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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 わたしの男はもうここには居ない。
 魔法学院に入ったら、もうおいそれとは会えない。


 サイモンがここに来てるの?
 じぃじめ、第1土曜に孤児院に遊びに来ていることを話したのね。

 どういうつもりで、サイモンが会いに来たのか分からないけれど。
 いいわ、夜にはモニカと対決するし、同じ日にサイモンにも……


 サーラさんが今日も責任者らしいので、声を掛けさせていただく。
 サイモンはサーラさんにも、話を通していたらしく、
『いつもは第1土曜にはいらっしゃらないの。
 今はお手伝いはいいから、彼とお話をしてきたら?』と生温い目で仰る。


 クララとふたり別室で昼食を食べていたらしく、応接室だと知らされた。
 そう言えば、短時間でもここにいる時間は重複していたモニカとはもう会ったのかな?
 いや、もっと前から顔見知りだったかも?
 そう考えなから、扉をノックした。


 はい、と応える声がしたので扉を開くと、サイモンが驚いたようにわたしを見た。
 ローテーブルにはふたり分の食器があったから、回収に来たのかと思ったのかな。
 ここでは自分が食べた食器は自分で運んで洗うのよ、覚えておいてください。
 2人がけソファに座ったサイモンの膝の上には、クララが眠っていた。
 風邪を引かないように、彼は自分の上着を掛けている。
 サイモンは10歳離れた妹を溺愛しているんだ。


「気持ち良さそうに眠ってる。
 お邪魔でしょう?」

「1度寝たら、なかなか起きないから……」


 わたしは向かい側のひとりがけに座った。


「今日、ここへ来るってヒューゴさんに聞いたから」

「……」

「あのひと、君の何?
 あのひとの伝手で、シーズンズで働いてるのか?」


 まあ、伝手は伝手だ。


「そうです、母方の祖父になります」

「伯爵夫人の?」


 母の父が作業服を着た下働きのお年寄りだと聞いて、何故かいきなり嬉しそうな表情になる。
『さすがキャンベル卿……』と、呟いているので。
 その実態を教えるのは止めた。
 顔と性格の良さだけで、母を射止めた父なんです、と。
 でも、思い返せば父も年上の女性好きだ。


「さっきまで、わたしの従姉のモニカ・キャンベルが居たんですが、以前から知り合いでしたか?」


 ……認める。
 サイモン、いやシドニーがいつからモニカと知り合って、いつからふたりは付き合っていたのか?
 わたしは口では平気だと言いながら、実はすごく気になっていたのだ。


「あぁ、ノックスヒルの聖女か。
 あの女、ここに居た?
 俺は君より1本早い5:30発の始発で来て、そのままここでクララが来るのを待ってたから、会っていないけど?」


 あの女?
 前回はあんなに優しそうにしていたのに?


「聖女なんて言われてても、最低だ。
 色々と噂は聞いたが、出所はあの女だろ?
 最初、キャンベルと聞いて君がモニカなのかと思って。
 申し訳なかった」


 わたしがキャンベルとだけ言ったから、モニカと間違えていたのね。
 モニカの顔も年齢も知らなかったんだ……
 彼女の印象も最悪みたいだけれど、前回もノックスヒルの噂を聞いてても、父に好印象を持っていたのだとしたら。


「先輩は、わざと自分が貧乏くじを引いたんですか?」

 思わず口にしていた。


「貧乏くじ? 何の話?」

 その言葉に、サイモンが眉をひそめて。
 そうだ、わたしは前回は彼の、こんな表情を見るのが怖かったことを思い出した。
 シドニーの機嫌が悪くならないように、いつも気を遣っていた。


 オルとはあんなに言い合って、睨み合っても。
 全然怖くなかったのに。


「今ならまだ間に合います。
 今回は、エドワーズ侯爵に負けないで」

「今回は、あいつに負けないで?」

「貴方は来年の夏が終われば、侯爵にクララちゃんのことで脅されて犯罪の片棒を担がされる。
 だけど父を、わたしも含めて、現伯爵家族が侯爵から寄生されないように。
 最終的に家族ごと殺されないように。
 貴方はモニカと婚約をしたんでしょう」

「は?」

「貴方は3年後の誕生日にモニカとの婚約を発表するんですが、わたしにはモニカとは直ぐに結婚はしない、と言いました。
 侯爵の隙をついて、クララちゃんを連れて逃げるつもりだったのかな。
 それと後は『もう彼女は君達家族から早く離れるべきだ』と貴方は言ったんです。
 わたしは貴方がモニカを信じて、虐げられている彼女を守りたくて、わたし達から引き離そうとしてるのだと思いました。
 でも、本当の意味は悪評をばら撒くモニカから、うちの家族が離れた方がいい、と言うことだったのかもしれませんね?」


 サイモンは口も挟めずに、話し続けるわたしを呆気にとられて見ている。


「あの時、気が付いたら後ろにモニカが立っていたんですが、彼女最初から聞いていて、というより、あそこに呼び出したのモニカの指示かな。
 キャンベル呼びして、ひとりで帰れ、とか。
 それであんな……如何にもモニカの言い分を信じているような……
 でも、あれじゃ喧嘩を売られていると思っても仕方ないですよ?
 そもそも事前にどうしてわたしに相談してくれなかったんでしょう」

「待て、待て!
 いきなりベラベラ喋るな!
 君はどちらかと言えば無口なタイプだろ!
 あの女と婚約するなんて、 絶対にあり得ない!
 3年後? 言ってることが全然理解出来ない!」

「クララちゃんが起きるから静かにして」

 そう言うと、興奮しかけたサイモンも黙った。


「わたしは今は貴方の後輩で16歳ですが。
 本当は19歳なんです。
 3年後から、魔法にかけられて時戻しをしました。
 わたしがこれから起こる未来を話します。
 わたしを嘘つきだと罵るのも、俺を馬鹿にするなと怒鳴るのも、全部話し終えてからにしてください。
 元サイモン・デイビス・サマセット先輩」

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