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地下の探検

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 地下は薄暗いので、ランプを持ってルシアナが先頭に立って歩く。
 その後ろをアネッタ、ミレーヌと続くのだが、そのアネッタの足がなかなか進まない。
 先ほど、ルシアナが不用意に地下墓所について話してしまったせいで恐怖で足が竦んでいるのだ。

「ルシアナ様、もう少しゆっくりお願いします」
「アネッタ様、大丈夫ですか? 無理をなさらないでください」
「大丈夫……では……す」

 どっちとも取れる返事をする。
 その後ろにいるミレーヌは、怖がっているようにも見えるが、しかし何も言わずにアネッタの後ろにいた。
 その点、ルシアナはそれほど怖くなかった。
 というのも、修道院にいた前世では、地下墓所の掃除をしたこともあったし、夜の墓場では、本物の悪霊に対して浄化修行を行ったこともある。
 そのため、幽霊=怖い物ではなく、幽霊=浄化するものという風に意識が変わっていた。

「では、私が最初に降りて何もいないことを確認しますから、アネッタ様はその後をついてきてください」

 とルシアナはランプをアネッタに渡す。

「え? でも、これがなければ、ルシアナ様が――」
「大丈夫です、私には魔法がありますから――『ホーリーライト』」

 とルシアナは、魔法で光の球を生み出した。
 聖職者が使う、不浄の者を浄化する光の玉だ。

「綺麗……ルシアナ様、魔法を使えるのですか?」
「ええ、聖属性の魔法しか使えませんが。珍しいものではありません」

 そう言って、ルシアナは光の球を手の平に乗せて階段を降りる。

 普段から誰かが通っているのだろう、階段には埃も積もっていない。
 暫く降りたところで見上げると、ランプの灯りが少しずつ降りてきているのがわかったが、階段は螺旋を描くように曲がっているため、直にその灯りも見えなくなる。
 そして、建物二階分くらい降りたところで、地下にたどり着いた。

「地下墓所という感じではありませんね。部屋がいくつかありますが……」

 扉の上の方に覗き穴のようなものがあるけれど、ルシアナの身長では届かない。
 鍵がかかっていないので中を見てみると、樽がいくつか並んでいた。

「なるほど、ワインの貯蔵庫ですか」

 少し飲んでみたい気もするけれど、さすがに子供に生まれ変わった現在、顔を赤らめてパーティに出席するわけにはいかないと、諦める。
 隣の部屋には、小麦粉や野菜類が保管されていた。

「どうやら、ここは食糧庫のようですね」

 本当に地下墓所だったら、アネッタにどう説明しようかと思っていたから安心した。
 階段を降りてくるアネッタたちを安心させようとしたその時だった。

 一つの扉から三十歳くらいの男が現れた。

「何故、こんなところに子供がいる? 一体誰だ?」

 突然男が現れ、敵意を向けられたことに、ルシアナは恐怖した。
 悪霊だったら問題ないが、敵意を持つ生きている人間は悪霊より怖い。
 そのため、ルシアナは息が止まるかと思うほど緊張し、うまく喋れなくなった。

「答えろ、一体ここで何を――」
「ルシアナ様、大丈夫ですか」

 その時、アネッタが階段を降りて来た。

「アネッタ、来たら――」

 来たらダメと言おうとしたその時、アネッタは階段を降りきって、そして男と目が合った。
 危ないと直感的にルシアナは思ったが、

「え、お父様?」

 アネッタがそう言ったことで、ルシアナは、この男がモーズ侯爵であることに気付いた。

「そうか、君がルシアナ嬢か。よく来てくれた。歓迎するよ」

 モーズ侯爵から、ひとまず敵意が収まった。
 そして、彼はアネッタに視線を向け、

「アネッタ、地下には降りたらダメだと言っただろ。何を考えている」

 と怒鳴りつける。

「すみません、お父様。屋敷を探検していて、地下が気になったもので」
「ちが――私がアネッタに地下墓所について説明したのがいけないのです。アネッタ、安心して。ここは地下墓所ではなくて、ただの食糧庫でしたよ」
「そうですか、よかったです。でも、お父様、最後に地下を案内すると言ったのは私です。ルシアナ様は悪くありません。罰なら私が受けます。約束を破ってしまい、申し訳ございません」
「そんな、アネッタだけのせいじゃありません。私も謝罪します。アネッタを許してください」
「私からも謝罪致します、モーズ侯爵」

 アネッタの横でルシアナとミレーヌが頭を下げて謝罪をすると、彼は首を横に振ってため息をついた。

「ミレーヌ嬢、君も来ていたのか。わかった。私も説明をしていなかったのが悪かった。見ての通り、ここにあるのは食料やワインばかりだ。特にアネッタが見て面白いと思う物はないし、暗くて危ないからな。気が済んだら、早く上に行きなさい。そろそろ、他の賓客もいらっしゃる時間だ」
「はい!」
「説教はパーティが終わってからだな」
「……はい」

 許されたと思ったら、許されていなかったことに、アネッタは少し落ち込んだ。
 そして、ルシアナたちは三人で階段を上がっていく。

「ルシアナ様、そのホーリーライト、私にも使えるでしょうか? 使えるなら教えてください」
「ええ、勿論よ。まず、使えるかどうか調べる方法は――」

 とルシアナはアネッタに説明しながら、ふと振り返る。
 確かにルシアナが見た部屋は食料しか置いていなかったが、それでは、モーズ侯爵は何の目的で、地下にいたのだろうか?
 もしかしたら、地下に何か秘密があるのかもしれない。

 何か、バルシファルにそのことを報せる方法はあるだろうか?
 そこでモーズ侯爵の悪事を見つけたら――

(見つけたら――アネッタ様はどうなるの?)

 モーズ侯爵家の行ったことは重罪だ。
 問題視されるとしたら、海の民を殺したことではなく、王都の付近に魔物を放ったこと。これは下手したら国家反逆罪になる。侯爵家といえども、厳罰――死罪の可能性すらある。
 そうしたら、アネッタは養父を失うだけでなく、恐らく、婚約も破談に。下手したら、連帯責任ということで、何か罰を受けるかもしれない。
 海の民を守るため、バルシファルの役に立つためには、モーズ侯爵の罪を暴かなければならない。
 だが、そうなると、何の罪もないアネッタが辛い目に遭う。

(私は……どうしたらいいの?)

 ルシアナが肩越しに振り返ると、モーズ侯爵が持っていたランプの灯りも見えなくなり、闇が自分を飲み込むように上がってきているのではないかという錯覚を感じたのだった。
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