【完結】追ってきた男

長朔みかげ

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第三章

第12話

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「何考えてんだお前! 馬鹿野郎……ふざけんなよっ。なんで俺がお前にヤラれなきゃならないんだ!」

 本気で怒鳴りつけると、八朔の両手が伸びてきて、俺の頭をぐっと枕に押さえつけた。息がかかるほど間近に八朔の整った顔が迫ってくる。いつか見た、今にも泣きそうな必死な表情で、俺を射抜くように見つめてきた。

「あんたを思い出してから、ずっと抱きたいと思ってた。でも、この想いはあんたの迷惑にしかならない。それが分かってたから我慢するつもりだった。でも駄目なんだ」
「だめって、何が……っ」
「いま我慢して、もし明日、俺かあんたが死んだらどうする。人はいつ死ぬか分からないんだ。必ず明日がくるなんて絶対はない」
「そりゃそうだけど……っ」
「お願いだ。もう後悔したくない。あんたが欲しいんだ……!」
「だめだって……っ」

 視界が歪む。八朔の輪郭があやふやになって、噛みつかれるように激しく唇を奪われる。

「うう、う……っ」

 歯を食いしばって舌の侵入を拒むが、俺の抵抗を感じ取ったのか八朔に鼻を摘ままれて、息が続かなくなった。すぐに酸素を求めて開いてしまった唇から、潜り込んできた舌に口腔をまさぐられる。

「んん……、ふ……ッ」

 苦しくて鼻から空気を吸い込むと、枕やベッドのシーツから覚えのある香りが漂ってきた。キスが三度目にもなると、これが八朔の体臭だということはもう分かる。何の香水をつけているのか知らないが、頭が痺れるような甘くて危険な香りなのだ。
 上からも下からも八朔の匂いに包まれて、まるで身体中を浸食されるようで怖くなった。八朔にキスされると、麻酔を打たれたように力が吸い取られてふわふわして、俺は抵抗できなくなる。

 着ていたニットのセーターを首の辺りまで捲り上げられ、八朔が俺の胸元に顔を埋めてきた。

「う、あ……っ」

 あろうことか俺の乳首を摘まんだり舐め回したりしてくる。ぬるりとした感触にゾクゾクと震えがきて、背中が浮き上がりそうになる。歴代の彼女、と言ってもそれほど深く付き合った人はいないが―――にも、そんなところを舐められたことはない。だって、男が乳首を弄られても嬉しいわけがないじゃないか。

 そう頭では否定しているのに、突起の窪みを舌でこりこりと刺激されて、なぜか俺の身体はびくびくと震えてしまう。それが快感によるものだと知らしめるように、じわじわと下半身も熱くなってきた。

「嬉しい……。感じてくれてるんだ」

 八朔にはとっくにバレていたようで、頭をもたげ始めていた俺の中心に、躊躇いもなく指を絡めてきた。最初は遠慮するように柔らかく、徐々にいやらしく刺激を与え始める。俺の形を確かめるようにゆっくりと、まるで大事なものを愛でている感じだ。愛撫するってこういうことだと教えられるような、優しい手つきで。

「さわ……、触るな……っ」

 俺は堪らなくなって腰を捩るが、身体を下へとずらした八朔に、無理やり両膝を立てさせられてしまった。膝頭をがっちりと押さえ込まれて左右に開かれる。

「触るだけじゃ済まないよ」

 そこへ顔を伏せた八朔にぎょっとしたのも束の間、熱い口腔内に性器を丸ごと呑み込まれた。

「ちょっ、待―――――っ」

 あまりの衝撃に咽喉が引きつって、声が掠れる。

「ほず……っみ、やめ……っ、や……っああっ」

 敏感な部分に熱い舌がねっとりと絡まってくるのが分かる。茎が芯を持ち、痛いほどに膨れ上がっていく。

 八朔は俺の陰嚢をやわやわと揉み上げ、尻の孔の方まで舌を滑らせた。
 イキたくない。こんな無理やりな行為で、イカせられてたまるか。そう思うのに、俺の意思に反して身体は感じてしまっている。

