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14 買い物

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 からころと、馬車はゆっくり道を進んでいる。

 何をしに行くのか。朝、いつも通りヴァレリアンを起こしに行けば、今日は街に出掛けると言い出して、なぜかそこに同行しろと命令された。
 馬車で行く距離ではないが、そこは平民的な考えか。子爵令嬢だったことはさておき、街に出かけるときは、当たり前に徒歩だった。

(まともな馬車は、クリストフに迎えられて以来だわ)
 乗っている相手は、別の人間だが。

 ヴァレリアンは眠っているのか、腕を組んだまま瞼を下ろしていた。
 まじまじ見れば、顔の造形がクリストフに似ていた。長いまつ毛。通った鼻筋。いちいち似ているところがあって、胸の中がざわつくような気がした。あまり見ていたくないので、すぐに視線を逸らす。なんなら、殴りたくなってしまう。

『殴ろうか!?』
 トビアが鬼気迫る勢いで声を張り上げた。気持ちはわかるが、ラシェルの首が物理的に飛ぶので、やめてほしい。
(それより、何をしに、街に行くのかしらね)
 まさか、サイラスのところではないだろうな。と、若干不安を覚える。どうやって身分を得たか、調べられても直接サイラスの名前は出てこないだろうが。

「何を考えている?」
 寝たふりだったか。ヴァレリアンが片目を開ける。じっくり見ないでよかった。目があったら本気で殴ってしまうところだった。

「王宮の騎士がいないかと、心配していたところです」
「心配? 興味などないだろう。いれば面倒だと逃げるだけだろうに」
「そんなことありません。驚いて、足が震えてしまいます」
「川から落ちて無傷の令嬢が、騎士に会っただけで足が震えるか」

 トビアに殴られたくなければ、その口を閉じてほしい。

「残念ながら、騎士たちはまだその辺にいるな。海の付近に滞在しているようだが、また戻ってくるだろう。騎士たちが泊まれる宿がない。野宿でもすれば良いものを宿をとるとなると、まだしばらくいる気だ。諦めの悪いやつらだな。何か持ち帰れるものがあれば、諦めるのだろうが」

 それはおそらく、死体だと思われる。ヴァレリアンもわかっているか、ラシェルを視線に入れてから、鼻で笑った。
 無駄なことだと言いたいのだろう。同感だと頷きたくなる。アーロンは当分王宮に帰れない。

 馬の足音と車輪の音が止まると、ヴァレリアンが馬車を降りる。手を差し伸べて、ラシェルに降りるよう促した。
「どうした。降りないのか」
「いえ、降ります」
 エスコートとは。こちらは男爵令嬢でメイドなのだが。こき使う割に、子爵令嬢として接してくるのだろうか。

 その手を取り、降り立った先は、いかにも貴族が好みそうな、店の前だった。
「ブルダリアス公爵様。お待ちしておりました!」
 店の者が総出で出迎えているかのように、大人数がヴァレリアンを迎える。
 女性のドレスが売っている店に、公爵が来ると、店は大騒ぎだったのだろう。一体誰にドレスを買うのか。興味津々に違いない。

 後ろにいるラシェルを横目にして、いや、あの女は違うだろう。とすぐに視線を戻される。
(私は、荷物持ちですよ)
 そうですよね。と言わんばかりの店の女性たちは、ラシェルを視界に入れず、ヴァレリアンに釘付けだ。
 ラシェルは端っこで待っていようと、扉の横で足を止めて眺めていれば、なぜかヴァレリアンがこちらを向いた。

「何をしている。君の衣装だ」
「は?」
「お詫びだ。好きな物を選べ。……その顔はなんだ?」
 ヴァレリアンが不機嫌に問う。
「お詫びしていただくことなどございません」
 そんな詫び、絶対にタダではないだろう。

