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第10章 後宮
第373話 甘い夫
「どうした?何か引っかかるのか?」
帰宅の道中の馬車で、ぼんやりと思考していると、冬隼が心配そうに顔を覗き込んできた。
「ううん。わからないのよ、なにも。それが何だか気持ち悪くて……」
苦笑して肩を竦める。
廿州にいた時から、なにかを見落としているような、えもいわれぬ気持ち悪さを感じてはいたのだが、ここへきてそれがさらに強くなったように感じるのだ。
不意に手をすっぽりと大きな温もりに覆われて、驚いて見上げれば、冬隼が眉を下げてこちらをみていた。
「今は、兄上が言うようにあまり関わらない方がいい。下手に巻き込まれて命を狙われたらたまらん」
心底不安そうなその顔は、過去何度も見たことがあったもので、その度に翠玉は命を危機に晒していた事を思い出す。
今は一人の力で打開できるような状況ではなくて、第一に守るべきものは腹の中の子どもなのだ。
「そうね」
理解してるから安心して、と冬隼の手を握り直した。
+++
カンカンと木刀がぶつかり合う音を聞きながら、翠玉は一瞬も逃すまいと、瞬きを最小限に彼らの動きを眺める……もとい睨みつけていた。
「やりたいなぁ」
無意識の内に呟いた言葉は、そのまま聞く者がいないまま消えるかと思いきや。
「なりませんよ」
ばっちり後ろに控えていた楽に聞き留められていて、厳しい言葉が返ってきた。
「木刀持つだけでも?」
唇を尖らせて、上目遣いで見上げてみるが
「なりません。持ったら振り回したくなるに決まっています」
「うん、たしかにね」
取りつく島もない上、全て見透かされている。
仕方なしに一度座り直して、冬隼と泰誠、隆蒼と華南の打ち合いをぼんやり眺める。
廿州にいた頃の冬隼の指示で、華南と隆蒼の自宅はすでに邸の程近くに用意されていて、ふたりは夫婦として生活を開始し始めた。
思いを通じ合ってから、2ヶ月にも満たないスピード婚だが、付き合いの長い彼等に今さら相手を知る期間も必要なかろう。
当然翠玉は見ているだけだが。見ていればやはり体はうずいてくる。
しかし、きちんとお目付役はいるわけで、仕方なく、人の動きを見て勘だけは失わないようにしている。
華南が打ち合いを終えて、楽を呼び出して、今度は楽が木刀を持って立ち上がった。
華南は翠玉に変わって、双子の指導もよくやってくれており、双子達も必死に華南から吸収しようとしている。
華南と楽の打ち合いに気を取られていると、隆蒼と泰誠、冬隼が戻ってきた。泰誠が樂を誘い、打ち合いに向かい、隆蒼が水を汲みにその場を辞した。
隣に座った冬隼に、濡れた手拭いを渡すと彼は汗を拭う。
「退屈じゃないか?なんなら部屋に戻ってもいいのだぞ?」
「あら、ダメよ。動けなくても想像して感覚は鍛えないと!こんなに長く剣を持たないなんて考えたことないわ、どんなに鈍るのか分からないから、怖いわ」
慌てて反論する。
前回、毒で伏せた時も感覚を戻すのに随分時間を要したのだ。
10ヶ月という歳月がどのように影響を及ぼすのか未知である。
「お前が廿州から大量に借りてきた本には、それはないか?」
揶揄うように言われて翠玉はむくれる。
「あるわけないわ!他に為になる事はいっぱいあるけど、出産で身体が鈍る事を気にする女性なんて滅多にいないんだから!一応は調べているのよ!特に薬草ね!筋力を落とさず、妊婦の身体に障らないものを今探しているの!」
拳を胸の前で握る。
冬隼が憂鬱そうに大きく息を吐いた。
「そうだな……あの強烈な匂いのする薬草だが……保管部屋を用意させるように桜季に手配を頼んだからな」
「うん。桜季に聞いたわ!昼間に一式移してもらったから、部屋の臭いは取れたはず」
実は廿州にいた頃から、薬草を入手しては、調合してという事を始めた翠玉と、その臭いに参った冬隼の間で少し揉めていたのだ。
にこりと微笑むと、冬隼は心の底から安堵したように息を吐く。
「ハマりすぎるなよ。ただでさえ色々引き受けてきて忙しくなってきているじゃないか」
「あら、これくらい大丈夫よ?
今試しに飲んでいる煎じ薬すごく調子が良いの医師からもお墨付きをいただいているし!
あと華南もね、肌の艶を補う薬草を飲み始めたの!肌艶が良くなったと思わない?」
そう爛々と話した翠玉は「ほら!」と楽と打ち合う華南を指した。
冬隼の眉間にシワがよる。
違いはわからないうえ、そんなの一切興味ないと言いたげな顔である。
はぁっと翠玉はつまらなそうに息を吐く。
「隆蒼は分かるみたいなのに……」
つまらないなぁと言われたような気がして、冬隼は心外だと眉を寄せる。
「それは夫だからだろう。夫婦なんだから触れることもあるわけだし……俺がわかる方が問題だぞ?」
「そうなの?」
呆れたように息を吐いている冬隼に首を傾げると
「そりゃぁそうだ」
そう言って、頬をゆるりと撫でられる。
「もしお前だったら、俺だって気づくさ」
急に甘くなった空気に、顔が赤くなる。
こんなところで!!
