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15:レンドン侯爵の言い訳
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「14年と言う期間ですので、娘の教育にかかったと言う費用だけでも明細が判るものを先にご用意頂くかと連絡を頂き中に3日と言う時間を設けましたが…手違いがありましたかな?書類が届く事がなく精査が出来ないままこの場で確認となれば…今日1日で時間が足りるでしょうかね」
特別監査は色々な点から切り込まれる。お父様、いえマルス家としては直接関与がある私の教育費用は正しておきたいところだろう。内情を知っているのに切り込むお父様はやはり海運業を生業とする会頭。相手の痛い所を突き、そこから攻め落としていくのだ。
商売をするにあたりまずは到底無理だろうという数字をあげて、徐々に相手の譲歩を飲む振りをしながら数字を引き下げて、最終的に考えていた数字で握手をするのと同じだ。
お父様は教育費用でレンドン侯爵から「侘び」として婚約解消をもぎ取ろうとしている。その為に14年間でかかった教育費用としての金は「手切れ金」としてくれてやるつもりなのだ。
「当家から14年間で教育費として出した金の総額は先月分も含め32億1500万。侯爵夫人として立つに相応しい教育をされたのは判っておりますが、この特別監査はその内情まで事細かく事務次官に説明をせねばなりませんのでね。この時期に特別監査。お互い痛くもない腹を探られるわけですが面倒には違いありませんので早めに終わらせたいと思っているのですよ」
柔和な表情を浮かべて話しかける、いやたたみ掛けるお父様はタヌキだ。
反してレンドン侯爵は母音だけを短く発し、答えに窮している。
それもそうだろう。王家の教育ですら年間1億も掛からないのだ。3倍弱の金額になるがレンドン侯爵家にその金がない事はこちらも調査済み。
詰みが判っている消化試合でどちらに分があるかは言わずもがな。
「それなんだが…実は10年分ほどの明細を処分してしまっているのだ。ご令嬢を迎えるにあたって屋敷を改装したのだが、その際に謝って廃棄してしまったようで申し訳ない」
苦しい言い訳だが、お父様は軽く一蹴した。
「廃棄と?まぁ大丈夫でしょう。高位貴族の支出に関する報告書は10年間は各商会でも控えの保管は義務。王宮には保管をされていますから突き合わせも出来るでしょう。ただそうなると時間がかかりますなぁ。書類を取り寄せる必要もありますし、廃業している商会があれば調査も必要になる。監査の日までに間に合うでしょうか」
「王宮…あ、あぁそうだったな。王宮には控えはあるが…その…こちらの都合ばかりで申し訳ないと思っているがそれは勘弁してもらえないか?」
「勘弁ですか?それはこちらのセリフですよ。国の監査を誤魔化せと言われているに同義。ならば提案ですが今まで貸した金、ここで全額返済をされては如何でしょう?そうすればレンドン侯爵家については支援した金と同額がこちらに戻りますので監査の対象からも外れるでしょうし」
「ぜっ全額?そんな途方もない…」
「途方もないだのと。アッハッハ。可笑しなことを仰る。我が家はそんな途方もない金額を貸してはおりませんよ?ですが借りたものは返すのが当たり前。この際ですからハッキリ申し上げておきますが、トルデリーゼが嫁ぐ事になっても返済が猶予されたり減額される事はありませんよ?帳尻が合わなくなるでしょう?」
「ちょっと待ってくれ。ご令嬢との結婚で借金については免責があるだろう?」
「何を仰っているか理解しかねますが、まぁ教育費については内容の精査も必要ですが全額使って頂いているのなら私も悪魔ではありませんからそれは相殺したとしても、他については相殺する理由がありませんよ?それとも何ですか?レンドン侯爵家は他家についても【ご祝儀】だからと免責を要求されると?」
