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第二章

第7話

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「うわ~、マジで八朔レオじゃん。いま若手人気ナンバーワンの八朔レオ! ヤバいくらいクールだなー」

 マサくんが、自分の隣に座った八朔の顔を遠慮なく覗き込みながら、感嘆の声を上げる。

 なぜ八朔がマサくんの隣に座っているかというと、俺の前に座っていた彼を押しのけて自分が座ったからだ。まるで「仁木の前に座っていいのは自分だけ」とでも言うような態度で、俺は周囲に怪しまれていないだろうかと、ちょっと心配になる。

 マサくんも一瞬びっくりした顔をしていたが、念願の八朔に出会えて興奮冷めやらないらしく、快く席を譲ってくれた。

「八朔、知ってると思うけど、こちらが影山信二さん。で、隣にいるのが新田誠実くん」
「どうも、八朔です。テレビでよく拝見してます」

 八朔は淡々と俺の隣にいる影山さんにだけ挨拶をした。マサくんの方は見向きもしないという、あからさまな態度である。

 影山さんは八朔とマサくんを見比べて、困ったように苦笑した。

「初めまして、八朔くん。俺もよくテレビで見させてもらってるけど、本当に生の迫力はすごいな。仁木くんも綺麗な顔をしてるから、二人揃うと迫力が半端ないよ。ますます映画の公開が楽しみだな」
「……どうも」

 褒められ慣れている八朔は、これくらいの賛美ではビクともしない。平然とした顔で、俺が注いでやったビールを一気に飲み干している。

「ねえねえ、八朔さんって何歳なの?」

 マサくんが、八朔にもたれかかるように接近しながら尋ねた。肩が触れる前にすっと距離を取った八朔は、「……もうすぐ二十二」とぼそっと告げる。
 マサくんは嬉しそうに目を見開いた。

「え、おれ二十歳だよ! もうすぐ二十一になるし! なんだ、おれたちほとんどタメなんじゃん! 仲良くしようぜ~」

 マサくんがお構いなしに八朔の肩に手を回す。同じ年代という軽いノリでそうしたらしいが、八朔は途端にムッとした顔をして、すぐさまその手を嫌そうに払いのけてしまった。

 マサくんは一瞬ポカンとした顔をして、

「うわー……、嫌なやつ……」

 と、顔をしかめる。

「生意気な奴は好きじゃない」

 不快そうな態度でそう告げた八朔に、マサくんは「はあ?」と目を剥いた。

「生意気だって? ほとんど年変わんないのに何言ってんの? 腹立つな」
「年下は年下だ」
「うわっ、超ガキじゃん!」
「無駄に馴れ馴れしい奴も好きじゃない」
「こらこら、二人とも落ち着いて」

 冷静な影山さんがすぐさま仲裁してくれる。俺もハラハラしながら八朔に注意した。

「お、お前な、もうちょっと場の空気ってやつを……」
「八朔レオって意外に俺サマなんだね。なーんか残念」

 マサくんが頬杖をついてしかめ面になる。俺は何とかその場を和ませようと、冗談めかして笑って言った。

「は、初めて会ったやつには緊張するんだよな! な? 俺との初対面のときも、それはもう生意気で……ハハハ」

 八朔が俺の方をちらりと見て、ばつが悪そうな顔をすると、また目を逸らしてしまった。俺は急いでフォローする。

「でも根はめちゃくちゃいい奴だから! それは保証する!」

 無理やり店に呼んでおいて、せっかく来てくれた八朔をいたたまれない気持ちにさせてしまうのはまずい。確かに八朔の態度にも問題大ありだが、マサくんのようなタイプとは、どう考えても相性が良くないだろうということは分かりきっていたはずだ。

(うう……、なんかごめんな八朔……)