最近の冬隼は、体を重ねられない分、特に甘いのだ。
翠玉が顔を上げられないくらいの言葉を吐く事もあるし、口づけや触り方だけで翠玉を翻弄していく。
顔が一気に熱くなって、慌てて視線を逸らした。
帰宅の道中の馬車で、ぼんやりと思考していると、冬隼が心配そうに顔を覗き込んできた。
「ううん。わからないのよ、なにも。それが何だか気持ち悪くて……」
苦笑して肩を竦める。
廿州にいた時から、なにかを見落としているような、えもいわれぬ気持ち悪さを感じてはいたのだが、ここへきてそれがさらに強くなったように感じるのだ。
不意に手をすっぽりと大きな温もりに覆われて、驚いて見上げれば、冬隼が眉を下げてこちらをみていた。
「今は、兄上が言うようにあまり関わらない方がいい。下手に巻き込まれて命を狙われたらたまらん」
心底不安そうなその顔は、過去何度も見たことがあったもので、その度に翠玉は命を危機に晒していた事を思い出す。
今は一人の力で打開できるような状況ではなくて、第一に守るべきものは腹の中の子どもなのだ。
「そうね」
理解してるから安心して、と冬隼の手を握り直した。
+++
カンカンと木刀がぶつかり合う音を聞きながら、翠玉は一瞬も逃すまいと、瞬きを最小限に彼らの動きを眺める……もとい睨みつけていた。
「やりたいなぁ」
無意識の内に呟いた言葉は、そのまま聞く者がいないまま消えるかと思いきや。
「なりませんよ」
ばっちり後ろに控えていた楽に聞き留められていて、厳しい言葉が返ってきた。
「木刀持つだけでも?」
唇を尖らせて、上目遣いで見上げてみるが
「なりません。持ったら振り回したくなるに決まっています」
「うん、たしかにね」
取りつく島もない上、全て見透かされている。
仕方なしに一度座り直して、冬隼と泰誠、隆蒼と華南の打ち合いをぼんやり眺める。
廿州にいた頃の冬隼の指示で、華南と隆蒼の自宅はすでに邸の程近くに用意されていて、ふたりは夫婦として生活を開始し始めた。
思いを通じ合ってから、2ヶ月にも満たないスピード婚だが、付き合いの長い彼等に今さら相手を知る期間も必要なかろう。
当然翠玉は見ているだけだが。見ていればやはり体はうずいてくる。
しかし、きちんとお目付役はいるわけで、仕方なく、人の動きを見て勘だけは失わないようにしている。
華南が打ち合いを終えて、楽を呼び出して、今度は楽が木刀を持って立ち上がった。
華南は翠玉に変わって、双子の指導もよくやってくれており、双子達も必死に華南から吸収しようとしている。
華南と楽の打ち合いに気を取られていると、隆蒼と泰誠、冬隼が戻ってきた。泰誠が樂を誘い、打ち合いに向かい、隆蒼が水を汲みにその場を辞した。
隣に座った冬隼に、濡れた手拭いを渡すと彼は汗を拭う。
「退屈じゃないか?なんなら部屋に戻ってもいいのだぞ?」
「あら、ダメよ。動けなくても想像して感覚は鍛えないと!こんなに長く剣を持たないなんて考えたことないわ、どんなに鈍るのか分からないから、怖いわ」
慌てて反論する。
前回、毒で伏せた時も感覚を戻すのに随分時間を要したのだ。
10ヶ月という歳月がどのように影響を及ぼすのか未知である。
「お前が廿州から大量に借りてきた本には、それはないか?」
揶揄うように言われて翠玉はむくれる。
「あるわけないわ!他に為になる事はいっぱいあるけど、出産で身体が鈍る事を気にする女性なんて滅多にいないんだから!一応は調べているのよ!特に薬草ね!筋力を落とさず、妊婦の身体に障らないものを今探しているの!」
拳を胸の前で握る。
冬隼が憂鬱そうに大きく息を吐いた。
「そうだな……あの強烈な匂いのする薬草だが……保管部屋を用意させるように桜季に手配を頼んだからな」
「うん。桜季に聞いたわ!昼間に一式移してもらったから、部屋の臭いは取れたはず」
実は廿州にいた頃から、薬草を入手しては、調合してという事を始めた翠玉と、その臭いに参った冬隼の間で少し揉めていたのだ。
にこりと微笑むと、冬隼は心の底から安堵したように息を吐く。
「ハマりすぎるなよ。ただでさえ色々引き受けてきて忙しくなってきているじゃないか」
「あら、これくらい大丈夫よ?
今試しに飲んでいる煎じ薬すごく調子が良いの医師からもお墨付きをいただいているし!
あと華南もね、肌の艶を補う薬草を飲み始めたの!肌艶が良くなったと思わない?」
そう爛々と話した翠玉は「ほら!」と楽と打ち合う華南を指した。
冬隼の眉間にシワがよる。
違いはわからないうえ、そんなの一切興味ないと言いたげな顔である。
はぁっと翠玉はつまらなそうに息を吐く。
「隆蒼は分かるみたいなのに……」
つまらないなぁと言われたような気がして、冬隼は心外だと眉を寄せる。
「それは夫だからだろう。夫婦なんだから触れることもあるわけだし……俺がわかる方が問題だぞ?」
「そうなの?」
呆れたように息を吐いている冬隼に首を傾げると
「そりゃぁそうだ」
そう言って、頬をゆるりと撫でられる。
「もしお前だったら、俺だって気づくさ」
急に甘くなった空気に、顔が赤くなる。
こんなところで!!
最近の冬隼は、体を重ねられない分、特に甘いのだ。
翠玉が顔を上げられないくらいの言葉を吐く事もあるし、口づけや触り方だけで翠玉を翻弄していく。
顔が一気に熱くなって、慌てて視線を逸らした。
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