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cyaru

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31:ジュリアスの初恋

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第三王子ジュリアスは物心ついた時から寂しさを感じていた。

両親よりも2人の兄のどちらかが父だと言われても不思議ではない程の年の差。
同じ年齢の子供は城内にはおらず、時折貴族の子供がいる事はあったが、第三王子となれば取り入る必要もないと思うのか会釈をして話し相手にもなってくれず遊び相手はもっぱら侍女か従者だった。


熱を出しても、咳をしても心配をしてくれるのは乳母でまわりの者が言うには「両陛下も殿下が可愛くて仕方ないのでしょうね」だったが、1週間両親の顔を見ない日も当たり前のようにあった。


上の2人の兄は良く城を抜け出し2人で市井に出て遊んだこともあったようだが、1人となるとそれも出来ない。講師が来て勉強を教えてはくれるものの、覚えたところで次の国王は長兄、そして補佐として次兄と宰相。自分の居場所は何処になるのだろうと思い悩む日々が続いていた。


そんな時、8歳になった時である。
長兄のアルフォンスがどうやら妃になる女性を迎えるとの話があった。
他国の子爵令嬢でアルフォンスとは13歳も年齢差があると言う。

兄たちよりも年齢の近しいその令嬢はジュリアスにとって楽しみな女性でもあった。兄の妃になる女性だと言われても「友人」が出来る。そんな感覚に近かった。

やって来た女性はトルデリーゼと言い、ジュリアスには眩しいくらいの美人だった。

他国からやって来るという事で、色々と教えてあげないと!と言う気持ちになっていたのだがトルデリーゼは父の国王が慣習などに困る事がないようにとつけた講師たちを驚かせるほど出来が良かったのだ。

机を並べて一緒に講義を受ける事もあったが、自分と同じ事を学んでいるのにその習熟度には差が出た。

――つまんないな――

少年であるジュリアスにはそれまでの思いを否定されたような気持ちが渦巻いた。




そんなある日、客人であるトルデリーゼを歓迎する宴が開かれる事になった。

ジュリアスはまだ8歳だった事もあって夜会への参加は出来なかったが、特別に【王族】の1人として声をかける事になった。初めて王子としての仕事にジュリアスは目を輝かせた。

貴族と言っても全員が来るわけではない。トルデリーゼの負担にならないよう小規模な夜会であり参加者は限られていた。貴族も公爵家、侯爵家のみで総勢50人足らず。ジュリアスは家名と名前を必死で覚えた。


「順番としては公爵家からですが、時折前後する事が御座いますよ」


写真などはなく絵姿で名前を憶えていくのは大変だった。
見知ったものがいないのはジュリアスにはハンデでもあった。

当日、壇上に立ったジュリアスはそれだけで緊張してしまって覚えていた事が全部飛んでしまった。だが挨拶にくる貴族の流れは止まらない。
着飾った令嬢や夫人からは強烈な香水の匂いがして眩暈がする。
まだ8歳のジュリアスは背が低く、彼女たちが特に香水を塗りつけてくる下腹部に一番顔が近くなるのだ。


「次って、誰だっけ」


ポツリと後ろに控えている従者に聞いたつもりだった。
ふわりと優しい香りがして、目の前に少し屈んでくれたトルデリーゼがいた。

「殿下、大丈夫ですか?」
「うん…次が最後だったっけ」
「そのようですよ。ハルグス侯爵様だそうです」
「ハルグス?はぁぁ~やっとだぁ‥」
「殿下、挨拶が終わったら控室に連れて行ってくださいませんか?」
「いいけど、どうして?」
「忘れ物をしてしまったのです」

連れて行ってと言いながらトルデリーゼはアルフォンスに二言三言話しかけるとジュリアスの手を引いてその場を離れてくれた。広間を出て廊下の空気にあたるだけでもジュリアスの気分は改善された。


「お顔の色が少し良くなりましたね」
「そんなに?!‥‥気が付いてたの?」
「無理はいけませんよ?」
「うん…僕、初めてだから頑張らなきゃって…ウゥゥ‥ウェェッ」
「殿下っ!」