「ならば、褒美だ。彼女に合う衣装を。上から下まで全て揃えてくれ。何着でも構わん」
「公爵様、私には必要ありません。着て行くところもございません」
「いいから。始めろ」

 にっこり笑顔が不吉すぎる。何着でも良いと言われて、店の者たちが一斉に動き出した。
 あれこれと衣装を出され、何が似合うのか、どんな色が良いのか、断る余裕もなく合わせられる。最初に選ばれた衣装を着せられて、化粧も軽く施され、髪の毛も整えられてから、まずは一着とヴァレリアンの前に出された。
 パーティに参加するようなドレスなど久し振りだ。肩がすーすーして、寒さすら感じる。ヴァレリアンの見定めるような視線にも震えそうだ。何を考えているのか。嫌な予感ばかりで仕方がない。

「これは邪魔だな」
 突然、視界が開いた。
「ちょ、メガネ」
「ドレスに必要ないだろう。目が悪いわけでもない」
「悪いです。悪いです!」
「いいから、次を着てこい」
 その言葉を皮切りに、ラシェルの着せ替え人形が始まった。

「それは似合わない。別の色に」
「形が不似合いだ。別のデザインに」
「顔と合っていない」
「もう少し、別のものがいいな。色は瞳の色に合わせて。鮮やかな色で」

 ヴァレリアンの注文に、店の者たちが次々に衣装を持ってくる。合わせる髪飾りや首飾り、靴なども出てきて、一式丸ごと合わせ直す。何度着替えたのかわからない。購入するものとそうでないものがどんどん増えて、そろそろ布で擦れて肌が痛くなりだ。

「美しいですわ! なんて素敵なのかしら」
「お似合いです! 素晴らしいですわ!」

 お世辞はいらないので、もう脱ぎたい。なれない派手なドレスを何度も着せられて、ラシェルはぐったりしていた。
 周囲はよく似合っていると誉めてくれるが、公爵の相手かのように着飾らせられた女性を前に、似合ってないとは言えないだろう。
 しかし、ヴァレリアンは一瞬一驚して見せた。そこまで似合わないか、無言で口を閉じている。

「公爵様、もう終わりにしてよろしいですか?」
「あ、ああ。君はメガネをかけていろ。先ほど選んだものと、これを全て公爵家に送ってくれ」
「ありがとうございます!」

 あんなに購入して、どうする気なのだろうか。まさか人に合わせておいて、誰かに贈る気ではなかろうか。それは相手の女性に悪いので、やめておいた方がいい。クリストフ以上に繊細さを持ち合わせていなさそうなヴァレリアンだ。普通にそんなことをやりそうで怖い。

 宝石なども箱に入れられて、あれを本当に全て購入する気なのかと、寒気がしてくる。金額が怖すぎて、聞きたくない。公爵とはいえ、使いすぎではなかろうか。王宮に入っても、あれほどのものは着たことがない。もちろん、クリストフの前限定の話だ。
 それでも、そこまでのものを着たことがなかった。

「これに着替えてこい」
「まだ着替えるのですか?」
「これで最後だ」

 手渡されたのは、ドレスとは違い、平民が着るような服だ。シャツにチョッキと、長めのスカート。そして短いブーツ。花の形の髪飾りが、とても可愛い。
 これは本当にラシェルへの贈り物だろう。むしろ安心して着られる。ドレスよりずっと、よく着る服だった。ささっと着替えて出てくれば、ヴァレリアンも着替えていた。街で会った時の、街の警備騎士のような格好だ。
 それでも、顔の良さで目立つのはなんなのだろうか。

 顔が隠しきれていない。お忍びのつもりなのか、店の外に出れば、誰もがヴァレリアンに振り向いた。
 それこそメガネなどをかけたらどうなのか。いや、かけても同じだ。むしろ顔の良さが目立つかもしれない。

「どちらに行かれるのですか? 警備もつけずに」
「菓子屋へ連れて行くと言っただろう」

 その姿で、菓子屋に行く気か?
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