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第3話

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いい日には…

ならなかった。

「山本、すまん!!嫁が熱を出してしまって、子供の保育園の迎えと食事の世話やらで、俺帰らないと行けなくなった!明日のプレゼン資料の修正とプリントアウトお願いできる?本当にごめん!!」

「わ…分かりました!奥さん大変ですね…。お大事になさってください。」

その日の定時間際に、申し訳なさそうな顔をした先輩に呼び止められこの有様だ。
正直、週の半ばに残業となり辛い…。しかしごますりでもなんでもして、αの同期に追いつかなければ!というのが基本思考な俺。当然の如く、引き受けてしまった。先輩も、本当に申し訳なさそうに、切羽詰まった様子だったし。仕方ない…。ささっと終わらせよう。

「うーん…。」

しかし作業を初めて数時間、俺は暗礁に乗り上げていた。前半はサクサクと作業は進んだが、あと少しと言うところで詰まってしまったのだ。
社内の時計を見上げると、もう22時過ぎ。残業をしている社員も、もはや俺1人だろう…。

「組み込まれたこのマクロ…よく分からん…!」

「これよく見るマクロだよ。」

「わっ!」

声に驚いて顔を上げると、星野が爽やかなほほ笑みを、浮かべて真横にいた。

(え、いつの間に…。あぁ、コイツも同じフロアだったか。てか、相変わらず近いな。)

「そう、なんだ…。じゃあ、ネットで検索したら直ぐに出てくるかな。ありがとう。」

分かったよ。もう用はないよ。去ってくれ。という気持ちを込めて、早口に捲し立てる。

「……」

「……」

しかし星野はその場を去るそぶりを全く見せず、相変わらずニコニコとその場に立っている。

「星野、もう大丈「こうやるんだよ~」」

口調はいつも通り緩いのに、有無を言わさない勢いで星野がマウスの上にある俺の手の上に、自分の手を重ねて操作してくる。次いで、もう片方の手は俺の座っている椅子の背に回され、後ろから抱き抱えられてる様な態勢だ。吐く息も近くで感じる距離だった。
一瞬息が止まり、
ードキドキ
僅かながらも、心拍数が上がる気がした。
居心地がかなり悪い。
そもそもαとこんなに近くことは、Ωでおる俺にとってよろしくは無いことだ。

「ここの数字を計算した結果を、あっちに出したいんでしょ?」

「うん。」

対する星野はと言うと、上機嫌なのか何なのかささっとマクロに数字を入れ資料を完成させてゆく。

(あっち行けと言いたいのに、なぜこう有無を言わさない雰囲気なんだ。早くこの謎時間、終わってくれ…。)

俺の手の上にある骨ばった手は、俺の手をすっぽり包み込む大きさ。身体が触れる場所からは、筋肉質な引き締まった身体を思わせる硬い感触がある。しかし顔面は甘いマスクをしたイケメンで。更に配属先での評判も上々らしい。星野の説明を上の空に聞きつつ、俺は星野に男として劣等感を感じるからコイツが苦手なのかな等と自己分析をして気を紛らわせていた。

「裕太、ここに入れてる数字変じゃない?元の資料何処にあるの?」

の言うか、何故、対して仲良くもないのに星野は俺を名前呼びしてくるんだろう。星野のコミュ力の高さ故なのだろうか。

「ごめん、間違ってたかも。確かこっちに置いたような…。」

ガサガサ…
場の雰囲気に流され、星野に言われるままに隣の先輩の席に置いてある資料を漁る。これで少しは星野と距離を取れる…

「ん?」

「…っっ!」

隣の席に体を乗り出し資料を漁っていると、何を見つけたのか、いきなり星野が更に体を密着さてくる。どうやらPCのモニターを覗き込んでいるようだ。

(いやいやいや!近いを通り越して、押しつぶす気かっっ!きっつ!)

