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第三章 タカ
01.心の無いコンドル
しおりを挟むバルチャーの人生は長い。
自分がどんな親から生まれたのかはよくわからないが、寿命の長い種だったのだと思う。
途中から数えるのも飽きてやめたので正確にはわからないが、今現在で既に四百年以上生きているはずだ。なのにまだ死ぬ気がしない。体力の衰えも、感覚の鈍りも感じないのでまだまだ当分の間生き続けるのかもしれない。
生まれてすぐに教育係から言われた。
「バルチャー、あなたは将来、医術師となり国に仕え、空龍様のお世話をするのですよ」
まだ幼かったバルチャーは、その医術師や空龍様と言うものがよくわからなかったが、当時から聡く自分の立場を理解していたため、はい、と答えた。口答えはしない。
その為だけに勉学に励み医術を学ぶのと同時に、空龍の世話の仕方を実地で見て学ばされた。
当時の空龍は、同じく空龍の世話係を任命されていた男と番であり、世話係はいつも空龍の側にいて彼の言う事を聞いていた。
空龍の魔力は圧倒的で、その身体から出る周りへの威圧感が強大すぎて番以外は他者をまともに寄せつけもしなかった。
ただし、人型を取っている時は、その身体から滲む覇気が軽微になる事は、一体いつ気づいたのだったか。それに気づいてからのバルチャーは世話の仕方を学ぶ事は止めて空龍の生態を観察することに長い時間を費やした。
空龍は不定期に龍型になり空へと飛び立つ。
飛び立つたび、王城は、周囲に住まうものは、畏れその一方で敬い城の内外はひどく落ち着きがなくなる。日常の些細な事でも変化を好まないバルチャーはできればあまり出かけてほしくないと思い、彼らの出かける理由も観察した。
空龍もしくは空龍の番が、気分転換の散歩や外に遊びに出かける時が最も回数が多い。
肝心の龍本来の務めである、神の気紛れで起こる、大荒れの空や人間に害を及ぼすであろう病が振り撒かれる時、それらを止める為に飛び立つ事は実はそう多くないと学んだ。
そうしておよそ百年、空龍の生態を観察し続けていたある日、とうとうその日がやってくる。
現空龍の守護の力が弱まり、次代の龍を作る時だ。
龍は番と閨にこもり、営み、番の腹へと魔術で作った核を植え付ける。空龍の核を植え付けられれば女性でなくとも卵が産める事に驚きながらも、産まれてくるのは己が世話をする龍だ。だからバルチャーは黙って観察を続けた。
バルチャーは他の医官達とその時を待つ。
植え付けられてまもなく、番は後孔からいとも簡単に核が卵へと変化したものを産みおとす。
卵が孵り、中身が成人すると現空龍は消える。それがこの世の、西浮国の理だ。
で、あるなら。
それまで、中身が成人するまでにやらなくてはいけない事をバルチャーは考える。ただ闇雲に、空龍を崇め奉り世話をするだけではいけない。この先も何百年何千年、不確かなものに国が振り回され続ける。これまでに長いこと続いてきたその愚かな風習は今ここで途絶えさせなくてはいけない。
絶対に失敗はできない
バルチャーは、自身の使命をまっとうすることに執着していた。
王の元へ通い、進言し、話し合い、正論をぶつけ、時にそそのかし、そうして新たな次代の空龍への善後策は決まる。
それらの決定は、その時にはまだ卵の中におり何も知らずに眠っていた、次代の龍であるピーファウルの人生の運命が決まったのと同義でもあった。
ピーファウルが孵った後、バルチャーは幼いピーファウルから片時も離れずに教育した。
それまでの空龍がされていたように、崇め奉ることはせず、自分はあなたの番なのだと、あなたの唯一で絶対なのだと教え込む。
番の言うことは何があっても絶対に聞くものなのだと、まだ何も知らないピーファウルに何度も何度も繰り返す。ピーファウルが自分ひとりでは何も考えられなくなるように。その全てを、自分が、人間が操ることができるように、何度だって、繰り返す。
