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2章

54 攻守逆転①

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「モテる男は、大変だな」

 最初に言葉を発したのは霜苓で、彼女はさっさと陵瑜の側までやってくると、先ほど自分が出した茶器に手を伸ばして、片付けようとしている。咄嗟にその手首をとって、陵瑜は首を横に振る。

「もう女官の真似はいい。あとは本職の者に任せておけ」

「あぁ、そうか……つい……」

 クセで……そう小さくつぶやく彼女は、どうやら女官としての経験もあるらしい。

「完璧な女官の仕草で驚いた」
「まぁ……詳しくは話せないが経験済みだ」

 肩をすくめた霜苓に隣の椅子を勧めると、彼女はしなやかな動作で腰を下ろして脚を組んだ。

「随分と危険そうな娘だったな……高官の親族なのだろう?あんな風に突き放して大丈夫だったのか?」

「大丈夫さ。彼女ももう後がない年齢だ。再三言い続けたが、これで諦めてくれたらいいのだが……」

 最後の様子を見ると諦めたのかどうなのかは、よくわからない。

 しかしこちらは明確な拒絶を示したのだから、後から責任を取れと騒がれる事はないだろう。

 「しかし、早々に乗り込んできたのには少し驚かされた……秘匿していたわけでもないが、それにしては情報が早すぎる」

「皇帝の許可が出ると同時……だものな」

「おそらく碧宇だ。知られたら厄介な連中に意図的に情報を流しているのだろう」

 彩杏の件があったためか、大人しく見送ったと思っていたが、やはり裏はあったのだ。

「ちっさい嫌がらせだな」
 呆れたように吐き捨てる霜苓の言葉に苦笑する。

「そういう奴なんだよ、昔から。これで俺が父上の重臣から不況を買えば、それだけ自分が有利になるからな。春芽は父の寵臣の姪だから……」


「なるほど……陰湿な……」

 そうした手口は今に始まった事ではない。
 幼い頃から、隙さえあれば、そうして陵瑜を陥れようとしてきた彼と、その母の所業には随分と悩まされた。
 その上、肝心な陵瑜の母は、後宮の寵を争う事にしか脳がなく、陵瑜の立太子には無頓着だったのも陵瑜にとっては痛かった。

 とはいえ、小国ではあるが、異国の皇女であった陵瑜の母と、地方の高官の娘であった彼の母には大きな隔たりがあったのも事実。
 
 幼いながらに知恵をしぼり、なんとか彼らの張り巡らせる罠をかいくぐり、実力をつけて立太した。隙きを見せず、多少のことでは足元を掬われない自負はあった。
 しかし、どうやら霜苓と珠樹の存在が、陵瑜の弱点となるだろうと、今回の一件で碧宇が揺さぶる対象を変えてきた事がこれで分かった。

「しかし、正直なところ、助かってもいる。これで俺が周家の家門の大きさを理由に断ったとあれば、他にも水面下で虎視眈々と外戚の座を狙っている連中も身動きが取れなくなった。今現在、朝廷の中で力を持つ周家を退けた俺は、袖にした周家の立場を思えば、ある程度由緒ある家の者を娶る事は出来ない」

 霜苓の赤茶の瞳が、真剣な様子でじっと陵瑜を見上げている。思わず手を伸ばして、その頬に触れる。桃のような白く透き通る肌、きめの細かい肌に指を滑らせると、このところ陵瑜に触れられることに慣れてきた彼女は、コテンとその手に頬を寄せてきた。


「碧宇も、俺が強靭な後ろ盾を持たないよう、こういう結果になるようにも仕組んできたのだろうが、霜苓しか妃に置くつもりのない俺にはかえって好都合というものだ」

「確かに、先程のやり取りでは、お前は私にかなり惚れ込んでいるように聞こえたからな」

 まるで他人事のようにクスクスと笑って、「本当に策士だな」とつぶやく彼女は、やはり先程、陵瑜が春芽達に向けて言った言葉をその場しのぎの言葉としか捉えていなかったらしい。

 予想はしていたが……全く引っかかっていなかったのは、やはり切ない。

 とはいえ、すでに彼女はこの国の皇帝の承認のもとに、陵瑜の妃となりこの国の歯車の一つとなった。ここから彼女が珠樹を連れて逃げる事は難しい。あとは、ゆっくりと彼女にあの晩の事を思い出させて、そしてその心をどうにか自分に向けてもらえるように努力せねばならない。

なかなか手ごわい相手であることはよく分かっている。故にここからは陵瑜も手を緩めるつもりはない。

 霜苓の頬に触れた手を、ゆっくりと動かして、唇に触れ、親指で彼女の手入れをされてふっくらとしてきた唇を撫でる。予想外だったのか、霜苓がパチパチと瞬きをする。

「惚れているからな、実際。あの言葉は演技ではないぞ?」
 
 
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