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16:マルス子爵の引導

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書面を手にしたレンドン侯爵は文字に目を走らせながら、声を震わせた。

「こ、婚約の解消に同意しろと?」
「そんなっ!今更婚約を止めるだなんて!他の令嬢を今から探せと?運よく見つかってもリオの妻への教育はもう間に合わないじゃないの!」

どこまでも自分たちの事しか考えてない侯爵夫人に反吐が出そうだ。

「教育費は手切れ金として差し上げますよ。他の借金の額からすれば2年分の利息に相当する額です。こちらは随分と譲歩したつもりですがね?」

「待ってくれ。ではレンドン侯爵家はこの先どうすればいいんだ!」
「知った事ではありませんよ。他家の面倒まで見る義理などありませんから」

突き放す父。項垂れるレンドン侯爵の方に手を回す侯爵夫人。
1人茫然としているのはバレリオ様だ。

ちらりと私の方を見るバレリオ様が視界の端に入るが顔は向けない。
だが、何を思ったかバレリオ様は父に向けて言葉を発した。

「義父上、私は納得できません!」
「義父と呼ばれる筋合いはない」

拒否をする父はバレリオ様の方を見ようともしない。
しかしバレリオ様は食い下がる。


「レンドン侯爵家とマルス子爵家の繋がりは金かも知れませんが、私は違います!私とルーは…トルデリーゼは愛し合っているんです。家など関係ない。仲を引き裂くような事は止めて頂きたい!」

隣でお母様が鼻と口ではなく、言葉と一緒に耳から空気を飲み込んだのだろうか?奇妙な豚の鳴き声のような音を出した。

バレリオ様の声は私を名指しし同意を求めるものになり届けられてくる。

「ルー。そうだろう?君からも言ってくれ。私達の仲はこんな事で引き裂かれるものではないはずだ。レンドン侯爵家にではなく、私がこのマルス家に婿入りしたっていい。家は関係ない。この14年間を共に過ごしてきてルーだって同じ思いの筈だ」

溜息すらゴミ箱に棄てたくなるような言葉に私はお父様と目を合わせた。
小さく頷くお父様。
私は真っ直ぐにバレリオ様に目を向けた。
途端に表情を崩し、私に微笑みかけるバレリオ様。


「家は関係ない?家の関係があったからこその婚約。ですのでそれ以上の気持ちは持ち合わせておりません。バレリオ様は向ける感情をどなたかとお間違いでは御座いませんこと?」

「あぁ、その事か。プリシラは何でもないんだ。王都観光に付き合っただけで何の感情も持っていない。周りが勘違いをして色々と吹聴しているようだが、気にするような事ではないよ」

「周りが勘違いするほどの関係ともなれば、それもまた正さねばなりませんが‥‥ふふっ面倒ですの。だってそうでしょう?貴方とプリシラ様が何処で何をされていることに何故わたくしが興味を持たねばならないのです?一片の興味も御座いませんわ。ですが違うと仰るのなら王都の貴族たちの間で囁かれる噂について各々にご説明をされては如何?過日のようにプリシラ様を連れて各家を回れば誤解も解けるのではないでしょうか」

「興味がない?いや…妬いているのではないのか?」

「妬く?わたくしが?面白い事を仰るのね。貴族の結婚に感情が必要かしら?必要なのは家を重んじ民を考える事であり個人の感情など二の次、三の次。わたくしは…貴方様のお母様からそう学びましたわ。ただそのお母様が感情論で婚姻をされているのに不思議な事もあるものだと思いつつでは御座いましたが」

「そんな!ルーは私の事が好きだと言ったではないか!一緒にいたいと何度も!」

「それはそうでしょう?どうして婚約者の隣で他の男性の事が話せましょう?わたくし、そこまで愚かでは御座いませんわよ?」

「だが!教育が辛いと何度も私に愚痴を溢し、その度に私の優しさに救われると言っていたではないか。あれは嘘なのか?私を謀ったのか?ルーを慰めるたびに私は…私は私の存在意義を見出したというのに!」


何てこと。
バレリオ様は苦しむ私を見て、自分の存在意義を見出したと仰る。
ならば私はその存在意義を見出すために四六時中苦しまねばならないのか。なんて馬鹿馬鹿しい。侯爵夫妻は還俗的な「金」に固執をしているけれど、バレリオ様はもっと質が悪い。

人間だから優越を付け、優越感に浸りたいのは理解できるがその為に私を欲していたとなればそれは愛玩動物以下の存在として認識していたという事ではないか。

――あぁ、なるほど――

3回目までの人生がこれでストンと落ちてきた。
私が苦しみ、悩む姿を見たいがためにプリシラ様との仲を見せつけたのか。そこに愛があったかは別として女性を道具としてしか考えていないという事がよく判った。


「申し訳ないのですがレンドン侯爵子息様とはわたくし、価値観も意義も異なるようですわね。貴方の存在意義の為に人生を賭すことに何の意味がありましょう?対極にすらない考えはお互いに不幸な結婚となります。ここでご縁が切れるのもお互いには良い事ではないでしょうか。少なくともわたくしは他家からの金で異性に物を買い与えるような不道徳についてはどのような理由があろうとも看過致しかねますわ」

「だが…私へ向けていた言動は嘘ではないだろう?なら!」

「嘘ではないですが、今はもう消え去りました。言葉にするなら【無関心】でしょうか。だって関係のない方の事まで考えていたらキリが御座いませんでしょう?」


私の言葉にバレリオ様の表情が歪んでいく。まさか玩具目下が逆らうなど思ってもいなかったからであろうが、私はもうバレリオ様に向ける感情はない。


「侯爵、さぁ署名を。ここまでご子息も娘を愚弄していた事を知った今、とてもじゃないが関係を続けるような被虐的な趣味嗜好は持ち合わせておりません。ご無理であれば貴族院の判断を仰いでも構いませんよ?ただ先だって謝罪をされようとしたご子息の不貞行為、これは覆らないでしょう。この国で愛人を持つのは黙認をされておりますがそれは務めは務めとして果たした者についてだけ、疑わしい行為は慎むべきと…いや、釈迦に説法でしたな」


婚約について貴族院に上申され、それとは別に特別監査。
レンドン侯爵家は元々詰んでいたのだ。

小悪魔的な笑みを浮かべてお父様は床に跪くレンドン侯爵にテーブルに置かれ重なった書類を指で示した。


「老婆心ながら調べておきましたよ。貸した金には少し足りませんがその分を勉強代としても当家は構いません。レンドン侯爵家の不動産全てで手を打ちます。勿論今の屋敷に住み続けて頂いても結構。但し賃借料は必要となりますがね。就職先、いや失礼。高位貴族様相手に就職などはありませんな。経営については一切の手が離れるので今後を考える時間は十分に取れるでしょうし、感情豊かなご子息もほら?渦中の令嬢との縁を持てば如何でしょう。なぁに侯爵家という爵位まで頂くわけではありませんよ。これから先も侯爵家としてお励み頂けますのでね」


収益の術を全て奪われ、爵位しかない侯爵家となる以外にレンドン侯爵家の道はない。少し足らないといった分はレンドン侯爵がこの訪問に先立って売ってしまった飛び石の領地の事だ。

考えさせてほしいと言ったレンドン侯爵は婚約解消の書面にだけは署名を残した。走るペン先を睨みつけるバレリオ様は小さく私の名前を呟いたが私は聞こえないふりをした。


☆~☆
ちょっとこの話が長くなったので予定の21時10分にもう1話投稿します<(_ _)>ゴメンネ
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