気が抜けたのもあったが、ジュリアスは盛大に戻してしまった。それをトルデリーゼは令嬢であれば足が見えるのは「恥」とも言える事なのにドレスのすぐ下のパニエも掴んで床に零れないよう全て受け止めたのだ。

「あっ!ごめっ…ごめんなさいっ‥」
「殿下?気分は楽になりましたか?お口の周りを綺麗にして頂きましょうね」
「僕より…トルデリーゼさんのドレスが‥」
「何ともありませんよ?ね?」

吐瀉物を受け止めた部分に蓋をするかのようにドレスを掴んだ両手が閉じる。

それは優しい嘘だと判っていてもジュリアスは嬉しくて堪らなかった。
トルデリーゼは向かいから歩いて来た男性給仕にジュリアスを託すと侍女のリゼルが待つ控室に去って行った。




だからこそジュリアスは行動に出てしまったのだ。

「父上っ!お願いがあります」
「どうしたのだ?馬でも欲しいのか?」
「馬じゃありません。僕、勉強も所作も語学も頑張ります。トルデリーゼ嬢と結婚したいです」

突然のお願いに国王も王妃も思わず顔を見合わせて驚くが、年齢差から年上の女性に憧れたのだろうと一笑に付した。

「父上、母上も!僕は本気です。お願いです」
「だがな、彼女は…アルフォンスの客人だからなぁ」
「ぼ、僕が頑張って家を興します。お願いです。父上、母上っ」

今まで我儘も言ったことのない大人しかったジュリアスに国王はそのうち目が覚めるだろうと後日トルデリーゼとアルフォンスにしばらく飯事遊びに付き合ってほしいと告げた。


ジュリアスは今までの生活を一遍し学問もマナーもダンスも剣術もより真摯に取り組みだした。

「リーゼ!ここを見てごらんよ」
「まぁ、福寿草ですわね。雪に埋もれているのによく見つけられましたわね」
「前にリーゼがこの花が好きだと言ってただろう?」
「覚えててくださったの?うふっ…嬉しいですわ」
「リーゼ、手を出して」
「なんでございましょうか」

摘んだ氷柱花の茎を輪にした指輪をトルデリーゼの指にはめる。

「氷柱花はカドリア王国にだけ咲く花なんだよ」
「可愛い花ですわね。でも摘んでしまったら可哀想ですわ」
「喜んでるよ。だってリーゼの指に咲いてるんだもの」

氷柱花の花言葉は「独占欲」
ジュリアスは指輪にした花を付けたトルデリーゼの指に自分の指を絡めた。

ジュリアスの恋心は萎む事なく、どんどんと膨らみ大きくなっていった。





「お嬢様、ジュリアス殿下から贈り物が届きました」

「ジュリアス殿下から?」

リゼルが大きな箱を抱えやって来る。箱の中身は夜会を最後に廃棄となったドレスの代わりだった。

「まぁ、気を使ってくださらなくても良かったのに」
「ジュリアス殿下、可愛いですよね。あと10歳年があれば…」
「リゼル、不敬よ。そんな事を口にしてはいけないわ」

ジュリアスからのカードの他にもう一枚カードが入っていた。
手に取って見ればそれは第二王子のディートヘルムからのもので、兄として弟ジュリアスの非礼を詫び、是非受け取ってやって欲しいという弟への気遣いも感じられた。

――実は仲がいいのかも知れないわね――

そう思いつつもジュリアスのあの指先が脳裏から離れない。
寂しさから爪を噛む事となり、行き過ぎてしまったのかもと考えた。

マルス家は海運業を営んでいるが、船に荷物を載せて海の向こうの大陸と交易をしている。その為に何日も父親が家をあける従業員の家も少なくない。
時に母親が手綱を取って船から降ろした荷を遠い領地まで配送する事もある。
祖父母や近所に住む親類に預けられて生活する子供も多いのだ。

そんな家の子供だけとも限らないが、親のいない寂しさから「自分の事は放っておいてもいいんだ」と拗ねてしまう子供もいる。
話ことばが乱暴になったり、爪を噛んだり、時に自傷行為をして気を惹く子供もいる。

――ジュリアス殿下の事は気にかけておかないといけないわね――

トルデリーゼは早速ジュリアスに礼状をしたためた。
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