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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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もし、モニカがひとりで帰郷して、シドニーとの婚約を報告していたら、母は気を付けるように、婚約を思い直すようにモニカを諭していた、と思う。
だが、彼女はひとりではなかった。
最初から敵対すると宣言してきた。
だから、母は何も教えずに、モニカを見捨てた。
「ふたりが交際を貴女に隠していたことも知っています。
それが貴女を傷付けたいモニカの主導であることも。
ハイパーの婚約者となったモニカが巧妙に貴女の悪評を流し、徐々に居場所を奪おうとしているであろうことも……
ハイパーの誕生日にふたりが婚約することはムーア氏は把握されていました。
というのも、キャンベル家とムーアの関係を知らない友人がシーズンズに、サプライズで婚約祝いのケーキをモニカの名前で予約したからです。
モニカ・キャンベルの名前が予約名簿に載っていたので、事情を知っている店舗支配人から連絡がありました。
ケーキの受け取り時間から夜に開かれるのが分かり、何も知らずに参加した貴女が気掛かりでハイパーの部屋を張っていたのです」
それで怒りに燃えて夜道を歩くわたしを心配して、跡をついてきてくれたのね。
知らなかったとは言え、鳥籠の中の鳥、だなんて思ってしまったことを祖父に申し訳なく思う。
祖父、母、フィリップスさん。
……わたしはずっと守って貰っていた。
「……さて!」
これで自分の話は終わりだ、と言う様に。
フィリップスさんはひとつ、両手を合わせて叩いた。
思っていたより大きなその音に、わたしはビクッとなったが、オルは身動きひとつしなかった。
フィリップスさんはキッチンの調理台にもたれて立ったままのオルを手招いた。
「お待たせしました、ここからは君も合流してください」
◇◇◇
リビングのローテーブルを囲むのは、2脚の肘掛け椅子と1台のカウチ。
呼ばれてこちらへやって来たオルが、当然の様にわたしの隣に座る。
隣り合って座るわたし達を眺める大人の目は、やはり厳しい。
その冷たい眼差しは……一昨日の夜。
格好よく話そうとして、聞いてる方が恥ずかしくなるような言葉で声をかけてきたフィリップスさんでも。
自分のコートが汚れても、優しくパピーを抱いてくれたフィリップスさんでもない。
「君は本当に肝が据わっている。
彼女がムーアのご当主の孫娘だと知ってたんじゃないか?」
「それは結果として知りましたが、当初はディナだから好きになったんですよ?」
「……拾った子犬が狼だった件について。
僕が納得出来るように聞かせて貰いたいね。
僕は今日は子供に着せる服も用意して、パピーを引き取りに来たんだ。
そろそろ体調も戻っただろうし、別れ難そうだったから週末は預けたが、パピーが居たら彼女は大学に行けない。
だから、明日にでも僕が警察に君を連れていこうと思ってね。
残念ながら、若い男性の服は用意してないよ。
この世間知らずのお嬢さんにも言い聞かせなくちゃいけないことはたくさんあるが、まずは君の話を聞かせて貰おうか」
「金曜の夜、子供に戻ったのは魔力切れですよ」
オルは割りと素直に答えた。
さっきも魔法士の誓い、とか聞こえていたけれど、魔法士であることは隠さないのね。
フィリップスさんもさっきまで、自分のことを私、と言っていたのに、僕、と切り替えてきた。
ここからは私人として、話をするということ?
「……魔法士と言うのは、信じよう。
先ほどの誓いを、君は詠唱無しで行った。
魔力無しでも分かるよ、明らかに空気の流れを感じたからね。
僕も魔法士に知り合いが居ないわけではないから、それが出来るのは類いまれな才能の持ち主である、とは分かる。
そんな優秀な魔法士が魔力切れを起こすなんて余程のことだよ。
幼い君の背中には虐待の跡があり、少額ではあってもパンを窃盗したね?
