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♡騙された!

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「あの、わたくしのドレスはどちらに?」

「洗って干してあるけど?」


簡単に言ってのけるマクシム様が調理をしてくださっております。
水瓶に水を汲みいれるついでにヤマポテというジャガイモに似た芋を掘り、滝壺で洗ってきてくださったのだとか。そこに木の実を石で砕いたものと、山菜を乾燥させていたものを千切って、えぇ千切って放り込んでおります。鍋はないと思っていたのですが、土で作った土鍋というもので調理をされておられます。

かき混ぜているのは木の枝で御座います。

「後は煮込むだけなんだが、ソルト草を入れてるから塩辛い感じがするかも知れない。少な目にはしてあるが辛かったらごめんな」

「いえ、わたくし、何も出来ませんもの。ありがとうございます」

「気にすんな。妻を食わせるのも夫の務めだ」


何か違う気も致しますが、そのようなものなのでしょうか。
そして床に胡坐をかいて座り、薪を割る斧を膝裏で挟むと斧の刃を器用に小さな木の板に当てて削っておられます。

「何をされているのです?」

「スプーンとフォークくらいはないと食い難いだろ?」

シャッシャっと規則的な音がいたします。見ているだけで楽しいもので御座います。
スプーンの凹んだ部分は丁寧に少し削っては指の腹で撫でておられます。

「ちゃんと削っておかないと唇を怪我してしまうからな」

柄の部分も細く削るとスプーンが出来上がります。同じようにフォークも切れ目を上手に斧の刃をあてて作ってくださいました。

「今度、木をくりぬいて皿も作ってやるからな」


しかし、問題が御座います。わたくしの分はあるのですがマクシム様の分は御座いません。
どうするのだろうと思っていたら、サッサの葉をスプーン代わりにすると仰います。
確かに庭…と申しましょうか。家屋の周りには生えておりますがサッサの葉は触れると指が切れそうなのです。
強さとしては大きなジャガイモはすくえないけれど、煮崩れしていればすくえる感じでしょうか。

どうするのだろうと見ておりますと…。

グサっ!

――あ、突き刺すんだ――

中まで煮えているかどうかもわかるんだと言いながらヤマポテの塩味煮物を食されます。
わたくしも作って頂いたばかりのスプーンを使ってヤマポテをすくいました。

ボキッ!!

――え…折れた――

決して大きいのを選り好みしたわけでは御座いません。
作って頂いたばかりのスプーンの先端が鍋に沈んでしまいました。


「も、申し訳ございません。折角作って頂いたのに」

「気にすんな。サッサの葉、取ってきてやっから」

グサっと指すサッサの葉。
その刺す時のなんとも言えない感じが癖になりそうでございます。
塩味のヤマポテも初めての挑戦でございましたが、とても美味しゅうございました。



そして翌日。
マクシム様はキスがお好きなようで御座います。半分寝ておりますので不思議な感覚でございます。唇が触れるというより、伸びた長い髭の感触なのであまりキスと言う感じではなく…幼い頃に飼っていた犬の毛ざわりのような感じで御座います。

すっかり乾いたというわたくしのドレス。ウェストから下の部分の中布地を膝丈のワンピースほどになるよう、裾をマクシム様に割いて頂き、遂に!遂にマクシム様の腰布が交換となりました。

中の布地は綿ですので、蒸れる事もないでしょうし、わたくしとしましては何よりも重要視した「長さ」が確保できましたし、ドレスの裾なので男性のマクシム様でも2周するのです。
これでお尻も冷える事は御座いません。


「針と糸があれば良いのですが」

「何をするんだ」

「このドレスの袖と飾りを取って普段着に出来ないかと。裁縫は刺繍しかした事が御座いませんが、なんとか出来るのではないかと思いまして」

「引き千切ればいいだろう」

――そういう訳には――


しかし、そう言いながらもわたくしはマクシム様に隠している事が御座います。そう、明後日はあの女性が男爵令嬢を連れてやってくるのです。
わたくしも、お兄様や叔母様に手紙も書きたいですし…。

ですが私の為に今日は沢の水を引いて目隠しの衝立を作り、御不浄を作ってくださると言います。それまでお恥ずかしながら、マクシム様が幾つか穴を掘ってくださり、使用後は埋めておりました。
家屋から離れた場所ですので、夜中は足元が見えず転んだ事も御座います。

「ついて行こうか?」

「それだけは!お止めくださいませ!」

譲れない矜持で御座います。
足を取られて転ぼうが絶対について来てもらっては困るのです。
あの河原で見た毛虫に刺されるほうがずっとマシだと思えるほど、全力で拒否致します。

そんな事が御座いましたので、スツローの茎を繋ぎ合わせ、沢から水を流し御不浄を家屋の横に作ってくださると言うのです。横と言っても少し距離は御座いますがそれまでに比べれば格段に改善されます。


なのに…明後日の事が言えないのです。
折角採ってきてくださったイエローベリーの実も甘くて美味しいのですが残してしまいました。

「どうした?マームシでも獲ってこようか?」

「絶対にお止めください。叫びます」

滋養強壮に効果があるそうで、風邪気味かな?と思う時マクシム様はマームシを捕獲するのです。風邪かなと思って捕獲をする体力に感心致します。かなり以前はベリーの実を発酵させた果実水に泥抜きをしたマームシを入れていたそうですが、今はなくてよかったです。そんなものをみたら失神だけでは済みそうにありません。

「そうだ。明後日向かいの丘の上に上がってみないか?」

「明後日…でございますか」

「チュールップルの花がそろそろ満開になるはずだ。疲れたら背中におってやるよ」

「いえ、その日は…」

「なんかあるのか?明後日…何かあったかな??」


言わなければ!わたくしは意を決したのです。
黙っていても女性が来れば判るのです。わたくしが身代わりで来た事を言わねばなりません。
ですが、少なからずとも好意を抱いてくださっているマクシム様。
それはここを出ていくという宣告に等しいのです。

正直、ちょっとここの暮らし楽しいなと思っているわたくしがいるのも事実。
わたくしは何も出来ません。湯船に水を運んできて入れるのも、竈に火をおこすのも、調理をするのも、洗濯をするのも、小屋、いえ家屋を修理するのも、カトラリーなどを作るのも全部マクシム様。

わたくしがする事と言えば「食べる」「寝る」「散歩する」くらいで御座います。
しかしっ!

「マクシム様。わたくし実は‥‥女性に頼まれまして1週間…その…妻に‥」

「ふむ…だから?」

「あの…明後日…女性が来るので…」

「無理だな」

「え?‥‥無理とは?」

「考えてごらんよ。王都から最寄りの馬車の停車場まで片道12日。そこからここに3日半。往復だと1か月はかかるし、人探しするならもっとかかる。まぁ‥‥簡単に言えば騙されたって事だ」


なんて事でしょうか。確かにマクシム様の仰る通りでございます。1週間であれば馬車の停車場までの往復で終わってしまいますものね。わたくしはどこまで世間知らずだったのでしょう。笑いがこみ上げて参ります。


「フフフっ…くくっ…ふふっ…」

「どうした?言っておくが1週間だろうが100年だろうか妻を手放す気はさらさらないからな」


マクシム様の言葉に、わたくしは何故か声をあげて大泣きしてしまったのです。
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