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18① ー罠ー

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「ファビアン様っ!!」

 人気のない校舎に叫び声や泣き声が響いた。
 異様な大声は旧校舎にいなくともその騒ぎに気付くほどで、何事かと旧校舎の方へ人が集まり始めた。

「治療師を呼べ!早く!!」
「医務室へ運ぶんだ!」
「ファビアン様を助けてください!!」
「あの女よ! 早く捕まえてよ!!」
「ファビアン王子の方が先だ!」

 旧校舎から出てきた警備騎士たちは血相を変えていた。通る道を開けるように必死の形相で叫ぶ者もいる。大変なことが起きたと、すぐに想像できるほどだった。

 警備騎士たちがマントに乗せた男を数人で運んでいる。集まってきた生徒たちがざわめく中、マリエルとクロエが声を高く張り上げて泣き喚いた。

「あの女がやったのよ! ファビアン王子を刺したの!」
「ファビアン様を! ヴィオレット様が刺したのです!!」

 クロエとマリエルは順に喚いて大声を出した。

「ラグランジュ令嬢が? ファビアン王子を!?」
「何があったの!?」

 生徒たちは二人の声に反応しながら、マントに包まれて運ばれる男を覗こうとする。

 マリエルはその生徒たちの前で膝から崩れ落ちると、再び大声を出して泣き喚き始めた。

「ヴィオレット様が、ファビアン王子を殺そうとしたんです!! 相手にされないからって、恨みで刺したんだわ!! ヴィオレット・ラグランジュがっ!」
「ラグランジュ令嬢が、まさか……」

 マリエルの言葉に生徒たちが顔を見合わせて騒然とした。
 クロエは泣き叫ぶマリエルの肩を抱くようにして慰めてやる。まるで何かの劇を見ているかのようだ。

「一体何の話をしているんだ? 出任せもいい加減にしたらどうだ」

 集まった生徒たちの後ろの方からマリエルの金切り声を遮る声がすると、生徒たちは条件反射のようにその人が通れるように道を開けた。

 エディは生徒たちを掻き分けて二人の前に立ちはだかると、床に座り込んでいるマリエルを見下ろした。

「演技はやめたらどうだ。ヴィオレット嬢を陥れるには稚拙すぎるのではないのか?」
「な、何を言っているのよ。その女! 後ろにいる女が! ファビアン王子を殺そうとしたのよ!!」

 クロエの指差した先、エディの後ろにいたヴィオレットはエディと同じく、マリエルを見下ろす。

「ラグランジュ令嬢。ファビアン王子を刺されたとこの令嬢二人が……」

 学院の警備騎士が遠慮気に説明してくる。前回ヴィオレットの部屋をあさった騎士たちの隊長は既に免職になっている。前回が前回だったので、次の隊長らしきその男は慎重にヴィオレットに問うた。

「何の話なの? 廊下を歩いていたら騒ぎが聞こえてやってきたのよ。ファビアンがどうかしたの?」
「とぼけてるんじゃないわよ! ファビアン王子を刺しておいて!!」

 クロエが噛み付かんばかりに喚いてくる。その隣で座り込んでいるマリエルが顔を覆って泣き喚いた。

「その二人、静かにさせてくださる? 何があったのか聞きたいわ。先ほど誰か運ばれていたようだけれど」
「嘘言ってるんじゃないわよ! 自分で刺しておいて!!」
「嘘を言っているのは君だろう。ヴィオレット嬢は僕と一緒にいたのだが。どうやって王子を傷付けるんだ?」

 クロエの遠吠えにエディが怪訝な顔をした。聞いていた生徒たちがざわざわと騒ぎ始めると、警備騎士が困ったようにヴィオレットに向き直る。

「実は、この令嬢たちがファビアン王子とラグランジュ令嬢が言い争い、刃物を持って襲い掛かった。と言って、急いで警備騎士の待機部屋にやってきたのです」
「まあ、私がファビアンに襲い掛かったですって?」
「白々しいのよ!!」

 クロエがここぞとばかりに反論してくる。

「ファビアンはいつも護衛騎士を連れているのに、私がどうやってファビアンに襲い掛かれるのかしら?」
「護衛は置いてきただけでしょう!!」

 マリエルは泣き顔で言い返してきた。生徒たちや警備騎士たちはどちらを信じるべきかとヴィオレットとマリエルを見合わせた。

「相手にならないわ。ファビアンは医務室へ運ばれたの? すぐに王宮に連絡してください。学院を封じなければ。犯人を外へ出すわけにはいかないわ」
「あなたが犯人のくせに、よくもそんなことが言えますね!!」

 ヴィオレットが警備騎士に指示すると、マリエルが無視されたことを逆上するように顔を真っ赤にしてがなった。

 おとなしい令嬢の演技はどこへやったか。迫真の演技というより、急いて落ち着かず余裕がないように見える。

 マリエルはここでヴィオレットを犯人にしなければ、婚約者の座を奪えないとでも思っているかのようだ。
 クロエは憎らしげにヴィオレットを睨み付けているが、どこか余裕があった。

「先ほどから聞いていれば、どうしてヴィオレット嬢があの場所にいたと分かるのだ? 君も一緒にいたのか?」
「私は、ファビアン様がヴィオレット様と話をしたいと言っていたのを聞いていたのです。お一人で古い校舎で静かに話すと。ファビアン様はヴィオレット様に手紙を出して呼び出すとおっしゃっていました。でも、お二人で古い校舎で会うだなんて、心配で……」

 突然マリエルが品を作り、涙を流して語り出した。先ほどがなっていたくせに、急に静かに話されると気持ちが悪い。用意されていた答えを話しているかのようだ。

「この手紙のことかしら。いただいたけれど、扉の下に入れられて、ファビアンとは思えなかったので無視をしたのよ」
「は!? 嘘を言わないでください!!」

 ヴィオレットが手紙を出すと、マリエルは大きく顔を歪めた。先ほどの楚々と泣く姿はどこへいった。

「なぜ嘘だと言うのかしら? ファビアンがわざわざ扉の下に入れるなど、考えられないでしょう。使いの者ならば直接渡せば良いだけだわ。ファビアンの筆跡だったけれどおかしいと思い、ファビアンの部屋に参りました。そこにいる、バダンテール様とね」

「そんなはずありません!」
「そんなはずはないと言われてもね。僕はたまたまヴィオレット嬢に会い、手紙の話を聞いたので同行したんだ。最近学院は妙な噂があるから、気になって」

 エディは冷え冷えとした声を出すと、マリエルを横目で見遣った。ぞっとするような冷たい視線にマリエルが怯えるように体を縮こませる。

「そんなはず、ないわ。だって、私、見たんです。部屋に入ったのを! ファビアン様と一緒にヴィオレット様が教室に入ったのを、私が見たんですから!」
「後ろから付いてきたと言うことかしら?」
「そうよ。ファビアン様が心配だったから! ファビアン様はヴィオレット様との婚約破棄のために、呼び出したのです!」

 マリエルは堰が切ったように話し続ける。
 
「私と婚約するためです! 当然でしょう!! 私はファビアン様と結婚を約束いたしました!」
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