上 下
25 / 25

025 エピローグ

しおりを挟む
 翌日、事業の正式な売却契約が済んだ。
 国が仲介しているので、仮にトムが転売しても契約は続く。
 しかし――。

「せっかくシャロンが売ってくれたんだ。転売せずにサトウジュースの王になってやるぜ!」

 トムは自分で商売を続けると宣言した。
 そうなると、「じゃ、またねー」とはならない。
 トムにサトウキビジュースの製造などを教える必要があった。

 そんなわけで、売却後もしばらくはトムに協力した。
 彼に雇われているという形で、人手が確保できるまで手伝う。
 お客さんに事情を説明することもできてちょうどよかった。

 ◇

 事業の売却から1ヶ月が経った。

「私たちが手伝うのは今日で最後ね。トムさん、あとは頑張って!」

「おうよ! お前ら! あとは頑張れよ!」

「「「了解です、ビッグ・トム!」」」

 トムのサトウキビジュース屋は完全に安定していた。
 今では怒濤の拡大策で商人志望の若者を20人も雇っている。
 その人らに任せて、トム自身は別の商売に挑戦するようだ。

「事業の柱はたくさんあればあるほどいいからな! 一つの事業に依存しないことも商人には必要なのさ!」

 というのがトムの理論だ。
 実際、貴族と呼ばれる連中は複数の事業を展開している。
 一つのことだけでのし上がった者はいない。

「シャロンたちはこれからどうするんだ?」

 私とトム、それにクリストとイアンの四人で町を歩く。

「今後のことは休みながら考えるかな。トムさんは?」

「もちろん新事業の確立を急ぐぜ! “俺の”サトウキビジュース屋が巨万の富を生んでいる間にガンガン投資するんだ!」

 クリストとイアンが「おー!」と感心する。

「私も何か考えないとなー、新事業」

 今はプー太郎だが、それでもお金は稼いでいる。
 サトウキビジュース屋の売り上げの10%だ。

 額にすると今月は1000万程度になる。
 順調に拡大しているようなので、来月は2000万ほど入りそうだ。

「今度は貴族よりもいい条件で買い取ってやるよ!」

「あはは。トムさんの新事業はそれでいいんじゃない?」

「それって?」

「転売よ、転売。今でこそサトウキビジュース屋を営んでいるけど、もともとは転売専門の商人だったでしょ?」

「それもそうだな。よし、転売王になるか!」

「ならさっそく商談を持ちかけようかなー!」

「お、なんだなんだ? もう新しい事業を閃いたのか!?」

「新しいっていうか、前にやっていた川魚の串焼き屋さんだけどね。あの一帯も安全に作業ができるようにしようかなって。契約の関係でサトウキビジュース屋と同じ腕章は使えないから、匂いを変えることになるけどね」