「そんな‥‥いや、今までの慣習からすればだな。姻戚関係となるのだから帳消しとは言わないが借金についてはお互いの家が持ちつ持たれつという事でやってきたではないか」
身を乗り出して父に唾を飛ばしながらレンドン侯爵は熱弁をする。
父は手で目の前を軽く払うが、柔和な表情が途端に険しくなった。
「まるで当家の金を当てにしている様にも聞こえますが?」
現実としてそれで間違いはないのだが、言葉として発すればレンドン侯爵も「しまった」と態度に狼狽を浮かべた。ソファに深く背を預けた父はレンドン侯爵を見据えた。
「私は海運業を生業とし、色々な荷を運びますがね。娘を荷として運ぶつもりも扱うつもりもないのですよ。そちらからの縁談が金を目的としたものなら再考する必要がありますな。両家の縁、確かに事業が絡むのが事実。お宅の農産物を国内外へ運ぶに私どもの商売は切っても切れません。ならばと思っての事でしたが…」
「誤解だ。そう!そうなんだ。恥ずかしい話、侯爵家は経営が苦しい。そこを市価よりも安く運んでくれることで領民も大いに助かっている。両家が手を結べば昔の公爵時代のようにさらに右肩上がりの商売も可能だと思ったからこそ話を持ち掛けたのだ。そこは判って欲しい」
水を得た魚のように挽回時だとレンドン侯爵はまた声を出した。
だが、父の反応は薄い。
「だとすればです。監査まで時間はありません。廃棄しただの言い訳は結構。その時のために各方面に控えがあるのですからそれをお持ちください。書類だけで済むんです。出来ないのであれば先程も申しましたように一括返済。調べられて困る腹がないのであれば国の監査を受ければいいのですが無駄に使う時間や手間はお互い削りましょうよ」
「だから…それは無理なんだ。少しでいい。帳尻を合わせてくれないか?14年なんだ。監査も過去については曖昧な部分があると判ってくれる」
「話になりませんな。金の中でも教育費だけですよ?言ってるじゃありませんか。娘に全てを使ってくれているのならそれについては婚姻となった時に相殺しても良いと。半年後に迫った婚姻ですよ?今なら半年分は必要ないので簡単でしょう?まぁ、先程の当家との縁が金目的とも取れるのが本意であれば…こちらも容赦は致しませんがね。子爵程度と侮られる事も多いですが、取引でも相手を身ぐるみ剥がし裸に調べ上げる事など朝のベーコンエッグを作るより簡単なんですよ」
ガタリと音を立て、お互いの間にあったソファテーブルのわきにレンドン侯爵は跪いて額を床に擦りつけた。
「頼む。この通りだ。教育費については申し訳ないっ!本当の事を言えば侯爵家としてどうしても必要な支出があり使ってしまった分がある。本当に!本当に申し訳ないと思っているのだ。だがその分、ご令嬢の教育には力を入れたつもりだ」
「力を入れたつもり・・・ですか。そうでしょうね。幼い娘を大人が力の限り打つような教育だったのですから、侯爵家としての必要な支出も多岐に渡ったのでしょう」
まるで体罰の為の用具を買ったと言わんばかりのお父様にレンドン侯爵は伏せた頭をあげてブンブンと横に振る。侯爵夫人は何が起こったのか未だに理解が及んでいないと見えて、まるで他人事のように侯爵とお父様を交互に見やる。
「た、体罰用の道具など購入はしていない。なっ?そうだろう?」
レンドン侯爵の言葉を受けた侯爵夫人は自分に問われていると認識すると慌てて立ち上がり、侯爵の隣に膝をついた。
「は、はい。体罰用の道具などとんでもない話です。躾は講師共に直接手や足で行ないました」
「ばっ!バカッ!何を言ってるんだ!」
「だって…ほとんどはそうだもの。その為に買うなんてしておりませんわ」
元は平民の侯爵夫人。このような場を経験する事などなかったのだろう。
本当の事を言えば、反省がありこの場を逃れられると考えての言葉だ。
だからこそ、体罰が悪い事だとは思ってない。その為の道具を買ったのかどうかが争点になっているのだと夫人なりに理解をした答え。
目が曇っていたとは言え、この人から教えを乞うていたかと思うと情けなくもなる。
