勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

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幕間話

とある冒険者の災難(前編)

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「ナンデモ! なんでこんなところに火吹き蜥蜴が出るんだよっ!」
「俺が知るかっ! 走れ、カンデモ」
 そう叫び、俺は走り続けた。
 俺の名前はナンデモ。
 相棒の名前はカンデモ。
 双子の冒険者で、どっちが兄でどっちが弟かでいつも喧嘩している。
 二人でオーガを倒したのは自慢の種で、いつも酒場で姉ちゃんたちにその自慢をしている。
 もっとも、そのせいでカンデモは左肩に酷い傷を負い、左腕が自由に動けなくなってしまったのだが。
 それでも冒険者として頑張ってきて、今ではCランクの冒険者パーティになっている。
 俺たちは、行商人組合から、サマエラ市と領主町との間にある山の調査に訪れていた。
 なんでも、二つの町の間にある山で、トンネルが開通し、多くの行商人が行きかうことになったのが原因だそうだ。
 まぁ、町から近い山だし、出るとしてもゴブリンかスライム程度だろうと思っていた。
 しかし、現れたのは火吹き蜥蜴だった。
 人間の何倍もの大きさの巨大蜥蜴だ。
 しかも、名前の通り口から火を吹き出してくる。
「火吹き蜥蜴が止まったぞっ! 急げっ! ナンデモ!」
「わかった、カンデモ!」
 火吹き蜥蜴が動きを止めた。これはチャンスではない。大ピンチだ。
 なぜなら、火吹き蜥蜴は口から炎を出すとき、数秒立ち止まる習性があるから。
 俺たちは脇目もふらず、全力で走った。
 直後、俺の背に熱い物が触れた気がした。
 死を悟った瞬間だった。

「なんとか生き延びたな、カンデモ」
 俺はカンデモを背負ってそう言った。
「なぁ、カンデモ。返事をしてくれよ、カンデモ。もうお前が兄貴で構わない! だから生きてくれ!」
 カンデモは答えない。
 涙で視界が歪む。
 鼻水が流れ出て口の中に入ってくる。しょっぱい。
 火吹き蜥蜴の炎に呑み込まれようとした俺を、カンデモは体当たりして救ってくれた。代わりに、カンデモは全身にひどい火傷を負った。
 それでも、俺とカンデモは走った。
 火吹き蜥蜴は炎を吐いた後、その場から動かなくなる。
 その間に逃げたのだ。
 しかし、カンデモは倒れた。すごい熱だった。
 俺はカンデモを背負い、休憩できる場所を探した。
 そんなとき、見つけたのは立派な木の家だった。井戸まである。
 俺はその木の家の扉を叩いたが、扉は鍵がかかっておらず、中は無人だった。
 とてもきれいな家だが、人が住んでいる空気がない。まるで新築の家だ。
 勝手に他人の家に入ることに罪悪感はあるが、そんなことに構っていられない。
「待ってろ、カンデモ」
 俺はそう言うと、外に出て滑車の付いている井戸から水を汲み上げた。
 人が住んでいないのに、澄んだ冷たい水だ。
 俺はそれを持って家の中に入ると、カンデモの体を仰向けからうつぶせにした。
「うっ」
 俺は思わず顔をしかめた。
 背中全体が赤く腫れただれていた。こんな酷い火傷だとは気付かなかった。
 着ていたはずの服が黒い炭になり、
 井戸水を流して冷やそうとしたが、こんな状態で井戸水をかけてもいいのかどうかわからない。
「……ナンデモ……」
「気が付いたのか、カンデモっ!?」
「…………」
 どうやら、うなされていただけのようだ。それでも、カンデモはまだ生きている。
 そうだ、ヤケドにはアロエがいいって言っていた……アロエなら……ってアロエがどこにあるんだよ。
 なにか薬はないか……そう思ったとき、室内に木箱があることに気付いた。
 俺は藁にもすがる気持ちでその木箱を開けると、中には、保存の利く食料と傷薬と書かれているガラス瓶があった。
「傷薬があったぞ、カンデモ!」
 俺はそう叫び、カンデモの背中に、軟膏の薬を塗った。
 すると、奇跡が起こったんだ。
 カンデモの火傷がみるみる消えていったんだ。
 これは、魔法薬なのか?
 いや、金貨何枚もする魔法薬でも、こんな効果があるなんて聞いたことがない。
 きっと、これは貴族様の薬だ。
 俺たちは貴族様の別邸に無断で入ってしまったんだ。
 こんなことがバレたら死刑になる。
 それでも、俺はカンデモの命が助かったことを喜んだ。
 しかし、喜びは絶望に変わる。
 窓の外に火吹き蜥蜴がいたのだ。
 俺たちを追いかけてきたようだ。
「悪いな、せっかく助けてもらったのに」
「カンデモ、目を覚ましたのか?」
「ついさっきな。熱も下がったようだし、痛みもない。でも――」
「こりゃ逃げられないな」
 既に火吹き蜥蜴は炎を吐く段階に入っている。
 あの炎では、木の家は一瞬で炎に包まれる。
「ふがいない兄貴で悪かったな」
 カンデモはそう言って笑った。
 くそっ、カンデモの奴、俺の言葉を聞いてやがったのか。
 いまなら、俺が兄貴だって怒鳴るところだが、でも、いまはどっちが弟か、兄かなんて関係ない。
 大切な相棒が一緒にいる、それだけでいい。
「いいや、兄貴はいつでも最高の兄貴さ」
「お前も自慢の弟だよ」

 そして、火吹き蜥蜴の炎はログハウスを包み込み――

 その炎は家に当たると跳ね返って逆に火吹き蜥蜴を焼け焦がしていた。

「「…………は?」」

   ※※※

「ねぇ、クルト。なんで火吹き蜥蜴が焼け死んでるの?」
「僕もわからないよ、シーナさん。うーん、放火対策に炎カウンターの術式を施したからかな?」
「それしかないでしょ」
 奇跡の光景を見て呆けていた俺たちのところに、ふたりの人間が近付いてきた。
 一人はレンジャーっぽい装備の少女。一人は荒っぽいことは苦手そうななよなよとした少年だ。
 貴族様――ではないだろう。
 少女は消し炭になった火吹き蜥蜴から視線をこちらに向けると、俺に気付き、即座に短剣を抜いた。
 俺とカンデモは急いで部屋を出る。
「あんたたち、誰っ!? なんでそこにいるのっ!?」
「待て待て、待ってくれ! あんたたち、この家の持ち主の知り合いか? 勝手に入ったのは悪かった。その火吹き蜥蜴に追われて、この家に逃げ込んだんだ」
「決して泥棒じゃない……あぁ、薬は勝手に使ったけど」
 バカか、カンデモ! そんなこと言ったら俺たち奴隷堕ちだぞ! あんな高い薬、弁償できないんだからな!
 そう怒鳴りたかったが、少年が笑って言った。
「あぁ、そうだったんですか。はい、薬なら今日、補充する分を持ってきましたから問題ありませんよ」
「え? 弁償する必要は?」
「弁償って、あはは。そんなの必要ありませんよ。ここにある薬と保存食は、困った人に使ってもらうために置いているんですから」
 おいおい、なにを言ってるんだ、この少年は?
 売れば金貨数十枚はするような薬を、困った人に使ってもらうために置いてあるだって?
 そんなの、泥棒からしたら「金貨を自由に持って行って下さい」と言っているようなものだぞ?
 横で、少女が「やれやれ」といった感じで頭を抱えて首を横に振っていた。
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