何があったのか聞かせて貰えるかな?」
「……黙秘権を行使します」
「弁護士には情報開示請求が認められていてね。
魔法庁へ君の名前で情報提供を求めたっていいんだ。
名前は言えるね?」
「黙秘権を行使します」
「黙秘権の行使なんて、許されるのは王族直属の魔法士だけだよ。
もしかして、そうなのか?」
「……黙秘権を行使」
オルは3度目の黙秘権行使しちゃった……
「……魔力を使い切った訳も名前も、黙秘権を使うんだ。
わかった、では矛先を変える」
何を言っても答えないオルを諦めたのか、フィリップスさんがわたしの方に向き直った。
「彼の名前を教えてください。
何も判明しない限り、僕は彼を警察に引き渡します。
貴女が身元のわからない窃盗犯の男を2日間も部屋に泊めて警察のお世話になった、とムーア氏に報告をしなくてはなりません」
だが、彼女はひとりではなかった。
最初から敵対すると宣言してきた。
だから、母は何も教えずに、モニカを見捨てた。
「ふたりが交際を貴女に隠していたことも知っています。
それが貴女を傷付けたいモニカの主導であることも。
ハイパーの婚約者となったモニカが巧妙に貴女の悪評を流し、徐々に居場所を奪おうとしているであろうことも……
ハイパーの誕生日にふたりが婚約することはムーア氏は把握されていました。
というのも、キャンベル家とムーアの関係を知らない友人がシーズンズに、サプライズで婚約祝いのケーキをモニカの名前で予約したからです。
モニカ・キャンベルの名前が予約名簿に載っていたので、事情を知っている店舗支配人から連絡がありました。
ケーキの受け取り時間から夜に開かれるのが分かり、何も知らずに参加した貴女が気掛かりでハイパーの部屋を張っていたのです」
それで怒りに燃えて夜道を歩くわたしを心配して、跡をついてきてくれたのね。
知らなかったとは言え、鳥籠の中の鳥、だなんて思ってしまったことを祖父に申し訳なく思う。
祖父、母、フィリップスさん。
……わたしはずっと守って貰っていた。
「……さて!」
これで自分の話は終わりだ、と言う様に。
フィリップスさんはひとつ、両手を合わせて叩いた。
思っていたより大きなその音に、わたしはビクッとなったが、オルは身動きひとつしなかった。
フィリップスさんはキッチンの調理台にもたれて立ったままのオルを手招いた。
「お待たせしました、ここからは君も合流してください」
◇◇◇
リビングのローテーブルを囲むのは、2脚の肘掛け椅子と1台のカウチ。
呼ばれてこちらへやって来たオルが、当然の様にわたしの隣に座る。
隣り合って座るわたし達を眺める大人の目は、やはり厳しい。
その冷たい眼差しは……一昨日の夜。
格好よく話そうとして、聞いてる方が恥ずかしくなるような言葉で声をかけてきたフィリップスさんでも。
自分のコートが汚れても、優しくパピーを抱いてくれたフィリップスさんでもない。
「君は本当に肝が据わっている。
彼女がムーアのご当主の孫娘だと知ってたんじゃないか?」
「それは結果として知りましたが、当初はディナだから好きになったんですよ?」
「……拾った子犬が狼だった件について。
僕が納得出来るように聞かせて貰いたいね。
僕は今日は子供に着せる服も用意して、パピーを引き取りに来たんだ。
そろそろ体調も戻っただろうし、別れ難そうだったから週末は預けたが、パピーが居たら彼女は大学に行けない。
だから、明日にでも僕が警察に君を連れていこうと思ってね。
残念ながら、若い男性の服は用意してないよ。
この世間知らずのお嬢さんにも言い聞かせなくちゃいけないことはたくさんあるが、まずは君の話を聞かせて貰おうか」
「金曜の夜、子供に戻ったのは魔力切れですよ」
オルは割りと素直に答えた。
さっきも魔法士の誓い、とか聞こえていたけれど、魔法士であることは隠さないのね。
フィリップスさんもさっきまで、自分のことを私、と言っていたのに、僕、と切り替えてきた。
ここからは私人として、話をするということ?
「……魔法士と言うのは、信じよう。
先ほどの誓いを、君は詠唱無しで行った。
魔力無しでも分かるよ、明らかに空気の流れを感じたからね。
僕も魔法士に知り合いが居ないわけではないから、それが出来るのは類いまれな才能の持ち主である、とは分かる。
そんな優秀な魔法士が魔力切れを起こすなんて余程のことだよ。
幼い君の背中には虐待の跡があり、少額ではあってもパンを窃盗したね?
何があったのか聞かせて貰えるかな?」
「……黙秘権を行使します」
「弁護士には情報開示請求が認められていてね。
魔法庁へ君の名前で情報提供を求めたっていいんだ。
名前は言えるね?」
「黙秘権を行使します」
「黙秘権の行使なんて、許されるのは王族直属の魔法士だけだよ。
もしかして、そうなのか?」
「……黙秘権を行使」
オルは3度目の黙秘権行使しちゃった……
「……魔力を使い切った訳も名前も、黙秘権を使うんだ。
わかった、では矛先を変える」
何を言っても答えないオルを諦めたのか、フィリップスさんがわたしの方に向き直った。
「彼の名前を教えてください。
何も判明しない限り、僕は彼を警察に引き渡します。
貴女が身元のわからない窃盗犯の男を2日間も部屋に泊めて警察のお世話になった、とムーア氏に報告をしなくてはなりません」
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