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♡公爵令嬢の恩返し?
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ガタゴトと揺られる幌馬車が一刻ほどすると停車を致しました。
一番奥で丸まっていたわたくしは、周りをキョロキョロと見回すとここで休憩だと聞こえます。
一刻程走ると馬車を引く馬を入れ替えるために休憩があるのだとか。
そんな休憩を3回ほど繰り返すと、幌馬車に乗っていた乗客も半分ほどになっております。乗り込む際に見えた親子連れも下車したのか姿が見当たりません。
何処に向かっているのか、どの辺りを走っているのか皆目見当もつきません。
もうあの男達も追ってはこないと安心をしたのですが、漠然とした恐怖が襲います。
この先どうなるのかもですが、そんな先ではなく乗り込む時に渡した髪飾りで【どこまで】乗れるのかさっぱりわからないのです。咄嗟の事だったから受け取ったけれどやはりだめだと言われたら山の中で放り出されるのでしょうか。丸まっていても段々と減って来る乗客。直ぐに見つかってしまうでしょう。
「どうしたの?顔色悪いよ。馬車酔いかい?」
頭にスカーフを巻いた女性が話しかけてくださいます。「大丈夫です」と答えるのですが自分自身で声が震えているのも判ります。
「出口の方に移動しようか。あそこなら風も少しは入って来る。幌を大きく開けると土埃も一緒に入って来るから少しだけだけどね」
しかし、失敗で御座いました。風は確かにあたると気持ち良いのですが、ホッとしたのと、これからどうしようという気持ちが鬩ぎ合って涙がポロポロと溢れて止まらなくなってしまったのです。
「王都で男にでも捨てられたのかい?」
――中らずと雖も遠からずでございます――
「家に帰れば、良い事もあるさ、元気だしな」
――いえ、その家からどんどん遠ざかっているんです――
「って事は、あんた。今独身って事かい?」
「ふぇっ…ぁい‥独身と申しますか…1人で御座います」
「丁度良かった。どうだい?短期間で良いんだ。ちょっと頼まれてくれないかい?」
「頼み…で御座いますか?」
彼女はデラメッタさん。行商を兼ねて王都と田舎に住んでいる結婚適齢期を少しばかり超えた方々や、結婚適齢期を迎えられた方々とのご縁を取り持っているのだとか。
「参っちゃったよ。男爵家のご令嬢…と言っても8人兄弟姉妹の7番目の女の子なんだけどね。幌馬車の終点の村から少し行った所に住んでるマクシムさんの所に嫁ぐ予定だったんだけど、いなくなっちゃってさ。マクシムさんからは紹介料というか仲人料ももう貰っちゃってるんだけど肝心の花嫁さんがいないもんだから」
「それは大変で御座いますね」
「あらまぁ、他人事みたいに…って他人事なんだけどね?困ってるんだ。助けてくれないかねぇ」
「助ける?どのようにお手伝いすればよろしいのです?」
「マクシムさんのところにちょっとだけ!行ってくれないかい?」
「一緒に謝罪をすればよろしいのですか?」
「そう!‥‥ん?いや、そうなんだけど違う。行くのは行くんだけど」
わたくしの手を握り、顔を近づけてうんうんと頷くデラメッタさん。
「お願いだよ。この通り!かならず男爵令嬢を見つけ出して連れて行くから!それまでの間、身代わりで嫁さんの役をやってくれないかい?あんた育ち良さそうだしお貴族様って感じじゃないか?ね?お願い!!」
「そっそんなの無理です!知らない方の元に嫁ぐなんて出来ませんし、わたくし兄か叔母の元に行かねばならないのです」
「そこを何とか!マクシムさんの叔父さんからもう金も貰ってるんだけど、その…」
「どうされたのです?」
「スっちまったんだよ」
――まぁ…あの牢にいた方のお知り合いなのかしら――
全く存じ上げない方ですが、牢にいた女性とお知り合いとなれば親近感も沸くものですわ。
そして驚くようなことも申されるのです。
「マクシムさんはもう何年も男としては役に立たないから貞操の心配はないからね」
――そう、申されましても…散々その心配でこうやって逃げたのです――
「本当に急いで探してくるから!1か月!いや1週間でいいから!お願い!」
牢ではスリの女性に色々と教えて頂きましたし、お知り合いとなれば恩を返さねばなりません。1週間ほどでしたら、使用人さんもいらっしゃるでしょうし、お部屋は客間…いえ、使用人さんの空き部屋でも使わせて頂いて。
そうそう、便箋などもあるかも知れませんから、お借りできるかも知れません。
「判りました。では1週間だけ身代わりを務めますわ」
物事は簡単に引き受けるものでは御座いません。
幌馬車の終点から少し行った先…と仰っておりましたが別の馬車に乗り換えて3日。
そこから半日かけて農夫の方にお願いして荷台に乗せて頂き数刻。