お父様は後ろに立っていた執事から数枚の書類を受け取りテーブルに並べた。
ビクリと肩を震わせたレンドン侯爵に静かに低い声でお父様が語りかける。
「御署名を」
震える手で端にあった1枚を手に取ったレンドン侯爵は目をカッと見開いた。
特別監査は色々な点から切り込まれる。お父様、いえマルス家としては直接関与がある私の教育費用は正しておきたいところだろう。内情を知っているのに切り込むお父様はやはり海運業を生業とする会頭。相手の痛い所を突き、そこから攻め落としていくのだ。
商売をするにあたりまずは到底無理だろうという数字をあげて、徐々に相手の譲歩を飲む振りをしながら数字を引き下げて、最終的に考えていた数字で握手をするのと同じだ。
お父様は教育費用でレンドン侯爵から「侘び」として婚約解消をもぎ取ろうとしている。その為に14年間でかかった教育費用としての金は「手切れ金」としてくれてやるつもりなのだ。
「当家から14年間で教育費として出した金の総額は先月分も含め32億1500万。侯爵夫人として立つに相応しい教育をされたのは判っておりますが、この特別監査はその内情まで事細かく事務次官に説明をせねばなりませんのでね。この時期に特別監査。お互い痛くもない腹を探られるわけですが面倒には違いありませんので早めに終わらせたいと思っているのですよ」
柔和な表情を浮かべて話しかける、いやたたみ掛けるお父様はタヌキだ。
反してレンドン侯爵は母音だけを短く発し、答えに窮している。
それもそうだろう。王家の教育ですら年間1億も掛からないのだ。3倍弱の金額になるがレンドン侯爵家にその金がない事はこちらも調査済み。
詰みが判っている消化試合でどちらに分があるかは言わずもがな。
「それなんだが…実は10年分ほどの明細を処分してしまっているのだ。ご令嬢を迎えるにあたって屋敷を改装したのだが、その際に謝って廃棄してしまったようで申し訳ない」
苦しい言い訳だが、お父様は軽く一蹴した。
「廃棄と?まぁ大丈夫でしょう。高位貴族の支出に関する報告書は10年間は各商会でも控えの保管は義務。王宮には保管をされていますから突き合わせも出来るでしょう。ただそうなると時間がかかりますなぁ。書類を取り寄せる必要もありますし、廃業している商会があれば調査も必要になる。監査の日までに間に合うでしょうか」
「王宮…あ、あぁそうだったな。王宮には控えはあるが…その…こちらの都合ばかりで申し訳ないと思っているがそれは勘弁してもらえないか?」
「勘弁ですか?それはこちらのセリフですよ。国の監査を誤魔化せと言われているに同義。ならば提案ですが今まで貸した金、ここで全額返済をされては如何でしょう?そうすればレンドン侯爵家については支援した金と同額がこちらに戻りますので監査の対象からも外れるでしょうし」
「ぜっ全額?そんな途方もない…」
「途方もないだのと。アッハッハ。可笑しなことを仰る。我が家はそんな途方もない金額を貸してはおりませんよ?ですが借りたものは返すのが当たり前。この際ですからハッキリ申し上げておきますが、トルデリーゼが嫁ぐ事になっても返済が猶予されたり減額される事はありませんよ?帳尻が合わなくなるでしょう?」
「ちょっと待ってくれ。ご令嬢との結婚で借金については免責があるだろう?」
「何を仰っているか理解しかねますが、まぁ教育費については内容の精査も必要ですが全額使って頂いているのなら私も悪魔ではありませんからそれは相殺したとしても、他については相殺する理由がありませんよ?それとも何ですか?レンドン侯爵家は他家についても【ご祝儀】だからと免責を要求されると?」
「そんな‥‥いや、今までの慣習からすればだな。姻戚関係となるのだから帳消しとは言わないが借金についてはお互いの家が持ちつ持たれつという事でやってきたではないか」
身を乗り出して父に唾を飛ばしながらレンドン侯爵は熱弁をする。
父は手で目の前を軽く払うが、柔和な表情が途端に険しくなった。
「まるで当家の金を当てにしている様にも聞こえますが?」
