【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

文字の大きさ
10 / 41

名ばかりの王太子妃が終わる日

『引きこもりの王太子妃』と何処かの貴族が言った。
『いやいや、散財好きの金食い虫だ』と別の貴族が訂正をした。
『俺は夜な夜な酒場で肌を露わに歌っていると聞いたぞ』また別の貴族が付け足した。


ここ2年でステファニアについての噂は酷いものだった。
引きこもりの王太子妃と呼ばれるのは仕方がない。離宮には茶会も夜会も開催される事すら知らされていないのだから離宮から出ていないのは事実だ。

だが、酒場で歌っていると言うのも散財好きだと言うのも事実無根である。
しかし、姿がそこになければ人々は話題に飢えている。立っては消えて、立っては消えてとステファニアの事実無根な醜聞はまことしやかに囁かれ続けていた。

それを補うかのように、王太子妃用に計上された予算はレアンドロがロザリーの為に使っている。仕立て屋にあるトルソーもステファニアとは全く違う体形なのに毎月数着のドレスを仕立てるために休む間もなく使われている。
宝飾品も嫁ぐ際に持ってきた数と今の数はピタリと同じなのに毎月請求書が決済されている。

言葉を発する事が未だに出来ないステファニアには聞こえてこない噂話だが、日に日に離宮の使用人達のステファニアを見る目つきは険しくなっていった。
離宮から出る事を【療養】という名目で制限を受けている事など、数年前まで敵国の人間だったステファニアには都合よく削がれ、何時しか噂通りの王太子妃としか見てもらえなくなってしまった。

当初は幾つかあった執務も『散財好き』との噂と共に、予算を好き勝手に使われては堪らないと1つ減り、2つ減って今では1つも無くなり、本当の『名ばかりの王太子妃』となってしまった。





そんなステファニアは、国王との食事会以外は離宮から出る事を許されなかったが、1年を過ぎたあたりから1カ所だけ。そこに出掛ける時は誰に断る事もなく迎えに来た馬車に乗り込み、離宮の門をくぐる事が出来た。

唯一の外出先はハルメル王国の国王陛下の寝所だった。

メイドを母と呼び、従者を幼き日の友人と見紛い、ステファニアの事は髪色が同じだからだろうか。王家の管轄領で代官をしていた男の娘だと思い込んでいる国王はステファニアを見ると破顔はがんした。

従者に聞けばもうレアンドロの事は一切覚えておらず、王妃となったレアンドロの母の事も覚えていない。話をするのは7、8歳当時の事ばかり。国王は幼い頃は体が弱くいつも熱を出していたため王家の管轄領で育ったのだと言う。

「この部屋の中では、申し訳ないのですがステファニア様はジェニー。わたくしアデルはジェニーの従弟でラウール。そちらのメイドは今は亡き王太后殿下のカッサンドラ夫人と。ベルタ殿も不敬には問いませんので陛下の事はお名前のジェズアルド若しくはジェスと敬称をつけずにお願いします。わたくし共もそう呼ばせて頂いております」


ハルメル王国の国王は、体調が良い日には車椅子という椅子の両脇に車輪の付いた移動車で食事室に訪れ、記憶もハッキリしていたが1年を過ぎたあたりから呆ける事が多くなった。
寝たきりになると、近しいものから記憶を抹消していくようで今、国王は7歳前後の少年時代の記憶を時折思い出す程度となっていた。

形式的なものとは言え、何度も食事を共にした事が関係しているのだろうか。
国王は殊更ステファニアことジェニーは何処か、ジェニーを呼んでくれと頼む事が多く、ステファニアは「度々申し訳ない」と頭を下げる従者に嫌な顔一つせず迎えに来た馬車に乗り込んで王城に向かった。

ジェニーは吃音を揶揄われた事が原因ですっかり人と話をする事が出来なくなった少女だったそうで、病弱で気が付けば熱を出し周囲の「またか」とうんざりした視線に晒されて臆病になった国王とは馬が合ったのだと言う。
かのファミル王国が敗戦の憂き目にあった天然痘で命を落とし今は神の御許にいるジェニー。

ステファニアは扉を開けて一歩部屋に入ればジェニーとして寝台の横に用意された椅子に腰かけ、編み物をしたり国王の「魚釣りに行ったが岩よりも大きな魚を逃した話」と「大木に登ったは良かったが蜂の巣を壊し湖に飛び込んで逃げた話」を幾度となく聞かされながらも微笑んで相槌の代りに頷いて話に付き合った。

ここ7、8カ月ほどは呂律も回らず、何を言っているのか判らない上に、声にならない無音も混じっていたが何度も聞かされた話は、繰り返し読んだお伽噺のようにストーリーを覚えており、話し終えた国王は満足そうに瞼を閉じて眠りに落ちた。


