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4章

81 誘い③【ラッセル視点】

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「お返しいただく?」

リドックの口から出て来た言葉に、眉をしかめる。
いったい彼はどの立場から、何を言っているのだ。

そんな俺の反応は、彼の予想通りだったのだろう。大して怯む様子もなく話しを続ける。

「ご存じないかと思いますが、僕は学生時代にティアナとある約束をしています。まだ、彼女が愚兄と婚約して間もない頃です。」

「約束……」
おそらくディノとエリンナ双方が言っていた事の核心なのだろう。正直それがいかなるものだったのか、それが一番気になるところだ。

「あの愚兄は昔からあのような男ですから、婚約当初から彼女が将来苦労する事は目に見えていた。我が家の内情は非常に歪んでいる。それくらいはお調べになってお判りでしょう?」

「そうだな……あなたも相当に苦労されただろうことは推し量れる」
素直に頷けば、彼は薄く笑みを浮かべて話を続ける。

「貴族の集まりはもちろん、彼女が我が家の行事に参加する際、僕たち二人は極力会話をしないようにしていました。そうでないと愚兄は嫉妬し、ティアナに冷たく当たる上、俺に対しては「あの卑しい女の血が流れているから兄の婚約者にまで手を出そうとする卑しい奴だと」母子で罵った。ゆえにお互いに距離を取っていました。あくまで彼らの目につくところでは……ですけどね」

「学院での彼女とは普通に話していました。あそこだけが僕らが何も気にせず付き合える場所でした。最初から、彼女が愚兄との結婚を望んでいない事は分かっていました。だから彼女と愚兄が正式に婚約を結んだ直後に、俺は彼女と約束した。いずれ跡取りの座を愚兄から奪うから、待っていて欲しいと」

そこまで説明して、リドックは俺の顔を窺い見る。

俺にしてみればこの話を聞くのはすでに3回目だ、大して驚くこともなく、上手く表情を消して彼の瞳を真正面から見つめ返す。
「それで、彼女はなんと返事をしたんだ?」

問いかけにリドックは、ふっと頬を緩める。今まで見た彼の笑みの中で一番、自然な笑みだった。

「分かった……と。当時彼女の家は我が家から援助をもらっていた。当主が愚兄であろうと俺であろうと、彼女は我が家に嫁ぐことは変わりがなかった。だから必ず迎えに来るつもりで、その時彼女と約束した。それなのに……」

瞬間、リドックの声が低くなる。

「彼女を活かすために国外に出て事業を始める準備をした。政治家なんて一度失脚したら終わりだ。昔から我が家の政治家主軸のスタンスには疑問があったのもあるけれど、ほとんどは彼女のためだ。あと1年……ティアナと愚兄が結婚式を挙げる直前が俺の計画が成るタイミングだった。奴とあの母親を引きずり下ろすための計画も練っていたのに……」

今迄、飄々と……何ならこちらを馬鹿にしているかのようだったリドックの表情が一変して、燃えるような怒りに満ちた瞳で俺を睨みつけていた。

「あなたがチョロチョロと余計な事をしてくれたせいで……機を逃したどころか、ティアナまで丸め込んで奪った。契約結婚だなんて姑息な手段で! 助けられた彼女が断る事なんてできないのにつけこんで!」

断罪するように責める彼の言葉は、俺の胸の痛い所を突いた。
確かに俺は、彼女の状況に付け込んだ、その負い目は十分にある。
しかしだからこそ

「あなたがしようとしていた事だって、同じだろう? ティアナがスペンス家に嫁がねばならないという前提があった上での話だ。結局彼女を状況に縛った上で手に入れようとしていたのは変わりがないだろう?」

どちらも彼女が何のしがらみもなく選ぶことができる状況ではなかった。たまたま自分が運良く彼女と結婚できただけだ。それが早かったか遅かったのか、俺とリドックの違いはそれでしかない。

俺の言葉に、リドックは一瞬言葉を飲み込んで、すぐに首を横に振った。

「俺とは約束をしていた。そこに彼女の意思はある。あなたとの結婚は彼女が彼女の意思のもとにしたものと言い切れるか?」

「それはあなたの場合と同じだよ。あまり選択肢のない中で彼女が決めた。全て自由の中から選ばれたと胸を張る事はできないな」

実際ティアナと時を過ごしていく中で、それに対する負い目が日に日に強くなっていっているのは自覚していた。まさに今、リドックによって痛い所を突かれているのだが、かといって彼の言い分に従ってティアナを渡す気には更々ならない。


というよりも、全てはティアナの意思に沿うべきものであるはずなのだ。

少しだけゆっくりと息を吸って吐く。
目の前のリドックの言葉につられてつい冷静でない対応をしていたものの、少し落ち着けば全ての答えはそこにあるのだ。

「こんなところで、俺達が言い合っても不毛だ。ティアナは物ではない。返す返さないの前に、彼女が彼女の意思でどちらを選ぶかではないか?」

努めて落ち着いてリドックに問いかけてみれば、彼は虚を突かれたように息を飲む。
しかし

「すでに、貴方との結婚は世間に知られている。そんな状況で元婚約者の弟に乗り換えるなんて外聞の悪い事を選べるわけがないだろう。あなたには大きなアドバンテージがある! だからこそ身を引けと言っているんだ」



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