上 下
8 / 17

008 神殿

しおりを挟む
 ネタスキルはゲームのお約束だ。
 誰もが残念扱いする、存在価値がよく分からないスキル。
 この世界にも、そんなネタスキルは存在していた。

 魔法使いの場合、代表的なのは〈燃えない炎〉だ。
 小さな炎を任意の場所に生み出す、という一見すると使えそうなもの。
 しかし、この炎には特徴があって、一切、燃え広がらないのだ。
 着火剤の上に発動しようが、炎が大きくなることはない。

 ゲームだった頃も、そして、現代でも大半が忘れているネタスキル。
 これを使い、ネネイに意地悪を働いた愚か者に成敗を下す。

「おっさん、保護者ならしっかりしろよなぁ」

 男の一人がニチャァと笑った瞬間、俺は〈燃えない炎〉を発動した。
 親指の第一関節と同程度の小さな炎が、野郎の頭頂部に誕生する。
 炎は髪の毛の中に埋もれて、傍からは全く見えない。

「アヂィ! あた、頭ガァ!」
「おい、どうした?」
「なにがあったんだ!?」

 熱がる馬鹿と、驚く仲間達。
 安心しろ、今からお前達にも同じ思いをさせてやる。

「「「アヂィイイイイイイ!」」」

 目の前で、馬鹿の3人組が熱がっている。
 両手でしきりに頭を払いながら、その場でグルグル回る。

「おとーさん、あのおにーちゃん達、どうしたの?」

 起き上がったネネイが、熱がる馬鹿共を見て首を傾げる。

「踊りたい気分なんだろう」
「楽しそうなの! ネネイも踊るのー♪」

 ネネイは表情をニパッとさせて、馬鹿共の隣で踊り出した。
 馬鹿共の真似をして頭を押さえ、クルクル回りながら飛び跳ねる。
 馬鹿の一人に足を引っかけられたことなど、もう忘れているようだ。
 裏表のない優しい子だなぁ、ネネイは。

「なんか踊っている奴等がいるぞ」
「頭を押さえているが、アレは何の踊りだ?」
「さぁ、どこぞの片田舎では伝統なんじゃね?」
「可愛らしい女の子も踊ってるし、いい感じじゃねーか」

 周囲の冒険者がにこやかな表情で眺める。

「アヂィよぉ! たずげてぐれぇ!」

 馬鹿共だけは涙を流していた。

「さっ、踊りもその辺にして、行こうぜ」
「もっともっと踊りたいの!」
「あとでたくさん踊らせてやるさ」
「わーい! やったぁー!」

 ネネイと手を繋ぎ、ギルドから出て行く。
 〈燃えない炎〉を俺の意思で消すことはない。
 射程外まで行けば、どうせ勝手に消えるのだから。
 それまでは、地獄の熱さに苦しむといい。
 そして、その後は、頭頂部だけが禿げた人生を送るのだ。

 ◇

 ネネイのクラスを設定する為、神殿にやってきた。
 ここにある石版に手を当てて、任意のクラスを念じると設定完了だ。

「ネネイ、本当にアサシンでいいのか?」

 石版の前でネネイに確認する。

「あとで転職することは可能だが、転職すると覚えたスキルを全て失うぞ?」

 クラスを設定したからといって、すぐにスキルをマスターするわけではない。
 本来、スキルを覚えるには、スキルポイントを使う必要があるのだ。
 スキルポイントは、戦闘をすることで貯まっていく。

「だいじょーぶなの! ネネイ、立派なアサシンになるの!
 たくさんたくさん頑張って、おとーさんをニッコリさせるの!」

 その言葉にニッコリしてしまう。

「ならばもう止めないさ」

 ネネイが石版に手を当てると、石版から青い光が放たれた。
 この光はクラスの設定を行っている最中であることを示している。
 光が消えるまでの間、ネネイはその場で石像みたいに固まったままだ。
 往々にして、この作業は10分くらいで完了する。

 近くの柱にもたれかかるように座って、終わるのを待つ。
 この場所に来るのはすごく久しぶりのことで、感慨深い気持ちになる。
 前に来た時は、自分の才能を信じていて、希望に満ちた目をしていた。
 あの時に目指し、長らく挫折していた目標を、今度こそ達成してやる。

「あれ? そこに居るのはゼクスではありませんか?」

 ぼんやりしていると、1人の少女が近づいてきた。
 尖った耳と整った顔立ちが特徴的な種族――エルフだ。

「やはりゼクスですね」
「エリゼじゃないか」

 そのエルフは古い知り合いのエリゼだった。
 艶やかな銀色の髪は、昔とまるで変わっていない。
 見た目こそ少女だが、エリゼは俺よりも年上だ。
 エルフの寿命及び成長速度は、人間よりも遙かに遅い。

「「どうしてこんなところに?」」

 俺とエリゼの声が被る。
 そして、2人してクスクスと笑った。

「俺はそこで職に就こうとしている幼女の保護者だからさ」

 視線をチラリとネネイに向ける。
 それを目で追って、エリゼの視線もネネイに当たった。

「ゼクスの子供? 私という者がいながら、別の女と?」
「違う違う。ていうか、俺達はそういう関係じゃないだろ」
「私はそういう関係のつもりでいましたよ」
「やれやれ。あの子は養子だ。色々あってね」

 エリゼには、旧友の連れ子という嘘は通じない。
 なぜなら彼女は、かつて俺とパーティーを組んでいた仲だからだ。

 冒険者は基本的にソロでは戦わない。
 誰かしらと徒党パーティーを組んで活動するものだ。
 それは俺も例外ではなかった。

 まだ希望に満ちていた頃、俺にも仲間がいた。
 共に切磋琢磨して、更なる高みを目指す同志達がいたものだ。
 エリゼはその内の1人だった。

「エリゼこそどうしてここに?
 それに、他のメンバーが見当たらないが」
「私は――」

 エリゼが口を開いたその時だった。

「アサシンネネイの誕生なのー♪」

 ネネイのクラス設定が終了した。
 石版の青い光が消えて、ネネイが動き出す。

「あれれ? おとーさん?」

 きょろきょろと俺を探す。

「ここだよ、ネネイ」
「居たなのー! おとーさん!」

 ネネイが駆け寄ってくる。
 そして――。

「はわわっ」

 何もないところで躓いて転んだ。

「おいおい、何しているんだ。気をつけろよ」
「えへへぇ、ごめんなさいなの」

 ネネイに駆け寄り、起こしてやる。

「すまんな、エリゼ。話の続きはまた今度で」
「分かりました。ゼクス、お元気で」
「おねーちゃん、ばいばいなのー♪」

 これにて、ネネイの冒険者登録とクラス設定は完了だ。
 今日は遅いし、冒険者として活動するのは明日からにしよう。

 ネネイと手を繋ぎ、神殿を後にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,919pt お気に入り:7,500

転移先は薬師が少ない世界でした

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:23,097

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:208,530pt お気に入り:12,429

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:104,827pt お気に入り:5,049

隣人よ、大志を抱け!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:800

処理中です...