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第二章
33話 支援術士、噂される
しおりを挟む「アルシュ、ただいま――」
「――グレイス、おかえりっ!」
「うあっ!?」
俺は自身の過去へと潜っていた意識を元に戻して早々、アルシュに飛び込むように抱き付かれて窒息するかと思うほどだった。
「やっぱり成功したんだね。さすがグレイス!」
「あ、ああ……く、苦しい……」
「あう、ちょっとは我慢してっ! それだけ心配したんだから……!」
「ご、ごめんな……」
しかも、アルシュはお腹とかお尻とか、やたらと露出の多い格好だから目のやり場に困るんだ。
「あ、グレイス、今私の体見てたでしょー……」
「そ、そりゃ、俺も男だからな、一応……」
「うふふ、それを聞いてちょっと安心したかも。もうちょっと胸が大きかったらなー」
「べ、別に俺はそこまで大きくなくても全然構わない……って何を言わせるんだ」
「えへへ、小さめでごめんね。でも、グレイスが巨乳好きじゃなくてよかった……」
「……」
俺、現実に戻ったほうがピンチを感じちゃってるかもしれない。ここは話題を変えなければ。
「アルシュ、例の件なんだけど……」
「あ、そうだったね。グレイス、それで何が見えた?」
「あ、ああ、犯人の姿がはっきり見えたよ」
「おおっ、どんなやつだったの?」
俺はアルシュに記憶の海の底で見た光景を正確に伝えた。
彼女はそれについてさっぱりわからなかったみたいだが、それでも真犯人の全体像を掴めたってことで、俺たちはこれから隠れ家――例の墓地――に戻り、テリーゼたちに聞いてみることにした。
眼帯、地面に届かんばかりの長髪、子供のような低身長といったわかりやすい容姿で、なおかつ貴族然とした服装に、只者ではない佇まい……あれはほぼ間違いなく、《階位》の高い世界ではそれなりに有名なやつだと思うから、もしテリーゼたちが知らなかったとしても、調べてもらえばすぐにわかるはずだ。
◇◇◇
「ナタリアよ、あの噂、聞いたか?」
「はい? 噂とはなんでしょう、父上」
そこはキャンドルの灯りが存在感を発揮する薄暗い部屋、額に傷のある白髪交じりの父親と、眼帯をつけた年若き娘が互いに座った状態で向き合っていた。
「【なんでも屋】のグレイスとかいう、人々をたった銅貨1枚で救っている若者のことだ」
「小耳に挟んだことはあります。それが何か?」
「お前にも、そのような崇高な気持ちは生まれないのか?」
「はい……?」
「それだけ【剣聖】としての腕を持っておきながら、SS級冒険者という肩書まで手にしておきながら……何故ダンジョンワールドの招待状が来ないどころか、友人の一人すらできないと思っているのか?」
「知ってるくせに……」
父親の責めに対し、娘の隻眼に怪しく宿る光。
「そのどうしようもない性格では、一生――」
「――誰のせいでこうなったとお思いですか!?」
「……」
「あたしは、【普通】でいたかったんです。少なくとも、15歳まではそうでした。でも、【剣聖】というジョブを得てから人生は一変しました。あたしには親しい友など一切できず、ひたすら孤独にさいなまれ……」
「何故わからぬ、それがお前の運命だったと」
「運命……?」
「そうだ。【剣聖】となれば、極めれば【剣術士】なんぞよりは遥かに強いが……そのためには人付き合いなどする暇もなく、死に物狂いの訓練がいる。しかし、その先にあるのは莫大な強さだ。代償を真摯に受け入れ、今こそ心を改めて前を向くときではないのか――」
「――ち、父上ぇぇぇっ……!」
凄みのある笑みを浮かべつつ、父親の首に剣をあてがう少女。
「ご覧の通り、あたしの捻じ曲がった性格はもう一生治りません。殺す、殺してやるうぅぅ……」
「どうした、そんなに殺したいならばさっさと殺せ」
「うぅ、殺してやる、絶対に殺してやるうぅぅ……」
「さあ、早く殺すのだ。実の娘に殺されるならば本望だ」
「う、うぐぐ……」
まもなく、ナタリアはその場にうずくまって髪を散らかし、嗚咽を上げ始めた。
「ナタリア……お前を叩きのめしてくれたあの《英雄》にしても、お前のためを思ったからこそ、なのだ。なのに、お前はそれを未だに恨み続けている。なんとも情けないと思わんのか……」
「うう……うわああぁぁぁぁっ……!」
泣き叫びながら屋敷を飛び出すナタリア。
「……」
娘が去ったあと、深い溜息をつく父親。
(やれやれ、わしの責任もあるだろうが、どうしようもない性根を持った娘に育ってしまったものだ。これが先行きの見えない、無明ともいわれる【剣聖】一族の運命というものか……)
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