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第一章 クイナ

04.うっかり発情する黒い爪 ※

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 レイルを初めて抱いてからのカジュリエスは、ずっと夢心地だ。
 初めて抱いたあの日は、夢心地のまま朝まで共に居たかった。なのに、不測の事態が起こる。

 レイルに対し自身の本能が非常に強く反応した為か、想定外に発情が引き起こされてしまった。

 孵卵施設で教育を受けて成人まで育てられた者の多くは鳥の本能が強い。
 特に対処もせずに放っておけば年に一回か二回の頻度で発情期がくる。その為の休みですら認められている程だ。
 ちなみに本能の弱い者、例えばレイル達には己を律しきれない程の発情期と言うものは殆ど無く、まれに発情期が起こる者がいても、それ自体が緩く普段から発散しておけば特に強い発情期は起こらない。らしい。

 とは言え、カジュリエスは生粋の孵卵施設育ちだ。自慢じゃないが本能が強い側の人間だ。

 その為、放っておいたわけではなく対策はしてあったのだが、レイルに当てられてしまった。今まで誰かに当てられて引きずられるように発情することなんてなかったのに。

 今なら間に合う。
 気を失うように寝てしまったレイルには悪いが、今すぐに帰りさえすれば、レイルを自身の発情に引きずり込んでおさまるまで無理矢理抱き潰すような醜態はさらさず、自宅に戻って、十日ほど一人でこもっていられる。

 気を失ったレイルをこのまま置いておくのは嫌だ。身体をきれいにしてあげて、目覚めた時に近くにいて頭を撫でたりしていたいのが心底の本音だが。今はダメだ今それをしたらきれいにするどころか気を失っている相手に更にひどいことをしかねない。レイルが一生目覚めなくなったらどうする。そして、そんなことよりも、自身の発情だ。これ以上ここにいては、良くないことしか起こらない。

 そこまで考えたら居ても立っても居られずにレイルの家を飛び出した。誰より脚が速くて良かった。うまくいけば完全に発情期に入る前に帰宅して薬を飲む事もできるかもしれない。
 そう思いながら、カジュリエスは深夜の町を走りに走った。
 結論から言うと、帰宅は間に合ったが薬は間に合わなかったし、久しぶりの対策を取れなかった発情期は酷く辛かったし、だけど孵卵施設に連絡して精液を譲渡する気にもなれず、ただただレイルを思い出して自慰に耽る十日を過ごした。虚しい。
 次の発情期が来たら最初から最後まで付き合わせてやる、と心に決めながらも、初めて抱いたレイルの痴態を思い浮かべて右手を動かし続けるのは自分のことながら滑稽だった。


 発情期明けに巡察隊本部へと顔出しをしたカジュリエスは、隊員達から散々にからかわれる羽目になる。

 だいたい、対策を怠り想定外に発情期が来てしまうのはまだ慣れていない十代の若い隊員のやる事で、カジュリエスにとってはまさかの童貞説まで部内に流れてしまい、いやそれは違う、と洗いざらい話してしまった。

 洗いざらい話した結果、それを聞いた市井の叩き上げ巡察隊の数人が「カジュリエス巡察官……それ、もう、つがいですよ!」「そうですよ! 誰かとの性行が引き金で発情期って……立派な番です!」「番との性行は、普通とは違うんですよ、そのままお相手を発情期に付き合わせれば良かったのに……お互いに身を持って知った筈です!」などと言い出すものだから、番ってそんな簡単になれるのか?! と、驚いたのだが。


 そもそも番と言うのは概念的なものであり法律で決められているようなものではない。

 そうだ。
 概念であるなら、自分とレイルはすでになのか。……気づかなかったな。

 嬉しさ半分、新たな気持ち半分で、仕事帰りに豪勢な果物を買ってレイルの家を訪れたら、出てきたレイルは果物を受け取りつつも複雑そうな顔でぷい、と後ろを向いてしまった。照れているのか。
 話す言葉もそれまでのようなですます口調から、些か乱暴な話し方に変わっていたが、それもまたかわいく、番ゆえの気安さかとカジュリエスは微笑ましくレイルを見ていた。
 満たされていた。