 町民からは今でも川魚の串焼きが食べたいと言われる。
 その声に応えたいという気持ちがあった。

「おー! いいじゃないか! なら上手くいったあかつきには俺に事業を売ってくれ! サトウキビジュース屋に続いて川魚の串焼き屋も引き継いだとなれば箔が付く!」

「転売王になるんじゃなかったの!?」

「儲かりゃなんでもいいんだよ! 金を稼いでイイ女を買う! それが男ってもんよ!」

「もういっそのこと娼館を経営しちゃいなさいよ。そうすりゃ女を買わずに済むよ」

「おいおい天才かよ!」

 娼館が大好きなイアンも「それ最高!」と叫ぶ。
 トムと違い、彼は本当に娼館の営業を始めそうだ。
 それだけのお金は持っている。

「話は戻って川魚の串焼き屋だけど、譲るなら売り上げの30%はもらうよー! 今度は恩返しじゃないんだから!」

「30は吹っ掛けすぎだろ! 15にしろ!」

「いいえ、30よ! これが妥当な額!」

「20だ!」

「30!」

「25!」

「35にしよっと!」

「やめろ! クソッ! 俺の負けだ! 30でいい! 売り上げの30%な!」

「いえーい! 私の勝ち!」

「やれやれ、シャロンの交渉術は強引だから困るぜ」

「あはは。じゃ、川魚の串焼き屋を売りたくなったらトムさんに言うね」

「おうよ。すまんが俺は店に戻るよ。抜き打ちでちゃんと働いているか見てくる。従業員をビシバシしごくのも商人のつとめだからな!」

「おーこわ」

「よかった、俺たちのボスはシャロンで。トムだったら続いていなかったぜ」

「同感だぜ兄者ァ!」

「そんなわけでまたなシャロン! クリストとイアンも!」

「またねー!」

 トムは軽快な足取りで去っていった。
 彼の後ろ姿が消えてから、「さて……」と立ち止まる。

「今日は休むとして、明日からどうする?」

「川魚の串焼き屋をするんじゃないのか?」

 首を傾げるクリスト。

「するけど、明日すぐに始める必要はないでしょ。新しい商売を始めたらまとまった休みが取れなくなるし、今はひとまず休暇を楽しみたいじゃん?」

「そういうことだったら俺は別の町に行くぜ!」とイアン。

「かまわないけど、クリストの口座にお金を移しておいてね。ギャンブルでスられたら困るから」

「信用ないなー! 大丈夫だって! なぁ兄者!」

「いや、お前のギャンブル癖は信用ならん」

「兄者ァ!」

「そんなわけだから、口座には1000万しか残さないように。分かった?」

 二人が「えっ」と驚く。

「1000万!? そんなにも使っていいのか!?」

「いいわよ。だってあなたのお金だもの。ここまで儲けて最低賃金で雇い続けるなんて酷い話でしょ。だから二人にはボーナスで1000万ずつあげる」

 もちろん私の取り分も1000万だ。
 残りは商売や諸々で使うためにとっておく。

「1000万も……! ありがとうなシャロン!」

「すげぇ大金だ! 自分のお金なら遠慮なくギャンブルに突っ込める!」

 イアンが「ヒャッホゥ!」と走り去っていく。
 あの様子だと数日後には無一文になっているだろう。
 私は「困った男ね」と呆れ笑いを浮かべた。
 それからクリストに尋ねる。

「あなたはどうする予定なの?」

「串焼き屋を始めるまでどのくらい休むかによるな」

「好きなだけ休んでいいわよ。全員が満足するまで遊び倒してから始める予定だから」

「そういうことだったら、俺はシャロンと一緒に旅行でもしたいな。この国だけじゃなくて、他の国とかも行ってみたい」

「私と一緒に?」

「シャロンがトムに恩返しをしたように、俺もシャロンに恩返しがしたいんだ。俺たち兄弟にここまでよくしてくれた恩返しをさ」

「そういえば、最初は私のことを犯そうとしていたんだったっけ」

 性奴隷にしてやるとかなんとか言われた記憶がある。
 その後、身の程を弁えない二人をコテンパンにやっつけてやった。
 今にして思えばこの上なく酷い出会い方だ。

「それなのによくしてくれたから感謝しているんだ」

「感謝される覚えはないけどね。私もあなたたちに助けてもらっているし。たしかに出会い方は最悪だったけど」

 笑いながら言う。

「それで、どうかな? 俺と一緒に、旅行……」

 クリストは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
 その様子を見て察する。
 どうやら彼は私に気があるようだ。

「ちゃんとエスコートしてくれるならいいよ。これでも女だから、普段は男の人にリードしてもらいたいんだよね」

 クリストは「おお!」と声を上げた。

「任せろ、俺は24歳だぞ。最高のエスコートをしてやる!」

「頼もしいわね」

 通りすがりの老夫婦が「お熱いねぇ」と茶化してくる。
 私たちは適当に笑って流した。

「じゃ、さっそくどこに旅行するか決めてもらおうかな。24歳さんに」

「えーっと、それは……ハッ、そうだ! レミントン王国にしよう!」

「私は国外追放された身なんだから入国できないわよ!」

「そうだった!」

「別に他の国じゃなくてルーベンスの国内でもいいわよ。旅行に備えて可愛い服を買っておくから、明日までに決めておいてね」

「おう!」

「あと念のために言っておくけど、くれぐれも恋愛に発展するだなんて思わないこと!」

「なっ……!」

「私は自分より強い男にしか興味ないからね」

「そんなの無理だぁああああああ!」

 崩落するクリスト。

「ふふ、じゃ、また明日ねー」

 そんな彼に背を向けて、私は近くの服屋に向かう。

「まさか私がデート用の服を買おうとする日が来るなんてね」

 この町に来てからの生活を思い出す。
 何もかもが順調だったわけではなく、それなりに失敗もした。
 だが、トムの助言やクリストたちの協力でここまでこられた。

 今では「成金」と呼ばれる程度のお金持ちに成り上がっている。
 全国紙で「今もっとも貴族に近い商人」と評される程になった。
 このままいけば貴族の末席に加わる日も夢ではない。

 これからも稼ぎまくってのし上がってやる。
 ――が、それだけではいけない。
 楽しく過ごすことも大事だ。

 その点も問題ない。
 私には素敵な仲間たちがいる。
 クリスト、イアン、そして、トム。

 たくさん働いて、たくさん笑って……。
 間違いなく、今までの人生で今が最も輝いている。

 こんな日々が今後も続くのだろう。
 無一文から始まった成り上がり生活は終わらない。

「これからの日々が楽しみで仕方ないわね」

 雲一つ無い完璧な青空に向かって微笑んだ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

浮気されて婚約破棄したので、隣国の王子様と幸せになります

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:7,406

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

恋愛 / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:2,799

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,381pt お気に入り:1,658

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:25,799pt お気に入り:3,539

子供を産めない妻はいらないようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,058pt お気に入り:276

その選択、必ず後悔することになりますよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:593

処理中です...