幼いうちから性教育をも施した。ピーファウルが精通をむかえた後、バルチャー自身が知らないうちにどこぞで子をなしては困る。
仕組みはよくわからないが空龍とは男相手にすら卵を産ませられるような存在だ。男も女も全てを相手にして次代の龍候補をあちらこちらに作ってばらまかれては、こちらの管理が行き届かなくなり、この先の計画が台無しになってしまう。
だから貞操帯のようなものを作らせて、まだ性というものがよくわかっていないピーファウルの股間にはめこんだ。
最初のうちは、自分の股間につけられた銀色のつやつやした綺麗なものに喜んでいたピーファウルだったが、大きくなるにつれ生理現象によって股間が膨らむたびに、ピーファウルはその痛みで泣いた。何度も泣いて痛みで叫び、悶え苦しみ、お願いだからこれを外してと涙を流しながら縋ってきた。それでも。
それでも、バルチャーはそれを外すことはしなかった。
そのうちピーファウルは泣くのをやめた。
泣かなくなったピーファウルを見ても、バルチャーは特に思うことはなかった。そもそも、泣いているピーファウルを見ても、思う所なんか何一つなかったのだから。
ただ、そのうちに、困った事がひとつ。
生きているものの自然の摂理として、そして、成人の証として、ピーファウルに発情期がやってきた。バルチャー自身にも発情期はあったはずだが、煩わしいといつも薬で散らしていた為、そこに頭がまわらなかった。
再び、ピーファウルが痛いと泣くようになった。
幼子の頃とは違い、まもなく成人する人型だ。そして、この発情期が終われば彼は次代の龍へと成るのであろう。
仕方がないのでバルチャーは今度は対策を講じることにする。
まず最初に、投薬にてピーファウルの欲を散らす事を試す。
だが、ピーファウルは元が人間ではなく龍になる個体であるためか、薬がほとんど効かない事がわかった。
で、あれば。バルチャーは過去の文献を読み漁る。西浮国に残る全ての医術書を紐解く。そうして、見つけたのが「射精不能者の精液採取方法」だ。
バルチャーにとってピーファウルは、管理対象でありながらも実験体と同等の扱いになっていることにもはやバルチャーは気づかない。
周囲の医官や、王族ですら、バルチャーのやることに口出しや手出しはできない。その時点でバルチャーの握る国内での実権は膨大なものとなっていた。
だが、もしかしてこの時点で誰かが止めてさえいれば、後にバルチャーもピーファウルも、別の人生を歩んでいたのかもしれない。
止める者のいない、導き出された答えは。
バルチャーは、ピーファウルの後孔へ鉄の棒を突っ込んだ。突っ込んで、躊躇すること無くその棒に微弱な電流を流した。
ピーファウルは泣いた。
ぽろぽろと涙をこぼして静かに泣いた。
なぜピーファウルが泣いたのかやはりバルチャーには理解できなかったが、その方法により陰茎に力はないまま微量の精液が出たことで、ピーファウルの発情期は終わりを迎えた。
ピーファウルが発情期を終えてしばし。
王城内の龍の部屋にいたはずの空龍が久方ぶりに龍型へと姿を変え、ゆったりと空へと飛び立つ。口にはだらりと力をなくした番である世話係を咥えて。世話係がその時点で生きていたのか、死んでいたのか、もはや誰にもわからない。
龍の世代交代がなされる。
西浮国の頭上をゆっくりと旋回し、高度をあげていく空龍。
どんどん小さくなっていく空龍はその後、王城から見えなくなり番と共にこの世界から消える。
同時にピーファウルの身体から無尽蔵にも思える魔力が溢れ出す。
歴史的とも言える空龍の世代交代が目の前で成った瞬間、バルチャーは何の感慨もなく、ただただそれを受け入れた。
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