 俺は申し訳ない気持ちで一杯になる。電話口ではあからさまに迷惑そうだったのに、どうして来てくれたんだろうか。いや、急に会えることになって俺は嬉しいんだけども。

「おれ、あっちの席にも挨拶してこよ~っと」

 八朔への興味が失せたのか、マサくんは自分のビール瓶を手に、さっさと席を移って行ってしまった。
 拍子抜けした俺たちは顔を見合わせる。あれだけ八朔に会いたいと騒いでいたのに、気が合わないと分かるとあっさりしたものだ。

 とはいえ、気まずい空気が解消されてひと安心した俺は、八朔にどんどん酒を注ぎ、さらには料理も追加してもてなした。八朔と居酒屋で飲むなんて初めてだし、せっかくの機会だから楽しんでもらいたい。
 影山さんも加わって、最近の芸能界の流れやドラマ談義に花を咲かせる。無口な八朔も穏やかな顔で耳を傾けていた。

 一時間ほど経った頃だろうか。
 ひとしきり席を回って満足した様子のマサくんが、ほろ酔い加減で戻ってきた。途端にムスッとした顔に戻ってしまった八朔の横に、悪びれる様子もなく腰を下ろすと、

「あ~楽しかった。やっぱりこういう集まりって最高だね。ねえ仁木さん、仁木さん」

 と俺の顔を覗き込んでくる。

「うん?」
「おれ、仁木さんとは仲良くなれそうな気がするんだ。ぜひプライベートでも遊んでほしいな。また飲みに行こうよ」

 八朔のことは完全に無視して、俺にニコニコと笑いかける。俺は八朔をチラ見しながら、とりあえず愛想よく頷いた。

「あ、ああ。俺でよければ」
「おれ、いい店いっぱい知ってるから紹介するよ。たとえばほら、こことか」

 財布の中から一枚のカードを取り出したマサくんは、ひょいとテーブルの上に置いた。黒地にゴールドの色でワイングラスが描かれている。グラスの中に小さなクローバーが浮いているオシャレなショップカードだ。

「〝Sエス beビー mineマイン〟?」
「美味しいお酒を飲みながら、楽しく派手に過ごせるクラブだよ。他にはねえ……」

 財布の中を探るマサくんの横で、八朔がなぜか急に険しい顔になり、そのカードを凝視していることに気づいた。

「?」

 眉間に皺を寄せながらカードに手を伸ばす。すると、俺の横からすっと手が伸びてきて、八朔よりも早くカードを取り上げた。

「……新田くん。机濡れてるから、汚れるよ」

 影山さんはそう言いながら、カードを仕舞うようにとマサくんに手渡した。どうしたことか、影山さんの顔からも笑みが消えて無表情になっている。いや、どこか緊張しているというか、引き攣っているというか。とにかく、今まで見たことがないような厳しい顔つきだった。

「――――そうだね。ありがと」

 マサくんはにこりと笑ってカードを摘まむと、何事もなかったように財布に仕舞った。八朔も影山さんも無言になってしまって、俺はどうしたんだろうと困惑する。

「二人とも、どうし……」

 そのとき、スタッフの一人が手を挙げながら大声で告げた。

「すいませ~ん、皆さん。この店もう出ないといけない時間なので、そろそろお会計しま~す!」

 はーい、とそこここで返事が上がり、みんなゴソゴソと動き出す。マサくんはいち早く立ち上がり、会計の手伝いに行ってしまった。

「八朔くん、今日は急だったのに、来てくれてありがとう。いつか共演できることを願ってるよ」

 影山さんはまだ少し硬い表情のまま、八朔に向かって礼を述べた。「……いえ」と短く返事をした八朔は、すっと腰を上げ、足早に店の外へと向かってしまう。

「あ、八朔!」

 俺も慌てて追いかけようとしたが、様子のおかしい影山さんが気になって、その顔を覗き込む。

「大丈夫ですか、影山さん? 酔いました?」

 声をかけると、影山さんはハッと顔を上げて力なく微笑んだ。

「……ごめん、仁木くん。大丈夫だよ。俺たちも出ようか」

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