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VOL.6 ルーベス侯爵夫妻の絶望
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アガントス伯爵は今一度ルーベス侯爵夫妻に向かって姿勢を正した。
「なるほど。そのエマという娘、存在は認識しているが我が一族及び姻戚関係にあるものの中にはいない。それは明言をしておこう」
「そんな…息子の話では従姉妹にあたると…」
「他家の事ゆえ、その程度の認識なのは仕方ないとも言えるが仮にも息子、娘を通じて姻戚関係になろうかと言うのにレオン君は我が家の系統図をご存じないらしい。サシャリィは必死で貴家の11親等まで覚えたと言うのに。難儀な事だ」
「それはいったいどういう事だ?」
「エマと言う娘についてだが、我が妻レジーナの実弟ジェームズとその母親が婚姻した事は認めている。だが母親の連れ子であるエマとジェームズは養子縁組はしておらず…端的に言えば全く無縁の者。学びの為に学園に通わせているのはジェームズの善意に過ぎない。レジーナもその娘を当家から登校させる事までは出来ず、実弟繋がりと言うだけで実妹の元から通わせている。貴族と言う籍は無くとも血縁者の関係まで切れる訳ではないからな」
「で、では!エマと言う娘は‥‥」
「訂正願おうか。アガントス家の者ではない。つまりこの婚約が無くなる事で我々の関係は陛下に仕える貴族同士と言う関係になる。あぁそれから‥‥ジェームスの妻は身分は平民だった。意味は判るだろう?」
「へ、平民?!」
「爵位は異なるが…貴殿の子息に対しての教育は確かなものだったのだろうな。だが時期尚早。それだけは残念でならない」
がっくりと肩を落とすルーベス侯爵と、開いた口がそのままでハクハクと唇だけが言葉にならない息を吐きだす侯爵夫人。レオンに至ってはサシャリィの言葉は本当だったのかと今更ながらに驚愕の表情を浮かべていた。
それもそのはず。
新国王が推し進める法案の施行後なら平民と婚姻をしても爵位を失う事はない。
だが今は旧体制。貴族の中でも伯爵位以上の爵位を持つ貴族と平民の結婚は基本は禁じられており、どうしてもと言う場合は貴族側が貴族籍を捨てるしかない。
特にルーベス侯爵家のような【公侯伯子男】と言う爵位でも上位に位置する高位貴族は制限が殊更厳しいものになる。
痛くも痒くもないだろうが罰金刑の他に、取引先がどう出るか。特にこんな新体制に切り替わろうと言う時期の愚断は吉と出るか凶と出るかなど考える間でもない。
新しい体制はまだ熟知していなくても今までの体制は知っていて当然の侯爵家。
レオンもやっとここにきて自身の立場を理解するに至ったようだった。
騎士であるレオン。新体制移行後なら騎士としての立場もそのままにエマを妻に迎え入れる事は出来ただろう。だが、平民となるエマを選んでしまい婚約解消ではなく破棄を侯爵が受け入れた。
レオンには婚約破棄の原因が科せられる。
実際に婚姻をするかどうかは別問題だが、平民との色恋が原因であれば破棄の事由として婚姻と同様の処遇をせねばならないと定められているからである。
貴族籍を持つ令嬢を1人醜聞の中に放り込むのだから受けて当然のペナルティと言えよう。
レオンは当然貴族ではなくなる。「騎士」と呼ばれるのは爵位がある者。平民でも剣を持つものはいるが彼らは「警備兵」と呼ばれ騎士とは扱いが違う。
レオンは自ら「騎士」という立ち位置も放棄したに過ぎない。
新体制移行後は全てが「兵士」となるが過去の経歴で「騎士」であったのか「警備兵」であったのかは記載をされる。貴族籍もなく「警備兵」となるレオンの出世は新卒の兵士並みに厳しいものになる。
実力主義の武の世界でも、肩書は出世と切って切り離せない。
エリートコースを歩む者は将軍になる事は出来ても、叩き上げは将軍より4つ階級が下の少将が限界。侯爵家子息という肩書があったからこそ優遇措置で第2騎士団の編成に名前を連ねているが、貴族籍を抜ければ王都近郊を守る第5騎士団か警護団しか身を置く場所はない。
這いあがって来るにも平和な世が邪魔をする。
戦でもなければ武功も上げられないからだ。
せめて新体制になってから事を起こせば「騎士」のまま「兵士」になれたものを自ら手放すとはなかなか出来るものではない。
アガントス伯爵は希望を打ち砕くような言葉に縋れとルーベス侯爵に静かに語った。
「ルーベス侯爵。そう肩を落とす事もあるまい。そのエマと言う娘。父親は爵位を持っていたかも知れないだろう?」
ハッと紅潮した顔を上げたルーベス侯爵夫妻とレオンだったが続くアガントス伯爵の言葉に顔色が蒼白になった。
「ギムル村を統括しているオルタナ子爵に確認を取ればいい。その娘の父親が縛り首で15年ほど前に処刑をされている。記録には爵位があったかどうか残っているだろう」
絶望に突き落とすには十分だった。
