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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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10年後のオルとの幸せな未来を語るわたしを、とても優しい目で見つめているオル。
だけど、彼はあまり幸せそうに見えない。
「俺の知るディナは知的で慎重なひとだ。
時戻しの魔法に飛び付いて、ハイパーとのやり直しをやりたがる性格じゃないのは分かってた。
やはり、シドニー・ハイパーとの悪縁を話さないことには、ディナは時戻しをやる気ゼロだな……」
『ディナが過去の時間をやり直したいのなら』と自発的に望めば叶える、と言っていたのに。
オルの口振りは彼がわたしに、どうしても時戻しをさせたいように感じた。
それに思わぬ名前が出てきた……シドニーとの悪縁?
今のわたしにとってシドニーはモニカのおまけのような存在になっていたのに、彼との縁が10年経っても続いていたのは驚きだ。
こうなってしまったモニカとの関係で、あのふたりと穏やかに親戚付き合いを続けているとは、思えないけれど……
「嘘をついたと怒っても構わない。
昨夜の事故から助けたくて俺はここに来た、と言ったけれど、それは君に時戻しの魔法をかけたいからなんだ。
俺が時戻しの術を会得した本当の目的は、13年前に戻ってディナにハイパーとの悪縁を切らせること」
「……」
オルが言う13年前とは、わたしから見れば、3年前の高等学院入学後の頃のことだろう。
本当は今のわたしにではなくて、シドニーと知り合う前後の16歳のわたしにオルは会いに行きたくて、時戻しの魔法を身に付けたということ、なのね。
目の前に現れた美しい23歳のオルに、領地から出てきたばかりの田舎娘のわたしが夢中になるのは、容易く想像がつく。
19のわたしでさえ、こんなに簡単に堕ちたのだ。
自分の理想が形になって現れた様なオルから
『将来、君は俺の恋人になるんだよ。13年後から会いに来たよ』と言われたら、夢見る乙女は何を聞かされても受け入れるだろう。
オルと比べたら、高等学院時代のシドニーなんて、ジャガイモだ。
好きになるわけがない。
他に恋人なんて作らない。
ひたすら、オルに出会える日を待ち続ける。
高等学院でシドニーと距離を取り、友人にもならなければ。
彼のバースデーパーティーには呼ばれず、昨夜あの場に行くことはなくなり、自然にとばっちり事故は回避される。
その流れは納得は出来るから、今は文句は言わない。
まだ話の途中だから、言わないけれど……
さっきからのモヤモヤの正体が分かってしまった。
このモヤモヤが大きくなって、拗らせてしまう前に、オルに気持ちを隠さずに伝えようと思った。
「シドニー・ハイパーがこれからのわたしの人生で、大きな位置を占めると思えないの。
あのふたりとの関わりは昨夜で終わった。
10年後のわたしはオルシアナス・ヴィオンを愛していて、一緒にも暮らしていた。
シドニー個人と付き合うわけがない、と言い切れる。
唯一考えられるとしたら、クレイトンの継承問題がまだ続いていた、ということ?」
「……クレイトンについては片がついていた。
君の父上は成人したモニカに伯爵位を渡して、伯爵家で働いていた皆には、きちんと仕事を斡旋して。
母上はご実家と相談してクレイトンから手を引くことにして、ムーアの関連各社との取引停止をモニカに宣言した。
ご両親は喜んで王都へ帰って以前の仕事に戻り、リアンは貧しい領地と次期伯爵の重圧から逃れられて、人生を満喫していた、ただ……」
「それを聞いて安心したわ。
母は伯爵家を維持しようと、領内の産業を発展させるために頑張っていたけれど、離れるとなったら大喜びしたでしょうね。
長年仕えてくれた使用人の皆にも次の仕事先を紹介出来ていたのなら、全てが丸く収まったのね。
モニカは希望通り、伯爵位と領地と名誉を取り戻し。
次男のシドニーは、無事に愛する女伯爵に婿入りをして。
貧乏くじを自ら引いたふたりは、清貧の中でも、真実の愛さえあれば大丈夫だと、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました、とさ。
これぞハッピーエンド、めでたし、めでたし」
「……ディナ?」
モヤモヤした理由が分かったことで、わたしのふわふわしていた恋心は急速に冷め始めていた。
今はオルに対する反発心が頭をもたげてきている。
ただ、と言いかけたオルの話の腰を折ったことは自覚している。
オルが戸惑ったように、話終わったわたしを見ていた。
声の感じから、わたしの機嫌が悪いと気付いたのね。
だけど、不機嫌の理由には思い当たってはいない。
オルは自分の代わりに、時戻しの魔法をかけたわたしを、3年前に送り込みたいんだね。
でもね、残念ながら、もうわたしは16歳の田舎娘じゃないの。
ちょっと自分の顔がいいから、って。
その顔にわたしが弱いから、って。
わたしを思い通りに出来るとは思わないで。
自分が厄介な性格だと分かっている。
自分が納得しなければ動かないの。
どうしてこんなに可愛げがないの。
だけど……これがわたし。
やる気ゼロの肩書きだけの伯爵令嬢。
ジェラルディン・キャンベル・クレイトンなんだ。
だけど、彼はあまり幸せそうに見えない。
「俺の知るディナは知的で慎重なひとだ。
時戻しの魔法に飛び付いて、ハイパーとのやり直しをやりたがる性格じゃないのは分かってた。
やはり、シドニー・ハイパーとの悪縁を話さないことには、ディナは時戻しをやる気ゼロだな……」
『ディナが過去の時間をやり直したいのなら』と自発的に望めば叶える、と言っていたのに。
オルの口振りは彼がわたしに、どうしても時戻しをさせたいように感じた。
それに思わぬ名前が出てきた……シドニーとの悪縁?