 だから夕食後に、「もうおれ寝るけど」そう声をかけられた時は間違いなくお誘いの言葉だと思ったし、なぜやる気なのかと問われた時も「番とやりたい」以外に思いつかなかったのだから、そのまま答えた。

 レイルも、ああそう、と特筆すべき事もないような反応で、しかし、いざ寝室へと入ってみたら「今日はおれ、何もしないけど?」と、前回ノリノリで上に乗った自分を揶揄するような事を言う。その上で蠱惑的にこちらを見つめるのだから、カジュリエスは悟った。これはレイルからカジュリエスへの挑戦だ、と。どんな挑戦でも受けて勝ってきた人生だ。当然この勝負も受ける。


「もちろん、レイルは何もしなくて良い」


 目元のみを緩ませながら、寝そべるレイルに近づいていきベッドサイドへ膝をついた。

 訝しげな表情でこちらを見つめるレイルの顔から視線は外さずに、その細く細かい鱗の連なる足首を掴むと、尖った爪を除けるように足の親指から順番に舐め上げていく。舐めて吸って歯を立て、指と指の間を尖らせた舌で撫でる。想定外、との表情を見せたレイルは口を押さえながらも喉の奥から漏れる喘ぎを我慢できなそうだ。

 ん、んん、と密やかな声が響く室内、涙目のレイルの表情を見逃すまいと視線だけはしっかりあわせて、カジュリエスは足の指から唇を放して甲を舐めながら移動し、くるぶし状に隆起した部分に歯を這わせた。つるりとした歯に、つるりとした骨の硬さと鱗のつるつるした感触が楽しく、そのまま舌でくるりと何度かくるぶしを舐め、舌先と共にふくらはぎを上昇してたどり着いた人肌へと変わる境にある膝を吸った。

 相変わらず、レイルは口を押さえて、ん、ん、と小さな喘ぎを喉奥から出している。

 太ももを撫でながら、もう片方の太ももにも歯を立て、漸くレイルの陰茎近くへとたどり着いたときには、レイルは首をイヤイヤするように振った。

 どうした? と囁くように言葉にしながらも、柔らかく内腿を舐める。レイルはやはり、首をイヤイヤするように振る。しかし口を押さえている手は外さないつもりらしく、何が嫌なのかを話す気はないらしい。

 それならそれで構わない。

 陰茎の付け根にある2つの丸い部分を、優しく指で刺激する。既にそこは先走りで散々に濡れている為に、指の滑りが良い。レイルの腰がピク、と動いた。
 恥ずかしさからかレイルはカジュリエスと合わせていた瞳をふい、と逸らしてしまったが、それが思いのほか寂しく、付け根から徐々に舐め上げるつもりだった陰茎を一気に口に含んだ。じゅ、と音が鳴るほどに唾液を絡め舌を絡ませながら唇を使って上下に扱くように動く。


「や、やあああ、っ、な、なんでぇっ! 急に! しないでっ!」


 レイルは驚いたように、再度視線をあわせてきた。それに気を良くしたカジュリエスは、喉を使いレイルのぱんと張った先端を刺激する。


「や、やめ、……っも、もれる、でちゃう、いく、や、んんんん、イ、く、よ、やだ……ッ」


 射精を促すように唇と舌、喉、手を使って余すところなく弄り続け、直後にレイルは嬌声をあげ腰を震わせながら精液を零した。
 カジュリエスは酷く満たされた気持ちで、その後は散々にレイルの身体を貪った。思う相手を自分の行為で気持ちよくさせる事が、こんなに心を満たすとは思わなかった。


 その日からカジュリエスはまるでレイルのしもべの様な気持ちでいる。この世界の中、最も幸せな下僕だ。
 毎日、ではないが、出来る限りでレイルの家に通い、家では自分の感情に素直に悪態をついてくるレイルを愛でる。
 カジュリエスがオレンジ色の脚を持つパン職人を探していたことが早々に隊に広まり、そこから興味を持った隊員達が浮島亭に通いだしカジュリエスが知らないうちにすっかり常連になっていた。なんて事実を初めて知って、なんだかレイルが心配になり、自分も同僚と通った。
 行くたびにガラスの向こうで働くレイルを見つめながら「一生懸命なレイルもかわいい。自分が来ていることに気付いていないらしい所もかわいい」と愛でる。

