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VOL:7  襲撃、そして

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朝から雲一つない青空が広がる。

王太子フェリペを乗せた馬車が騎士の騎乗する馬に囲まれて王宮の門を出た。
行き先は年に3回。王太子妃が公務として行っている教会への慰問。

王太子妃は出産と日程が重なったが、この日は教会の総本山から司祭が訪れる事も決まっており、日程をずらす事は出来なかった。
そのため、代理として王太子フェリペが礼拝を行なう。

殆どの行事が開催日や移動ルート、何処が目的地なのかギリギリまで知らされないのだが、建国以来続く年に3回の公務は確定事項でその日も多くの住民が王太子の乗った馬車に向かって手旗となった国旗を振り歓声をあげた。


往路は問題なく予定通りに教会に到着。
司祭を迎え、教会側も厳重な警備を布いており、まさに蟻の子一匹通さない状態。

形式に則り、式次第を順に済ませ最後は司祭を迎えての昼食会。
出された食事は始祖の神が人々に施したと伝えられている野菜をただ煮だした薄いスープとミルクを使わずに水で捏ねた固いパン。

食卓についてから1時間、司祭の説法を聞き食べ物を口にできる感謝と生を未来につなげる喜びを全員で祈り、やっと口にする。
王太子フェリペも作法に則ってスープをパンに浸し、丁度最後の1欠片がスープを吸い尽くすようにゆっくりと胃の中に流し込んだ。

その後は打って変わって歓談。
午後3時を知らせる鐘の音と共に、全員が帰路につく。

王太子フェリペの乗った馬車も司祭を乗せた馬車が出立して23分後に教会を出た。
ゆっくりと馬を走らせる御者が異変を感じたのは、教会を出て30分後の事だった。

コンココン

小さく御者が壁を叩く音にフェリペと従者は御者側の座席の下に隠した剣を手にする。
その向かい、フェリペが腰を下ろしていた座面を持ち上げるとすっぽりと被るタイプの簡易な甲冑が取り出され、馬車内の全員が身に着けた。

異変は馬車を護衛する騎士にも伝わっていて距離感を縮める。
小窓から外を見ればまだ住民がいる商店街を抜けきっていない。

「何処で仕掛けてくるつもりでしょうか」
「大通りと大手筋の交差する手前・・・ですかね」
「そこなら2階より上階は立入りを制限したはずです」
「なら、交差を抜けて貧民窟への路地が出て来る場所だな」
「逃げやすいですからね。逃げる事を考えているとすれ―――うわぁ!!」


まさに想定外だった。ここかと考えた地点よりもまだ手前、多くの住民がそこかしこで手旗を振っている場所だった。フェリペの乗った馬車は路地から飛んできた、いや、路地を覆う屋根を支える木材を利用し、酒樽を転がしてきたため直撃を受けて横転したのだ。

ハーネスが切れ、馬は転んだが直ぐに立ち上がった。
逃げ惑う阿鼻叫喚の住民の声がフェリペの意識を覚醒させた。


「想定外を狙ってくるなぁ…レジスタンスか」
「殿下!暢気な事を言わないでください。お怪我は!」


通常なら馬車内の従者がフェリペの容態を確認をするのだが、横転した事でフェリペが負傷しなかったのは衝撃と共に従者が防御魔法を展開したからに過ぎない。

現在の状態は馬車の箱が卵の殻、中にいるフェリペたちは黄身。
外の角度が90度傾いていても、馬車の中は通常の位置となっている状態。

「流石だな。まだまだ引退は先のようだ」
「ご冗談を。孫も生まれたのでこれが最後の仕事ですよ」


年配の従者にフェリペが声をかけると馬車の外から「殿下!外に退避を!」叫び声がした。

割れた小窓から外を見れば火矢が無数に馬車に向かって飛んでくる。
フェリペだけを守るのなら簡単だが、場所が悪すぎた。

攻撃魔法を仕掛けようにもまだ沿道に詰めかけた住民たちが逃げまどっている。
そこに火矢。

「奴らには一般の民衆も王家も関係ないって事か」
「殿下!早く!」

水魔法で消せるかと思いきや、先に馬車に直撃し横転させた樽の中身が油。
木枠が外れて油はそのあたりに飛び散っており、火矢の炎に引火し家屋を炙り始めている。
逃げる住民の中にも衣類で消火を試みる住民が見えた。