今のわたしにとってシドニーはモニカのおまけのような存在になっていたのに、彼との縁が10年経っても続いていたのは驚きだ。
こうなってしまったモニカとの関係で、あのふたりと穏やかに親戚付き合いを続けているとは、思えないけれど……
「嘘をついたと怒っても構わない。
昨夜の事故から助けたくて俺はここに来た、と言ったけれど、それは君に時戻しの魔法をかけたいからなんだ。
俺が時戻しの術を会得した本当の目的は、13年前に戻ってディナにハイパーとの悪縁を切らせること」
「……」
オルが言う13年前とは、わたしから見れば、3年前の高等学院入学後の頃のことだろう。
本当は今のわたしにではなくて、シドニーと知り合う前後の16歳のわたしにオルは会いに行きたくて、時戻しの魔法を身に付けたということ、なのね。
目の前に現れた美しい23歳のオルに、領地から出てきたばかりの田舎娘のわたしが夢中になるのは、容易く想像がつく。
19のわたしでさえ、こんなに簡単に堕ちたのだ。
自分の理想が形になって現れた様なオルから
『将来、君は俺の恋人になるんだよ。13年後から会いに来たよ』と言われたら、夢見る乙女は何を聞かされても受け入れるだろう。
オルと比べたら、高等学院時代のシドニーなんて、ジャガイモだ。
好きになるわけがない。
他に恋人なんて作らない。
ひたすら、オルに出会える日を待ち続ける。
高等学院でシドニーと距離を取り、友人にもならなければ。
彼のバースデーパーティーには呼ばれず、昨夜あの場に行くことはなくなり、自然にとばっちり事故は回避される。
その流れは納得は出来るから、今は文句は言わない。
まだ話の途中だから、言わないけれど……
さっきからのモヤモヤの正体が分かってしまった。
このモヤモヤが大きくなって、拗らせてしまう前に、オルに気持ちを隠さずに伝えようと思った。
「シドニー・ハイパーがこれからのわたしの人生で、大きな位置を占めると思えないの。
あのふたりとの関わりは昨夜で終わった。
10年後のわたしはオルシアナス・ヴィオンを愛していて、一緒にも暮らしていた。
シドニー個人と付き合うわけがない、と言い切れる。
唯一考えられるとしたら、クレイトンの継承問題がまだ続いていた、ということ?」
「……クレイトンについては片がついていた。
君の父上は成人したモニカに伯爵位を渡して、伯爵家で働いていた皆には、きちんと仕事を斡旋して。
母上はご実家と相談してクレイトンから手を引くことにして、ムーアの関連各社との取引停止をモニカに宣言した。
ご両親は喜んで王都へ帰って以前の仕事に戻り、リアンは貧しい領地と次期伯爵の重圧から逃れられて、人生を満喫していた、ただ……」
「それを聞いて安心したわ。
母は伯爵家を維持しようと、領内の産業を発展させるために頑張っていたけれど、離れるとなったら大喜びしたでしょうね。
長年仕えてくれた使用人の皆にも次の仕事先を紹介出来ていたのなら、全てが丸く収まったのね。
モニカは希望通り、伯爵位と領地と名誉を取り戻し。
次男のシドニーは、無事に愛する女伯爵に婿入りをして。
貧乏くじを自ら引いたふたりは、清貧の中でも、真実の愛さえあれば大丈夫だと、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました、とさ。
これぞハッピーエンド、めでたし、めでたし」
「……ディナ?」
モヤモヤした理由が分かったことで、わたしのふわふわしていた恋心は急速に冷め始めていた。
今はオルに対する反発心が頭をもたげてきている。
ただ、と言いかけたオルの話の腰を折ったことは自覚している。
オルが戸惑ったように、話終わったわたしを見ていた。
声の感じから、わたしの機嫌が悪いと気付いたのね。
だけど、不機嫌の理由には思い当たってはいない。
オルは自分の代わりに、時戻しの魔法をかけたわたしを、3年前に送り込みたいんだね。
でもね、残念ながら、もうわたしは16歳の田舎娘じゃないの。
ちょっと自分の顔がいいから、って。
その顔にわたしが弱いから、って。
わたしを思い通りに出来るとは思わないで。
自分が厄介な性格だと分かっている。
自分が納得しなければ動かないの。
どうしてこんなに可愛げがないの。
だけど……これがわたし。
やる気ゼロの肩書きだけの伯爵令嬢。
ジェラルディン・キャンベル・クレイトンなんだ。
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