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第1章 水の研究者、異世界へ
第7話 勝者への褒美は拷問でした
しおりを挟む異世界ではじめて人を殺した日の夜。
「להרוג את אוריד. מְטוּפָּשׁ!」
「ま、待ってくれ! もう、やめ──っがぁぁぁあああ!!」
四肢を拘束された俺の背中を、興行師が鞭で何度も打ち付ける。
これまで経験したことのない激痛が絶え間なく襲ってきた。痛みで何も考えられない。俺はただひたすらこの仕打ちが終わることだけを願い、息も絶え絶えに止めてほしいと何度も懇願する。
「いだい、痛い! お、お願いします、止めてください。もう、ほんとに、限界なんです。これ以上は、耐えられません」
「זה לא יפה. רציתי לבזירה」
懇願など気にも留められず、興行師は鞭を振り上げる。
「俺は今日、勝ったじゃないか! なのになんで、なんでこんなことされなきゃいけないんだ!!」
俺は壁に手足を拘束されている。そして鞭で叩かれ敗れた背中の皮は背後を振り向くために身体を捻ると激痛が走る。それでも俺は後ろにいる興行師の目を見て必死に訴えた。
剣闘士として戦い、俺は敵に勝った。観客たちも盛り上がっていた。生き残って帰還した俺に対して与えられた褒美。それがコレだなんて納得できるわけがない。
「פרצוף מפוקפק, היית הול」
振り返って見た興行師の顔は怒りで真っ赤だった。そして俺が理解できない怒りの矛先を俺へ向ける。
「פיצוי לבעלי אולייד!」
これまで以上に激しく鞭が俺の背中に叩きつけられる。
「1000 טוֹב !?」
「う゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」
ヤバい、痛すぎる。
でもギルって単語は聞き取れた。
興行師が俺と斧の剣闘士の勝敗に賭けをしていて、1000ギル損したとかそんな感じなのか? もしくは敵剣闘士の主や家族などに支払う補償金か?
確かにアイツを殺したのは俺だが、そうしなきゃ俺が殺されていたのは明白だ。観客たちの指示を無視することもできなかった。あそこで俺が止めを刺さなければ、観客からの投石で俺が死ぬことになる。コロッセオはそんな感じだったはず。
痛くて、痛すぎて意味が分からない。なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだという怒りで、わずかながら思考する余裕が生まれた。
「俺は悪くないだろ!」
「שתוק, עבד!!」
興行師は鞭を投げ捨て、近くに置いてあった木の棒を手にした。それを振り上げ、俺の左足目掛けてフルスイングする。
「אני לא יודה מתכוון!」
「うぐっ! う、ぅぅ……」
骨は折れていないと思う。それでも鞭打たれた背中とは別の、鈍く重い痛みが俺を襲った。ただ、木の棒のそばには鉄の棒も置いてあった。そちらを使われなかったのは不幸中の幸いだ。
……いや、鉄の棒でフルスイングされたら、さすがに歩けないほどの大怪我になる。近いうちにまた俺を剣闘士として戦わせるため、あえてそちらを使わなかったんじゃないだろうか。
また戦わなきゃいけないかもしれない。
また人を殺さなければならないかも。
そう考えると絶望で目の前が暗くなる。
「האם אכפת לך מזה?」
興行師が鉄の棒を手にした。
「そ、それはダメだ! 俺を動けなくしていいのか!? そんなので殴られたら、流石に戦えなくなるぞ!!」
「אל תדאג. זה שונה」
気味の悪い笑みを浮かべた彼は、松明の火に鉄棒の先端を押し当てた。
その様子を見て、俺は頭から血の気が引いた。興行師がこれからやろうとしていることを理解してしまったんだ。
「להשתמש ככה」
「いやだいやだいやだ! やめろ! こっちに来るな!!」
必死に身体を捩るが、鉄製の拘束具はビクともしない。手首の皮が擦れて血が出たが、そんなこと構っていられない。
「לא למות. לשמש ל」
興行師は先端が赤熱した鉄の棒を、俺の身体に押し付けた。
「いぎゃぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
信じられない痛みだった。もう、どう痛いのか言い表せない。熱くて痛くて、この痛みから逃れられるなら、なんだってやらせて欲しいと思うほどだった。
永遠とも思える時間が経過したのち、興行師が俺から離れた。
熱せられた鉄の棒も離れていき、やっとこの拷問が終わったのかと思った。そして横を見た俺の目は、こちらを見て笑みを浮かべた興行師が鉄棒の先端を再び松明の火に差し込んでいる姿を捉えてしまった。
俺の地獄は、まだ終わっていなかったんだ。
「あ、あっ……」
「זה פרצוף אכזרי. דולף」
おどけた仕草で俺を笑う興行師。
その顔を見た瞬間──
俺の中で何かが切れた。
この上なく楽しんでいる様子の興行師を見て、いつかコイツだけは。この男だけは俺自身の意志で、絶対に殺してやると心に誓う。
「お前は殺す。絶対に殺す! 今日俺が受けた痛みを倍にしてお前に与えてやる!! 命乞いしようが、どこかに逃げようが、俺は絶対にお前を殺してやる!!」
「יש רוח לחיהמַבְטִיחַ」
その後、興行師は俺の体中に赤熱した鉄の棒を執拗に何度も押し付けていった。気を失っても、痛みで強制的に覚醒させられる。
「מה קרה לכוח?」
「あ゛がっ、う゛ぅ」
叫びすぎて喉がやられ、まともに叫ぶこともできない。あまりに苦しくて、舌を噛み切って自殺することも考えた。
しかしその方法での自殺は成功率がかなり低いこと、死ねたとしてもかなりの時間苦しむことになること。そしてなにより俺をここまで追い込んだ興行師は、絶対にこの手で殺してやりたいという強い想いで踏みとどまった。
殺さなければ自分が殺られるから仕方なく、とかじゃない。俺は人生ではじめて他人に明確な殺意を抱いた。
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