偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

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本編

23 レオンという人

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 室内に入り込む陽光で日が暮れかけている事がわかる頃に、外から声がかけられた。

「シャーロット。夕食を食べに行こう」

 レオンの報告は終わったのか、モフーを袋に入れてテントの外に出ると、どことなく人を安心させるような顔で私に微笑みかけてくる。

「ずっと一人にしてて、すまなかった」

「いえ、私の方こそ気にかけていただき、ありがとうございます」

 その隣では、レインさんが何を考えているのか分からない、ニヤリとした笑いを向けてくる。

 きっとレインさんみたいな人は、相手の反応を、私の嫌そうな顔を見て楽しんでいるのだろうから、相手にしないのが一番だ。

 スタスタとレオンの後ろを無言で歩いて行くと、騎士達が利用する食堂は、調理場が併設されているちゃんとした建物だった。

 意外と広々とした場所で、夕食の乗ったトレーを受け取って席に着くと、向かいに座ったレインさんが勝手に報告した内容を喋りだした。

 私が聞いてもいいものなのか、レインさんは構わず喋り続け、レオンも特に止める様子はない。

 船での食事風景と同じだと思えば、そうなのだけど……

「あいつら、どんな神経をしているんだろうな。聖女エルナトを処刑した日に、王太子の結婚を執り行ったのだから」

 狂っているとしか言いようがない。

「連中は、滅んで当然なんだよ。胸糞悪い」

 それには同意するけど、黙って聞き流していた。

「レインの言葉に補足するなら、隊長が戻って来るころには完全に港は封鎖される。生活に困る者も出て来るだろうし、ドールドラン大陸から不法に侵入して来る者もいるはずだ。これからの俺達の任務は治安維持になる」

 真面目な顔でレオンがそれを言えば、周りにいた人達もピリッとした空気になる。

 レオン達が忙しくなって、その間は私がここにいるとしても、さっきみたいにテント内でボーッとしておくのはさすがに嫌だ。

 ずっと考えていたことは、居候はよくないので何か仕事をと思ったのだけど、何をすればいいのかはわからない。

 食後にレオンにそれを伝えると、すぐに相談にのってくれた。

「野営地でシャーロットが手伝ってくれるのは有り難い。ただ、洗濯は力仕事だから、いい訓練になる。だいたいは新人にやらせているんだ」

 たしかに先程、年若い騎士見習いの人達が全力でシーツを絞っているのを見かけた。

「何か得意な事はある?」

 得意なこと……

「これと言ってないので、申し訳ないです。ごめんなさい……何もできなくて……」

「いや、気にしないで。それなら、料理場の方を手伝ってもらってもいいか?人手が欲しいと言っていたから」

「はい」

「じゃあ、丁度いいからこっちに」

 レオンが席を立ち、調理場に移動するからそれについて行った。

「ジーナさん、ちょっといいですか?」

「なんだい?また何か拾ってきたのかい?」

 頭に頭巾を被り、エプロン姿の壮年の女性が振り向いた。

 私と、バチっと視線があう。

「おや、今度はまた……へぇ……」

 意味深な視線を投げ掛けられるけど、それを深くは考えない。

「人手が欲しいと聞いて、それと、俺が不在の時とかもあるのでシャーロットの事を頼みたいのですが」

「ああ、ちょうど良かったよ。お嬢ちゃん、ボチボチ手伝って」

「シャーロットです。お世話になります。よろしくお願いします」

 レオンの紹介だけあって、ジーナさんも人当たりが良さそうだ。

「早速、お皿洗いをしてもいいですか?」

「ああ、そこの山は、夕食後に新人騎士が洗うから明日の朝から頼めるかい?」

「はい」

 それも騎士の仕事なのかと返事をしたところで、調理場なのに、角のカゴの中にふくふくとした猫が丸くなっているのに気付いた。

 モフーが食べられないか、私には関係ないけどちょっとだけ心配だ。

「ああ、その子もレオンが拾ってきた子だよ。その子だけは私が引き取ってね。そんなにふくよかになったのは、私の責任じゃないよ。レオンがガリガリなのが許せないって、あっという間にね」

 私の視線に気付いたジーナさんが、それを説明してくれたけど、私も気を付けないと、ふくよかにされてしまうのか。

 横に立つレオンを見ると、愛しそうに目を細めて猫を見ているから、やはり気を付けなければと切に思った。



 翌日から調理場の手伝いをする傍ら、レオンという人を観察していた。

 真面目。

 堅物。

 面倒見がいい。

 周りの評価はそんなところだ。



「レオン。レインの奴がまた訓練をサボって、放置された新人が困っていたぞ」

「分かった。言っておく」

「レオン、喧嘩だ」

「分かった。止めに行く」

「レオン、迷子だ」

「分かった。親を探してくる」

「レオン。オヤツが足りなくて、団長が拗ねている」

「分かった。何か分けてもらえないか、ジーナさんに頼んでくる」

「レオン、隊長が港町で拾ってきた兄妹をどうにかしてやってくれって。兄の方は体調を崩しているそうで、妹の方は目が不自由らしい。あの人もすぐに何かを拾ってくるから困りものだ」

「分かった、顔を見に行ってくる」



 よく頼まれごとをされて、そして、それらを断る事なく全て自分で解決している。

 お人好しで、人を疑ったことがあるのかな。

 きっと、今まで生きてきた中で裏切られたことがないのだろう。

 何の疑いもなく、私をこんな所まで連れてきて。

 私が裏切ったら、どんな顔をするんだろう。

 レオンに大陸崩壊の片棒を担がせているって知ったら、どうするのかな。

 もう、人を信じられなくなるのかな。

 それとも、そもそも私を信用しているわけではなくて、いつどうなってもいいように、すでに何らかの対処はしているとか。

「シャーロット。ひと段落したから片付けを始める前に、あんたも昼ご飯を食べてきな」

「はい。では、行ってきます」

 ジーナさんから促されて調理場から一度出ると、そこへレオンが紙袋を持ってやってきた。

「シャーロット、千賀鳥の変異種を食べたことはあるか?」

「千賀鳥の、変異種?」

 千賀鳥自体を知らない。

「見た目は食欲が低下する色なんだが、味は一級品だ」

 レオンが差し出してきた包みの中は、黄色と黒の斑ら模様の肉で、確かに食欲が低下する。

「これをパンに挟めば色は見えないから、ちょっと食べてみて」

 建物のすぐ横に置いてあった椅子に座り、渡されたパンに挟まれた物を、おそるおそるかじってみた。

 お肉はとっても柔らかくて、確かに、

「美味しい……」

 思わず呟くと、レオンは満足そうに笑っている。

 またかじってモグモグと口を動かすと、そこでハッとした。

 あのふくよかな猫を思い出す。

 これは、罠だ。

 自分の手元を見る。

 大きめのサンドウィッチ。

 これ一つを食べれば、結構な量だ。

 この体がふくよかになってしまった姿を想像するけど、でも、結局、口に運ぶその手を止めることはできなかった。








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