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第15章 主人公と兄
死神姫と兄
しおりを挟む_____"死神姫"という名前を知らない兵士はこのユートピアに居ない。
けれども、それは所謂"噂"の類で、誰もその姿を見た者も居ないのだ。
だから、信じていなかった。
けれど。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
「し、死神…………ッ!」
沢山の血が、舞っている。
沢山の肉塊が、落ちている。
沢山の悲鳴が、響いている。
その中心で舞うように、躊躇なく人を殺していく紅銀のポニーテールの女。
それを見て___俺は、動けなくなっていた。
ヴァリアース大国騎士団長、セフィア・ライド・オーファンは目を見開いて、その惨劇を見ていた。
『噂』ではなかった。本当に『死神姫』はいた。
紅銀のポニーテール、黄金色の瞳、赤と黒の鎧を着て、青紫の剣を操る美しい女。
それが______最愛の弟の、妻なのだ。
…………………俺は、騎士団育成の一環としてサクリファイス大帝国で行われている『任務』に参加した。騎士団長として、自信があったけれど…………弟の妻は俺なんかよりも強く、美しく、___残酷だった。
「このぉ!」
「…………ッ! 」
そんなことを考えていると、後ろから男が襲いかかってきているのに気づく。反応が遅れたせいでやられる___と、思ったが。
「っえ……………?」
「…………!」
俺が動く前に、男の脳天に青紫の剣が貫かれた。顔に生温かい血を被る。そして。
「____お兄様、大丈夫ですか」
「あ、ああ…………」
「怪我があってはなりません。わたくしから離れないでくださいまし」
女はそれだけ言って剣を引き抜き、人間だったモノを踏み付けて再び殺しに興じた。
俺は_____恐ろしかった。
なんの躊躇もなく、人を殺す女___アミィール・リヴ・レドルド・サクリファイスが。
恐ろしかったんだ______
* * *
「…………………………」
アミィールが血塗れになった頃には、ガロとセフィア、ダーインスレイヴ以外その場に居なかった。
セフィアは震えていた。自分が騎士団長だと言うことを忘れるくらい、共に戦ったアミィールは強かった。強いという噂は聞いていたというのに、だ。
呆然とするセフィアの肩に手が乗る。セフィアが振り返ると___全身を赤く染めたダーインスレイヴが。
「___大丈夫か、セフィア」
「ッ、ダーインスレイヴ様…………彼女は、何故こんな風に人を…………ッ」
「____ここは、奴隷売買国なのはわかるだろう?
こういう場所を潰し、悪事を働いている人間を粛清するのが……………アイツの選んだ役目だからだ」
ダーインスレイヴは悲しげにそう言った。
ガロも下を向いている。
「……………ッ」
セフィアは唇を噛んだ。
女の身でありながら血にまみれる宿命を受け入れそれを熟すのは、簡単じゃ無いはずだ。それでも、彼女がそれを選んだというのか?
それは___余りにも悲しい決断じゃないか。
「…………………ぃ」
「……………?」
不意に、アミィールが何かを言っているのに気づく。セフィアは震える身体に鞭打って近づいてみた。
「_____セオ様に会いたい」
「______ッ」
聞き取った言葉が鼓膜を揺らす。
涙さえ流さず、血に染るこの少女が望むのは、自分の弟で。
そう思うと、勝手に涙が溢れた。
_____帰ったら、セオドアに聞かなければならない。
_____この悲しく強い少女を、お支えできるのか。
___覚悟はあるのか。
聞かなければならない、と強く思った。
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