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第13話  愛を感じる領地の語り

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「私ったら!とんだ粗相を!」
「気にするな。ぐっすり眠れたのなら何よりだ」
「あの…そろそろ向かいの席に戻ろうと思うのですが」
「座るとまた地獄の痛みを感じるぞ。今は峠を越えているから揺れは今までで一番となっている」
「ヒュッ!!」


平坦そうに見える道でもお尻の皮と尾骶骨は悲鳴をあげたのにそれを上回る揺れ。そう言えば無駄な抵抗をした時よりも前後左右にファルグレイドの体も小さく揺れている。

――凄い体幹なんだわ――

っと、違う、違う。気にするところはそこじゃないとルツィエは考えたが、3,4時間程の眠りでお尻の痛さが消えるはずもなく「ここは甘えておけ」というファルグレイドの好意に甘えることにした。

ただ、何もせずにじっとしているのも居た堪れない。
ルツィエはファルグレイドにもう何度かは聞いたが領地の事を聞こうと声を掛けた。

ファルグレイドが領地を語る時は少々熱くなる。
それだけ領地の事を愛しているからに他ならない。


「領地には雨季が無くて、雨は年に数回しか降らないんだ」
「日頃の飲料水はどうされていますの?」
「何カ所か湧き水の出ている場所が山にはあるんだ。と言っても桶1杯の水を溜めるのに20分いや30分はかかるかな。ポトポトの雫じゃないだけなんだ」
「じゃぁ皆さん困っていますわね」
「そうだなぁ。一応夜通しで水が溜められるように大きな木桶は構えてあるんだ。朝は争奪戦で1家族桶2杯分としてるんだが、病人が出るとそうも言ってられなくてな」


桶と言っても王都で使っていた大きさの半分ないし3分の1程度の大きさの桶。
少ない水も皆が分け合って生きているベージェ伯爵領。


「私は多分なんですけど、空気の中に含まれている水を集めて霧散させる感じで魔法を使っているんですけど、乾燥の程度も酷いんですの?」

「山の落ち葉が自然発火するくらいだからね。火を扱う時は特に注意をしてるんだ。間伐をする時は辺り一帯の落ち葉も集めてデスホースが迷い込んでも火事にならないようにはしてるんだが、追いつかない」

「あらでも落ち葉があるって事は…広葉樹も多いのでしょう?山には比較的浅い所に水脈が通っているのでは?」

「そうかも知れないが、井戸を掘るのには1億かかる。ここが水脈と解っていれば掘る価値があるかも知れないが行き当たりばったり、掘って当たれば儲けもので掘る事はできなくてね」


水魔法を使っていると、自分自身を水が呼んでいる感覚になる時がある。
ただ、ランフィル侯爵領でも確率的には6割程度の的中率。

――出来るかどうかは解らないけど、やってみる価値はあるかも――


ルツィエは感覚頼りという曖昧で説明のしにくい事だが、水脈を探してみよう。そんな気持ちになった。

「領に到着をしたら、最初は屋敷の周囲を。それから徐々に範囲を広げて歩いてみようと思います」
「ヘルゴウトを使えばいい。考えているより大人しいぞ」
「それは…馬に乗るのは苦手で(えへっ)」

じぃぃっとファルグレイドの目とルツィエの目が合う。


「なら俺が案内をしよう。案内役もいた方がいいだろう?」
「いえいえ、そんな。他に御用もあるでしょうから、そちらを優先で」
「クレセルから預かったんだ。君より優先されるものはないよ」

――凄く勘違いしてしまいそうな気がするワードだわ――


あと、5、6歳。ティーンエイジの前半から半ばまでならコロっとってしまったかも知れないが、離婚歴もある出戻りのルツィエは笑って受け流せる程度にはなっている。


「屋敷の周囲から始めるのなら東側から行ってみよう」
「何かあるんですか?」
「カボチャに人工授粉させてるんだ。領内で花が咲いてるのはそこくらいしかないから」

――まさかと思うけど、唯一のに案内しようとしてる?――


カボチャ畑で花を愛でる…なんとも色気のない行為は多くの令嬢なら怒ってしまうだろう。
しかしルツィエはそんな体験は初めてだとつい、失笑してしまった。


「どうしたんだ?」
「いえ、可愛いなと思いまして」
「可愛い?カボチャの花が好きなのか?なら雄花を取っておくようにしよう」

――そういう意味じゃないんだけど――


ルツィエはファルグレイドなりの気遣いに失礼にも「可愛い」と思ってしまったが、ファルグレイドもまたそんな素朴な花までも可愛いと言ってくれるルツィエ、そして失笑してしまう小さな笑い声と、見下ろす形となったがキュっと動く頬に胸がキュンと痛みを感じた。

馬車が峠を越えて、庫内も角度が無くなると走りが緩やかになった。
もうすぐ屋敷かなとルツィエが考えていると馬車が止まる。

すると馬車の周りでわいわいと人の声がし始めた。


「この先は馬車が通れないんだ。道幅が馬車より狭くてね」
「では、この先は歩いて?」
「荷物は領民が運んでくれる。俺は…君を運ぶとするよ」
「私を?!大丈夫です。歩けます!」
「そうか?尻が痛いという事は体も節々がかなり痛いぞ?」
「大丈夫です。体力には自信があります。ちょっとお尻の皮膚が限界だっただけです」


そう強がってみたものの、馬車の扉が開けば領民たちの視線が火傷しそうな熱視線となってルツィエに突き刺さる。

先にファルグレイドが降りてルツィエも続こうとしたが、あるべきものがない。
そう、ファルグレイドの所有する馬車はステップがないのだ。

公爵家から乗り込む時は公爵家の移動式ステップを使い、旅の途中で休憩所にも荷馬車や幌馬車から降りる人の為に階段状になった木箱が置かれていて、野営をする時は馬車の屋根に詰めない木箱を御者席に載せていて、乗降する際はその木箱がステップ代わり。

木箱は既に領民の手によって人力車の荷台に載せられていて飛び降りるには勇気が必要な高さがそこにあった。

「俺が支えるから。少し擽ったいかもしれないが我慢してくれ」
「まさか抱きかかえて?」
「それ以外に方法がない。今更だと思えば大丈夫だ」

――そっちは今更じゃないし、人の目があるしぃぃ!――

そこまでの乙女心をファルグレイドに要求してはならない。
領民の子供ならぴょんとファルグレイドに飛びついてくるのでファルグレイドに悪気は一切ない。

――皆さま、勘違いしないでくださいませね――

僅かな期待を持ってファルグレイドに身を預け、ふわりと体が浮く。
地面にそっと足がついたのはよかったのだが…。

がくっ!!

――あ、足に力が入らないっ!転んじゃう!――

座りっぱなしの上、最後は横抱き。ルツィエの体は長旅でゴリゴリに凝り固まっていてファルグレイドが咄嗟に体を掴んでくれなかったら初見で領民の前に転んでの挨拶になっただろう。


「あ、ありがとう・・・」
「うん…まぁ…これは不測の事態を回避するための事故って事で」
「事故?‥‥ヒャッ!!」

領民の前で抱きしめる形となってしまった2人。

――バカップルに思われるんじゃ――

状況判断をして、この態勢は不味いなと恐る恐る領民の方に顔を向けると…。


――なぜ、拝んでいるの?!――

領民は手を祈りの形に組んで、なんなら涙を流している者までいて。

「旦那様を選んでくれてありがとう」

感謝をされていた。
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