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002 覚醒

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 この日の朝も、いつもと変わらない。
 武器や防具の状態及び所持品の確認を行う。
 全てが問題ないと分かったら、稽古を始める。

 目を瞑り、脳内に敵の姿を浮かべる。
 今回の相手は、B級のレッドバジリスクだ。
 全盛期はかろうじて勝てていた相手。

 脳内で戦闘を繰り広げる。
 あらゆる武器とスキルを駆使して挑む。
 その結果――。

「寄る年波には抗えぬか」

 ――脳内の俺はバジリスクに食い殺された。
 何度か戦ったが、どうやっても勝つことが出来ない。
 かつては避けられた敵の攻撃が躱せないのだ。

 脳内では自分に都合良く展開出来る。
 それでも勝てないのだから、現実で勝つことは不可能だ。

「バジリスクに勝てないのに、バヘルの塔を攻略するなど……」

 先日、ミーシャと酒場で行った会話が蘇る。
 俺が攻略出来なかったダンジョン――バヘルの塔。
 それを攻略出来るかも、といった話だ。

「さて、アホな幻想は捨てて、安定した日々を過ごすとしよう」

 そうは思っていても、蘇った幻想は、熱を帯びる一方だった。

 ◇

 先日に続き、今回もミラーフォックスのクエストを受けた。
 得意なクエストの1つで、手軽なわりに報酬が良くてお気に入りだ。

「クソッ! なんでこんな奴にまで!」

 しかし、この日の俺は絶不調だった。
 今まで軽く屠っていたミラーフォックスに苦戦しているのだ。

 敵の動きに惑わされ、こちらの攻撃が当たらない。
 敵の攻撃も当たりこそしないものの、危ない場面が目立った。
 このままだと命を落としかねない。

「集中しろ! 集中しろ!」

 そう自分に言い聞かせても、中々、戦闘に集中出来なかった。
 理由は分かっている。
 他のことを考えていて、気が散っているからだ。

 今からでもやり直せるのではないか。
 そんなありえない邪念が、胸中に広がっている。
 それが足枷となり、俺の行動を阻害していた。

「……ったく、妨害スキルより厄介だな、これは」

 我ながら嫌になってくる。
 努力が報われなかった現実に打ちのめされたはずなのに。
 絶望に絶望を重ねた末に、今の自分があるというのに。
 良い部分や甘い部分ばかりが、どうしても先行する。

「グハッ!」

 いよいよ攻撃を受けてしまった。
 口から大量の血を吐いてしまう。
 かなりのダメージを受けてしまった。

「やべぇ……」

 身体が動かない。
 近くの木にもたれて、何度も血を吐く。
 立ち上がるだけの気力は残っていなかった。

「コンコンコーン!」

 ミラーフォックスがトドメを刺しに来る。

「一か八かだ」

 立ち上がることを諦め、カウンターに打って出た。
 持っていた剣を、馬鹿正直に真っ直ぐ伸ばす。

 普段なら避けられる攻撃だが、今回は命中した。
 俺を仕留める為に、敵が深く踏み込んでいたからだ。
 カウンターが待っているとは欠片ほども考えていなかった。

 それが奏功して、俺の攻撃が届いたのだ。
 しかし、敵の攻撃も俺に届いてしまった。

「ガハァ」

 いくつかの臓器が壊れた、という実感がある。
 これほどの重傷だと、流石に回復アイテムでは治せない。
 かといって、俺は回復スキルを持ち合わせてはいなかった。
 死を直感する。

『あーあ、死んじゃった』
『ちょっと無理し過ぎたなぁ』

 突然、脳に声が響いた。
 瑞々しいくらいに青い男の子の声だ。

「なん……だ……?」

 霞む視界で周囲を見るが、他に誰もいない。
 それでも、脳に響く声は途絶えない。

『僕にはこのゲームをクリアするなんて無理だぁ』
『よーし、こうなったら“裏技”を使っちゃうぞ!』
『はっはっは! これならどんな敵も楽勝だぁー!』

 無邪気な男の声が響き続ける。
 その声を聴いていると、妙な感覚に陥った。

 誰かの記憶が沸々と蘇ってくるのだ。
 しかし、それらは俺の記憶ではない。
 なのに、まるで俺自身の記憶にも思える。
 どこか遠い、別世界の話なのに。

「――!」

 全身を雷に貫かれたような衝撃が走る。
 全て、まるっと分かってしまった。

 これは……前世の記憶だ。

 沸々と浮かんでくるのは、前世の俺の記憶に違いない。
 記憶が蘇ってきて、気づいてしまった。
 ここは、前世でたらふく遊んでいたゲームの世界だと。

 死にかけだから、記憶が混濁しているだけなのかもしれない。
 それを試す方法は――――ある。

「ここがゲームの世界なら……」

 ゲームには“裏技”があった。
 ステータスモードと呼ばれるもので、キャラの能力を変更出来る。
 スキルを使う要領で、ステータスモードと念じればいい。
 隠しコマンドというやつだ。

「頼む……!」

 命の炎が消える瀬戸際、俺は「ステータスモード」と念じた。
 すると、視界に俺のパラメータを示す項目が表示されたのだ。

「やはり……」

 案の定、ここはゲームの世界だった。
 そうと分かれば、死なずに済むかもしれない。
 いや、かもしれないではなく、死なずに済むだろう。

 俺はパラメータのHPを全開にする。
 死を意味する左端付近にあった摘まみを、右端に移動した。
 パラメータは手で弄ることは出来なくて、念じることで動かせる。

「うおおおお!」

 致命傷だったはずの傷が、跡形もなく消える。
 ついでに他の項目も全て右端に移動して、最強にした。
 見た目には変化がないのに、強くなったことがひしひしと分かる。
 全身から力が漲ってきたのだ。

「これなら……これなら……」

 S級冒険者になること。
 バヘルの塔を攻略すること。
 その他、諦めていたかつての目標が蘇る。

「今の俺なら、全ての目標を達成することが可能だ……!」

 退屈な日々が一変した。
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