「ありがとうございました。離宮までは馬車を用意してございますので」
「ご厚意に感謝いたします」

ステファニアの代りに言葉を発するベルタ。ステファニアは微笑を返した。
長い廊下をアデルに先導されて歩いていくと向かいから来た数人の集団とすれ違った。



「堂々と父上の従者と逢引きか。貞操を守るお国柄だと聞き及んでいたがとんでもない阿婆擦れだったようだな」

声の主はレアンドロだった。
腕にはロザリーをぶら下げて遠出の帰りだろうか。集団はラフで動きやすそうな装いだった。以前のように髪色なのか宝飾品の色なのか判らないほどつけていた髪飾りも今日は髪を一つにまとめた物だけだった。

「おぉ、そうだった。土産があるぞ」

レアンドロはロザリーとは逆の位置にいた従者に声をかけると、従者は一瞬「何の事だ?」と考えた。すぐさまレアンドロは従者が肩にかけていたバッグをひったくるようにして口を開けると、昼食の残りで土や草が付いたままのバンズをステファニアに向けて放り投げた。

ポスンと音を立て、受け損ねたバンズは床に転がる。ベルタがそれを拾い上げた。
ここの所のレアンドロの行いにアデルも腹に据えかねる物があった。
アデルはステファニアとベルタを庇うように前に出た。

「殿下、そのようなやましい事ではなく、妃殿下は陛下のお申し出によりおで頂いたので御座います。それと、何処に出掛けられていたのです?執務が滞っていると次官が――」

「あぁ、五月蠅い。俺に指図をするな。だいたいいつからそんなに偉くなった?俺の行動に口出しをして良いのは俺だけだ。間もなく代理と言うくだらない肩書も取れる‥‥と、そうそう丁度いい機会だ」


レアンドロは「ついでの便だ」と言わんばかりにステファニアに離縁を言い渡した。

「お前の所の国王陛下からありがたい申し出があったぞ」

ファミル王国の国王からの申し出と聞いて、ステファニアもベルタも帰国が出来る?との考えが過った。しかしそれはやはり甘い考えだった。レアンドロの二の句に意識は現実に戻った。

「石女の王太子妃を家臣に下賜しろとのありがたい申し出だ。嬉しくて涙が出るだろう?」
「お嬢様は石女などではっ!」

ベルタは身を乗り出して強く否定した。

「選定には俺も頭を悩ませたが、喜べ。ファッジン辺境伯の元に下賜してやる。なかなかに渋い男だが、同腹の子供で軍隊が出来るほどに可愛がってもらえるだろう」
「やだ、そんなに頑張るの?私なら体壊れちゃうわ」
「ロザリーにそんな事をさせるわけないだろう?」

ちゅっちゅとリップ音をさせ乍ら、髪や頬にキスを始めた2人にはステファニアとベルタ以上に国王付きの従者アデルの怒りの方が大きかった。

「離縁などそんな簡単に!こんな場で言い渡す事ではないでしょう。何より陛下がこの事を知らされていない。こんなバカげた決定がありますか!この事は議会にも報告をさせて頂きます」

「呆けた老害に何を報告すると言うのだ。もはや称号だけとなった父上よりも実際に国を動かしているのはこの俺だ。俺の決定に従わぬと言うのなら――」

「なんだと言うのです。まだ臨時、代理に過ぎないではありませんか。そしてこのような重要事項は議会で議決を取るべきものです。貴方は国王と言う地位や仕事を飯事ままごとか何かの役割と勘違いをしておられませんか」

バゴンと鈍い音と共にアデルが床に転がった。
カッとなったレアンドロが殴り飛ばしたのだ。


「興覚めだ。失せろ」

レアンドロの言葉を背に、倒れたアデルをベルタが手を貸し起こす。
ステファニアは従者の切れた口元にハンカチを押し当てた。
真っ白いハンカチが赤く染まっていく。
レアンドロの一行はレアンドロの舌打ちの音に歩き出し去っていった。

「ハンカチもお手も汚れてしまいます」

アデルの言葉にステファニアは首を横に振り、ハンカチの白い部分を再度口元にあてた。

「申し訳ございません…離縁の件と辺境伯の件は確認をしておきますので」

項垂れるアデルだったが、ステファニアの後ろで声がした。

「確認など必要ない。全て了承済みだ」

大きく野太い声にステファニアとベルタは振り返り、アデルは目を丸くした。
声の主は見た事もない1人の騎士‥‥というよりも野武士のような男だった。
感想 239

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。