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生きている世界が違う

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 北のギルドからの怪我人多数の報告と、救援要請を受けたルークは立ち上がって言った。

「シアくん、君が作ったポーション、早速使わせてもらう。君はここで待っていなさい」
「私も参ります! 回復魔法が使えますから、役に立つはずです」
「……君はあと何回、回復魔法を使える?」
「えっと……中級回復魔法なら四回、下級回復魔法なら十回は使えると思います」

 さっき、上級回復魔法と、そこから上級ポーションにするための魔力の制御に多くの魔力を使ったのが、仇となった。それだけで、彼女の魔力の約半分が失われてしまったのだ。
 だが、ルークからすれば、中級ポーションと下級ポーションをあれだけ作って、まだそれだけの魔力が残っていることに驚きを隠せない。

「わかった、協力を頼みたい。回復する人間は僕が指示をする。馬車の準備をするから待っていなさい」

 それを聞いたトーマスは急いで部屋から出た。
 外に待っている護衛にそのことを伝えて先回りしてもらわないといけなくなったからだ。
 もしも彼女が馬車に乗って、それを慌てて追いかける男たちの姿にルークが気付けば、シアの正体に勘付かれるかもしれないと思ったからだ。
 もっとも、そのトーマスの行動を、ルークは目を細めて見詰めたが、ルシアナとトーマスにとって幸いなことに、いまはそれに対して考察をする余裕がルークにもなかった。

「ただ、かなりひどい状況にあると思う。覚悟しておいてくれ。それに、どうしても許せないこともあると思うが、そっちは我慢してくれ」



 馬車が到着したのは、北門近くにある冒険者ギルド――ではなく、その門の、つまり街の外だった。
 そこで大勢の人たちが横たわり、苦しそうにうめき声を上げていた。
 空になった回復ポーションの空き瓶がいくつか転がっていて、何人かが治療に当たっているが、治療が全然追いついていない。

 馬車の中で、ルークから話は聞いていた。
 彼らは、北の海洋国家オーシャから、塩や香辛料を運ぶ行商隊の一団だった。
 その数は、二百人を超え、護衛も含めて三百名近くにも膨れ上がる。

 そんな彼らを襲ったのが、レッドリザードマンの群れだった。香辛料の匂いに興奮し、襲ってきたのだ。

 護衛たちも奮戦したが、数の差に押され、多くの怪我人が出たそうだ。
 一部の人間は街の診療所に運ばれたそうだが、それができない者がこうして、街の外に残された。

 何故なら、彼らは被差別民族の人間だったのだ。
 海の民と呼ばれ、北の島で古くは海賊を生業としていた民族である。
 海洋国家オーシャに取り込まれてから、一部の海の民は海軍に編入されたが、しかしその由来のせいで、オーシャ以外では差別的な扱いを受けることが多い。
 ここ、トラリア王国も例外ではなかった。
 特別な許可を持たない海の民は、たとえ怪我人であっても王都の中に入る事すら許されない。

「……生きている世界が違う」

 前世で貴族だったころのルシアナは、それが当然だと思っていた。
 自分は選ばれた人間であり、他の人と扱いが違うのは当たり前。
 もしも自分の命を助けるために、百人の命が失われることがあっても、それは当然の話なのだとも。

 貴族は王の剣であり、民の盾であれという言葉も知っていたが、それは多くの民を救える貴族は選ばれた人間であり、そのために小数の民が死ぬことも当然だと思っていたくらいだ。
 それが間違っていると知ったのは、修道院に入ってかなりの時間が経ってからのことだった。

「シアくん、こっちの治療を頼む! 中級回復魔法ではないと間に合わない」
「はい、わかりました!」

 ルシアナはそう言って、怪我をしている女の子の前に座る。
 女性は、薄い目を開けると、口を開いた。
 声にならないその口は、「おかあさん」と言っているように聞こえる。

「大丈夫ですよ、今すぐ治療するからね」

 そう言って、中級回復魔法を唱える。

「グレーターヒール!」

 眩い緑色の光が、少女の全身を包む。
 すると、少女の顔が穏やかになった。
 他にも、状態の危ない人を中級回復魔法と中級ポーションで治療した。
 もう下級回復魔法すら使えないほどに魔力が無くなったルシアナは、下級ポーションで残りの人を治療し始めることにした。
 その時だ。

「そのポーションの使用、待ちたまえ!」

 一人の中年男性が、用心棒らしき男たちを引き連れて、突然現れて声を上げた。
 中級回復ポーションや中級魔法が必要な人間はいなくなったが、しかし予断の許されない状況の怪我人が残っていて、下級ポーションを使わなければならない。
 下級ポーションを使わないという選択肢はないはずだった。
 ルシアナは無視して下級ポーションを使おうとした。
 だが、ルークが彼女を止める。

「どうなさったのですか? 薬師ギルドのギルド長殿」

 薬師ギルドと聞いて、もしかしたら、ルシアナは彼らも海の民の救援に来てくれたのかと思った。
 だが、それにしてはポーションが見当たらない。

「そのポーションは、我々薬師ギルドによって作られたポーションではないな? 許可なく作られたポーションの使用は禁止されているはずだ。ルークくん、若い君でもそのくらい知っているだろう?」
「冒険者ギルドでは、独自の使用は許可されているはずです。我々は北の冒険者ギルドの依頼を受けてここに来ました。冒険者ギルドが独自で使用する分のポーション作りは許可されているはずです」
「それはあくまで、冒険者ギルド内での話。だが、ここは冒険者ギルドどころか王都の外ではないか。使用を認められん。それに、冒険者ギルドで依頼を引き受けて治療をしている以上、独自の使用とも言えないだろう。明らかに約定違反だ」
「くっ、だったら、あなたたちが治療をしてくださるのですか?」

 ルークが尋ねると、薬師ギルドのギルド長は鼻で笑って言う。 

「はっ、確かに行商人の奴らが依頼に来たが、海の民の治療など誰がするものか。彼らは元々、犯罪者の末裔だ。死んだところで喜ぶ者はいても悲しむ者などいないからな」
「何を言っているのですかっ! あなたはそれでも人間ですか!」

 ルシアナは叫んでいた。

「なんだ、その修道女は? 当然だ、我々は人間だ。そこの魚共とは違う。生きている世界が違うのだよ」

 魚――それは海の民に対する最大の蔑称であった。
 こんな時に、人は人を助けようとしないのか。
 ルークが言っていた許せないことがあると言っていたのはこのことだったのか。
 我慢してくれと言われたが――我慢できるはずがない。

「――そんなことを言う人の命令なんて聞けません!」

 ルシアナはそう言って、持っていた下級ポーションを容態の悪い男に使おうとした。
 だが――

「そのガキを止めろ! ポーションを使わせるなっ! 違反しているのはあいつらだ! 多少痛めつけてもかまわん!」

 薬師ギルドのギルド長の言葉に従うように、男たちがルシアナに襲い掛かる。
 冒険者ギルドで最初に出会った男たちのような恐ろしい顔の男だった。
 だが、唯一にして最大に違うのは、彼らは明らかにルシアナに対して敵対しているということだ。
 さすがに本当に痛めつけようとはしていないだろうが、その恐怖に、ルシアナは身が竦んだ。

(助けて――誰か――助けて――)

 彼女がそう願ったその時だ。

「その手を誰に向けるつもりだ!」

 そう言って、ルシアナを守るように彼女の横に立ち、剣を男たちに向けていたのは、金色の髪の十五歳くらいの青年だった。
 その横顔を見て、ルシアナは目を見開く。

(金の……貴公子様?)
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