ、リンフォルツアンド殿下から「お礼」と札を掲げる荷馬車が数十台辺境の地にやって参りました。
約束通り荷台には大量の落ち穂や、殻が満杯になった袋が積まれておりました。
応援ありがとうございます!
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