自然豊かな地。別荘としてお住まいなのかしら?と思っていると「あれだよ」と申されるので顔を向けたのですが、わたくしの目には公爵家の庭にある冬用の薪を置いてある小屋のような建物しか見えないのです。
「あのマクシム様のお宅はどちらに?」
「あんた、あれが見えないのかい?」
困りました。小屋の様なものは見えるのですが…後ろに見える山のようになっている、いえ山だとは思うのですが自然の地形を利用しての大邸宅なのでしょうか。
ちょっと待っていてくれと申された女性は荷台を飛び降りて、やはり小屋に駆け寄っておられます。もしやあの小屋が自然の地形を利用した大邸宅の入り口なのかしら?と見ていると、小屋の扉を開けて何やら叫んでいた女性が戻って参ります。
「はい、降りて。降りて」
「あ、あの…先ずは謝罪と仮置きだとご説明を…」
「いいの、いいの、さっき声かけたら。じゃ、頑張って」
女性は農夫さんに声をかけると牛が引く荷車で来た道を戻って行ってしまいました。
小屋の方を見ると扉が開かれたまま、風に揺れております。
家令さんでも奥から走ってきているのでしょうか。
しかし、見渡す限り何も御座いません。小屋に見える入り口と山に見える大邸宅以外は背の高い草が茂った中に、先程の牛が引く荷車が通れるほどに土が見える道のようなものだけ。
しばらく待っても家令さんが出て来られないので、わたくしは小屋の扉に向かいました。
「お邪魔致します」
「開いてるだろ」
――確かに――
中にいた【人】のような物体がゆらりと動き、わたくしは咄嗟に扉を閉じました。
そして気が付いたのです。この小屋は入り口ではない事。
そして、小屋ではなく【住居】だったと言う事に。
いえ、お待ちになって。住居であれば何故扉を開けて直ぐに寝台??のようなものが見えたのかしら?わたくしなにか見間違いをしたか、錯覚をしたのでしょうか。
ギィィ… 「雨が来るぞ、早く中に入っとけ」
人のような物体がわたくしにむかって喋りました。
よく見ると、頭部と思われる場所は伸びすぎた髪の毛と髭でフサフサの玉のようになっているだけで【人】でございました。ですが‥‥湯あみの最中…では御座いませんよね?侍女やメイドは姿が御座いませんし、公爵家の湯殿のような湯船も御座いません。
では、なぜ腰に布を巻いただけですの?
凝視するわたくしに不信感を持たれたのでしょうか。おそらくマクシム様と思われるお方は無造作にその腰巻を取られてしまいました。
――どうして真ん中の足は地に届いていないの?――
やはり人ではなく、【人】のような物体でございました。
一番奥で丸まっていたわたくしは、周りをキョロキョロと見回すとここで休憩だと聞こえます。
一刻程走ると馬車を引く馬を入れ替えるために休憩があるのだとか。
そんな休憩を3回ほど繰り返すと、幌馬車に乗っていた乗客も半分ほどになっております。乗り込む際に見えた親子連れも下車したのか姿が見当たりません。
何処に向かっているのか、どの辺りを走っているのか皆目見当もつきません。
もうあの男達も追ってはこないと安心をしたのですが、漠然とした恐怖が襲います。
この先どうなるのかもですが、そんな先ではなく乗り込む時に渡した髪飾りで【どこまで】乗れるのかさっぱりわからないのです。咄嗟の事だったから受け取ったけれどやはりだめだと言われたら山の中で放り出されるのでしょうか。丸まっていても段々と減って来る乗客。直ぐに見つかってしまうでしょう。
「どうしたの?顔色悪いよ。馬車酔いかい?」
頭にスカーフを巻いた女性が話しかけてくださいます。「大丈夫です」と答えるのですが自分自身で声が震えているのも判ります。
「出口の方に移動しようか。あそこなら風も少しは入って来る。幌を大きく開けると土埃も一緒に入って来るから少しだけだけどね」
しかし、失敗で御座いました。風は確かにあたると気持ち良いのですが、ホッとしたのと、これからどうしようという気持ちが鬩ぎ合って涙がポロポロと溢れて止まらなくなってしまったのです。
「王都で男にでも捨てられたのかい?」
――中らずと雖も遠からずでございます――
「家に帰れば、良い事もあるさ、元気だしな」
――いえ、その家からどんどん遠ざかっているんです――
「って事は、あんた。今独身って事かい?」
「ふぇっ…ぁい‥独身と申しますか…1人で御座います」
「丁度良かった。どうだい?短期間で良いんだ。ちょっと頼まれてくれないかい?」
「頼み…で御座いますか?」
彼女はデラメッタさん。行商を兼ねて王都と田舎に住んでいる結婚適齢期を少しばかり超えた方々や、結婚適齢期を迎えられた方々とのご縁を取り持っているのだとか。
「参っちゃったよ。男爵家のご令嬢…と言っても8人兄弟姉妹の7番目の女の子なんだけどね。幌馬車の終点の村から少し行った所に住んでるマクシムさんの所に嫁ぐ予定だったんだけど、いなくなっちゃってさ。マクシムさんからは紹介料というか仲人料ももう貰っちゃってるんだけど肝心の花嫁さんがいないもんだから」
