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第二一話 断末魔

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「ぐがあああぁぁっ……!」

 あたかも断末魔の悲鳴のように聞こえるかもしれないが、これはれっきとしたスティングのイビキだった。

「いい加減、起きるんじゃよ、こんのクソワニめが!」

「ワッ、ワイ……?」

 怒りのあまりか、頭蓋骨を真っ赤にしたアントンに耳元で怒鳴られて、ようやくスティングが目を覚ました。

 仲間になったってことで、俺たちは同じ檻の中で一夜を過ごしたわけだが、彼のイビキが凄いので若干後悔した。それでも俺は喧嘩したことで疲弊していたためか、そこまで時間をかけずに眠ることができたんだ。

「ほ、骨……じゅるり、飯の時間だああああぁっ!」

「ちょっ!? ね、寝ぼけるな、わしは骨ではあるが、断じてお前の飯なんかじゃないぞおおぉっ!}

「…………」

 俺の周りでグルグルとワニと骸骨の死に物狂いの追いかけっこが始まってしまった。少々うるさいものの、朝の目覚めにはちょうどいいかもしれない。少しでも寝坊したら、あのデカ女の看守のキルキルが叩き起こしにやってくるしな……。



 ――お、いたいた……。

 早朝の食堂に着くなり周囲を見回してみると、例の囚人の姿もあった。やはり、猛者の雰囲気をこれでもかと醸し出しているのがわかる。

 その気配を察してるのか、キルキルもしきりにこっちの様子を窺ってるし、俺は喧嘩するための時間を確保するべく、胃に直接流し込むようにして急いで飯を食べることに。

「いよいよじゃな、テッドよ」

「うおおぉっ! ボスの喧嘩、楽しみすぎるうううっ!」

「……うーん、こっちはそのつもりなんだけどな……」

 気になるのが、こっちがここまで臨戦態勢であるにもかかわらず、当の喧嘩相手からやる気を一切感じられないのだ。

 その相手というのが眼帯をつけた女囚人で、相変わらず周りが距離を取るほど強者のオーラを発していたが、こっちを見向きもせずにダラダラと食事を取るだけだった。

 あれだけ強そうな空気を纏っているのに、まるで死人みたいなやつだな。なんで喧嘩に積極的じゃないのか不思議でしょうがない。

 相手がここまで消極的だと、熱量が違いすぎて喧嘩を売ろうにも売りようがないってことで、相手同様に俺たちもいつしかただ食べるだけになってしまっていた。こうなったら、昼の休憩時間にでも強引に喧嘩を売るしかなさそうだな……。



 ◆ ◆ ◆



「「「……」」」

 アセンドラの冒険者ギルド長室には、早朝からライル、ヘルゲン、フォーゼの三人が集まっており、奥のテーブルに置かれた水晶玉を凝視していた。

「さあ、僕たちの希望の星、眼帯の女よ、テッドをさっさと始末してくれ」

「やつを惨たらしく抹殺するのだ、眼帯女よ……」

「跡形もなくやっちまって欲しいっすねえ!」

 彼らはいずれも期待感を孕ませた表情だったが、中々喧嘩が始まらないこともあり、やがて苛立ちを見せ始める。

「なんで早く喧嘩を始めないんだ? おい、ふざけるなよ……」

「ギ、ギルドマスター、朝がダメなら正午からやってくれるかと。その時間帯が最も喧嘩する囚人が多いらしい」

「お、そりゃ楽しみっすねえ……」



 それから時は流れて正午になり、彼らは再び水晶玉の前に集まるも、テッドとその喧嘩相手になる予定の眼帯の女は、未だに目を合わせることすらなかった。

「な、なんなんだよ、おい、テッドのやつ、僕たちをからかってるのか……!?」

「解せぬ……。まるでこっちの動きを読まれているかのようだ……」

「ま、まさか、あっしらに見られてることが向こうにバレてるんじゃねえっすか?」

「「んなわけないだろ!」」

「あひっ!?」

 ライルとヘルゲンに凄まれて涙目になるフォーゼ。

「少しは考えて発言しろよ、フォーゼ。僕らが見てることがなんでテッドにわかるんだよ?」

「まったくだ。低能にもほどがあるぞ、フォーゼとやら」

「あ、あっしは物心ついたときから盗みしかやってなかったんで、アホで申し訳ねえっす……」

「「……」」

 盗賊フォーゼの発言でなんともいえない空気に包まれるギルド長室。まもなくライルがはっとした顔になった。

「そうだ、映像だけじゃなくて、声も聞こえるようにできないか? ヘルゲン」

「それはもちろん可能だが……本当にいいのか? あの男のおぞましい姿だけでなく、声まで聞くのは不快だと思ったのだが」

「そりゃ滅茶苦茶不快だけどさ、あのクソ野郎の断末魔の悲鳴が聞けるならお釣りが来るくらいなんだよ」

「……承知した」

 水晶玉の一部を擦り始めるヘルゲン。まもなく少しずつ声が聞こえ始める。

 そこでは、看守のキルキルがテッドらの前に歩み寄り、何やら話をしている光景が広がっていた。

「――テッド、スティング。昨日、おめーらが大暴れしたせいで工場はガタガタになって今にもぶっ壊れそうなんだよ。こんなことができる囚人はほとんどいねえから私としてはワクワクするけどなあ。つーわけだから、しばらく工場内で喧嘩は禁止な。やるなら明日の朝にでもやってくれ」

「「「……」」」

 それ以降、ライルたちは死体の如く青ざめ、ギルド長室はしばらく気まずいムードと沈黙に包まれるのであった……。
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