現実としてそれで間違いはないのだが、言葉として発すればレンドン侯爵も「しまった」と態度に狼狽を浮かべた。ソファに深く背を預けた父はレンドン侯爵を見据えた。
「私は海運業を生業とし、色々な荷を運びますがね。娘を荷として運ぶつもりも扱うつもりもないのですよ。そちらからの縁談が金を目的としたものなら再考する必要がありますな。両家の縁、確かに事業が絡むのが事実。お宅の農産物を国内外へ運ぶに私どもの商売は切っても切れません。ならばと思っての事でしたが…」
「誤解だ。そう!そうなんだ。恥ずかしい話、侯爵家は経営が苦しい。そこを市価よりも安く運んでくれることで領民も大いに助かっている。両家が手を結べば昔の公爵時代のようにさらに右肩上がりの商売も可能だと思ったからこそ話を持ち掛けたのだ。そこは判って欲しい」
水を得た魚のように挽回時だとレンドン侯爵はまた声を出した。
だが、父の反応は薄い。
「だとすればです。監査まで時間はありません。廃棄しただの言い訳は結構。その時のために各方面に控えがあるのですからそれをお持ちください。書類だけで済むんです。出来ないのであれば先程も申しましたように一括返済。調べられて困る腹がないのであれば国の監査を受ければいいのですが無駄に使う時間や手間はお互い削りましょうよ」
「だから…それは無理なんだ。少しでいい。帳尻を合わせてくれないか?14年なんだ。監査も過去については曖昧な部分があると判ってくれる」
「話になりませんな。金の中でも教育費だけですよ?言ってるじゃありませんか。娘に全てを使ってくれているのならそれについては婚姻となった時に相殺しても良いと。半年後に迫った婚姻ですよ?今なら半年分は必要ないので簡単でしょう?まぁ、先程の当家との縁が金目的とも取れるのが本意であれば…こちらも容赦は致しませんがね。子爵程度と侮られる事も多いですが、取引でも相手を身ぐるみ剥がし裸に調べ上げる事など朝のベーコンエッグを作るより簡単なんですよ」
ガタリと音を立て、お互いの間にあったソファテーブルのわきにレンドン侯爵は跪いて額を床に擦りつけた。
「頼む。この通りだ。教育費については申し訳ないっ!本当の事を言えば侯爵家としてどうしても必要な支出があり使ってしまった分がある。本当に!本当に申し訳ないと思っているのだ。だがその分、ご令嬢の教育には力を入れたつもりだ」
「力を入れたつもり・・・ですか。そうでしょうね。幼い娘を大人が力の限り打つような教育だったのですから、侯爵家としての必要な支出も多岐に渡ったのでしょう」
まるで体罰の為の用具を買ったと言わんばかりのお父様にレンドン侯爵は伏せた頭をあげてブンブンと横に振る。侯爵夫人は何が起こったのか未だに理解が及んでいないと見えて、まるで他人事のように侯爵とお父様を交互に見やる。
「た、体罰用の道具など購入はしていない。なっ?そうだろう?」
レンドン侯爵の言葉を受けた侯爵夫人は自分に問われていると認識すると慌てて立ち上がり、侯爵の隣に膝をついた。
「は、はい。体罰用の道具などとんでもない話です。躾は講師共に直接手や足で行ないました」
「ばっ!バカッ!何を言ってるんだ!」
「だって…ほとんどはそうだもの。その為に買うなんてしておりませんわ」
元は平民の侯爵夫人。このような場を経験する事などなかったのだろう。
本当の事を言えば、反省がありこの場を逃れられると考えての言葉だ。
だからこそ、体罰が悪い事だとは思ってない。その為の道具を買ったのかどうかが争点になっているのだと夫人なりに理解をした答え。
目が曇っていたとは言え、この人から教えを乞うていたかと思うと情けなくもなる。
お父様は後ろに立っていた執事から数枚の書類を受け取りテーブルに並べた。
ビクリと肩を震わせたレンドン侯爵に静かに低い声でお父様が語りかける。
「御署名を」
震える手で端にあった1枚を手に取ったレンドン侯爵は目をカッと見開いた。
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