 私生活にも仕事中にも張り合いがある。

 そんな幸せな下僕であるカジュリエスにも、最近悩みができた。

 もうすぐ、発情期だ。
 レイルに出会って二度目の発情期。
 前回は仲間に失態をさらした上、一人孤独に過ごさなくてはいけなくなったが、今回のカジュリエスに孤独は関係ない。だろう。多分。

 薬を使って発情を止めるか、孵卵施設に赴いて機械に入り人工的に発情を引き起こし早目に済ましてしまう方法もないことはないが、せっかくレイルがいるのにあえて自然に反する方法をとる必要もないかと考えているのだが……。

 しかし、「少なくとも三日、多ければ十日程仕事を休んでくれないか。俺の発情期のために」そう切り出すことが難しい。レイルには強い発情期は無さそうだし、果たして理解を求めてわかってもらえるものなのかわからない。

 そもそも、レイルは割と淡白な質らしく、初めてやった時以来、いつも一度やったらもう離れろと言われてしまう。そんな状態で、数日の間何度も続けてやる事は彼には可能なのか?

 うーん……。仕事帰り、唸りながらも歩き続けながらも、カジュリエスは当然のようにレイルの家に向かう。
 いくら考えても、これに関しては相手ありきの話だ。一人で悩んでいても仕方がない。直接本人に聞いてみよう。
 そう思いながらドアノブへ手を伸ばす。鍵はかかっていない、今日は既に帰宅しているらしい。
 家の中にはいるはずなのに玄関から見渡せる所にレイルの姿が見えない。が、寝室から人の気配がする。


「おいレイル、いるんだろ、話しが……」


 寝ていたら悪いなと気遣いながらも、静かな声で問いかけながら扉を開けた。
 果たしてレイルはそこにいた。が。


「おい……? 大丈夫か……?」


 顔が赤い。
 呼吸も荒い。
 薄目でひどく怠そうにこちらを見ながら、レイルはベッドの上に横になっていた。


「カジュ……おまえ、悪いけど今日は帰れよ、……おれ昼から調子悪くてさ。仕事も途中で抜けさせてもらって」
「俺に連絡しろよ、すぐに」


 仕事中であっても、すぐにかけつけたのに。そうして、レイルの身の回りの世話をやいていたかった、と心底から思う。


「なんでだよ、意味わかんね」


 そう言って弱々しく笑うレイルは扇情的で、今すぐカジュリエスの発情が始まりそうだが、さすがにそれは余りに不埒だ。


「医術師に診せたか?」
「診せるわけないだろ、……無茶言うなよ、医術師って高いんだぞ。てか相手すんの、辛い、まじで帰れって」


 カジュリエスは一旦寝室を出る。

 さすがにこのまま帰るわけにはいかない。
 魔石を使って隊へと連絡を入れる。繋ぐ先は巡察隊内の医官詰所だ。医術師の資格を持つ者で国に勤める者を医官と呼ぶ。その医官たちのいる詰所に通信魔術を繋ぐ。


『はい医官詰所……て、カジュリエス? 何かありました?』


 うまいことカジュリエスと仲の良い医官バルチャーが出た。


「バルチャー、悪い……今レイルの家にいるんだが、ちょっと往診してくれ」
『レイルの家? カジュリエスの番の?』
「ああ、そうだ」
『行くのは構いませんが、……どうかしました?』
「わからん、熱が高そうで怠そうだ。仕事も昼から早退して横になっているようだ」
『……風邪か毒か、……処置できる物を持って行きます、待っててください。……住処は以前毒人が捕まったあたりでしたね』
「たのむ」


 バルチャーは身体も大きく羽も通常よりかなり大きいタイプだ。すぐに来るだろうと思い、外で待つことにした。


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