「水魔法は使うな!辺り一面が火の海になる!」

フェリペの魔法は風系統の魔法だが、少しばかり特殊で空気を抜き真空にする。
発動をしたいのだが、住民が巻き込まれ酸欠で死に至らしめてしまうため使えない。


「狙いは私だ。私が引きつける。そこを一網打尽だ」
「御意」


フェリペは馬車を飛び出し、最初は小さなつむじ風を、そして足元に纏めると渦の回転速度をあげていく。


「うわぁぁん!!お母さぁん!!」


子供の叫び声がフェリペの注意を逸らせた。
浮き上がった体が地表に足をつけた。

同時に逃げている住民と思われた男が手提げ袋から何かを取り出し、渾身の魔法を使って袋をフェリペに向かって直進させた。

「くらえぇぇぇーーッ!!」

ただ投げつけるのとは違い、魔力で一気に押し出す形となった袋はフェリペに向かって加速をつけ飛んで来た。

「殿下!!危ない!!」


ドドンッ!!ドスッ!!ベチャっ!!


横っ飛びにウィンストンがフェリペの体を突き飛ばし、フェリペは久しぶりに地面に体が叩きつけられる衝撃を受けた。

そして先程までフェリペのいた2mほど先には紫色の液体に塗れたウィンストンが痙攣を起こしたように体を震わせて横たわっていた。

「ウィンストンッ!!」
「殿下!ダメです!退避を!」
「離せ!お前達ウィンストンが見えないのかーッ!」
「今は退避を!」


騒然となった商店街。駆け付けてきた騎士達と過激派と呼ばれる男達が今度は物理で剣を交えさせ始めた。圧倒的数の騎士の前に過激派の男達は次々に倒されていく。

どの男達も一見すれば住民と何ら変わらない。
襲撃の前に「察知」という加護で「殺気」と言う異変に気が付いた騎士、御者が特別だっただけだ。

捕えてみれば生き残った過激派は3人だけ。それも騎士が咄嗟に自死しようとする男達の口に柄を突っ込み、歯に仕込んだ毒を割らせなかっただけ。

「隣国との折衝で彼らの土地が部分的に取られた腹いせでしょうか」
「そうだろうな。保護区にすると譲歩案は出したのだが…ウィンストンは?無事か?」

フェリペの声に誰も「無事」という返事を返す者はいなかった。
まさかとフェリペは通りに戻り、騎士が人の輪を作って視界を阻害している中に飛び込んだ。


「何と言うことだ…」
「殿下、下がってください。揮発性の毒が噴き出す可能性があります」

フェリペと同じ風系統の「真空」を使い、ウィンストンの体についた紫色の液体を剥がしていく。液体のように見えて無数の小さな蜘蛛がウィンストンが浴びた物体の正体。

魔力があるのは貴族に限った事ではない。平民でも使える者はいるが持続性はなく独学で放出を身に着けるため一発勝負だったのだろう。フェリペに向かって袋を投げ切てきた男は全ての魔力をぶつけ、袋を投げた場所で魔力切れを起こし、目を見開いたままヒューヒューと喉の奥から隙間風のような音をさせるのみとなっていた。

通常の蜘蛛のように尻から糸を出すのだがそれが猛毒の神経毒。
それだけでなく8本の足、2本の触手の先から飛びついた獲物から体が離れないように毒性の粘着液を皮下に注入する。神経毒でもあり浴びてしまえば即座に痙攣を起こす。

痙攣は即時に見られる症状だが、2,3日で毒は体内に浸透し1か月ほど激痛を伴って臓器が蝕まれていく。
痛み止めも効かず、散々藻掻き苦しんでその先にあるのは死のみ。

「パープスパイダーか…」
「はい、ほとんどは死滅させましたが…顔の部分はまだ。刺激をすると毒を発しますので」
「何としてもウィンストンを救え」

ウィンストンは駆け付けた救護班の抱えた担架に乗せられ、治癒師3人も同乗の荷馬車で運ばれていった。
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