 入口の窄まりをあやすように撫でたあと、つぷり、と親指が差し込まれた。節ばった指がゆっくりと中で蠢く。異物の感覚にむずむずとした違和感を感じるのに、何度も抜き差しされ、ぐりぐりと刺激されると、全身に震えがくるほどの快感に苛まれた。

「んぁあ……ッ、や……っ、あ……っ、あ……っ」

 性器を嬲られ、同時に今まで誰にも侵されたことのない場所まで暴かれて、俺の口からはあられもない喘ぎが漏れ続ける。

「もうイキそうだろ? イっていいよ。全部受け止めるから……」
「いやだ……っ、い……や、あ……あァ……ッ」

 必死で頭を振るが、俺のそこは吐き出したいという欲求にもう逆らえない。全身に電流が流れたように痙攣し、足の爪先までピンと突っ張った。

「う……っ、くぅ……ッ」

 堪えようと我慢しても、まったく意味がなかった。俺はあっけなく達してしまい、どくどくと震えながら射精する。勢いよく飛び散るはずだったそれは、八朔が言ったとおりすべて口の中で受け止められて、ごくんごくんと呑み込まれてしまった。

「はぁ……っ、……っ」

 短距離走のあとみたいに苦しい呼吸を整えながら、俺は羞恥心を噛み締める。怒りと恥ずかしさと、まだ全身を包む悦楽とに、瞼の裏が真っ赤に染まって見えた。

 八朔が身体を起こして、満足げに口元を拭う。まるで自分が達したように恍惚とした表情をしている。まんまとイかされた俺の痴態を見て、ますます興奮したようだった。

「仁木――――」

 俺の名を呼びながら、自分のベルトを緩め、ジッパーを下ろしにかかった。窮屈そうに、そこが盛り上がっているのが分かる。八朔の欲望を目の当たりにし、これからどういう行為が行われようとしているのか理解した途端、俺の中で何かが爆発した。

「――――やめろ! 俺は錦じゃない!」

 先ほどまで喘がされていたのに、自分でも信じられないほど強い口調で怒鳴っていた。
 ハッとしたように八朔が動きを止めた。驚いた顔で俺を見下ろしてくる。

「このまま最後までやったら、舌を噛むからな。舌を噛んで死んでやる! お前のせいだからな! お前が俺を殺すんだからな!」

 叫んだら、なぜだか涙が出てきた。言ってることはめちゃくちゃだと分かっているが、本気でそう思っていた。俺は錦じゃない。八朔が欲しいのは俺じゃない。俺を好きなわけじゃない。そんな奴に抱かれてたまるか。抱かれてなんてやるものか。
 八朔の心がここにないことが、なんでこんなにも悲しいんだろう。これじゃあまるで、俺の方がこいつのことを――――。

「う……っ、う」

 そんなはずはないとぶんぶん頭を振りながら、俺は子供みたいにぼろぼろ泣いていた。こんなに涙が出るなんて、一体何年ぶりだろう。
 八朔がそんな俺を呆然と見つめている。

「ごめん……仁木」

 恐る恐ると言った手つきで俺の涙を拭い、上から覆い被さってきた。背中に腕を回し、手首を拘束していた帯を解いてくれる。そのままぎゅうと力を込めて抱きしめられた。

「死ぬなんて言わないで……」

 俺の言葉に余程ショックを受けたのか、八朔の声が情けなく震えていた。ようやく諦めてくれたらしい。もうこれ以上無体なことはされないだろうと、俺はやっと身体の力を抜く。

 泣いたせいだろうか、頭がぼおっとしてきた。快感とは違う寒気のようなものが急に襲ってきて、全身を包む。まずい。やっぱり昼間、雪に埋もれて濡れてしまったせいで、今頃熱が出てきたのかもしれない。或いはこの状況に頭も身体もキャパオーバーでダウンしたのか。

 ごめん、ごめん、と耳元で繰り返す八朔の声が遠くなっていく。
 もう俺は疲れたよ、八朔。そんなにきつく抱きしめないでくれ。そっとしておいてくれ。

 そう文句を言えたのかどうか。俺はベッドに沈み込むように意識を手放していた。
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