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深夜に響く声

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 誰もが寝静まったはずの伯爵邸。

 そんな夜中に、今の今まで私も眠っていたけど、なんとなく胸騒ぎがして目を覚ましていた。

 それは気のせいではない。

 シーンとした中で、わずかに声が聴こえてくる。

 呻き声だと思われるものが。

 左耳だけでも、その声を聴き取っていた。

 体を起こすと、枕元に寝ていたキティがチラッと私を見る。

「キティは寝てていいよ。ちょっと様子を見てくるだけだから」

 キティを刺激しないように、そーっと移動して部屋から出ると、その声は顕著に聴こえてきた。

 多分、メルキオールさんの寝室の方角だ。

 私が使っている部屋は伯爵夫人の部屋で、本来なら、当主であるメルさんの部屋とは共用の寝室と扉を挟んで繋がっているのだけど、メルさんは今は離れた別の部屋を使っている。

 灯りを持って、暗い廊下を歩く。

 窓から月明かりが入って明るくはあるけど、暗がりをフラフラ歩いているところを見られて、驚かれてはいけないから灯りも持っていた。

 夕食時、メルさんの元気がないように見えたのが気になってはいた。

 普段通りに振る舞うけど、時折、ほんの一瞬だけ寂しげな表情を見せていたのだ。

「なにかあったの?」

 目指す方向の角を曲がると、声が聴こえている扉の前で、家令のロバートさんと、メルさん担当の侍女ドリスさんがいた。

 二人とも心配そうに扉を見つめている。

 随分と苦しげな声が聴こえているのだ。

「奥様……」

 二人とも、私の姿を見て戸惑っている様子だった。

「これは、メルキオールさんの声?こんな事がよくあるの?」

 そうでなければ、二人が扉の前にいつまでもいるはずがない。

 すでに中に入って様子を確認しているはずだ。

 私の問いには、ロバートさんが答えてくれた。

「奥様がこちらにお越しになってからは、止んでいたのですが、それ以前は頻繁に……このような事が始まった12才の頃と三年前が一番酷く……でも、今夜も同じなのです。その酷かった時と」

 10年前から始まって、三年前とは、結婚したあたりが酷くなったということか。

 となると、ストレスで?

「様子を見てきてもいい?あなた達は中に入る事ができないんだよね?」

「私どもは、決して入ってはならないと命令されております……」

 そうだろうとは思った。

 だから、ずっと扉の前で心配そうにしているのだ。

「私が様子を見てくるよ」

「ですが」

「私なら、大丈夫」

 どうせ、あと少しの付き合いなのだから。

 止めようとする二人を宥めて、音を立てないように中に入ってから扉を閉めた。

「メルキオールさん……?」

 控えめな声で、ベッド上にいるであろう人に声をかけた。

 返事はない。

 暗い部屋の中で、変わらず、苦しげな呻き声が聴こえるだけだ。

 でも、部屋の中に入ったから、何を言っているのか聴き取れ、

「……めて……くるしっ……あ゙あ゙あ゙あ゙っ……」

 自分の首を押さえ、助けを求めるように片腕を宙に伸ばしている姿を確認できた。

「とうさ……かあさん……やめて……しんじゃう……たすけてっ……だれか……」

 そこまでを聴いて、ただそこに立っていることはできなかった。

 ベッドに駆け寄ると、お母様とお義母様が嵐を怖がる私にそうしてくれたように、

「メルキオールさん。メル、大丈夫ですよ。ここには怖いものはいません。大丈夫です」

 額に手を置き、胸をトントンと優しくたたく。

 大丈夫大丈夫と囁き続けていると、苦しげに顔を歪めていたメルさんから、不意に力が抜け、パタリとシーツの上に腕が下ろされていた。










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