「それは大変で御座いますね」
「あらまぁ、他人事みたいに…って他人事なんだけどね?困ってるんだ。助けてくれないかねぇ」
「助ける?どのようにお手伝いすればよろしいのです?」
「マクシムさんのところにちょっとだけ!行ってくれないかい?」
「一緒に謝罪をすればよろしいのですか?」
「そう!‥‥ん?いや、そうなんだけど違う。行くのは行くんだけど」
わたくしの手を握り、顔を近づけてうんうんと頷くデラメッタさん。
「お願いだよ。この通り!かならず男爵令嬢を見つけ出して連れて行くから!それまでの間、身代わりで嫁さんの役をやってくれないかい?あんた育ち良さそうだしお貴族様って感じじゃないか?ね?お願い!!」
「そっそんなの無理です!知らない方の元に嫁ぐなんて出来ませんし、わたくし兄か叔母の元に行かねばならないのです」
「そこを何とか!マクシムさんの叔父さんからもう金も貰ってるんだけど、その…」
「どうされたのです?」
「スっちまったんだよ」
――まぁ…あの牢にいた方のお知り合いなのかしら――
全く存じ上げない方ですが、牢にいた女性とお知り合いとなれば親近感も沸くものですわ。
そして驚くようなことも申されるのです。
「マクシムさんはもう何年も男としては役に立たないから貞操の心配はないからね」
――そう、申されましても…散々その心配でこうやって逃げたのです――
「本当に急いで探してくるから!1か月!いや1週間でいいから!お願い!」
牢ではスリの女性に色々と教えて頂きましたし、お知り合いとなれば恩を返さねばなりません。1週間ほどでしたら、使用人さんもいらっしゃるでしょうし、お部屋は客間…いえ、使用人さんの空き部屋でも使わせて頂いて。
そうそう、便箋などもあるかも知れませんから、お借りできるかも知れません。
「判りました。では1週間だけ身代わりを務めますわ」
物事は簡単に引き受けるものでは御座いません。
幌馬車の終点から少し行った先…と仰っておりましたが別の馬車に乗り換えて3日。
そこから半日かけて農夫の方にお願いして荷台に乗せて頂き数刻。
自然豊かな地。別荘としてお住まいなのかしら?と思っていると「あれだよ」と申されるので顔を向けたのですが、わたくしの目には公爵家の庭にある冬用の薪を置いてある小屋のような建物しか見えないのです。
「あのマクシム様のお宅はどちらに?」
「あんた、あれが見えないのかい?」
困りました。小屋の様なものは見えるのですが…後ろに見える山のようになっている、いえ山だとは思うのですが自然の地形を利用しての大邸宅なのでしょうか。
ちょっと待っていてくれと申された女性は荷台を飛び降りて、やはり小屋に駆け寄っておられます。もしやあの小屋が自然の地形を利用した大邸宅の入り口なのかしら?と見ていると、小屋の扉を開けて何やら叫んでいた女性が戻って参ります。
「はい、降りて。降りて」
「あ、あの…先ずは謝罪と仮置きだとご説明を…」
「いいの、いいの、さっき声かけたら。じゃ、頑張って」
女性は農夫さんに声をかけると牛が引く荷車で来た道を戻って行ってしまいました。
小屋の方を見ると扉が開かれたまま、風に揺れております。
家令さんでも奥から走ってきているのでしょうか。
しかし、見渡す限り何も御座いません。小屋に見える入り口と山に見える大邸宅以外は背の高い草が茂った中に、先程の牛が引く荷車が通れるほどに土が見える道のようなものだけ。
しばらく待っても家令さんが出て来られないので、わたくしは小屋の扉に向かいました。
「お邪魔致します」
「開いてるだろ」
――確かに――
中にいた【人】のような物体がゆらりと動き、わたくしは咄嗟に扉を閉じました。
そして気が付いたのです。この小屋は入り口ではない事。
そして、小屋ではなく【住居】だったと言う事に。
いえ、お待ちになって。住居であれば何故扉を開けて直ぐに寝台??のようなものが見えたのかしら?わたくしなにか見間違いをしたか、錯覚をしたのでしょうか。
ギィィ… 「雨が来るぞ、早く中に入っとけ」
人のような物体がわたくしにむかって喋りました。
よく見ると、頭部と思われる場所は伸びすぎた髪の毛と髭でフサフサの玉のようになっているだけで【人】でございました。ですが‥‥湯あみの最中…では御座いませんよね?侍女やメイドは姿が御座いませんし、公爵家の湯殿のような湯船も御座いません。
では、なぜ腰に布を巻いただけですの?
凝視するわたくしに不信感を持たれたのでしょうか。おそらくマクシム様と思われるお方は無造作にその腰巻を取られてしまいました。
――どうして真ん中の足は地に届いていないの?――
やはり人ではなく、【人】のような物体でございました。
応援ありがとうございます!
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