「ちょっ……星野、俺、潰されてる…。」

遂にたまらず言う。

「あ、ごめんごめん。つい、夢中になっちゃった。」

何が楽しいのか、より一層ヘラヘラした星野が体を起こす。
その後の星野の説明によると、数字ではなくマクロが誤っていたらしい。

結局それから1時間程、不本意ながらも星野にマクロ修正からその後の資料完成まで手伝ってもらった。何度も暗にもう1人でやるからお前は帰れと言ったが、完全スルーされた。正直、1人でのんびりやりたかった。しかし流石、完璧人間様の星野。凄い速さで資料作成は終わり、後はプリントアウトするだけだ。

(はぁ~、変に疲れたな。)

疲労のあまり、ボーッとしながらプリンターを操作する。星野はトイレへと行ったので、束の間の1人。落ち着く。

(でも何故、ここまで良くしてもらって、俺は星野が好きになれないんだ。)

改めて、不思議だなと思う。同期でも星野を嫌いな奴なんて1人も居ないだろう。寧ろ全員に好かれている様に見える。

(変な偏見を持っちゃってるのかな。しかし何だろう、アイツには何故か嫌な雰囲気を感じる。嫌いというより、怖い。怖い?何だそれ。動物の感みたいに?同じ歳で俺も男だぞ。)

うだうだと纏まらない事を考えていると、プリンターが印刷完了を知らせてきた。同時に星野が缶コーヒーを2本持って戻ってきた。

「はい。お疲れ~」

「え?いや、俺が手伝って貰ったのに。」

「良いから良いから。俺、マクロ好きでさ。なんかムキになっちゃって、裕太に申し訳ないとこもあったし…」

なる程。だから、あんなに食い気味に手伝ってくれたのか。
不思議だった星野の行動にやっと納得感が湧く。すると、邪険にしたことへの罪悪感が急に胸中に広がった。

「えっと、星野って家どの辺り?」

「え?なに急に?」

俺の突然の問いに、星野が目を丸くして聞いてくる。いつも涼しい顔をしている星野が驚いた顔をしており、なんだが少し笑ってしまった。

「あんまり遠かったら、電車の方が早いからあれだけど、お礼に帰りのタクシー代出させてよ。普通はこの後の飯とか奢るんだけど、こんな時間になっちゃったしさ。」

「あぁ、なる程ね。俺の家は錦糸町の方だよ。裕太もだよね?」

「そうだよ。」

あれ?星野に俺の家の場所とか言ったか?なんで知ってるんだろう?
少しモヤっとしてしまい、上がりかけた星野株が俺の中で再び下がる。

「有難い話だけど、まだ終電まで少し時間あるし一緒に電車で帰らない?」

「お、おう…。そうだな。帰ろう。」

とっさに、正直疲れたし1人で帰りたい…。とか、手伝ってもらった癖に思ってしまった。

---
「裕太~、支度できたよ。」

気が重くて、だらだらと帰り支度をしていると、キラキラと王子様スマイルを浮かべた星野が横に立っていた。
しかし、今日の星野は、始終ニヤニヤしている。良い事でもあったのだろうか。あぁ、それで、俺なんかの仕事の手伝いしてくれたのか?

「よしっ。もう帰れる。じゃあ、帰ろっか。」

---
プルルルルル………

『快速千葉行き、間もなく発車致しますー』

駅のホームにアナウンスが響き渡り、人々が我先にと電車へ飛び乗る。

「星野っっ!いっちゃう、いっちゃうからっっ!!早く!」

兎に角早く家に帰りたい俺、電車に滑り込もうと忙しく星野を焦らすが星野は緩々と歩く。

「…外でそんなにイクイク言うなよ。」

何がボソボソ言いながら、口角を上げ笑っている。

(変なとこでニヒルな笑顔披露せず、はよ来いやっ!)

俺はなんとか星野をひっぱり、電車に滑り込む事ができた。
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