貴族であれば毒杯若しくは斬首が最高刑。縛り首が貴族の処刑に適用された事はサンルクル王国が建国されて600年あまりだが一度もなかったのだから。
「なるほど。そのエマという娘、存在は認識しているが我が一族及び姻戚関係にあるものの中にはいない。それは明言をしておこう」
「そんな…息子の話では従姉妹にあたると…」
「他家の事ゆえ、その程度の認識なのは仕方ないとも言えるが仮にも息子、娘を通じて姻戚関係になろうかと言うのにレオン君は我が家の系統図をご存じないらしい。サシャリィは必死で貴家の11親等まで覚えたと言うのに。難儀な事だ」
「それはいったいどういう事だ?」
「エマと言う娘についてだが、我が妻レジーナの実弟ジェームズとその母親が婚姻した事は認めている。だが母親の連れ子であるエマとジェームズは養子縁組はしておらず…端的に言えば全く無縁の者。学びの為に学園に通わせているのはジェームズの善意に過ぎない。レジーナもその娘を当家から登校させる事までは出来ず、実弟繋がりと言うだけで実妹の元から通わせている。貴族と言う籍は無くとも血縁者の関係まで切れる訳ではないからな」
「で、では!エマと言う娘は‥‥」
「訂正願おうか。アガントス家の者ではない。つまりこの婚約が無くなる事で我々の関係は陛下に仕える貴族同士と言う関係になる。あぁそれから‥‥ジェームスの妻は身分は平民だった。意味は判るだろう?」
「へ、平民?!」
「爵位は異なるが…貴殿の子息に対しての教育は確かなものだったのだろうな。だが時期尚早。それだけは残念でならない」
がっくりと肩を落とすルーベス侯爵と、開いた口がそのままでハクハクと唇だけが言葉にならない息を吐きだす侯爵夫人。レオンに至ってはサシャリィの言葉は本当だったのかと今更ながらに驚愕の表情を浮かべていた。
それもそのはず。
新国王が推し進める法案の施行後なら平民と婚姻をしても爵位を失う事はない。
だが今は旧体制。貴族の中でも伯爵位以上の爵位を持つ貴族と平民の結婚は基本は禁じられており、どうしてもと言う場合は貴族側が貴族籍を捨てるしかない。
特にルーベス侯爵家のような【公侯伯子男】と言う爵位でも上位に位置する高位貴族は制限が殊更厳しいものになる。
痛くも痒くもないだろうが罰金刑の他に、取引先がどう出るか。特にこんな新体制に切り替わろうと言う時期の愚断は吉と出るか凶と出るかなど考える間でもない。
新しい体制はまだ熟知していなくても今までの体制は知っていて当然の侯爵家。
レオンもやっとここにきて自身の立場を理解するに至ったようだった。
騎士であるレオン。新体制移行後なら騎士としての立場もそのままにエマを妻に迎え入れる事は出来ただろう。だが、平民となるエマを選んでしまい婚約解消ではなく破棄を侯爵が受け入れた。
レオンには婚約破棄の原因が科せられる。
実際に婚姻をするかどうかは別問題だが、平民との色恋が原因であれば破棄の事由として婚姻と同様の処遇をせねばならないと定められているからである。
貴族籍を持つ令嬢を1人醜聞の中に放り込むのだから受けて当然のペナルティと言えよう。
レオンは当然貴族ではなくなる。「騎士」と呼ばれるのは爵位がある者。平民でも剣を持つものはいるが彼らは「警備兵」と呼ばれ騎士とは扱いが違う。
レオンは自ら「騎士」という立ち位置も放棄したに過ぎない。
新体制移行後は全てが「兵士」となるが過去の経歴で「騎士」であったのか「警備兵」であったのかは記載をされる。貴族籍もなく「警備兵」となるレオンの出世は新卒の兵士並みに厳しいものになる。
実力主義の武の世界でも、肩書は出世と切って切り離せない。
エリートコースを歩む者は将軍になる事は出来ても、叩き上げは将軍より4つ階級が下の少将が限界。侯爵家子息という肩書があったからこそ優遇措置で第2騎士団の編成に名前を連ねているが、貴族籍を抜ければ王都近郊を守る第5騎士団か警護団しか身を置く場所はない。
這いあがって来るにも平和な世が邪魔をする。
戦でもなければ武功も上げられないからだ。
せめて新体制になってから事を起こせば「騎士」のまま「兵士」になれたものを自ら手放すとはなかなか出来るものではない。
アガントス伯爵は希望を打ち砕くような言葉に縋れとルーベス侯爵に静かに語った。
「ルーベス侯爵。そう肩を落とす事もあるまい。そのエマと言う娘。父親は爵位を持っていたかも知れないだろう?」
ハッと紅潮した顔を上げたルーベス侯爵夫妻とレオンだったが続くアガントス伯爵の言葉に顔色が蒼白になった。
「ギムル村を統括しているオルタナ子爵に確認を取ればいい。その娘の父親が縛り首で15年ほど前に処刑をされている。記録には爵位があったかどうか残っているだろう」
絶望に突き落とすには十分だった。
貴族であれば毒杯若しくは斬首が最高刑。縛り首が貴族の処刑に適用された事はサンルクル王国が建国されて600年あまりだが一度もなかったのだから。
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