35 / 52
第七章
Ⅲ
しおりを挟む「はい、好きなの選んでくださいね。」
「あ、あぁ…」
ドーナツが入った箱を開けて彼女が言う。
「コーヒーか紅茶、どっちがいいですか?」
「あ…コーヒー、で。」
「はい。」
落ち着かない。
ドーナツだって、なんだっていい。
どうすればいいんだ俺は。
「はい、お待たせしました。」
「あぁ…」
コーヒーを俺の目の前においた彼女は、俺の隣に座った。
思わず体が動く。
すると彼女はまたソファから立ち上がろうとした。
彼女が、離れてしまう。
思わず彼女の腕をつかんだ。
「っ、ど、どこへ行く。」
「えっと、少し離れて座ろうかと」
「なぜだ」
離れないで欲しい。
「ち、近いと龍海さん、嫌かなって…」
「嫌ではない!」
勘違いされたくはない。
「そ、うですか…」
彼女の戸惑った顔をみて、自分が必死になりすぎていたことに気付く。
「……」
「あの、ドーナツどれにしますか?」
「…先に選べ。」
なんだか、いたたまれない気持ちになる。
「え、私はどれでも」
もう一度さっとドーナツをみて、その中の一つが目に止まった。
「これじゃないのか。」
中にクリームが入ったドーナツを指差して問いかける。
「え、なんで、」
何故か彼女が恥ずかしそうにあたふたしている。
「クリームたっぷり、が、好きなんだろう」
彼女が俺と兄さんにケーキを買ってくれた日に聞いた言葉だった。
「覚えていたんですか」
あぁ、そうだ。
俺は君のことならなんでも知りたくて、なんでも覚えていたいから。
「ふふっ、そうなんです。これが一番好き。
ばれちゃって恥ずかしい。」
そう照れて笑う顔が、とても可愛い。
何も言えないまま、横顔を見つめる。
「お言葉に甘えて、いただきますね。
龍海さんはどれにしますか?」
「…これで。」
箱の中には普段選ぶことの多い、チョコレートのドーナツもあった。
「龍海さん、甘いもの好きなんですか?」
「…そうだな」
「クリームとかは?」
「…嫌いじゃない」
どちらかというと、兄さんの方が甘いものが好きそうで、俺は甘いものが苦手そう、と思われることが多い。
分かる。
俺のような仏頂面の男が甘い物好きなのは変な感じなんだろう。
彼女にも意外そうな顔をされると思ったが、
「そうだったんですか。
じゃあ私の、半分こしましょう」
そう言ってドーナツを半分に割ろうとした。
「え、いや、」
「まぁまぁ」
半分に割ったドーナツの、少し大きい方を俺に渡す。
…兄さんも俺や琥珀と何かを分けるときは大きい方、量の多い方を渡してくる。
兄や姉というのは、そう言うものなのだろうか。
「いただきます」
ドーナツにかぶりついた彼女の頬にクリームがついた。
彼女はそれを指先でぬぐい取り、クリームのついた指を口元に。
赤い舌がその指を舐めた。
一連の動きが、酷く扇情的に見えた。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
頭が、おかしくなりそうだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる